第69話 薪と野営と山賊と
「そろそろ日が落ちそうね、早めにこのあたりで野営の準備をしましょうか」
師匠がそう言いながら街道沿いに見つけた道を広げただけのスペースに馬車を停めた。
僕達は今聖都ロイマリアを後にし、幾つかの小さな町や村を通り過ぎ、グリーンバーズへと続く森の隙間を縫うように作られた街道を何日もかけて進んでいた。
「あーお尻が痛いよ、馬車全然慣れないなぁ」
ロイマリアからかなり良い馬車をもらったみたいだけど僕のお尻への攻撃は全然慣れない。
僕は文句を言いながら馬車から降り、丁度いい感じに誰かが作ってそのまま放置された石で組まれた竈を適当に作り直しその辺の落ち葉を拾って準備を始めた。
「多分地図の通りなら明日の夕方にはグリーンバーズに着くと思うわ」
師匠がそう言いながら馬車を固定し、慣れた手つきで馬を木に結んでいた。
「うーん、早くゆっくりしてお風呂に入りたいよ」
そんな事を言いながら石で出来た竈のに鍋を乗せてお湯を沸かしていると何かが足にしがみついて来た。
「おふろ、おふろー!」
足元を見ると二、三歳くらいの小さいサイズになったリエルだった。
馬車の中でずっと寝ていたが揺れが止まって起きたのか馬車から飛び降り僕の足へと一直線に走って来たみたいだ。
「本当にシュウはいつもお風呂の話ばっかりね」
馬の世話をしながら師匠が呆れ気味でそう呟いた。
「それが日本人なんだよ、毎日体も頭も洗ってお風呂に使って一日の疲れをお湯に洗い流したいんだ!」
リエルを抱っこしながら力説すると、師匠は呆れた顔で口をひらいた。
「シュウが言う日本人って水性生物か何かなの?」
「それは否定はできないね」
そんな話をしながら師匠は馬車の荷台を変形させて広くしていく。このロイマリアから貰った馬車は荷台がスライド式で床を引き出すと広くなる様になっていて、3人中で眠れるのでテントを張る必要が無くとても便利だった。
「それにしてもリエルはちゃんと元に戻るのかな?」
そう口にしながら考えた。子供サイズになったリエルはあれから1日の大半を寝て過ごしている。起きている間も見た目と同じ二、三歳くらいの挙動になっていて今も焚火を棒でつついて遊んでいた。
「正直私も天使の体の事はわからないわ。でもカケラが集まれば…いや、集めるしか方法がないかもしれないわね」
師匠も旅の途中でリエルの体を色々調べていたが結局お手上げだった。
「難しいねどこにカケラがあるか全くわからないし」
「そうね、でもキューブを探していれば必ず何処かで向こうからやってくると思うわ。それを待ちましょう」
「そうだね、幸い僕達には時間は沢山あるもんね」
僕はまだ不老と言う実感が無いが師匠達エルフは寿命がほぼ無いらしく時間の概念が人間と違うので、待つのは得意みたいだ。
師匠とお喋りしながらリエルと一緒に沸いた鍋に干し肉や干した野菜を入れて塩で味付けし簡単なスープを作り、調理が終わるとリエルは師匠の膝の上に座って楽しそうに鍋の中をのぞいていた。
そう、驚いたことに最近は師匠にも普通に懐いているので意外と師匠もリエルを可愛がっていた。
「よし、あとは煮るだけだね。じゃあ僕はもう少し薪を拾いに森へ行ってくるよ、リエルは師匠とお留守番しといてね」
「あーい!」
「わかったわ、気をつけてね」
二人に見送られ僕は薪を集めながら森の中へと入って行った。
僕が薪を集めだして暫くすると太陽がオレンジ色にそまりだしたので、そろそろ帰ろうかと思っていた時かなり近くで狼の遠吠えが聞こえて来た。
さっと頭によぎったのは巨大な狼に食べられたり身体中噛まれたりした嫌な記憶だった。
僕は腰につけた安物のショートソードのグリップを握って周囲をキョロキョロと見回してみたが近くにいる気配はなかった。
「狼とかいやな記憶しかないよ。早く適当に集めて帰ろう」
そこから大急ぎでなんでもいいから薪を集め馬車へ歩き出した時、周辺から何かが走って来る足音がしたので急いで身構えると、それは思っていたのと違う形でゆっくりと顔を現した。
「こんばんわぁ山賊ですぅ。命は要らへんから代わりに金目のモン全部おいてってもらおか!」
薄暗い森の中、木の間から出て来て僕に鉈を突き付けて来たのは皮鎧を着て、茶トラ柄の猫の覆面を被った山賊だった。
突然の出来事に固まっている僕に向かってトラ猫の山賊は苛つくように声を上げた。
「はよせぇやボケェ!周り囲まれてるんが分からんのか?それとも頭カチ割られたいんか!?」
トラ猫に言われてから気が付いたが確かに僕の周りには剣や槍を持って犬や狼の被り物を被った山賊が取り囲んでいた。
って言うかあれっ?口動いてるし覆面じゃ無いな、まさか獣人?
