第52話 船と天使と蔓呪印と
「危ない!」
僕は振り向いて光の環を口呪印さんで受け止めようとしたがシートベルトに止められてしまった。
脱出ボートは光の環が当たった所から砕け散って全員が空中に放り出された所で世界に色が戻っていった。
天使は船を壊して満足したのか母船の方へ行ってしまったがこのままでは三〇秒ほどでぺしゃんこになってしまう!
周りを見ると師匠は頭を打ったのか気絶していた。
「まずい!呪印さん何とかできないかな?!」
僕がお願いすると左手首の呪印さんから真っ黒な蔓が3本伸びだして一本が師匠を包んだ。
「シュウ様!これはなんですか!?」
反対を見るとララさんが蔓に包まれている途中だった。
「このままじゃみんな死んでしまうから僕が何とかするよ!」
「ありがとうございます!」
もう一方からディアーヌさんの声も聞こえ、三人が蔓に包まれた。
「ねぇ所で僕は?」
目呪印さんが左右に目を動かしてる。
「うそでしょ?僕だけこのまま?」
しかもこのまま行くと、下が岩肌なんだけど?
「うそ、うそ、うそぉぉぉぉぉぉぉ!」
僕は豪快に頭から地面に叩きつけられて意識を手放した。
目が覚めるとそこは岩の壁に挟まれた崖下でその狭い夜空には穴の空いた月が上り、僕の少し横で師匠たちは食事の用意をしていた。
「みんな大丈夫だった?」
「シュウ起きたのね、おかげさまでみんな無事だったわ。まぁシュウだけが大変な事になってたけどね」
そう言いながら師匠がスープを持って来てくれた。
食べながら改めて自分の体を見ると服がズタボロの血まみれだった、
「だよね、呪印さんが僕だけ守ってくれなかったんだよ」
「呪印の力が足りなかったのかもしれないわね。私たちは静かに下ろしてくれたわ」
くそ、呪印さんめ女の子にばっかり良い顔して。
「シュウありがとう。でもいつも言ってるけど死な無いからって無茶しないでね」
師匠がぎゅってしてくれた。呪印さんありがとう。
温かいスープを食べ師匠に替えの服を出してもらって着替えるとララがお茶を入れてくれていた。
「ありがとうございます。それにしてもここはどこだろう?」
「最後に船上で確認した位置からの推測ですが、ここは幻獣の谷です」
「幻獣の谷?」
「ここは大崩壊の時に幻獣界から溢れ出した幻獣が住みついていると言われています」
「幻獣!?」
「あくまでそう言われているだけです。見たものは居ませんし帰って来た者もいません」
「帰って来た者はいない?ゼロ?」
「そうですゼロです」
「一番ダメな所に不時着してしまったのかな?早く出たほうが良いんじゃ無い?!」
「この暗い中移動するほうが危険よ」
師匠がそう言いながら焚火の横で温めたワインを飲んでいた。
「じゃあ明日の朝早くに動こうか、みんな寝ても良いよ僕はさっきまで寝てたから眠れそうに無いし」
「ありがとうございますシュウ様。お言葉に甘えさせていただきます」
ララさんがそう言いながら師匠が出したテントに寝床の用意をしていた。
そして今僕は一人で焚き火を見つめていた。
「やっぱ焚き火は落ち着くなぁ」
焚き火を見るとジャングルを思い出すね。中々火がつかなくて大変だったのに今は魔法でチョイチョイっと着けられて、あれから少しは強くなったような気がする。
兎とも戦ったなぁ、そうそうあんな感じのやつと。
「ってえっ?!ホーンラビット!!」
しばらく見つめ合った後ホーンラビットは明かりが届かない範囲へ去って行った。
「勝った、完全勝利と言っても過言じゃ無いね。戦わずして勝つ」
その瞬間、世界に色が失われていった。
後頭部にいつの間にか移動した目呪印さんの視界に後ろからロケットの様に飛んでくるホーンラビットが写っていた。
メチャメチャ好戦的だなこいつら本当に。
後ろから首に飛んでくるホーンラビットに合わせ口呪印さんで迎え撃った瞬間、世界に色が戻っていった。
「二口女みたいになってるよねこれ」
呪印さんが後ろでうさぎを飲み込む姿は完全に妖怪だった。
「あっ!しまった、呪印さんストップ!ストップストップ!あぁぁぁ!これだと兎肉が食べられない!」
僕はしょんぼりと兎のしっぽだけを握りしめ、朝を迎えた。
次の日は朝からかなり濃い霧が谷底に立ち込めていた。
「方向はこっちでいいのかな?」
そう言いながら先頭を歩いているとララさんが返事をしてくれた。
「はい、方角的にはこちらになります。谷底ですのでこのまま岩肌に沿って進むしかありませんが」
今は前が見えないほどの霧が立ちこめ、右側の岩肌に沿ってゆっくりと進んでいる状態だった。
「幻獣ってどんな姿なんだろうね?」
「誰も見たことありませんからね。でもこの谷のを縄張りにしているのでかなり大きのかもしれませんね」
「でもなんで誰も見たことが無いのに幻獣がいるってわかったんだろうね?」
ぼくが疑問を口にすると師匠が答えてくれた。
「幻獣はこの世界の生き物と違う力を持っているの、だからこの周辺一体からの力の流れを測定した結果ってことかしらね」
