第51話 蔓と竜と飛空挺と
「すごいすごいすごい!」
まさかこの世界で空を飛ぶ事になるとは思っても見なかった。
今僕達は飛空挺に乗ってグレイスドール領へと向かっていた。
飛空挺は気球みたいな物かと思ったら本当に船の形をしており、不思議な力(魔法)で空を飛ぶシステムになっていた。そのサイズは全長三十メートルほどもあり、客室も沢山あって甲板に出て外を見ることが出来るようにもなっていた。
しかもこの飛空挺は古代遺跡から出土したもので師匠いわくレプリカのキューブで稼働しているらしい。速度は相当早いみたいで通常王都からグレイスドール領は馬車で一ヶ月半ほどかかるのに対し飛空挺だと四日で到着すると言われた。
そして、この飛空挺を整備しているのも噂のハイングラードさんだと言う事だった。
「シュウ、それ以上乗り出すと落ちて死ぬわよ」
僕は今、船の甲板の先っちょで一人であの映画の様に身を乗り出していた。
「大丈夫だよぉぉぉおわぁぁぁ!」
「シュウ!」
突然の突風で吹き飛ばされたが左手首から蔓呪印さんが伸びてギリギリで船首にぶら下がっていた。そう、噛みちぎられて左腕が無くなったがいつの間にか移動していた蔓呪印さんに(触手をたくさん食べたせいか)花が咲いていて、力を込めると左腕がもとに戻った。マルスにはトカゲかって言われた。
「はぁはぁ、危ない死ぬ所だったよ」
「貴方は馬鹿なの!?」
師匠に引き上げてもらいめちゃめちゃ怒られた。
「シュウ様、ティーレシア様お食事の御用意が整いましたので、どうぞ食堂までお越しください」
ララさんに呼ばれたおかげで説教が終わり、僕たちは船の中にある食堂へと向かった。
この船内にはメイドはララさんだけで後は整備士とコックそして船長、副船長とかなり少ない人数しか乗っていなかった。
ララさんになぜかと聞くと、そもそも古代の遺物で操作の人間もそんなに必要ないらしいのと、なぜか人数が増えると累乗的に魔石の消費が増えて行くらしい。今はその魔石の消費を減らすために研究中で緊急時以外あまり使えないと言う事だ。
到着した食堂は二十人ぐらいが座れる作りになっていてシンプルだが壁にはクリスタルを薄く切った物が嵌っている大きな窓があり景色は素晴らしく、そしてテーブルや椅子は侯爵家だけあって豪華な物が使われていた。
「飛空挺は本当に速いし快適だね!」
「シュウ様に喜んで頂いて光栄ですわ。これで魔石の消費がもう少し少なければ定期的に王都とグレイスドールを繋ぐのですが」
その後もディアーヌさんが飛空挺について色々説明してくれるがあまりわからなかった。一つ分かったのは燃費が悪いって事だね。
「お待たせいたしました」
そう言ってワゴンを押しながらララさんが入ってきた。
飛空挺なので簡単なご飯かと思ったらちゃんとしたコースだった。
横を見ると師匠はすでに食前酒を飲んでいた。
前菜はカラフルな野菜が丸や四角くにカットされ、透明なゼリーで四角く固められたテリーヌだった。
「いただきます」
ゼリーはお肉と野菜を煮詰めた濃厚な味がして、その中の野菜はほんのりと甘く食感と味のアクセントとなっており、周りの赤いソースが塩味が強く飽きずに最後まで食べてしまえる味だった。
「バケツいっぱい食べれるね」
「ご用意いたしましょうか?」
「あ、冗談です、すいません」
ララさんなら本気で出しかねないので恐ろしい。
次に出て来たのは、左右に持ち手がついたティーカップの様な器に入った透明なスープだった。
口に入れると優しい塩味の後に鳥の風味が感じられ、一切の雑味の無い優しい味だが決して物足りなくない不思議な味のスープだった。
「美味しい!これは何のスープなの?」
「これは花炎鳥のスープね」
「流石ティーレシア様です。その通りでございます」
師匠が答え、ララさんが次の支度をしながら答え合わせをしてくれた。
「花炎鳥は火口に住むマグマを食べて生きている花の様な羽を持った美しい鳥です。火耐性があり調理がとても難しい上に、お肉も硬くそのままでは食べられ無いのですが、特殊な方法でそこから取れる出汁がとても味わい深いんですよ」
「そんなすごい物なんだね、どおりで美味しいはずだ」