「っていうかあの、もしかしてニアさん?」
僕の呼びかけに一瞬固まったトラ猫が数秒して口を開いた。
「はあっ?なんでウチの名前を知ってるんや!…って、ん?ちょっと待ち?!その黒髪、もしかしてあんたシュウか?!」
山賊ニアが僕の周りをグルグル回りながら匂いを嗅いで来た。
「やっぱり!ニアさんなんだ!生きてたんだね!」
僕はテンションが上がりニアを抱きしめた。
「暗いから分からんかったけどホンマやん!!よぉ見たらシュウや無いか!!アンタも生きてたんかいな!」
ニアと抱き合って再会を喜んでいると周りにいた獣人達が戸惑った感じでニアに声をかけた。
「おい、ニア知り合いか?」
「知り合いも知り合い、大知合いやわ!アンタらもしっとるやろ、闘技場で活躍した死なずの十三番や!」
他の獣人達がその名前を聞いて口々にこいつが!とかあの!とか言ってるんだけど、それはなんか恥ずかしい。
僕とニアが感動の再開をしている時、師匠のいる方向からバリバリバリと空気の焼ける嫌な音が聞こえて来た。
「え?ニアさん、もしかして他にも仲間が居たりする?」
「あ!そうや、ダッシュもいてるで!今向こうで仕事中や」
ニアさんが指を指した方は完全に師匠がいる方向だった。
「まずい!死んでなければいいんだけど」
咄嗟にその方向に走り出すとニアさんも後をついてきて口を開いた。
「はぁ?死ぬってどういう事や!?うちらはそんな野蛮な事はあんまりしてないで」
「さっき頭かち割るとか行ってたよね?まぁそれは置いといて危ないのはダッシュたちだよ!」
そう言いながら僕は急いでニアさん達を引き連れ師匠のいる方へ向走った。
僕が木々の間から飛び出すと、そこには五人ほどの獣人がプスプスと体から煙を出して地面に倒れ、師匠がさらに手に雷を纏わせトドメを刺そうとしていた。
「師匠ストップ!ストップ!殺さないで!」
僕が飛び出した瞬間、世界に色が失われていった。
ゆっくりと流れる世界の中、何とか止めようとしてくれたのか師匠の手から思ったより弱められた雷の魔法が光を放ったので僕は咄嗟に右腕を伸ばして飛び出すと口呪印さんが口を大きく開いて雷を飲み込んだ瞬間世界に色が戻って行った。
「シュウ!危ないじゃない完全に発動状態に入った雷魔法は急に止められないわ、それにこいつら山賊よ?ほら、シュウの後ろにも!」
後ろからついて来たニア達に向かって師匠が炎の槍を浮かべたので僕は急いでニア達をかばいながら説明をした。
「師匠待って待って!この人達は僕の知り合いなんだよ!ほら昔獣人の国に居たって言ってたでしょ?その時の友達だよ!」
僕の言葉で師匠が怪訝な顔をしながらも浮かべた炎の槍を解除すると、急いでニアさん達が倒れたダッシュに駆け寄り怪我の具合を確認して口を開いた。
「まぁ大丈夫そうやな、とりあえずこないなとこで話すんも何やし、手当もせんならんしうちらの野営地においでや美味いもん食わせたるで」
「師匠、そう言うわけで行っても良いかな?」
「私は別にかまわないわ」
師匠はシエルを抱っこしながらそう答えると、ニアさんが手を叩きながら声を上げた。
「ほな決まりやな!みんな倒れてる奴ら担いだり!帰るで!」
そうして僕たちはニア達山賊団の拠点へと行く事になった。
ニアさん達に先導され何とか馬車で通れる細い脇道を抜け、たどり着いたのは小さな湖だった。
湖の周辺には所々に篝火が焚かれ、そのそばには布で作られたゲルの様な丸いテントが設置されており、そこそこの数の獣人が生活していた。
