第71話 縄と煙と暗闇と


「あんなに師匠に言われてたのに・・・」


 僕は今真っ暗な部屋の中で手足を縛られ、さらに目隠しに猿轡までされていた。


 話はしばらく前に遡り、師匠達と別れた後僕は一人でスラムへと来ていた。


 このスラムは元は普通の町の一部だったが十数年前に近隣の国が攻めてきた時に壊され、復旧されていない場所に家のない人や逃げた戦闘奴隷等が勝手に住み着き、そのままスラムが形成されたらしく崩れかけた建物や無理矢理継ぎ足した様な建物からバラックまで様々な様相をみせていた。


「ぐわぁ、すごい匂いだ」


 そこら中に汚物やゴミの山があり、それを運んで来る者、その中からまだ使える物を探す者、ただただ横たわっている者等、人やゴミであふれていた。


「とりあえずエイドルは赤い屋根の家にいるって言ってたな」


 一人呟きながら赤い屋根を探して歩いていたが角を曲がった瞬間、世界に色が失われていった。


 背中側に目呪印が開き様子を伺うと、後ろから腰ダメにナイフを持ってボロを着た男がまじかに迫っていた。


 僕は振り向く動作が間に合わないので咄嗟にナイフを口呪印で噛み取り、自身はぐるりと右に回りながらバックブローの肘打ちを喰らわせると丁度ボロを着た男の顎に当たり、そのままボロを着た男は崩れ落ち世界に色が戻っていった。


「いきなり後ろから刺そうとするとか治安悪すぎない?!」


 意識を失っているのを確認してボロを着た男の懐を探ったが何か所在がわかる様な物も持って無かったのでそのまま放置する事にして歩き出すと、後ろでは早速数人のボロを着た奴らに身包みを剥がされていた。


「早くここ出たい」


 それからはさっきの対処が伝播したのか突然襲いかかって来ることはなかったが肝心の赤い屋根の家がなかなか見つからなかった。


「もしかして今日中に見つからないかもしれないな、もっとちゃんと場所聞いとけばよかったよ」


 僕がそうつぶやいていると後ろから声を掛けられた。


「兄さん何か探してんのか?」


 声の方を向くと、襟や袖が擦り切れたサイズの合っていないシャツの上にさらにボロボロなローブの様な布を着てフードを深目に被り、サイズの合ってないサンダルの様な靴を履いた子供が立っていた。


