第31話 素手と炎と狼と


 僕は今走っている。全速力で走っている。なぜ走っているかと聞かれると答えは簡単で追われているからだ。



 朝目を覚ますと石で出来た通路で倒れていた。お城のベッドで寝ていたはずなのに、夢を見ていると自分に言い聞かせ歩いていたが、今僕は裸足で全裸だったので絶対寝てる間に殺されてどこかへ捨てられたと思う。


 今歩いている通路は幅が二メートルほどあり何故か全体がほんのり明るく視界には困らなかった。



 起きてからどれくらい経っただろう、迷子なので右の壁に沿ってひたすら歩いているところだった。何度目かの角を右に曲がるとそこに居たのは大きく裂けた口にびっしりと生えた牙、大きく垂れた鼻。耳は尖り目は小さい醜悪な顔、闘技場でお世話になったオークが居た!しかも素手と棍棒の奴が二匹も!


「ぐおおぉぉぉぉぉぉぉん!!」


 聞き覚えのある叫び声に僕はすぐ反応し反対を向いて走り出した。


「無理無理!素手は無理。しかも二匹は絶対無理」


 長い回廊を右も左も関係なく全速力で走り丁字路を左に曲がるともう二匹オークが居た。


「これは死んだね」


 そう思った瞬間、世界に色が失われて行った。


 向かって右側のオークの棍棒が上段から振り下ろされるのを前へ進みながら左にかわすと、左側のオークの棍棒が左から僕の頭に迫って来ていた。僕はさらに前へ進みながら身を低くしてスライディングで二匹の隙間を通り抜けると世界に色が戻った。


 色は戻ったけど見えたのは行き止まりの灰色の石の壁だった。


「最悪だ」


 急いで振り向くと戻っていた世界の色がまた失われていった。


 向かって左側のオークが棍棒を振り下ろして来ていたので体を左の壁の隙間へ半身にして前へ進みながらかわし、棍棒を振り下ろしきっているオークの両目へ指を突っ込んだ瞬間世界に色が戻っていった。


 汚い汁が付いた指を引き抜き痛みで暴れる左側のオークの陰に入っているのでもう一匹のオークがまごついている間に後ろへ抜けると最初の二匹のオークが待っていた


「忘れてた」


 向かって左のオークが僕に掴みかかってきたので右手の掌底で掴んできた腕をかちあげると右手の口の形の呪印がオークの腕の肉を食いちぎった。


「え!?そんなこと出来るんですか!?」


 そのまま怯んだオークに体当たりをしてもう一匹の方へ押しのけ走り抜けた。


「なんとか抜けた!呪印さんありがとう!」


 そのまま真っ直ぐに走っていると世界に色が失われていった。


 次の瞬間左右の壁の穴から避けきれない数の矢が飛んできて意識を手放してしまった。





 気がつくと、全然違うところだった。


「死んだのかな」


 それに多分この感じはオークのうんこに転生してしまったのかもしれない、周りに落ちてるしね。


「はぁ、ほんとにここどこなんだろう」


 とりあえず通路が全然わからないのでとにかく前へ進んでいるとまたオークに出会った。


「一匹か、なんとかなるかな?口呪印さんさっきのできるかな?」


 ての口の形の呪印を見るとパクパクと動いている。多分オッケーのサインだろう。


 僕はゆっくりとオークに近付いて行くと向こうもそれに合わせて棍棒を構えた。


 オークの間合いに入るとその瞬間世界に色が失われていった。


 水の中にいるような感覚で動きながら振り下ろされる棍棒を左へ避け、右手の掌を押し付けるようにオークの首へと這わせた。


 その瞬間世界に色が戻った。


 そして色が戻ったのを見せつけるようにオークの首からは鮮血が溢れ出した。


 首に手を押し付けていたが痛みに耐えながらオークがこちらへ必死で棍棒を振り回してくるので首を離して後ろに下がると、その瞬間世界に色が失われていった。


 色が失われた世界の中、投げつけてきたのかオークが振り回していたはずの棍棒が僕の顔の目前まで迫っていたので何とか力の限り首を動かすと、耳が少し切れたがギリギリで避ける事に成功した。


 何とか避けたので体を捻った変な体勢だったがオークを見ると棍棒に続いてオークがその裂けた口を大きく開き噛み付きに来ていた。


 ゆっくりと流れる世界のなか、僕は口を開けて掴みかかってくるオークの右腕を左手でつかみ、そのまま噛みついてくるオークの顔に下から右手で掌底を食らわせ、噛みついてくるオークの力を利用して一本背負いの様に背中から硬い石の地面へと叩きつけた。


 頭も打ったのか足が震えながら起き上がろうとするオークの顔面に右手の掌底を喰らわせるとオークが悲鳴をあげて後ろに反り倒れた。


「食いちぎる掌底とか恐ろしいね」


 僕は少し下がり棍棒を拾い上げ呪印さんに鼻を食いちぎられてうずくまっているオークの頭に叩きつけた。




 それから少し進むと降りる階段を見つけた。


「ここ本当にどこなんだろう、窓がないから地上か地下かもわからないし、地下ならならとにかく上へ上がらないとだめだし地上なら下がらないとダメだしなぁ。でも上へ行く階段は見当たらないし、まぁ考えても分からないしまずは降りてみようかな」


 僕は全裸に棍棒一本と言うオークとほぼ変わらない格好で階段を下がっていった。


 階段を降りるとそこはさっきと全く変わり映えしない洞窟だった。


「あー、これは多分ダンジョンじゃ無いかな?さっきの階も通路しかなかったし。モンスターいるし絶対ダンジョンだよ。でもなんで?寝てる間に連れて来られたのかもしれないけど、もしそうならひどく無い?せめて百歩譲って革鎧と剣くらい持たせて「行ってくるのじゃ勇者よ!」って送り出してくれた方が精神衛生上いいよね。まぁ愚痴を言ってても仕方ないしわからないから進もうかな」