僕たちは一番大きなゲルに師匠の魔法で感電させられていたダッシュ達を寝かせお茶を出してもらっていると流石獣人というべきか、焦げて煙まで出ていたのに意識を取り戻した。
「シュウ久しぶりだね!生きているとは思っていたけどまさかこんな所で出逢えるとは思わなかったよ!」
目を覚ましたダッシュは元気に起き上がり僕と握手して再会を喜んでいた。獣人の体力はやっぱりすごいね。
「みんな生きてたんだね、全員帝国にやられて死んだかと思ってたからびっくりしたよ!でも何でこんな所で山賊やってるの?」
その僕の言葉を聞いてダッシュたちは一瞬固まったがニアさんが横から割り込んできた。
「シュウちゃうねん。これには海より深い訳があるんや!聞いたってくれるか?」
大げさなリアクションと身振り手振りで話をしているニアによると。あの日、帝国が攻めてきて獣人達は兵士から市民に至るまで徹底的に戦ったが帝国軍の物量と魔法使いに敗れ、最後に王様が捕まる前に国民にゲリラ戦を指示して散って行ったらしい。すごい指示だね獣人の王様。
その後、ニア達も森で戦っていたがある時岩山でドワーフと出会い(師匠曰くいろんな場所に鉱物を掘る為にドワーフが穴を開けているらしい)山脈を危険なく帝国側へと抜ける道を教えてもらい、今は帝国各地でゲリラ活動を繰り返していると言うことだった。
「でもここから帝国まではかなり離れていると思うけど何でこんな所にいるの?」
僕が聞くと今度はダッシュが答えてくれた。
「僕達はまだ帝国軍と戦っているんだけど、それとは別に僕達の敵がいるんだ」
「敵?」
「奴隷商人だよ。帝国との戦争で沢山の獣人達が奴隷として連れていかれたんだ。僕たちはそれを開放したり帝国軍にいやがらせをしてるんだけど、その最中に僕たちの隠れ家が襲われてエイドルの奥さんと子供が奴隷商人に捕まってしまったんだ。そしてその奴隷商人は他の荷物と一緒にグリーンバーズへ向かったのを確認したから追ってきたって訳さ」
「まさか奥さんと子供もオークションに?!」
驚いた僕にニアさんが答えてくれた。
「そのまさかや、こっちも入れる者が町に入って調べたんやけど、次のオークションに出品されるみたいやねん、そこでこうやって買い取るための資金を集めとるっちゅう訳や!」
ニアがイライラしているのかナタを振り回して周りのみんなが迷惑そうな顔をしている。
「ニアさんナタ危ないよ!それにしてもグリーンバーズは獣人も入れるの?」
僕がニアの腕をつかんで振り回していたのを止めるとニアが我に返ってまた口を開いた。
「そこが問題やねん、いくらある程度自由なグリンバーズでも獣人が単独で街に入る事は難しいんや、せやからこっちも人間の奴隷を使てるねん。マルセス、ジジイ連れてきたって」
ニアがそう言うと端に座っていたマルセスと呼ばれた犬の獣人が出ていくとすぐに誰かを連れて戻ってきた。
「こいつが一応今町に入るのに使てる奴隷やねん」
そう言ってニアに紹介されたのは、短めの白髪に同じ色の顎髭。ムキムキの体には沢山の古傷が有り眼帯をした人間の男だった。
「これはこれは久しぶりだね、元気にしていたかね」
挨拶してきたのは獣人のオークションで売られていった変態奴隷のジジイだった。
「ああ、久しぶり、まだ生きてたんだ」
「ああ、その冷たい言葉と態度!ありがとうございます!」
ジェイムスが顔を少し赤くしてお礼を言って来た、はっきり言って気持ち悪い。
