第46話 ティーとゾンビと右腕と
あれから二日が過ぎた、右腕は少しずつだが生えてきているような気がする。
それよりも師匠のテンションがおかしい、やたら優しいのだ。
「シュウご飯持ってきたわよ食べさせてあげるわね」
僕としてはうれしいのだが何か調子が狂ってしまいそうでだめだ。
「美味しいよありがとうティー」
「よかった。じゃあ次は体を拭いてあげるわね。汗かいたでしょう?」
こんな感じである。ティーと呼んでも怒られ無いしもはやおじいさんの介護状態と言っても過言では無い。
ただ一回体を拭いてもらってる時にどさくさに紛れてお尻を触ったら普通に殴られた。
「ところで迷宮はどうなってるの?」
「今警備隊が迷宮を包囲する範囲を広げて、さらに建ってる家も使ってバリケードを作って拮抗しているわ」
「天使はどうなったの?」
「あの後何度かゾンビも人も巻き込んで攻撃して来たみたいだけど最後は迷宮の入口をふさいでいた魔法を破壊して消えたみたいよ」
「本当に天使は何がしたいんだろうね?」
「まぁ天使だしきっと迷宮のキューブを使って実験をしている可能性が高いわね」
体を拭いてもらい服まで着せてもらっていると宿の部屋をノックする音が聞こえた。
「ティーレシア様、マルケスです」
マルケスさんは旅人ギルドのスタッフで何か動きが有った時など師匠に伝えに来る伝令係の人だ。
師匠がドアを開けると深々とお辞儀をして僕と師匠に挨拶しながら頭が薄くなった小太りのおっさんが入ってきた。
「これを御確認ください」
そう言って手紙を差し出すと師匠は受け取り素早く封を切って目を通した。
師匠とマルケスさんが喋っている間僕は窓から外を見ていると人が殆ど歩いていない大通りを一体のゾンビが歩いていた。
「うそ、バリケードから漏れてるの?」
ゾンビに驚いていると目呪印さんが家(右手首)が無いのでフラフラとして僕の右目と重なった。
あれ?見え方が変だな、目呪印さんが重なって無い方の目を閉じると世界に色が失われてさっきのゾンビだけが体に青い線を這わせているのが分かった。
「何これ?どこかでこの感じ見たことあるな…」
「どうしたの?」
マルケスさんは帰ったみたいで師匠が僕の方へ来て僕の視線の先のゾンビを見つけてまるでハエでも潰す様に炎の槍ですぐに焼き殺した。
魔法を使っている師匠を呪印さんの目で見てみると師匠の体を緑に光る呪印の様な線が走っていた。
その線が師匠の右手首に集まって行き魔法の槍になって飛んで行っているのが分かった。
「これは、魔法の流れが見えるのかな?流れ、あ!思い出した!」
「びっくりした。急にどうしたのよ。それに何その右目、金色になってるわよ?」
「今この目で見ると魔力の流れの様な物が見えているんだけどゾンビを見てるとキューブにそっくりな魔力の流れをしているんだよ」
「ふむふむ、それで?」
「それだけ、でもきっとキューブ関連で何かある気がするよ」
僕の話を聞いて師匠も色々考えていたが情報が少なくて結論にたどり着かず保留となった。
それから何度もマルケスさんに来てもらうのが悪いので僕達は旅人ギルドに部屋を借りる事にして宿を引き払った。
それにしても左手の呪印さんの蔓の花全部無くなっちゃったな、咲かないかな?手首の呪印に力を込めているとある程度動かせる事に気がついた。
「シュウなにそれ?!」
歩きながら呪印を動かしていたら全身に這わせることが出来た。
「師匠と一緒だよ、呪印を動かせる事に気付いたんだ」
「それは這わせるとどうなるの?」
そう言われれば今の所力が強くなった感じもしないし硬くなった感じもしない…。
「かっこいい?」
「う、うん?」
「とりあえず出来る事はわかったから、何が出来るかはこれからかな」
その時誰も歩いていない通りの先で叫び声が聞こえて来た。
「行くわよシュウ!」
「了解」
僕と師匠は急いで叫び声のする通りへ曲がると家のドアが半分壊れてゾンビが入ろうとしていた。
師匠が素早く炎の槍を放ちゾンビに命中させて倒すと僕を後ろから誰かが押してきていた。
「あ、すいません」