 この階も同じ様に右壁沿いに進んでいると前からオークが二匹やってきた。


 オークも僕も棍棒を構えてジリジリと距離を詰めていったがオークの方が僕よりリーチがあるので先に棍棒を振り回してきたその瞬間世界に色が失われていった。


 二本の棍棒が頭上から振り下ろされてきたので体を右後ろへさげて攻撃を躱して、右側のオークの伸び切った腕へ棍棒を叩きつけた。


 ゆっくりとした時間の中、骨を砕く感触が僕の手に伝わってくると腕を叩かれたオークは棍棒を落として怯んだが、その隙きに左のオークが振り下ろした棍棒を力任せに僕の方へ振り上げてきたので右前へ進みながら棍棒で受け流していると腕が折れたオークが口を大きく開いて噛みつきに来た。僕は咄嗟に棍棒を手放し、右手の掌底を噛みついて来ているオークの顔に食らわせると掌底を食らわせたオークは顔を押さえ後ろへ転がった。


 右の手首が左に引っ張る感覚があったのでそちらに目を向けるとまた左のオークが棍棒を振り下ろしてきたので左側へ躱し、棍棒を振り抜き伸びているオークの右の肘に下から掌底を叩きつけるとひじから血が吹き出し棍棒を取り落としたので更に顔面にも掌底を喰らわせるとオークは顔中血だらけになり後ろへと転がった。


 その瞬間世界に色が戻っていった。


 その後口呪印さんがさっきの掌底で目の辺りを食いちぎってくれていたので危なげなく二匹のオークを棍棒で殴り倒した。


「口呪印さん凄いです」


 褒めると手のひらの口はにっこりしていたが噛み付いた時の血が口の端についていて少し怖かったのでひっくり返すと手首の目が睨んでいた。


「イヤイヤもちろん目呪印さんも凄いよ!」


 誰もいない通路で呪印の機嫌を取りながら僕はまた全裸で進んでいった。



 あれからオークばかり出てくる通路を進み続け、階段を見つけたのでう下に降りるとまた同じ作りだった。


「違うのはモンスターが黒い狼になった事だね、本当に狼との縁があるみたいで嫌になるよ」


 階段を降りてすぐにあの真っ黒な塊と目が合った。


 棍棒を構えていたが恐ろしくジグザグに走ってきて狼が飛んだ瞬間世界に色が失われていった。


 でかい、三メートルほどありそうな巨体が口を開いて迫って来た。


 僕はそれに合わせて棍棒を鼻へ叩きつけたが狼は直前で鼻面を下に下げて頭で受けると棍棒が砕け散り、そのまま体当たりを喰らい上に覆い被さられ首に噛みつかれてそのまま意識を手放した。




 目が覚めるとまた知らない場所だった。


「でかくて早い奴には真正面からは挑まないって家訓にしよう!」


 また素手になってしまったが逆に中途半端な武器より掌底で削って行った方がマシなのかもしれない。


 そう思いながら僕は地下三階(予想)をまた右の壁に沿って進んでいると、また前から黒い狼がやってきた。


 こちらに気づき 身を低くした狼はグルルルと低い声をあげて睨んでいるので僕は熊にあった時の様に目を合わせたままゆっくりと後退して逃げようかと思ったが少し下がったら向こうがこちらへ走り出したので無駄だった。


 狼が飛んだ瞬間世界に色が失われていった。


 狼は低い姿勢からかなりの速さで大きな口を開いて噛みつきに来たので僕はゆっくりとした時間の中、狼の下顎へ右手の掌底をフック気味のアッパーで喰らわせた。


 狼が顎への衝撃と手のひらに噛まれた痛みで体勢を崩しながら僕に当たってきたが、なんとかそのでかい首へとしがみつき背中側へ回り込んだ。


 そこからはただひたすら暴れる狼の首にしがみ付き続けた。


「はぁはぁはぁ、倒した、のか?」


 なんとか首にしがみ付き右手の口をひたすら押し付けるだけのグダグダの戦いで勝利を収めた。少しづつ食いちぎって行くから全裸だけど狼の返り血で全身真っ赤で赤い全身タイツを着てるみたいになってしまった。


 そのまま行こうと思ったら呪印の目が狼の死体を見続けていることに気がついた。


「呪印さん何かあるのかな?」


 なんとなく狼に手を当てると呪印が狼をモリモリ食べ始めた。かなり、いやめちゃめちゃグロい。


「生きてる時はあんなに少しづつしか削れなかったのに死ぬとケーキくらいパクパクと食べて行くのは何でなんだろう?まぁ良いけどゆっくり食べられてもグロいしね」


 全部キレイに食べ終わった後、試しに自分の体の血の跡に当ててみるとなんの感触もないのに手を当てた場所の血の跡がなくなった。


「ありがとう呪印さん、ブルードラゴンの言ってたことは本当だね凄い役に立ったよ」


 褒めると口呪印さんはにっこりしているような気がする。


 その後、僕はお決まりの右壁に沿って進んでいると、また狼が出て来た。


「またか」


 仕方なく僕は狼に向かって走り出すと狼もこちらへ向かって飛びかかってきた。


 その瞬間世界に色が失われていった。


 さっきの戦いと同じように左に避けながら顎に掌底を喰らわそうとした時それは起こった。


 ゆっくりと流れる時間の中、掌底を狼に食らわそうとした瞬間ドゴッ!っと言う低い音と共に狼の顔が吹き飛んで口呪印さんから出た炎の槍がそのまま壁まで当たり壁を激しく焼き焦がした。


「えええええええぇ!?そんなん出来るんですか?!」

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