「おかわりをお持ちしましょうか?」
「お願いします!」
「シュウそんなにスープ飲んでるとメインが食べれなくなるわよ」
そう言いながら自分はぱかぱかとワインを飲んでいる師匠に注意され、僕は二杯おかわりしてしまった。
そしてそのスープと一緒に出て来たパンも焼き立てで美味しかった。
三番目は魚料理で、白身の魚を薄い衣の様な物をつけて揚げてあり、その上には綺麗な色の薄い野菜がカリッと揚げてのっており、周りには緑色のソースで絵が描いてあった。
白身を口に入れると臭みが一切なく口の中でホロリと解けて噛むと魚の旨み以外に脂がジュワッと広がり甘味も強く食べた事のない味だった。
「美味しい!脂がすごいね」
「これは空飛び魚の一種です」
ララさんが答えてくれた。
「空飛び魚?空を飛んでいるの?」
「その通りです。渡り魚の一種で海から海へ空を横断する魚で長時間水を必要としない様、体に油を貯めているのでとてもジューシーで身も引き締まっています」
「この世界では魚は空も飛んでるんだね」
「シュウの世界では飛んでないの?」
師匠が不思議そうに聞いて来た。
「飛ばない事も無いけど海の上でちょっと飛ぶくらいだよ」
「魚が空を飛ばないなんて不思議な世界ですね」
ディアーヌさんも不思議そうに言ってるけどこっちの世界の進化が訳わからないよ。
「お待たせしましたメインのグレイスドールバイソンのファウズ茸のソースです」
出てきたのはステーキの上にトリュフのようなキノコが薄切りで乗っており、茶色い良い匂いのソースがかけてあった。
ナイフを入れると抵抗なく刃が通りソースをつけて上のキノコと一緒に口に入れるとソースの控えめな甘塩っぱい味とお肉のしっかりとした旨味にキノコの独特の風味が混ざり口の中で渾然一体となり喉へと落ちていった。
「うまーい!」
まさに語彙力が無くなるうまさだった。
「ありがとうございます。このグレイスドールバイソンはグレイスドールの特産品でございます」
ララさんが師匠に赤ワインを注ぎながら僕に説明してくれた。
それから僕たちはデザートを食べ、食後のティータイムを楽しんでいた。
「それにしても何でこんな低いところを飛んでいるの?雲の上とか飛ばないの?」
何となくの疑問を口にすると師匠が答えてくれた。
「雲より高い所を飛ぶと機械天使に撃ち落とされるからよ」
「機械天使?天使がいるの?」
「あの天使との繋がりはハッキリしないんだけど、古代魔法時代の遺物で今も稼働し続けているみたいなの」
「え?!じゃあ雲を越えたら無差別で襲いかかって来るの?」
「そうね」
「なんて迷惑な話だ」
「しかし空を飛ぶ超大型の魔物も退治してくれていると言う話もあるんですよ」
ララさんがいつものようにお茶のおかわりを入れながら補足すると、それを一口飲んでディアーヌさんが口を開いた。
「そして機械天使が居るのも飛空挺の現存数が少ない原因の一つですわ」
「機械天使以外の危険は無いの?」
「後は空を飛ぶ魔物が居ますがこのサイズの船へ襲って来る魔物は普通いませんので安心して空の旅をお楽しみいただけますよ」
ララさんが答えながらお茶のお代わりを入れてくれた。
それから二日は実に快適で食事の美味しい旅だった。だが問題は最終日に起きた。
「ねぇ師匠、なんか向こうの方の空変じゃない?」
僕が甲板でぼーっと空を眺めてると向こうから黒い靄の様な物が飛んで来ていた。
「あれは、まずいわね中に入るわよ」
師匠が読んでいた本を閉じてワインの瓶を持って船室へ向かうので僕もついて行った。
ドアを閉めた次の瞬間ゴガガガガガと船へ何かが突進する音が鳴り響いた。
「何?!何が起きてるの?」
「魚よ、空飛び魚の群れに突っ込んだんだわ」
二人でロビーへ喋りながら向かうとロビーではディアーヌとララが居た。
「シュウ様ティーレシア様ご無事でしたか!」
「ディアーヌさんも大丈夫だった?」
その時船の外を見ていた僕は嫌な物を見てしまった。
「窓ガラスが突撃してくる魚で真っ赤だね、空飛び魚苦手になりそうだよ」
「私は一度操舵室へ行きますが皆様はどうされますか?」
そう言ってディアーヌがロビーのドアを開けた。
「私たちも一緒に行くわ」