謝って振り向くとゾンビがそこに立っていた。
「うわぁ!」
そのゾンビはまるで僕が透明のブロックにでもなっている様な感じでぐいぐい押して来ていた。
「何で?」
「シュウどいて!」
僕が横へ飛ぶと師匠の炎の槍がゾンビを焼いた。
「シュウ大丈夫だった?」
「うん、なぜか僕の事が見えてないみたいで助かったよ、まさかこの呪印は透明になる呪印!?」
「いやいや、完全に見えてるわよ」
「そうだよね、ゾンビにしか効かないのかな?」
「酷く限定的ね」
「まぁまた使っていけばわかるかなぁ?」
その後助けた家の人に感謝され僕たちは旅人ギルドへ向かった。
次の日になっても事態は改善しないままだった。
「ティーレシア様このままでは迷宮都市が廃墟になる恐れがあります、何か案はございませんでしょうか?」
「ゾンビをかき分けて迷宮の最下層まで行ってキューブを壊せば止まると思うわ」
「それは難しいですな、今ちょうどこの街に剣聖が来ているので打診はしたのですが色良い返事が貰えるかはわからないですし」
「とりあえず現状を維持するしかないわね」
「それでは失礼致します」
師匠相手になんか偉そうなおじいさんがペコペコしている。師匠は本当に何者なんだろう?もしかしたら師匠の方が年上の可能性もあるしな。
「なんか変な事考えてない?」
師匠が感鋭くこちらを睨んできた。
「ふぇ?!な、なにも」
それにしてもこのままだと本当に迷宮都市が滅びそうだね、嫌だけど迷宮に入ろうかな?もしかしたら襲われないかもしれないし。
「ねぇ師匠、僕が迷宮潜ってキューブ壊してくるよ」
「ダメよ!危ないわ、天使がいるかもしれないし。それに今は片方しか腕が無いのよ!」
「大丈夫だよ、こう見えても人より丈夫なんだよ」
「シュウ!」
「すぐ帰って来るからさ、お風呂用意して待っててよ」
泣きそうな顔でしがみついて来る師匠に笑顔を返し呪印さんに力を込めて迷宮に飛ばしてもらった。
迷宮に飛んですぐ蔓呪印を展開するとゾンビはまるでこちらが見えていない様に全く反応しなかったが、それにしても迷宮の中は異様な光景だった。
なぜかと言うと迷宮の出口へ向けてゾンビが列を組んで並んで進んでいた。
「何これ!バーゲンセールに並ぶ列みたいだね」
僕はその列の横を逆走すると下へ降りる階段があった。ゾンビの列のおかげで全く迷う事なくひたすら走り続け地下三十階へ到着した。
「僕に優しい迷宮だったね」
下に降りて行くとそこはドーム状の部屋だった。
「これは、師匠と会った迷宮にあった作りかけの部屋に似てるな。作りかけの部屋ならあれもあるかな?」
ゾンビが続いている列の先を見ると四角柱の台座の上にキューブが浮いていた。
「やっぱあった。さて、さっさと破壊しますか」
問題は警報装置が有るかどうかだけどどっちにしろ近づくんだから全速力で行ってみよう。
僕は身体強化を最大にしてキューブへ向かって駆け出した。
部屋の三分の一を過ぎた所で警報装置が起動して部屋の色が赤に変わった、そしてキューブのすぐ横の地面が開いてピンク色の髪の女の子がせり出て来た。
「え、リエル?」
そのまま走っているとその瞬間世界に色が失われていった。
気がつくと目の前にリエルの右拳が迫っていたが僕も前へ走っているので止まることが出来ずそこで意識を失ってしまった。
「う、いてて、気絶してた?もしかして死んでた?」
気が付くと僕はゾンビの列に並び二十階くらいまで行進していた。
「うそでしょ!?もしかしてゾンビになってたの?」
ショックに泣きそうになりながら三十階へ戻ると最初と同じようにキューブの横にリエルが全くの無表情で立ち尽くしていた。
「ねぇ、リエル?どうしたの?大丈夫?」
遠くから呼びかけるが返事はない。これは操られてる感じかな?わかんないけど。
それにしても天使の身体能力が半端ないな、何とかあれを避けてキューブにたどり着かないと。
それから五回ほどゾンビにされた。これはキツイな。
「横を抜けるのは無理だねリエルをどうにかしないと」
操られてるとしたらレイスの時みたいに口呪印さんに何とかしてもらえないかな?
