第32話 井戸と着替えと洗濯と
僕は首が吹き飛んだ狼の前で呆然としていた。
「え?あ、え?そんな事できるならもっと早くお願いしたかったんだけど?」
目の呪印が左右に振れ、違うことを告げてくる。
「今できるようになったって事?もしかしてさっき狼食べたから?」
目が上下に振れその通りと主張していた。裏返して掌を見ると口から少し煙が出ている。銃口か。
とりあえず首の無い狼をまた口呪印に食べさせて進んで行くことにした。
それからしばらく右壁に沿って進んでいると今度は二匹の狼が居たので僕は右手を構えて意気揚々と向かっていった。
「じゃあまたお願いしますね呪印さん!」
狼もこちらへ向かって走り込んで来た。
その瞬間世界に色が失われていった。
二匹が同時に噛みついてくるので体を右側へ飛びながらまるで銃口を向けるように右の狼の顔に手を当てると右手の口から炎の槍が噴き出し同時に世界に色が戻った。
今回は顔を吹き飛ばすことは無かった。変に飛んだせいで狙いが少しずれて首をえぐり取るような形で倒していた。でも狼の質量がでかいのでその大きな体が僕に接触して態勢を崩したところにもう一匹の狼が僕の太ももに噛みつき振り回された。
「ぐぁぁぁっぁぁ!」
振り回されながら、がむしゃらに手から炎の槍を撃ったが狙いが定まらず壁へ叩きつけられ意識を失った。
「ああああああ、でかいやつには正面から挑まないって決めたのに!」
また何処かわからない通路だった。
「また食べられたのかな」
しょんぼりしながら右壁沿いに進むと前から狼が一匹やってきた。
僕は身を低くして狼に向かっていくと向こうもジグザグと飛びながら向かって来た。
その瞬間世界に色が失われていった。
斜め左前から飛びかかって来た狼を右前へ大きく避けながらまた下から右フック気味の掌底を喰らわせると痛みからか狼が素早く後ろへと飛び退った。
その瞬間世界に色が戻っていった。
「あれ?狼の動きに合わせて掌底を食らわせるだけの簡単なお仕事じゃないの!?」
頬を削り取られた狼が距離を取ってこちらへ唸り声を上げている。
「ちょっと呪印さん?何で出ないの?!まさかの弾切れ?燃費悪過ぎない?」
動揺している間に世界に色が失われ狼の牙が迫っていた。
「ぐあぁ、何とか倒したけどきつかった」
あの後何とか首にしがみつき、ひたすら呪印で噛みつくを繰り返し倒すことが出来た。
「痛い、体の色々なとこが折れているかもしれない」
とりあえず狼を呪印さんに食べさせよう。
「あれ?体が痛くなく無くなってきた」
狼を食べさせた後しばらくしたら体の痛い所が無くなった、もしかしてこれも呪印さんの力?
それから何匹かと戦ったが、どうも呪印砲(仮)は一匹食べて二、三発くらいしか打てないみたいでストックも出来ない事が判明した。そして敵を食べると傷や体の調子も整えてくれる事も分かった。
「まぁそうだよね、あんなのが無制限で打てたらおかしいよね。それにしてもあれから何日か経ってると思うけど、お腹空かないし眠くもならない。それも呪印さんの力かなぁ?手が食べてる分でこっちにも身体強化的な力が流れているのかな?だいぶ人外じみて来たなぁ」
僕はそれから何日か掛けて迷宮を彷徨い狼を呪印さんに食べさせ、時に狼に食べられながら下の階へと降りていった。
そして十階に到達したとき突然視界が明るくなった。
なんとそこは草原だった。一瞬迷宮から出る事が出来たのかと思ったが上から降りてきたしよく見るとかなり高いが天井が光っていて太陽は無かった。
「これは、すごいな、壁が見えないとかどんだけ広いんだろう」
後ろを見ると四角い五メートル位のコンクリートの様な建物に入り口がありそこに降りてきた階段がある。そう降りてきたのにこの建物五メートル位しか高さがない、もう一度中に入ると登りの階段がどこまでも上へ続いている。空間が捻れているのかな?
