第70話 ニアとスラムと競売と


 エイドルの嫁と娘を落札してくれないかと言うニアさんの言葉に、僕の返事は決まっていた。


「もちろん協力させてもらうよ!いいよね師匠?」


 師匠の方を見ると師匠もうなずいて答えた。


「シュウのお世話になった人の家族なんでしょ?もちろん構わないわ」


 その言葉を聞いてニアさんが僕と師匠の手を取って口を開いた。


「ホンマありがとう!夜に町を襲撃するんも考えたんやけどな、あそこのオークション会場は古代遺跡になっとるみたいなんや」


「古代遺跡?」


 僕が繰り返すとニアさんが説明してくれた。


「自動でオークションを開催するためにオートマタが働いてて防犯装置も生きてるみたいなんや、古代人が何考えて作ったんかは知らんけどあそこに持っていったら自動でオークションへの出品を受け付けてくれるんや」


「じゃあ誰でも出品できるの?」


 ぼくが疑問を口にするとダッシュが答えてくれた。




「そういうわけにも行かないんだよ、そもそもオークションの遺跡は地下にあってね。そこの上と周りの土地はグリーンバーズ家の土地なんだ。だからまずオークションに出したければグリーンバーズに許可をもらってそれからって話さ」




 なるほど遺跡の入り口の土地を持ってる人がいるって事か。




「しかもどうなってるんかしらへんけどグリーンバーズ家は代々あの遺跡のシステムを管理してるみたいやわ。まぁとりあえずオークションの件も何とかなりそうやしよかったわ。シュウは明日グリーンバーズ向かうんやろ?うちらはもうちょっとこの辺で稼いで追加のお金も持っていくわ!」






 その後ニアさん達と盛り上がっているとリエルがウトウトと船をこぎ始めたので別のテントを用意してもらい師匠が寝かしつけてくれた。






 僕とダッシュとニアはお酒も飲んで遅くまで色々な話をした。








 次の日朝ごはんをご食べ(ちゃんと全部おいしかった)エイドルの妻子を買い戻す費用を預かって僕たちは獣人たちに見送られてグリーンバーズへと出発した。






 その日の夕方頃にグリーンバーズへと問題なく到着した。






 まぁ到着したんだけどグリーンバーズの町は雑多な場所だった。




 町を囲む石造りの壁は低く、その外側にもテントやバラックがたくさんあり、町と外の境目も曖昧だった。




「なんかすごいね、この町は入るのに検問も税金も取られないんだね」




「そうね、この町はオークションがあってそこに人が集まって出来ただけだから、簡単に言うと外へ外へ広がり続けている自由市場みたいなものよ」




 町の中もしっかりした二階建て以上の石造の建物もあれば急に木と布寄せ集めた様なボロい家もあり混沌とした様子だった。




 しかし大きな通りを進み中心に向かうと、こんどはしっかりとした壁があり、それをくぐると一気に建物が大きく綺麗になって道もすべて石畳で、お店の外観も内装も豪華になった。




「この辺は全然雰囲気が違うね、急に大都会に来たみたいだ」




 僕がリエルと一緒にキョロキョロしていると師匠が馬車を止めた。




「この宿は馬車も停められるし良さそう、一度入ってみましょうか」




 師匠が見つけた宿は白を基調とした外壁にオレンジ色の屋根が乗って、他の家より大きな煙突が何本か立っていて、さらに人の出入りも多かった。




「熱い湖亭かぁ、名前も良いね!」




 お風呂を想像させるその名前にワクワクしながら宿に入るとその期待に応えるようにその宿は後ろ半分がお風呂屋さんになっていて泊まっている客はいつでも入れるようになっていた。