「なんや、シュウはジェイムスと知り合いなんか!」
「知り合いってほどじゃ無いんだけど、闘技場に行く前のオークションで一緒に売られてたんだよ」
「そこでシュウだけ売れ残ったって訳やな」
「ううっ、そ、そうだね、僕は売れのこり・・・」
その発言で僕がショックを受けて崩れ落ちたのを見て、ニアさんが話を変えて来た。
「と、所でそっちの女は誰や?シュウのコレか?子供もおるようやしな」
下品に小指を立てているニアさんは身も心も山賊になってしまったんだろうか、って言うかよく考えたら初めて会った時も牢屋の中だったし元々か。
「僕の剣と魔法の師匠でティーレシアだよ。こっちのピンクの髪の子供はシエルって言って色々あって世話をしてるんだ」
「シュウからみんなの話は聞いていたわ。よろしく」
「よおしくー!」
それから今度は僕が帝国が攻めてきてからの話を天使の話などを省いて、ざっくりと説明した。
「シュウも大変やってんな、エンバーミング言うたら帝国でも一、二を争う大変態やで!捕まりでもしたら腕の一本や二本無くなったり増えたり言うてな」
「僕はとんでもない奴に捕まってたんだね、逃げられてよかったよ」
そんな話をしていると食事が出来たみたいで、何かの獣のお肉を焼いたものとスープが運ばれて来た。
「おー飯出来たみたいやなぁ、いったんお喋りはここまでにしてあったかいうちに食べよか」
皆の前に配られた料理を見ると、お肉は切って塩を振って焼いただけだったが豚肉の様な見た目で口に入れると獣臭さはあるが炭火の香ばしい匂いが食欲を増進してくれる。そして脂身も甘くとても美味しかった。
一緒に出て来たスープはもつ煮込みの様なもので内臓を使ってあったがそっちは、はっきり言って獣の匂いそのものだった。師匠とリエルも食べてなかったので同じ感覚だと思う。
「このスープ作ったんわ誰やぁ!クッソまずいやないか!食べ物を粗末にすんな!」
ニアさんがスープを一口含んで怒り出したので獣人にも美味しくない様で安心した。
「それを作ったのは私です!」
突然部屋にいた変態ジジイことジェームスが自信満々で挙手して来た。
「アンタはホンマに何もでけへんな!使えそうなん見た目だけやな!」
ジェイムスは正座して真面目に怒られているがどこか嬉しそうだった。
「ご主人様、どうぞこのジェイムスに罰をお与えください!」
「嫌や、アンタ喜ぶだけやろ!さっさと自分のテント帰り!明日からは飯作らんで良いからな!」
罰が貰えなくてションボリと肩を落としたジェイムスは一人テントへと帰って行った。
「ホンマむかつくわ、あのおっさん。まぁそれにしてもシュウ達はキューブ言うん探してるみたいやけどグリーンバーズ来たっちゅう事はオークションに参加するつもりか?」
お肉を齧りながらそう言うニアに僕は食べていたお肉を飲み込んで答えた。
「そうだね、一応前の聖都でオークションの参加証を手に入れたからその予定だよ」
僕がそう言うとテントの中に居た獣人達がざわめきだしたのをニアさんが手で制して口を開いた。
「参加証持っとるんかいな!これは奇跡やな、実はうちら落札するお金はある程度集まったんやけど、どうしても参加証だけが都合つかへんかったんや!」
そう言いながらニアさんが僕の両手を掴んで顔を近づけて来た。
「一生のお願いや!エイドルの嫁さんと娘さんも一緒に落札してくれへんか?」
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