「わからん」
考えるのを諦め進んでいくと草が膝くらいまで茂っているのと所々に木が生えているくらい目印もなく迷子になりそうだった。
「これはどうしようかな壁に沿って歩くことも出来無いし。そうだ!目呪印さん方角わかる?」
手首にある刺青の目玉がグルグルッと回ると、ある一方向を向いて止まった。
「さすが!目呪印さんありがとうございます!」
呪印に媚びながら指し示す方向へ進んで行くがいつまでたっても草原が終わらなかった。
「これどこまで広いんだろう、もう四時間くらい歩いてる気がするけどモンスターも出ないし景色も変わらないし辛すぎる」
それから更に1時間ほど歩いた所に丘があり上に小さい小屋が立っていた。
「え、あれが目標?」
近くで見ると小屋はログハウスのような丸太を組み合わせたシンプルなものだった。
「一応ノックしてみようかな誰か住んでるのかな?」
軽くノックをすると女性の声で返事が返って来た。
「はーい、今開けるから待ってー!」
勢いよく開いたドアから出て来たのは、まるで物語に出てくる妖精のような姿だった。
キラキラと陽の光を反射して光る美しいプラチナのような白い髪が腰まであり。肌は透き通る様に真っ白でそこにある大きな瞳はルビーの様に赤く見ていると吸い込まれそうだった。
目も鼻も口もまるで芸術品の様に整っていた。そして何よりも目を惹かれたのは長く尖った耳、そうそこにいたのはエルフだった。その姿に見惚れているとその美しい顔が歪んでいき口を開いた。
「え?変態?こんな所で?」
白い髪のエルフはニコニコ顔で出て来たのに溢れるような大きな赤い瞳で全裸の僕を見て一瞬で固まり、次の瞬間急いでドアを閉めて小さな隙間からこっちを見ながら閂を掛ける音が聞こえた。
「ち、ちがうんです!モンスターに襲われて服が無くなったんです!」
僕は焦って服がなくなった経緯を説明するとしばらく無言だったがなんとか納得してもらった。
「あ、あー、そ、そうなんだ。じゃあ服を用意するからちょっとそこで待ってて」
それからウェストや袖を紐で縛るデザインのシンプルな服を扉の隙間から腕だけ出して渡して貰い、外で服を着てから家に上げてもらった。
家の作りはシンプルで一つの部屋しかなく、そこにコンロにもなる暖炉とベッドが置いてあり後は棚とテーブルセットが有るだけだった。
「どうぞ、適当にその辺に座って」
そう言いながら棚の方へ歩いて行く白いエルフは生成りの白いノースリーブのワンピースに少し太めの糸で編んだカーディガンを羽織っていた。僕は真っ白なその姿に目を奪われながら椅子に腰掛けた。
「飲み物は紅茶でいいかな?」
「あ、ありがとうございます」
ボーッと見ていると暖炉と一体になっているコンロにかけてあったヤカンからお湯を注いで紅茶を出してくれた。
お礼を言い口に含むと茶葉の苦味が少し感じられ、その後にフルーツの様な甘い香りが口いっぱいに広がった。
「美味しい」
「そうでしょう、自信作なの!」
エルフの女性も褒められて嬉しそうにしながら紅茶を飲んでいた。僕も紅茶をちびちびと味わって飲みながら気になることを聞いてみることにした。
「それにしても、ここは何処なんですか?」
「ここは私の家だけど」
「いやそうじゃなくて」
僕が首を振るとピンと来た様で、飲んでいたカップを置いて答えてくれた。
「ああ、ここは迷宮よ」
やっぱり迷宮なんだ!僕は更に疑問に思ったことを口に出した。
「えっと、貴方はなぜこんな所に住んでいるんですか?」
「ティーレシアよ」
「え?」
「わたしの名前」
唐突な自己紹介に僕も慌てて名乗った。
「え、ああ、シュウです。よろしくお願いします」
「よろしくシュウ。私も貴方と一緒で飛んできたのよ」
「僕と一緒で?飛んできた!?」
「そう呪印の力でね」
「呪印の!?」
咄嗟に手首を見たら目が開いていちいち目を逸らされた。えええ!?呪印のおかげで戦えてると思ったら呪印のせいだったのか!お礼言って損した!