「よしとりあえずお風呂に入ろうか!」




 そう言って急かす僕の方を見て師匠とリエルが口を開いた。




「まずは食事にしましょう」


「リエルもペコペコー!」




「そ、そうだねみんなお腹減ってるよね、よし!お腹いっぱい食べてからお風呂にしよう!」




 おなかペコペコのリエルに袖を引かれながら一階に併設されている食堂へと向かった。






 食堂は流通が多いのか珍しい魚や獣のお肉とバラエティーに富んでいた。




「なんかよくわからないメニューが一杯あるね」




「なかなか珍しい物もあるわね。このディグシートルブルのステーキなんて一部の海域でしか取れない貴重な物よ」




「師匠、ディグシートルブルって?」




「海で生息している豚の様な獣ね。体の六十パーセント以上が脂肪で現地の人はその油を取って生計を立てているみたいね。体から油と骨と皮と内臓を除いた加食部分はわずか十パーセントにも満たない貴重な物よ。その身は霜降りのお肉でとろける様な甘みがあると言われてるわ」




「うわ、何それ食べてみたい!」


「たべるー!」




 出て来たトルブルのステーキは予想と違った。どう予想と違ったかと言うと紫いろだった。




「師匠?これって腐ってないかな?」




 師匠が赤ワインを飲みながら答えた。




「こういう物よ。確かに慣れていないと色は違和感があるかもしれないわね。もともとトルブルは紫色の海藻の中でその海藻を食べて住んでいるのよ。だからなのか皮膚も骨も肉も紫で別名パープルダイヤモンドって呼ばれているわ」




「別名やたらかっこいいね」




「まぁとりあえず冷めないうちに食べてみて」




 師匠にそう言われて僕はお肉を一センチ程切って恐る恐る口に入れてみた。




 ナイフを入れた感触で柔らかいのは分かっていたが口の中に入れて一口噛むと弾けた。弾けたとしか表現ができないが口内に肉汁が溢れ出した。




「なにこれ!溶けた!溶けたよ!」




 ただ柔らかいだけじゃなく、すごく濃い肉の味と脂の甘味が絶妙のバランスで口の中に広がり野生動物特有の臭みも全くない高級な和牛に近い味わいだった。




 リエルも夢中で食べていた。




「ウマイねー、ウマ」




「ウマイじゃなくて美味しいでしょ」




 師匠がそう言いながらリエルの口の周りを拭いてあげていた。




「今まで食べてきた肉は靴底だったのかもしれない」




「何馬鹿なこと言ってるの、でも本当に美味しいわね。ディグシートルブルは北の海域以外ではほぼ生息していないから、こんな大陸の真ん中で食べられるのは凄いことだわ、ここが商業都市っていうのも伊達じゃないわね」






 僕達はその後も珍しい食材を食べて満腹なり、その後は念願のお風呂へと入ることもできた。




「あー気持ちよかった、それにしてもこの辺はもう水不足じゃないみたいだね」




 そう言いながら布団で寝ころんでいると横で本を読んでいた師匠がちらりとこちらを見て口を開いた。




「そうね、ここから北へ向かうと大陸最大の湖ディープブルーがあるから、この辺は水不足になることはないみたいよ」




「ディープブルーかぁ、その湖はそんな青いのかな」




 何となく思ったことを口にすると師匠が答えてくれた。




「ディープブルーは深いのよ」




「深いの?」




「そう、古代魔法時代にできた物と言われてるの。なぜかと言うと数十年に一度そこで取れる深海魚のお腹の中から遺物が見つかることがあるの、だから何人もの研究者が遺跡の存在を予想して湖の底を目指したけど誰も底まで辿りついてないわ」




「相変わらず古代魔法時代は何でもありだね、そう言えば古代魔法時代に天使っていたのかな?」




 横で寝ているリエルを撫でていると師匠が答えてくれた。




「文献によれば古代魔法時代に天使は居たみたいよ、今みたいな関係じゃなく一緒に暮らしていたみたいね。そして魔法災害と共に姿を消したと言われてるわ」




「姿を消したのによく見るよね」




「ここ最近はそうだけど天使なんてそう見るものじゃ無いわ。天使は死の象徴とも言われているから天使が現れたら大抵破壊と混乱が起こるって言われるくらいね。まぁ人間の国じゃそこまで不吉じゃ無いみたいね」