「ダメ元で行ってみよう、口呪印さん頼んだよ!」
僕はゆっくりとリエルに近づいて行くと一定距離に入った所でリエルが動き出した。
目呪印さんに力を込めるとその瞬間世界に色が失われていった。
リエルは遅くなった世界でもかなりの速さで迫って来る。右ストレートを打って来たので僕は顔を右に曲げ皮一枚切れるほどギリギリで前に踏み込み左のフックを掌底で打ち込むとリエルは右腕を上に跳ね上げ僕の掌底を躱しながら左手の抜き手を僕の体に打ち込んで来たのであえて僕は体で受け止めた。
その瞬間世界に色が戻っていった。
恐ろしく早いリエルの抜き手は僕のお腹に刺さり突き抜けていたのでそのまま僕はリエルにしがみ付き頭に左手を押し付けると、左掌の口呪印さんが何かを吸い込みリエルは膝から崩れ落ちた。
「ううう、こ、これで、行けたかな?ぐはっお腹痛い」
お腹を貫かれていたので出血がひどく僕も一緒に崩れ落ちて意識を手放してしまった。
それから目が覚めるとまたゾンビの列に居たので急いで三十階まで戻るとまだリエルは倒れて居た。
「リエル、リエル大丈夫?」
「う、ううん、あ?シュウ君だぁ、夢かな?」
そう言いながら僕の背中に腕を回して来た。
「寝ぼけるな!」
そう言ってチョップを食らわせると腕が解けた。
「嘘!本物?助けに来てくれたの?流石だよ、愛の力だね!」
キスしようとしてくるリエルを押しのけて質問した。
「おちついて!リエルは何でこんな所にいるの?」
「それがさー聞いてくれる?酷いんだよー!」
リエルが言うには前回のキューブを紛失した事で上司に怒られ、その責任を取る形でここの管理を無理矢理任され体の自由すらなくロボットの様な状態だったみたいだ。
「本当に酷くない?あのクソロン毛今度あったら一発入れてやろうかな」
「ロン毛に僕も会ったよ」
「え?!本当にあいつが外に出るなんて珍しい」
「そのおかげでこうなったけどね」
僕は先の無くなった短い右腕を掲げて見せた。
「シュウ君腕が!酷い、すぐ治してあげるからね」
そう言って指先から光る球体を2、3個浮かばせると僕の右腕がある場所へ集まりあっという間に腕が元に戻った。
「凄いね天使の力!ありがとう!」
目呪印さんが急いで右手首の家?に帰っていった。
「もうムカつくしあのキューブもついでに壊してよ。そしたらアイツも紛失した事になるし!」
中々直情的だけど、せっかくなんでさっさと壊す事にした。
今度は近づいても警報は働かずそのままキューブを口呪印さんで掴むとサラサラと粉になった。
その次の瞬間並んでいたゾンビも黒い粉になって霧散していった。
「さーてシュウ君、帰ろうか!」
「え?お前も付いて来るの?」
「ひどーい、まずお前って酷いなーリエルちゃんって呼んでよ」
「いつも邪魔ばっかりするし、お前で十分だよね」
「シュウ君冷たい!あの優しく抱きしめ合った夜はなんだったの?一緒にお風呂まで入ったでしょ」
「お風呂はお前が後から勝手に入って来ただけだし、他の事も捏造しないでよ。それにしても今回はゾンビ発生させて何をしてたの?」
「ああ、ここの迷宮が特殊な構造になってたから仕方なしでゾンビなんだけどさ。ここのゾンビは全部幻獣炉の増幅装置に改造してあって、さっきのキューブの幻獣炉と特製ゾンビを繋げて世界中にばら撒いて幻獣路の回線網を作る実験だね」
「何か分からないけど逃してたらやばかったんだね」
「そうだね幻獣路網が完成すれば世界の事象の書き換えも出来てたかも知れないよ。まぁその前にキューブが耐えきれず大爆発だろうけど」
「どっちにしろ恐ろしく迷惑な話だね」
急にリエルが手を握って来た。