「あー、赤い屋根の建物を探してるんだけど知ってる?」


「俺知ってるぜ、ついて来いよ」


 子供がゴミの沢山落ちている路地に入って行くので僕もその後を追った。




 子供はしばらく無言で歩いていたが前を向いたまま話しかけて来た。


「兄さんどっから来たんだ?」


「ロイマリアからだよ」


 前もって師匠と決めていた設定で僕たちはロイマリアから観光に来た事にしていた。


「じゃあ兄さん、もしかしてロイマリア様を見た事あるのか?」


 案内を始めてから初めて振り返ってこっちを見てきた。


「ああ、友達だよ」


「あはははは、マジかよスゲーなお兄さん冗談うめぇな!おっと、さて着いたぜ、ここが赤い屋根の家だ!」


 そう言われて見てみるとそこには家が完全に崩れて瓦礫しかなくなっていたが、辛うじて赤い瓦の様な物が混じっていた。


「マジか、バラバラ…」


 呆然としていると横から子供が手を出して口を開いた。


「案内賃」


「あ、ああ、ああ、ごめんごめん」


 少し呆然となりながら腰の袋から適当に何枚か銅貨を渡すと子供は「毎度あり!」と言って銅貨を嬉しそうにポケットへと仕舞った。


「ねぇ、ここなんで崩れたかわかる?」


「えーっと、ここは猿のおっちゃんが住んでたんだけどさぁ、三日くらい前だったかな?夜中にすげー音がしたと思ったら朝にはこうなってたぜ」


 手を出して来たのでまた銅貨を数枚握らせた。


 正直この情報に対しての適正な金額がわからないが遠巻きに同じ様な子供達がいるので、きっと一緒に生活しているのだろうと思うとつい財布の紐が緩くなっていた。


「その猿のおっちゃんの居場所はわかる?」


「それ以来見てねぇなぁ、探してやろうか?」


 そう言ってまた手を出して来たので多めに銅貨を握らせた。


「毎度!じゃあ見つかったら教えてやるよ兄ちゃんどこに泊ってんだ?」


「熱い湖亭ってとこに泊ってるよ、シュウだよよろしくね」


「俺はマイキーって言うんだよろしく!じゃあ探してくる、俺を呼ぶときはスラムの子供に声を掛けてくれたら伝わるから!」


 そう言うとマイキーと遠巻きにいた子供たちはあっという間に細い路地へ消えて行った。


 さて、どうしようかな?このまま帰るのも何だし幻獣の力を使ったらエイドルの匂いとか辿れないかな、まぁ試してみよう。


 そう思い肉球呪印に力を送ると、五感が鋭敏になっていった。


「ぐわっ!ダメだ臭すぎる!おえぇ」


 スラムは生ゴミや血の匂いそれに糞尿の匂いが混じり、とんでも無く臭かった。


 鼻を摘んで涙目になりながら周りを見渡したが壊れた壁や建物が多くあまり見渡すこともできなかった。


 その時耳に入ってくるたくさんの音の中に気になる会話が聞こえて来た。


『お前たちは何者だ!ここは何処だ!こんな事をして許されると思っているのか!僕が誰かわかっているのか?!』


『ウルセェなぁ誰も許して欲しいわけじゃないんだよ!黙ってろ!』


 何かを叩く音が聞こえ子供の声がしなくなった。


『グバルこいつを縛って地下へ放り込んでおけ!俺は報告に行ってくるからお前らは二人でちゃんと見張ってろよ!』


 明らかに犯罪の匂いがする、特別に善人のつもりはないが聞いてしまったら助けないと言う選択肢はないか。


 僕は声のした家の壊れた門をくぐり、雑草が生えて荒れた庭をぐるりと一周してみた。


 屋根などは一部崩れているが周りの壁は石造りで窓が少なく、かなり頑丈な作りで修復すれば普通に住めそうだ。


「これなら裏口から入れば行けるかな?」


 僕は中の音を聞きながら爪呪印で裏口の閂を扉の隙間から静かに切り、ゆっくりとドアを開き中へと入っていった。


 中は六畳ほどの長方形の土間になっていて壁に沿って竈門が二個並んで設置されていて、反対側には水瓶や洗い場もある。ここは台所かな、そして奥の壁に扉があった。


 そっと足音を殺して奥の扉へ近づき耳を澄ませると扉の向こう側で誘拐犯の会話が聞こえてきたが少し距離がある感じがする。多分もう一つか二つ部屋を隔ててる感じがするのでそっとドアノブを回した。


 ドアを開けるとそこは廊下で正面には二階に上がる階段があり、廊下は左に短く伸びてその突き当たりと左に扉があった。


 軋む廊下をゆっくりと進むと声がするのは突き当たりの扉だけだったのでその扉の前で耳を澄ませて様子を伺う事にした。


「なぁグバル」


「なんだルイ?」



「地下のガキ、どうなるんだ?」


「もうすぐ客が取りに来るはずだぜ」



「客って誰なんだ?」


「しらねぇよ、俺たちの仕事は客に預かった荷物を別の客に受け渡すのが仕事だ、それだけだ、つまんねぇ事考えんな」



「でもよぉ、今まで人間なんか扱ったことなかったじゃねぇか」


「兄貴が受けてきたんだから仕方ねーだろ!お前が兄貴に言えよ!」



「言えるわけねーだろ!」


「じゃあ黙って言われた事しておけばいいんだよ!」



「くそっ!やってられねぇな」


「おいグバル!どこへ行くんだ!」



「ちょっと隣から酒を持ってくるだけだよ!飲まずにやってられるかよ!」


「チッ、飲み過ぎんなよ!」



 言い合いをしながら足音が目の前のドアへ近づいて来た。


 ドアが開くとグバルと呼ばれていた男と目が合い、驚いて一瞬固まっている隙に顎に一撃入れて気絶させることに成功した。そしてそのまま男の首元を掴んで中に押し入り、よそ見をしていたもう一人に向かって気絶してる男を押し付けた。