「それがシュウの呪印なの?!すごい力を感じるわ」
目呪印が褒められて嬉しそうにしてるのがムカつく。
「と言う事はティーレシアさんも呪印があるんですか?」
「そうね、ティーでいいわ、同じ呪印仲間だから特別に見せてあげる」
そう言うと着ていたカーディガンを脱ぎノースリーブになり、こちらへ腕を見せるように持ち上げるとシミひとつない真っ白な肌にジワジワと侵食するように影が広がった。そして顔にまで真っ黒な棘のある蔓が絡みつき所々に薔薇の様な黒い花も咲いていた。
髪も肌も真っ白なのに対照的な深い闇の色をした薔薇の蔓が細い手足に絡まり、均整の取れた目鼻立ちとシャープなあごのラインにまで闇が広がっていった。僕はその美しさに目を離す事が出来なかった。
「綺麗だ…」
馬鹿みたいに見惚れてしまっているとティーは顔を赤くして呪印を消してさっさとカーディガンを着てしまった。
「ば、馬鹿じゃない、呪印なんて気持ち悪がられる物だわ。ちなみにこれは土光の呪印って言ってグリーンドラゴンから貰ったの」
そう言いながら照れ隠しの様に紅茶を忙しそうに口へ運んで一息ついたのか少し真面目な顔でこちらを見て口を開いた。
「それであなたはなぜこんな所にいるの?」
僕はいつものように転生からここへ来た経緯を不老不死を除いて説明した。
「そっか、グレイスドールで寝ていて起きたらこの迷宮に飛んでたってことね」
「飛んでたって言うのはどう言う事ですか?」
僕の質問に知らないの?と不思議な顔をして口を開いた。
「呪印をもらった時にドラゴンに聞かなかったの?呪印の力である一定の範囲にダンジョンがあればそこへ転移出来るようになっているの」
「え?僕はドラゴンに聞いてないし、知らない間にここに来ていたんだけど」
ティーレシアは形のいい顎に手を当て少し考えて口を開いた。
「もしかすると、その呪印が強力過ぎて貴方の意思のない間に呪印の意思で飛ばされちゃったんじゃないかな?」
とっさに手首にある呪印を見ると完全に目を逸らしている。やりやがったなこいつ。
つねったけど僕が痛いだけで平気な目をしていた。
「じゃあ呪印の力で出ることも出来るんですか?」
ティーレシアの方を見ると首を振った。
「それがこのダンジョンは作りかけみたいで出口も入り口も無いの」
「え!?じゃあ僕達は一生この何処かも分からないダンジョンで過ごすしかないんですか?!」
焦って詰め寄る僕の肩を押し返しながら答えてくれた。
「ちょ、ちょっと近いって!落ち着いて、大丈夫だから。ダンジョンを消滅させれば外に弾き出されるから」
ティーレシアに両肩を押さえられて椅子に押し戻された。
「よかった、出れるんですね。でもどうやってダンジョンを消滅させるんですか?」
「簡単よ、ダンジョンコアになっているキューブに呪印を押し当てるだけだから」
そう言いながらティーレシアは僕の手首を指で指した。
「ダンジョンもキューブで出来てるんですね!早く壊して出ましょう!」
「それがね、この先に問題があって、今ここで休憩していたの」
「問題?階段が無いとかですか?」
「階段は有るんだけど、ここから先はゴーレムばかりなの」
「ゴーレムだと何か問題があるんですか?」
「ええ、私は魔法を主体で戦っているんだけど、ここのゴーレムは魔法が効かなくて。だからゴーレムを一体一体身体強化で攻略してたんだけど身体強化は魔力の消費が多くてどうしても魔力が戻るまで時間がかかるから拠点を建てて攻略していたの」
「それでここで休憩してたんですか?家まで建てて?」
「そうね」
そのあと色々話を聞いてみたがエルフの価値観がすごかった。
彼女はエルフの中でもハイエルフと言うらしく、どちらかと言うと妖精に近い存在で寿命が限りなく長く(ほぼ無い)普通の人間の一、二日の感覚でここでもう一年ほど過ごしているらしい。こんな所で家建てられるってどんな技術かと思ったが魔法が使えると身体強化が出来て、かなりの物(丸太)まで持ち上げれるし呪印の力で食べ物もあまり食べなくていいそうだ。
とりあえず話が一区切りついたので外の井戸を案内されて体を洗うようにやんわり進められた。確かに体中返り血で頭もバリバリだった。
体を洗い終わると新しい服まで用意してくれていて至れり尽くせりだった。
「じゃあこの後の話なんだけど、あなたも先に進みたいのよね?」
「そうですね僕は早くここを出たいと思っています」
「よし、じゃあ一緒に攻略しましょう!」
よくわからないけどエルフと一緒に攻略する事になった。
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