「なんで?あんなに暴れてたのに?」




「一つは寿命の問題ね。せいぜい百年程しか生きられない人間の世界では数百年経てば全て忘れられてしまうわ。もう一つは天使教のせいね」




「天使教?」




「そう、天使を崇める狂った集団よ。一部の国家が国教として取り入れているわ。教義は人間は天使を模したものとして一番上において他の種族を排除する人間至上主義の差別主義者の集まりよ、多分大司教は天使に力をもらってると思うわ」




「まさかディアスみたいな力を使えるの?!」




「そうね、大司教は癒しの力があるらしいわ。それ以外にも光を操る奴もいるから真っ黒でしょうね」




「うわぁ関わりたく無いね」




「そうね、なるべくならそうしたいけど帝国を筆頭に幾つかの大きな国家が採用しているから、何処かでは関わってしまうかもしれないから覚えておいて」






「分かったよ、天使かぁこうやってると本当にただの子供なんだけどなぁ」




 リエルが寝てる姿は本当に天使の様に可愛かった、まぁ本当に天使なんだけど。




「まぁ今日は私達もゆっくり寝て明日はオークション会場へ行ってみましょう」




「じゃあその後僕はスラムの方へ行ってみるよ」




「言ってたエイドルって獣人に会うのね、じゃあ私はその間に情報系ギルドと教会へ行ってみるわ」




 そのまま師匠と獣人達の話をしているといつのまにか寝てしまっていた。








 次の日町の中心にあるオークション会場へと向かうとそこには白を基調とした丸い塔が何本も立っていて所々に金や銀のラインが入った、まるで宮殿の様な建物だった。




 さらに建物の周りには高い壁があり、壁と周りの家との間は空き地になっていて周りをうろうろする不審者も見逃さない様になっていた。




「すごいね、そこら中に金の装飾がしてあって、周りの壁も町の壁より高いね」




「グリーンバーズは独立都市だから、まぁここが王城みたいなものよ」




「なんでここは独立都市なの?この規模なら他の国から攻めてきたら一瞬じゃない?」






「このオークションのシステムが原因みたいね。この地下にあるオークション会場は古代の遺跡がそのまま稼働してるの、だから防衛システムも生きているわ」




「攻めてきたら町はどうなるの?」




「どうもならないわ、グリーンバーズ家は基本的に街を管理していないから敵の兵士は素通りしてここに攻めて来るわ、でもここの防衛システムに何もできず帰って行くだけでしょうね」




「古代遺跡の本気の防衛システムってそんなにやばいの?」




「そうね、ここの古代遺跡はシェルターの機能があるみたいで防衛という意味では尋常じゃないシステムになってるらしいわ」




「だから大崩壊があった後でも残ってるのかな?」




「そうかもしれないわね、まぁとりあえず入ってみましょうか」




 そう言って師匠はロイマリアにもらったチケットを鞄から出して、近づいて来る僕達を睨んでいた門番に見せた。




 ロイマリアのチケットはかなりの効力があったみたいで、すぐに案内の者が現れ、よくわからないが豪華な壺や鎧が並ぶ廊下を通り、たどり着いた部屋は革のソファーセットが置いてあり、天井にはシャンデリアが飾られている豪華な応接室だった。




 そこで出されたお茶を飲み、リエルはと言うと大人しくリスの様に出されたお菓子を齧っていた。程なくしてノックの音がして誰かが入ってきた。




「グリーンバーズオークションへようこそお越し下さいました。お客様専用のコンシェルジュをさせて頂きますジックフェルトと申します。気軽にジックとお呼びください」




 慇懃にお辞儀をしながらジックフェルトと名乗った男は栗色の髪を短く整えた清潔感のある髪型にちょび髭を生やした目つきの鋭い40代くらいのおっさんだった。




 フリルのついた白いシャツに白い手袋をしたジックフェルトは頭を上げてにこやかな顔で続けて口を開いた。




「オークションにかかわりの有る事でしたらすべて私が対応させて頂きます。まず初めに等オークションに出入りする為のパスをお作りいたしますのでお客様のお名前を頂戴してもよろしいでしょうか?」




