第79話 月と子供と銀狼と


 僕が放ったファイアーアローを二匹のライカンスロープが左右に分かれて避けたので、それぞれ一対一で戦う流れになり、僕は右の虎男と向かいあった。


 虎男の手にはマチェットと呼ばれる、大きな鉈の様な先に行くにつれて刃が大きくなった獲物が握られていた。

 僕は距離を取りながらファイアーアローを撃ち続けると、執事と違って虎男は避けたりマチェットで打ち払ったりと当たるのが嫌そうだったので、そのまま打ち続けながら近づき間合いに入る前に光る目つぶしファイアーアローを放った。


「ぐあぁ!」


 ちょうど顔を狙った目つぶしアローをマチェットで弾いてくれたので、目の前で発光した虎男は闇雲にマチェットを振り回している。


 僕は呪印に力を込め、ゆっくりと流れる世界の中マチェットを振り回す虎男の剣線の隙間に滑り込み爪呪印を虎男の胸へと突き刺した。


 虎男は胸を貫かれてもなお僕を切りつけようとしてくるので僕は虎男の胸を蹴り距離を取ると世界に色が戻っていった。


 エイドルの方を見るとそちらも丁度終わった所で熊男が頭を割られて後ろへ倒れ込んでいた。


「執事より全然弱かったね」


「そうだな、ただの力任せのライカンスロープだったな」


 そう言いながらエイドルは剣に付いた血を振り飛ばし僕の方へ歩いて来た。



「はぁ、下等な人間と獣人風情がよくもやってくれたな」


 声がした方を見ると最初にライカンスロープに指示を出していた男がこちらへ歩いてきていた。


 丁度木の陰から出て月に照らされたその男の姿は、青白い肌に整った目鼻立ちで怒った顔でむき出しになった歯には乱杭歯があり、どう見ても吸血鬼だった。


「いやいや、不可抗力だよ。そっちが人攫ったり襲ってくるから仕方なく戦ってるだけだよ」


「うるさい!お前らの血は一滴残らず吸い尽くしてやるからな!」


 そう言いながらヴァンパイアは腰に差していた剣を抜くと、その形はロングソードだったが剣の厚みが通常の三倍ほどあり、剣と言うよりほぼ鈍器に近い物だった。


「僕の血はやめた方がいいと思うけどね」


 そう言いながら僕は執事と戦った時の様にエイドルと左右に分かれて挟み込む様な位置についた。


 初手から目つぶしファイアーアローを五発同時に撃ちながらエイドルと合わせて走り込んだが、ヴァンパイアもアイスアローを同じだけ撃ち、僕の魔法を全て打ち消してきた。しかも打ち消すだけじゃなく僕の魔法よりでかいアイスアローがファイアーアローを飲み込み、そのまま僕の方へ返って来たので横に大きく飛んで転がったが、そこへヴァンパイアが走り込んできて上段から剣を振り下ろしてきた。


 僕は咄嗟に爪呪印で受け止めたが、そのまま押しつぶされるように地面に叩きつけられた。


「ぐあぁはっ!」


 背中が地面にめり込むほどの勢いで叩きつけられて息が出来なくなっているとヴァンパイアの後ろからエイドルが切りかかっていたが、ヴァンパイアはあんな大きくて重そうなロングソードを片手で振り回し、エイドルは剣ごと車にでも跳ねられたかの様に弾き飛ばされた。


 僕はその隙に何とか転がり距離を取った。


「逃げるな!さっさと死ね!このゴミ共が!」


 そう言いながらヴァンパイアが僕を狙って切りかかって来たので肉球呪印にさらに力を追加してこちらからも爪で切りつけた。


 甲高い金属がぶつかり合う様な音が鳴り、なんとか力が拮抗した事にヴァンパイアが悔しそうに牙を剥いた。


「貴様何者だ?!その爪と力は何だ?!」


 ギリギリと凄い力で僕を押してくるので僕も何とか耐えながら口を開いた。


「ただの、人間だよ。ちょっとだけ人より丈夫なね!」


 そう言いながら押し合いをしていると、その隙にエイドルが後ろからヴァンパイアに斬りかかった。それをヴァンパイアは左手で受け止めたが肘あたりまで食い込んででエイドルの剣は動かなくなってしまった。


「うぐあぁぁぁあああ!」


 ヴァンパイアは叫び声をあげて耐えているので僕とエイドルは力の限り押し込むが、ほぼ動かなくなかった。


 じりじりと押し合いをしていると雲が月を隠したのか暗くなって来た。


 時間が経ってヴァンパイアは回復してきたのか僕とエイドルを徐々に押し返しだし、エイドルが切りつけた腕も少しづつだが押し出される様に抜けていった。


 その時、月が陰ったせいでギリギリまでわからなかったが、真っ黒な影が森から飛び出して来たので目呪印で確認すると狼のライカンスロープだった。


 その狼男はこちらへ凄い速さで走ってきていた。


 僕もエイドルも力を抜くと逆に切られそうなので動けないでいると、狼男はそのまま真っ直ぐに走ってきて後ろからヴァンパイアの胸を爪で突き刺した。


「え!?仲間割れ?」


 その隙にエイドルはヴァンパイアの肩から先を切り飛ばし、僕も剣を弾き飛ばして少し距離をとった。


「なぁぁなんだぁぐふぁああああ」


 叫び声を上げるヴァンパイアにさらに狼男が首に噛みつき、ヴァンパイアの首を噛みちぎった。


 倒されたヴァンパイアは首も腕もない状態で胸から血を流しているのにしばらくもがき、顔の方もパクパクと何かを言っていたが声にならず、やがて動かなくなった。


 僕とエイドルは状況がわからず警戒していると、狼男は動かなくなったヴァンパイアを馬車の方へ放り投げて口を開いた。


「ちょうどいいタイミングだったんじゃないか?」


 そう言う狼男の声と肉球呪印の力で敏感になった鼻から感じる匂いで誰かわかってしまった。


「バイス!ナイスタイミングだよ!」


 僕はそう言ってバイスと握手をすると、それを見てエイドルが口を開いた。


「何だ?誰だ?そいつはシュウの知り合いか?仲間なのか?」


 エイドルにバイスのことを紹介していると馬車の扉が開いて誰かが降りてきた。

 