「おいグバル!何してんだ!酔っ払ってんのか?!」


 そのままグバルを抱えバタついている男に近づき同じように一撃入れるとルイと言われていた男も気絶してしまった。


「驚くほどうまく行ったよ」


 二人ともただのゴロツキのようでスラムの住人よりは少し良い服を着ているがガタイの良さだけで仕事をしているのかあっさり気絶してくれてよかった。


 部屋にあったロープで二人を背中合わせで縛り子供を探すと、この部屋の地下から小さな呼吸音が聞こえてきた。


 床に設置された地下室へ続くドアを開けると、暗い地下室の中に白いフリルのついたシャツにスラックスを履いてサスペンダーをした7歳くらいの男の子が猿轡と目隠しをされて体をしばられていた。


 呪印の爪を伸ばし手足と口の拘束を解くと子供はぐったりとしていた。


「おい、おい!大丈夫?!」


 肩を掴んで揺らすと反応があるので大丈夫そうだと思った瞬間、背後でガラスの割れる音と地下室の扉が閉められる音がした。


 真っ暗になった部屋の中を呪印の力で見渡すと扉の下で割れた瓶の液体から喉へ刺激がある煙が上がっていた。


「くそっ!ガスか!」


 その一言が言えただけで、僕はあっという間に意識を失ってしまった。





 そして今に至ると言う情けない話だ。


 手足を縛られ猿轡と目隠しもされていたので呪印の目で周りを確認するとまだ子供は横で寝ていたので少し安心した。


 ついでにどうでも良いことだけど縛られていても呪印の口で喋れることが判明した。あまり使い道はない気がするけど。


 僕は呪印の力で拘束を解いて、ついでに眠ってる子供の拘束も解いてあげた。


 さて早く帰らないと師匠に絶対怒られるな、そう思い僕は階段を登り壁に耳を当て上の様子を伺ってみた。


 上では3人がお金をかけてカードゲームをしている音が聞こえている。


 僕はゆっくりと音を殺し爪呪印で頭の上のドアを手首が通るくらいの穴を開けて右手を出して口呪印を開いた。


 その瞬間森で飲み込んだ師匠の雷魔法が発動して上は静かになったので扉を開けて覗き込んだ。


「ヨシ、全員気絶してるな」


 3人とも程よく焦げて気を失っていた。


 どうやら子供を助けに地下を降りた時に兄貴と呼ばれる奴が帰ってきて薬を投げ込んで来たみたいだった。


 兄貴と呼ばれてた男は他の二人よりガタイもよく顔も怖い。師匠の魔法飲み込んでてよかった。


 そんな事を考えながらガラスのはまってない木枠だけの窓の外はもう暗くなっていた。僕は急いで子供を起こして連れて帰ることにした。


 地下に戻って子供を揺すって起こすとゆっくりと目を覚ました。


「ううっ、ここは?」


 ぼんやりと目を擦りながら周りを見渡し、だんだん意識が戻って来たのか青い顔になって来た。


「大丈夫だよ、僕は助けに来たから」


 子供は一瞬理解してなかったが頭の中でしばらく反芻したのか、みるみる顔色を取り戻していった。


「ありがとうございます、僕はディミオ・グリーンバーズです」


 町の名前と同じってことはそう言うことか、意外と大物の子供だった事と大人びた口調にビックリしつつ僕も自己紹介した。


「僕はシュウだよ、取り敢えずさっさと出ようか、歩けそう?」


 手を貸したがガスがまだ回っているようで足の力がうまく入らなくて生まれたての子鹿みたいになっていたので、おぶっていく事にした。


「申し訳ありません運んでもらって」


 7歳くらいの子供なのにまるで大人の様な口調だった。


「大丈夫だよ軽いし家までこのまま送ってあげるよ」


 その時不意に部屋の扉が開いて黒ずくめの男が入って来た。


「あんだぁテメェは?ガキをどこに連れて行くつもりだぁ?!」


 はぁもっと警戒しないとダメだね。


 突然気配もなく入って来た男は黒かった。黒い装飾が付いた黒いコートを着て頭は金髪を両サイドを刈り上げて、残った真ん中の毛は長く、それを後ろに流した変わった髪型をしていた。そして目を引いたのが顔色が異様に白く赤い目だけがギラギラとこちらを睨みつける線の細い男だった。


「だからこんな訳のわからねぇ奴らに任せるのは嫌だったんだ!てめぇもバカな正義感を出して助けようとしたのか知らねぇが、使えねぇそいつら諸共刻んでやるよ!」


 そう言って僕を指さして来た男は面倒くさそうに腰の剣を抜いた。


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