「そうですねかなり昔の事になりますが当時の学者がこの辺り一帯の大きな調査をした最に幻獣の縄張りを測定してそこから先は入れないように柵がしてあるはずです」
僕たちが話しながら歩いていると前方から小さな影が近づいてきた。
「あれ?黒猫だ?この世界で初めて猫見たよ。おいでおいで」
そう言って僕はしゃがんで手を出した。
「シュウ!ダメ」
師匠の叫び声が聞こえた瞬間、僕の出していた右手の手首から先が消えた。
「ぐあぁぁぁぁ!」
「ご馳走様にゃ」
おすわりした姿勢で毛づくろいしながら黒猫が喋った。
「馬鹿、あれは幻獣よ、もっと魔力の流れを感じなさい!」
僕の出血する手首をとりあえず師匠が止血してくれていると猫がまた喋り始めた。
「こんにゃちは、勝手ににゃーの縄張りに入ったんだから死んでも文句は言わにゃいよにゃ?」
猫が毛づくろいしながらこちらをチラ見した。
「待ってください幻獣様。はじめまして私はグレイスドール家のディアーヌと申します。今回の事は飛行船の事故でこの谷へ墜落してしまいました。すぐ出ていきますのでお許しいただけませんでしょうか」
片膝を付いて頭を下げるディアーヌに猫が答えた。
「べつにいいにゃ」
うそ?めちゃめちゃ軽い感じで許してくれた。
「あ、ありがとうございます、直ちに出てまいりますので、申し訳ございませんでした」
急いでその場を去ろうとする僕たちの前を猫がゆっくりと遮った。
「ただし、にゃーの出す問題に答えられたら通らせてあげるにゃよ」
なんか幻獣のノリがよくわからない。
「それしかないのであれば、お願いいたします」
ディアーヌの言葉にうなずき、むくりと猫が二本足で立ちあがった。
「じゃあ問題、朝は四本、昼は二本、夜は三本で歩く動物はにゃーんだ!制限時間はまぁにゃーの気分次第にゃ。みんなで相談してもいいにゃよ」
「え?これは、スフィンクスの問題?!」
「にゃ!?」
僕がつい口にした言葉に猫が反応した。
「にゃにゃにゃ?お前はもしかして転生者にゃ?」
「そ、そうだけど?」
「それなら話は変わって来るにゃ、にゃーも転生者にゃよ。まぁにゃーの場合はこの世界に来た時に少し混ざってしまった感じだにゃ」
「混ざった?」
「意志だけの転生者と体が混じってニャーが生まれたにゃ。まぁそれは良いけど同郷なら通してあげるにゃ」
「ほんと?助かったよ!ありがとう!」
すぐに猫の横を通って行くと、猫が僕の後ろで師匠達を遮った。
「でも通してあげるのはそいつだけにゃ、お前たちは食うにゃ」
全員に緊張が走った。
「え!?ちょっとまってよ。じゃあ僕が食べられるから、みんなを通してよ!」
「シュウ!」
「シュウ様!?」
師匠達が声を上げたが僕は首を振った。
「これが一番いいはずだよ、だめかな?」
「にゃっはっは、漢らしいにゃ!いいにゃ通してあげるにゃ。にゃーの気が変わらないうちにさっさと行くにゃ」
「師匠達は先に行っててよ、僕も後から行くから」
そう言って何も言わせず師匠達を送り出した。
「さてみんないったし、私の家へ招待するよ」
「あれ?語尾が?」
「あれはネコっぽいかなって思ってやっただけ!」
二本足で歩くネコが口角を上げて笑ったと思うと壁をチョンチョンと可愛く叩くと向こうが見えない丸い輪が空中に出現した。
猫に促され中に入るとそこは一面広いお花畑で真ん中に平屋の日本家屋が立っていた。
「え!?何これすごいね!」
「そうでしょう!頑張って建てたからね!」
声の雰囲気が変わった気がして猫の方を見ると、身長が一五〇センチくらいの髪をゆる目のウェーブのかかったボブにした。黒髪黒目の高校生くらいの女の子が白いシャツに黒の裾を絞った大き目のサロペットを着て立っていた。
「あれ?!姿が?しかも猫耳!」
「じゃーん、こっちは本体じゃないんだけど混ざった方の姿なんだ!」
両手を広げてくるくる回る姿はほほえましい、さっき手首を食われてなかったらの話だけど。
「まぁ上がってよ、どうぞどうぞ」
靴を脱いで上がると廊下があり、引き戸を開けると真ん中に囲炉裏がある和室だった。
「どうこれ?幻獣の力で作ったんだ!」
すっかり忘れていた和風の雰囲気と畳の匂いに感動してしまって声も出なかった。
「あ、そう言えば腕治してあげるね」
気が付くと普通に右手が戻っていた。
「ありがとう」
「いいんだよ、どうせ私がやったんだし!」
猫耳少女は囲炉裏についているヤカンでお湯を沸かし、それを急須に注ぎながら質問をしてきた。
「ところで君はどうやってこの世界に来たの?」
幻獣に僕がこの世界に来た時の話をした。
「そうか、私とは違う感じなんだね」
今僕は幻獣さんと向かい合って囲炉裏を囲み、座布団に座って湯呑でお茶を飲んでいた。
「じゃあ幻獣さんはどんな感じでこの世界に来たの?」
「幻獣って名前じゃない。凛だよ!」
「ああ僕は秀太です。それで凛さんはどうやってこの世界に来たの?」
「私は学校の帰り道を歩いていたら世界に穴が開いて吸い込まれて、気が付いたら混ざっちゃってた感じ。もともと幻獣の体は自我が弱い感じだったから凛の方に引っ張られてるみたいだけど」
穴が開いたのが大崩壊の影響かな?