師匠の一言で僕達も操縦室に行く事になった。
道すがらララさんが話してくれたが通常、飛び魚の群れはレーダーに映るらしく普通は避けて航行しているらしい。
操縦室につきドアを開けると操舵室は意外と広く、真ん中に水晶の様な大きな球が浮いていて、その周りでは色々な計器とスタッフがにらめっこしていた。
入ってすぐに椅子や机が置いてあるスペースがあり僕たちはそこへ集まった。
そんな中、二人の少し偉そうな制服を着た男が何かせわしなく動き透明の球体を操作していた。
「船長!何が起こっているのですか?!」
「これはディアーヌ様申し訳ございません!急にレーダーの情報がおかしくなり飛び魚の群れへ突入してしまいました!」
「船体は大丈夫ですか?!」
「この船体は古代の遺物を使っていますので飛び魚に負ける事はありません、しかし今レーダーが見えない為、いつこの飛び魚の群れを抜けるのかが分かりません」
がりがりと船体を削るような音と操舵室の全面の窓は飛び魚が大量に張り付き前が見えない。
「船長レーダーが少し回復しました」
水晶の様な球体の中心に船のマークが浮かび周辺の様子がなんとなくわかるようになっていた。
「古代の遺物は相変わらずオーバーテクノロジーだね、この大きな影は何?」
僕がレーダーに映った大きな影を指さすと船体が激しく揺れた。
「船長!飛竜の攻撃を受けています!」
副船長が何かの画面を見て悲痛な声を上げた。
「ディアーヌ様、飛び魚の血の匂いで興奮した飛竜の群れがこちらへと向かってきています」
「揺れますので何かにおつかまりください!」
船長の叫びと共に船がさらに激しくゆれ続けた。
「だめだ、このままではさすがに船が持たないかもしれない、一度ギリギリまで上昇しますので皆様そこの椅子へおかけください」
船長に言われ操舵室の壁面に有る椅子に全員腰をかけた。
「雲の上へあがると機械天使は絶対に来るものなの?」
「デッドラインを少し超えるだけなら大丈夫かもしれませんが、分からない事が多すぎて断定はできません」
ララさんと話していると計器を見て何か操作していたスタッフが声を上げた。
「デッドラインまで後八〇、飛竜が離れていきます。当船も急いで降下します」
「よかった、このまま何もなければいいんだけど」
僕がそう言った時船体が爆発音と共に激しく揺れた。
振動で魚がはがれ少しだけ視界が確保された窓から外を見ると不気味な姿が浮いていた。
それはつるりとした質感のマネキンの様な姿で、体より大きな羽を左だけ生やし、腕が右腕しかなかった。
何より異質なのは本来顔がある部分にクルクルとキューブが回っていた。
「ディアーヌ様申し訳ございません、機械天使に見つかってしまいました。お嬢様方だけでも脱出ボートでお逃げください」
「船長はどうされるのですか?!」
「私どもはなんとか天使を引き離し脱出しますので、お先に脱出ください!」
「ディアーヌ様行きましょう」
「わかりました、船長もなるべく早く脱出してください!」
僕たちは揺れる船体の中、船の底の方にある脱出ポットへ向かった。
脱出ボートは普通の小型のボートみたいな形で何とか5人乗れるぐらいの大きさでみんなが内側へ向けて座る形だった。
「それではシートベルトは閉められましたか?」
ララさんがみんなに注意して操作をすると、ゆっくりと下部のハッチが開いて遠い地面が見えた。
「衝撃に備えてください!行きます!」
ララさんの声と共にかなりの速度で射出され、そのまま落ちて行くのかと思ったら、ボートは少し下向きになっただけ滑る様に空を進んだ。
後ろを見ると少し遠くなった飛空艇が周りを飛び回る小さな黒い天使の体当たりで徐々に解体されていた。
「これは落ちて行くだけなの?」
「そうです、ゆっくりと降下する機能のみとなりますので地面に到着時の衝撃にお気を付けください」
ララさんがそう言った瞬間、世界に色が失われていった。
目呪印さんの視界には僕らの後ろからもう一匹の機械天使が光の環の様な物をこちらへ放っているのが見えた。
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