 かなり芝居がかった態度に驚いたが手を出して来るジックと握手をし名簿に師匠と僕の名前を登録してもらい現在までの出品目録を確認させてもらうことにした。




 持ってきてもらった目録は遺跡が自動生成するらしくページ毎にカラーの写真が載った通販のカタログの様になっていた。




「流石古代遺跡、とんでもないね」




 そう言いながら僕が製本されている目録に驚いていると、かなりの速さでページをめくっていた師匠がそれを見つけた。




「やっぱり偽キューブが出品されているわね」




 そこには以前見たキューブとは少し違う光の四角いボックスと呼ばれる遺物が記載されていた。




「お客様はそちらの商品をお探しでしたか?」




「ええ、これも目的の一つよ」






 師匠が答えるとジックが手元の資料を見ながら説明してくれた。




「このボックスは毎回出品されています、ですので前回、前々回と入札金額はこちらでございます」








 そう言いながらジックはカードのようなものにオークション番号とボックスの商品名と直近の金額を書いて師匠に渡した。




「落札金額を覚えてるんですか?」




 僕が驚いて質問するとジックはお茶のお代わりを用意しながら答えてくれた。




「そうですね、お客様の利便性の為なるべくは記憶するようにしております、これもコンシェルジュの仕事でございます」




 色々話しながら僕は奴隷などのページをめくっていると猿の獣人が写っているページで手を止めた。




「シュウ様はそちらの獣人の親子をお求めですか?」




 ジックが目ざとくこちらの見ているページを確認してきた。




「そうだね、猿の獣人はこれだけ?」




「そうです、現在供給が少なくなったので出品される獣人は珍しいですが猿の獣人は他の獣人に比べて需要が少なく値段も上がりにくいので売りも少ないですね」




 そう言いながら僕にも値段を書いたカードをくれた。




 次に師匠が手を止めたのは掌に乗るくらいのラグビーボール型にダイヤの様にカットされた赤い宝石だった。




「そちらは今回の目玉商品の一つで大魔石でございます。今まで出品された魔石の中でも高純度な魔石となっておりますので価格は参考程度にしか算出できませんがごちらでございます」




「ありがとう」




 そう言ってカードを受け取る師匠のページを見つめる顔は少し驚いている様だったので聞いてみた。




「その魔石知ってるの?」




「そうね、また後で話すわ」




 そう言って師匠はなんでもなかった様にまたパラパラとページをめくっていった。




 それから色々な出品情報を確認しながらジックに話を聞いた所、ジックの様なコンシェルジュはVIPにしか付かず担当したお客が落札するとそこから手数料としていくらかが支払われるシステムになっているので何でも力になってくれるらしい。いろいろ正直に話してくれるから逆に信用できた。




 お昼もここで食べられる様でそのまま個室にコース料理が運び込まれた。ちなみにVIPは全ての施設利用が無料だった、ロイマリアに今度会ったらお礼を言おう。




「このカードをお出しいただければすぐに私が参りますのでお申し付けください、当日は馬車でお迎えに伺いますのでもし宿泊場所が変わる際には使いをいただければと思います」




 食後会場なども案内してもらい帰る際に金属でできたカードを受け取りジックに見送られ僕たちはオークション会場を後にした。




「それじゃあ僕はスラムへ行ってくるよ」




「シュウくれぐれも気を付けてね」




「子供じゃないから大丈夫だよ、この革鎧とショートソードがあるからね!」




 途中の村で購入した中古の革鎧を着てショートソードを腰に下げているので、僕はそれを見せつける様にポーズを取ったが特に師匠からはコメントが無かった。




「リエルも師匠のいう事をちゃんと聞くんだよ」




「あーい!」




 師匠達は教会と情報系ギルドへ行くのでオークション会場の前で別れた。






 それからしばらくして僕は今、真っ暗な部屋の中で縛られて身動きができない状況でゴミと一緒に横たわっていた。




「あー、あんなに師匠に言われたのにな…」

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