「あーあ、何で僕の下僕を全部殺すんだよぉ、やめてくれよ」


 そう言いながら姿を表したのは、大きな荷物を脇に抱えた子供だった。


 片手で抱えられている大きな荷物は、俯いていて表情はわからないがピンクの髪をして朝別れた時と同じ服を着ている。


「リエル!」


 僕が叫んで近づこうとすると子供が手で僕の動きを制して口を開いた。


「おっと、それ以上近づくなよ、こいつを殺すぞ」


 ナイフの様な刃物がリエルの首に突きつけられたので足を止めると、雲に隠れていた穴の空いた月が顔を出し辺りを明るく照らしたおかげで小さな影の顔がハッキリと見えた。


「レオ?」


 月明かりに照らされたその顔は、毎日リエルと遊んでいた近所の子供レオだった。


「何でここに?どう言うこと?」


 レオは太陽の下で遊んでいた。ヴァンパイアなら日中は外に出るはずがないしどう言うことだ?


「いやいや、わかるだろ?僕もこれと同じヴァンパイアだよ」


 そう言いながら足元に倒れているヴァンパイアを蹴り飛ばした。


「でも、レオは太陽の下に出ていたじゃないか」


 僕が疑問をぶつけると、レオは首に巻いたストールを外しながら口を開いた。


「克服したんだよ。偶然だけどな」


 そう言ってレオが着ていたジャケットとシャツの胸元を開けると、そこにはキューブが中途半端に埋まりそれを中心として青白く光る血管の様なものが体へ伸びていた。

「キューブ!?」


「お前には馴染みが深いんじゃないか?なんせティーレシアと一緒にいたんだからな」


「なっ!?なぜティーのことを知ってるだ?!」


 僕の返事に満足したのかシャツの前を閉じてポケットに手を突っ込んだ。


「そりゃ知ってるよ。なんせ百五十年前、白い悪魔にこれを取られたんだからなぁ!」


 そう言ってポケットから取り出したのは師匠が落札しようとしていたヴァンパイアの心臓だった。あぁ、

師匠セリ負けたのか。


「やっと、この貧弱な体とはお別れだよ」


 レオは手に持った心臓をそのまま口に持っていき、まるで蛇のように飲み込んでしまった。


「ぐぅう、くふぅぅうううう!力が返ってくる!」


 叫びながらレオの体はどんどん膨らんでいきあっという間に大人のサイズになった。その姿は金髪に金目で青白い肌とレオの姿とはかけ離れたものだった。


「おいおいとんでもねーバケモンだぞありゃあ」


 エイドルがレオの溢れる魔力を感じて少し後ろに下がった。


「ああ、長かった。これだよこれ、忘れていた感情だ、この飢えと言うのはなぁ」


 そう言いながらレオはリエルの首に口をつけた。


「やめろ!やめろー!」


 僕は叫びながら急いでレオの頭目掛けて爪で切りつけると、レオはそれを左手で受け止め僕を蹴り飛ばした。


 軽いケリに見えたが僕は屋敷の壁まで吹き飛んだ。それを見ていたエイドルとバイスも切りかかったが剣もバイスの爪も体に刺さらず僕と同じ様に吹き飛ばされた。


「ふぅ、ゆっくり食事もさせてくれないのかよ。お前たちも後で食ってやるから大人しく待っていろ」


 レオはまたリエルの首筋に牙を剥き、また血を吸い始めた。


「やめろ!やめてくれ!!」


「ふぅ素晴らしい血だったぞ。こいつは天使だろ、この俺に相応しい血だったぜ。ついでにお前たちも吸ってやるよ。このレオファルド様に吸ってもらえるんだありがたく思うがいい」


 そう言って首から血を垂らしているリエルを僕の方へ投げ捨てた。


「リエル!リエル!大丈夫か?!」


 意識のないリエルを抱き抱えると血が足りないのか青白い顔をして息も浅く苦しそうだった。


 僕は急いでマイキーを寝かしている屋敷の入り口にリエルを寝かしてまたレオファルドのもとへ帰って来たが、レオファルドは楽しそうにそれを眺めているだけだった。


「お別れは済んだか?まぁお前もすぐに殺してやるから仲良く行けばいい」


「うるさい!さっさと滅ぼしてやるからかかって来い吸血鬼!」


 僕は叫びながら肉球呪印に力を送ると制御が少し怪しくなり耳と尻尾が生えてくる。さらに力を送ると徐々に視界が狭くなってくるが五感は全て冴え渡っていた。


「そうだな、小さな子供に手出す様な外道はさっさとやっちまおうぜ」


 そう言ってエイドルも剣を構えて間合いをつめ、バイスは何も喋らず身を低くして、もう臨戦態勢だった。


「百五十年ぶりに力が戻ったんだちょっと準備運動に相手をしてやろう、お前たちはどんな味だ?さぁかかって来い」


 そう言ってこちらを見下すレオファルドに僕達は一斉に切りかかった。


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