第63話 水とお菓子と結界と


 僕は剣を抜くと木の間から飛び出しゴブリンに斬りかかった。


 真ん中のゴブリンはまだ気が付いていなかったので後ろから首元に一撃入れると、首から血が噴き出しそのまま倒れ動かなくなった。その瞬間世界に色が失われていった。


 呪印の目で右から突いてくるゴブリンが見えたので、それを後ろに下がり躱すと左からもう一匹のゴブリンが足元に噛みつきに来たのでさらに右後ろにジャンプして距離を取るとその瞬間、世界に色が戻っていった。


 僕は突いて姿勢が崩れているゴブリンの方へ進み上から頭を叩き割ると、もう一匹は逃げて行った。


「大丈夫ですか?」


「あ、ああ、ありがとうございます」


 その司祭は茶色い大きな瞳をうるわせ赤い髪を後ろで下の方で束ねた可愛らしい女性だった。


 服が少し破れていたが怪我は無さそうだったので手を伸ばすと僕の手を掴んで立ち上がった。


「本当にありがとうございました。もし助けていただけなければ死んでいるところでした」


「こんな所で一人で何をしてたの?」


「ここはある偉大な司祭様が魔王と戦った時に殉職したと言われている場所なんです。なので毎日祈りを捧げているんです」


「でも一人で来るのは危ないんじゃないかな?」


「今までこんな場所でゴブリンが出たことがないんです。周辺を巡回する兵士もいますし」


 とりあえず僕はその司祭を連れてリエルと子供を迎えに行き一緒に街へ帰る事にした。


「明日からは念の為誰か連れて行ったほうがいいね」


「そうですね何人か連れて行く事にします。所でもし良かったら今から教会へいらっしゃいませんか?ぜひお礼をさせて下さい」


「お礼なんていりませんよ。子供達もこんなにいっぱいいますしね。たまたま僕が近くに居ただけですから」


「では子供達に良かったら甘い物でもいかがですか?」


「「「食べたい!」」」


「ふふ、じゃあ決まりですね、お待ちしております」


 あんまり会話を聞いてないかと思ったらしっかり聴いていた甘い物に食い付いた子供達のせいで教会にお邪魔することになってしまった。


「じゃあ一度ギルドに帰り孤児院に寄って荷物を置いてから行きますね」


「はい、わかりました。それでは教会の入り口でクローベルをお尋ねください」


 クローベルと別れギルドに寄ってから孤児院に帰ると師匠が戻って来ていたので話をすると、ここの水を出す魔道具を確認したいと言う事で一緒に行く事になった。



 教会の前には相変わらず水を恵んで貰う為の、すごい数の人たちが列をなしていた。


「ねぇ師匠ここの水大丈夫なのかな?」


「見てみないと分からないわね、とりあえず行ってみましょう」


 僕たちが列に並ばず教会の方へ行くと警備の兵に行く手を阻まれた。


「そこのお前達!水が欲しいならさっさとあの列の後ろに並ばんか!」


 よほど雑踏警備でイライラしているのか最初から口調が厳しい。


「いや僕達はクローベルさんに呼ばれて来たんですが」


「は?お前達みたいに汚らしい奴らがクローベル様に呼ばれるはずないだろう勝手に名前を出すんじゃない!どうせ水の列に並ぶのが嫌なんだろう!追い返されないうちにさっさと後ろに並ばんか!!」