「でも凛さんは何でこんな所にずっといるの?」
「それは私も分からないんだけどこの世界に来た時にこの谷に関連付けられたみたいで、ここから出れないんだ」
猫耳がしょんぼりしている、勝手に動くんだね。
「それは何か方法は無いの?」
僕の言葉に反応して急に凛さんが僕の腕を取り言った。
「でもさっき食べてわかったんだけど、シュウが手伝ってくれるならいけると思うよ!」
凛さんがさらにグイッと顔を寄せて来た。
「ど、どんな事をすれば?」
「私とシュウが一つになればいいんだよ。そうすればシュウに関連付けられてこの谷との関連付けが強制的に解除されるはず」
凛さんがすごく近くに寄って僕のシャツのボタンを外し始めた。
「一つに?」
「私と一つになってくれる?」
目の前に猫耳のかわいい少女が目を潤ませている。
「は、はい」
何かわからないけど勢いに負けて返事をしてしまった。
「にゃー!ありがとう。さっき食べて分かったけどシュウの中になら入れると思うんだ。でも事象の書き換えにそれにかなりの力を使うから、少しずつ力を分けてもらったとして外に出れるようになるにはかなりの時間がかかると思うからよろしくね」
「え?!」
そう言って凛さんは僕のはだけたシャツの胸に手を当てると本当に吸い込まれるように入って行った。
「え?」
僕はしばらく呆然とその場で動けなくなっていた。
暫くして何とか意識を取り戻し、はだけた胸を見ると胸の真ん中に猫の肉球の形の呪印そっくりな物が浮かび上がっていた。
「まじかぁ、いつ出てくるの?これは師匠に怒られそうだ…」
【大丈夫だよ、シュウの力をもらってある程度すれば出れるはず!】
「脳内に直接!」
【まぁ凛は基本寝てるから何かあったら起こしてくれてもいいよ。気が向けば手伝ってあげるし!後はここからは外の輪っか残してあるから出れるよ、じゃあおやすみ】
ドラゴンのように直接話しかけてくる声に不安を覚えつつ屋敷から外へ出ると、まだ向こう側が見えない輪っかが残っていたので言われた通りくぐると元の場所に戻れ安心しているといつの間にか穴は消えてしまった。
谷底の霧はいつの間にか消えていたのでしばらく走って行くと前を歩いている師匠達を発見しすぐ合流することが出来た。
「本当に?幻獣が?体の中に?」
「はい」
「はぁ、本当に何を考えてるの?下手したら存在ごと貴方が吸収されていたかもしれないわ」
あれから顛末を説明し、師匠に説教を受けていた。
「まぁティーレシア様そのくらいでよろしいのではないでしょうか?」
「本当に、たまたまうまく行っただけなんだから、シュウはよく反省しなさい」
「はい」
ディアーヌの助け船で何とか収まり暗くなってきたので僕たちはまた野営の用意を始めた。
今僕は師匠と二人で焚き火を囲み夜番をしていた。
「いつも言ってるけどシュウはもっと体を大切にしなさい、死なないから死んでもいい訳じゃ無いんだからね」
「はい」
「幻獣もそうだけど貴方の存在自体を消す程の力だってこの世界に有るかも知れないんだから無茶しないで」
「ありがとうティーでも僕はティーの事の方が大事なんだ」
「もう、師匠でしょ・・・」
ティーと目が会いそのまるで芸術の様に整った顔に近づいて行った。
「ゴホン、そろそろ交代の時間ですが?」
後ろを見るとララさんが立っていた。
「あ、もうそんな時間なのね、おやすみなさい」
ティーはさっさとテントに帰って行った。
「ララさんおやすみなさい」
「おやすみなさいませシュウ様」
その日はしょんぼりして眠りについた。
それから次の日お昼くらいに小さな村に到着し馬車を買い、街道を飛ばし何日かかけてグレイスドールの領都グレイスドールへと到着した。
街を抜けお城へ到着しララさんが城門へ話をしに行くと沢山の兵士がこちらへ走って来た。
「流石にお出迎えがすごいね」
僕が呑気に感想を漏らしていると槍を持った兵士がぐるりと僕たちを囲んだ。
「ディアーヌ様の名を語る不届きものどもめ!逮捕する」
そのまま捕まって僕たちは牢屋へ入れられてしまった。
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