「えーっと、シュウ君?名残惜しいんだけど先に行っておいてくれるかな?僕は野暮用が出来たみたいだ。後から追いつくからこれに入って」
そう言って僕を空中に浮かんだ向こう側が見えない輪っかを出して押し込めようとして来た。
「何?急に」
「早く早く」
「リエル何をしているんですか?キューブを何処にやったんです」
空中に光の玉が生まれそこからクソロン毛が出て来た。
「クソロン毛!」
「誰がクソロン毛ですか、私はラーファです、おやあなたはあの時のエルフを庇った方ですね」
「シュウ君話してないで早く入って!」
後ろからすごい力でぐいぐい穴に押し込められる。
「まってリエルだけ置いていけないよ、僕も戦うよ」
「リエルさん規約違反ですよ、今すぐそれを閉じなさい」
「ベーだ!僕もうもう天使辞めるから良いです」
抵抗したが天使の力に敵うわけも無くそこで僕は穴に完全に押し込められた。
「ちょっリエルストップ!」
そう叫びながら空中に浮かぶ丸い穴から地面にほおり出され頭を打った。
「いてて、ここは何処だろう?街の外かな?」
リエル大丈夫かな?まぁ僕がいても邪魔になるレベルの温かいかもしれないけど。どっちにしろとりあえずさっさと師匠に報告行こう。
街の入り口へ走って行くとそういえば僕お金持ってなかった。こんな時でも入るのはお金が必要で仕方無いから兵士に旅人ギルドに使いを頼んだ。
その間兵士と話しているとどうやら迷宮はあの後、謎の光が下から飛び出して、程なくして崩れ落ちたみたいだ。
しばらく待っていると使いの馬車が来て降りて来たマルケスさんがお金を払い僕を旅人ギルドに連れてくれた。
ギルドに入り借りている部屋へ戻ると師匠が待っていた。
「シュウ、腕が?!」
「うん、戻ったよ」
「よかった、本当に良かった。もう!勝手に行かないでって言ったじゃ無い!」
泣きじゃくる師匠を宥め、それから迷宮で何があったかをゆっくりと説明した。
「そっか、リエルがいたのね」
「今回は逆に命を助けられたよ。もう一体の天使と対立していたけど大丈夫かな?」
「まぁアイツなら大丈夫でしょ、きっと何処かでまたひょっこりと出てくるわ」
「そうだね、心配かけてごめんね。でも僕はティーを守りたかったんだよ」
そっと師匠の肩を抱くとそのまま僕に体重を預けて来た。
これは、オッケーのサインかな?!そう思った時ノックの音がした。
「マルケスです、会議のお時間です、もう皆様お待ちです」
「わかった。すぐ行きます」
マルケス!空気読め!
「シュウ、私は取り敢えず会議に行ってくるわね。疲れたでしょ?ゆっくりしていてね」
「はーい、ティー行ってらっしゃい」
「師匠でしょ、行ってきます。そうだお風呂手配してるから後で誰か使いをやるわね」
師匠は慌ただしく行ってしまったが腕が戻ったからもういつもの師匠に戻った気がする。良かったのかな?まぁいい、変に気を使ったり使われたりするのは嫌だしね。
「ちょっと寝てよう、今日は疲れた」
それからマルケスがお風呂の用意が出来たと呼びに来たので付いて行きのぼせる程入った。
その後、数日間は師匠が忙しく僕は大体寝て過ごした。
「さて、やっと出発できるわね」
「乗合馬車って初めてだよ。いつも檻がついてたりするからね」
「それは自慢にならないわね。さぁもう乗りましょう」
「はーい」
そう言えばあれからマルス達に会いに行ったんだけどもう迷宮都市を出ていて会う事が出来なかった。
「まぁきっと何処かでまた会えるよね」
馬車はガタガタと心地よい揺れを刻み少しづつ小さくなる迷宮都市を後にした。
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