 兵士が槍をこちらに向けて僕達を威嚇していると、その後ろの扉が開いてクローベルが顔を出した。


「あら来てくださったんですね。遅かったんで心配していました」


 クローベルさんが僕達を知っているのをみて兵士は僕達とクローベルを交互に見た後、一気に青ざめたと思った土下座する勢いで頭を下げて来た。


「申し訳ございません!私の勘違いでございます!」


「ベンさん、それはどう言う事ですか?みなさん少しお待ちいただけますか?」


 あの、その、と言いながらベンと呼ばれた兵士はドアの向こうへとクローベルさんに引っ張られて一緒に消えて行った。



「大変お待たせしました。さぁ行きましょう」


 それからしばらくしてクローベルさんと一緒に出てきた兵士は別の人になっていた。


「まさかベンさんは、し、死んだ!?」


「殺してません!人聞きの悪い事言わないで下さい!ベンさんは懺悔室で反省してるだけですからすぐ戻ってきますよ」


 僕のボケにクローベルさんがしっかり突っ込んでくれたので満足しながら僕達は教会へと入って行った。


「ここでも教会はお水を配ってるんですね」


 僕がクローベルさんに話しかけると笑顔で説明してくれた。


「そうなんです。神の御業により信徒の方々にお水を提供しているんです」


「もし良かったら水が出ている所って見ることが出来ますか?」


「ええ、構いませんよちょっと寄って行きましょうか」


 クローベルさんは快く返事をしてくれ、例の女神像の元へと連れて行ってくれる事になった。


 いくつかの扉をくぐると六メートル四方ぐらいの石作りの部屋があり、その部屋の中心に噴水が設置され、その噴水の真ん中にある女神像の前に出した掌から水が溢れ続けていた。


「師匠どう?」


 小声で師匠に話しかけると師匠も小声で話し出した。


「これは普通の魔道具ね、水も問題ないわ」


「良かった、あれは何だったんだろうねやっぱりディアスが原因だったのかな?」


「その可能性が強そうね」


 師匠と僕が話している間にクローベルさんが子供たちに水を飲ませてくれていた。


「クローベルさん貴重な物を見せて頂きありがとうございます。そして水もありがとうございます」


「もう良いんですか?じゃあお部屋に参りましょうか」


 その後広い応接室の様な部屋へ案内され中に入ると魔道具を使っているのか天井全体が明るく光る部屋だった。


「この天井は魔道具になってるんですか?」


「そうなんですよ、ここは窓がない部屋でこの天井の魔道具は遺跡から発掘された遺物らしいです。でもまぁ設置されたのもずいぶん昔のものなんですよ」


「明るくて本は読みやすそうだね」


「そうですね私もこの部屋が好きでよく利用するんですよ」


 そんな話をしている間に次々とみんなの前に沢山のワッフルと蜂蜜が入った果実水が並べられ、子供達は大喜びだった。


「さぁ召し上がってください」


 クローベルさんが笑顔でそう言った時天井のライトが瞬いた。


「やっぱり調子が悪いですね。治ったかと思ったんですが、みなさん別の部屋へ移動しましょうか」


「ちょっと待って、これはちょっとした接続の不具合よ」


 そう言って師匠が手を天井へ向けて動かすと天井に何かの文字がびっしりと表示され師匠がそれを動かすとすぐに光る天井に戻った。


「もう大丈夫よ、最初の設定からおかしかったみたいね」


 師匠が何でもなかった様に座ってワッフルに手を伸ばすとそれを見て子供達も勢いよく食べ始めた。


「ちょ、ちょっと待ってください!あなたは何者なんですか?」


 クローベルさんが天井の遺物が簡単に治った事でかなり驚いた様で師匠に詰め寄った。


「僕達は古代遺跡の研究者なんです。と言っても僕は弟子なんでまだそんなに詳しくはないですけど」


 師匠も無言で頷いていたが、一応以前から師匠と話してこういう時の設定を決めておいてよかった。


「そうなんですか、誰もこの遺物を完全には治せなかったので驚きました。もし良かったらお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」


「ティーレシアよ」


「ティーレシア様ですねよろしくお願いします。もし遺物や魔道具のことで何かありましたらお伺いしても宜しかったでしょうか?」


「ええ、構いませんよ、あと一応僕達はある遺物を特に研究してるんですが、こんなの見たことないですか?」


 僕の話に合わせて師匠が袋から偽物のキューブを出してクローベルさんに見せた。


「残念ながら見た事が無いですね、でもそう言うのに詳しい者が居ますのでまた確認しておきますね」


「よろしくお願いします」


 それから雑談をしながら子供たちとワッフルを遠慮なく食べていると教会の夕方を知らせる鐘が近くで聞こえた。


「そろそろ遅くなって来たので僕達は帰ろうと思います。今日はありがとうございました」


 子供たちと一緒にお礼を言うと、クローベルさんは大きな包みを用意してくれ子供たちに渡した。


「孤児院とお聞きしました。よかったらほかの子供たちにも上げてください」


 そう言ってワッフルを沢山お土産に持たせてくれた。


 孤児院に帰り食後にワッフルを出してあげると流石に甘いお菓子はあまり食べる機会はない様で、みんな奪い合う様に食べていた。


 その夜師匠と昼間のことを話し合っていた。


「それにしても聖都周辺にゴブリンが出るなんておかしいわね、森の奥にワイバーンでも出たのかしら?」


「え!?どう言う事?」


「時々ワイバーンなんかの大型のモンスターがナワバリを変えると、それに押し出される形で弱いゴブリンなんかが生息域を変えて街の近くに現れる事があるのよ」


「えーそれは不吉な話だね、しばらく薬草を集めるのをやめた方がいいかな?」


「でもそんな不確かな話で仕事を辞めていたらギルドにも迷惑がかかるわ。明日は私もついて行くから、とりあえず続けましょう」


 次の日、行きたがる子供達の中から年齢の高い物から三人だけ連れて行く事にした。


「何で俺たちはダメなんだ!昨日は俺たちの方が沢山集めれたじゃないか!」


 置いていこうとしたカルとホップが駄々を捏ねていた。


「逆だよ君たちはもう大丈夫だから得意じゃない子達を連れて行って教えてあげるんだよ、今日は留守番しといてね」


 僕とアメリーに説得されて渋々と言った感じで二人は諦めた。



 その後、午前中は南の森で薬草を集めて昼から北の森でまた集めていると一緒に薬草を摘んでいた師匠の動きがぴたりと止まった。


「おかしいわね、聖都の結界が広がってるわ」


「え?じゃあ魔法使えないの?…ほんとだ」


 次の瞬間師匠が剣を抜いたかと思うと僕の後ろへ切り掛かって行った。


 振り向くとそこには二本足で歩く犬の様なモンスターのコボルトが頭を割られていた。


「シュウまだまだ来るわ子供達を守りながら町へ帰りましょう!」


 師匠がそう言うと森の中からゴブリンやコボルトが次々と出てきて師匠に次々と切り裂かれて行った。


「リエルおいで!みんな!街まで走るんだ!」


 師匠が後ろで次々とモンスターを倒す中、僕はリエルをポーチに入れ子供達を守りながら門まで走った。


 門まで戻ると扉が閉められており、その横の小さな通用門だけが開けられて兵士が急ぐ様に声を掛けていた。


「お前たち早くこっちに来るんだ!!」


 僕たちが小さな門を抜け最後に師匠が入ると門が閉められて閂がかけられた。


 町の中の様子は門が閉められ出入りが出来なくなったせいで騒然としていた。


「とりあえず孤児院が心配だね急いで戻ろう」



 僕たちが孤児院に急いで戻るとアメリー先生がやって来た。


「みなさん無事だったんですね!良かった」


 僕達の姿を見てホッとしたのも束の間、先生が急にキョロキョロと周りを見渡し子供達に聞いて回っていた。


「あれカルとホップは?みんな知らない?」


 アメリー先生が子供達を集めて聞いていると一人の子供が泣きながら口を開いた。


「カルとホップは南の森にこっそり薬草を取りに行ったんだ。いっぱい薬草集めてシュウ兄ちゃん達を驚かそうと思って」


「何ですって!早く、早く迎えに行かないと!」


 急いで外へ出ようとする先生を僕は止めた。


「僕と師匠が迎えにに行って来ます。アメリーさんはここの子供達をお願いします」


 取り乱す先生を落ち着かせ、子供達を任せて僕と師匠は南の門へと向かった。

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