第72話 剣と男と白灰と


 突然部屋に入って来て剣を抜いた男はブツブツと文句を言い、すぐに襲い掛かって来る様子が無かったので僕は目を逸らさないようにゆっくりと後ろに下がり、背負っていたディミオを部屋の隅に下ろした。


「ちょっと待っててディミオ、なるべく刺激しないようゆっくり地下に戻るんだ」


 小声でディミオに話しかけ、顔は男の方に向いたまま呪印の目でディミオがガスの効果が残っている為か四つん這いで地下室の入口へ這っていったのを見送った。


 入って来た男はあまりディミオに興味が無いのか、まだ何かブツブツと文句を言いながら僕の方を見ていたので刺激しない様にゆっくりと腰からショートソードを抜き男の方へ数歩進み正眼に構えた。


「くあぁめんどくせぇ!てめぇやる気かよぉ!抵抗しなけりゃあっさりと殺してやるのに!」


 男は怒鳴りながら剣を肩に担ぎ頭を掻きながら、まるで部屋に置いている荷物でも取りに入って来たかのような動きで無造作にこちらへ歩いて来ると、次の瞬間信じられないような速度で上段から剣を振り下ろしてきた。


 正直人間で体も細く僕は油断していた。咄嗟に身体強化に魔力を注ぎながらショートソードを上へあげ受け止めたが肩にまで痺れが走るほどの剣戟だった。


「オラッ!そんな動きでいつまで耐えれるんだよぉ!さっさと死ね!こらっ!」


 怒鳴りながら剣技もクソもなく上段から薪でも割るかのように剣をひたすら叩きつけてくる。


 こっちは魔法で身体強化もしているのに力が追いつかない、どうなってるの?戸惑っていると上から押し潰されるように膝をついてしまい仕方ないので肉球呪印にも力を注ぎ何とか剣を弾き返した。


「へぇ何をしたんだ?!少しは楽しめそうじゃないか!ほらぁ本気で斬りかかって来てみろ!さぁこい!」


 そう言って左手で挑発するように手招きしているが、うかつに飛び込んでいくにはあいつの膂力がおかしい、あんな細い体なのにまるで鉄骨が落ちてきたみたいな衝撃が来る。

 まさか魔法使いかな?でも魔力はあまり感じないし、そう考えているとかなりせっかちな様で男が口を開いた。


「なんだぁ!こないならこっちから行くぞこらぁ!」


 目呪印を使い魔力の流れ等を観察していると男がこちらへ一歩踏みだした瞬間、世界に色が失われていった。


 気がつけば鼻先に男の剣先が迫っていた。


 水の中の様な空気の抵抗を感じながら首を右後ろに逸らし、左耳に焼けるような痛みを感じるが無視して僕も腕を伸ばし下から突きを放とうとしたが男の剣が力任せに突きの姿勢から手の力だけで下へと動き左肩へ食い込んできた。


 男の剣が革鎧を貫通する前に口呪印を肩へ動かし咥えて止め、そのまま男の攻撃を無視して突きの続きを放つと油断していたのかあっさり男の腹にショートソードが突き刺さり世界に色が戻っていった。


「グハッ!」


 男が血を吐きながら蹴りを繰り出してきたので抜けないショートソードを手放し後ろへ下がると、男も僕のショートソードを腹から生やし血を吐きながら後ろへふらふらと下がっていった。


 助かった相手の方が速度も膂力上だった、油断してくれてたからなんとか届いた。

 そう思いながら呪印で受け止めた剣を肩から外し男の方を見ると、男は腹に剣を刺したまま肩を震わせていた。


「は、はっは!ははっはっははは!ははははは!」


 突然笑い出しておかしくなったのかと思ったら男は腹に刺さったショートソードのグリップを掴んで一気に引き抜いた。


「ははははは!おもしれぇ!こんな痛みは久しぶりだぞぉ!てめぇ本当に人間かよぉ?!」


 口元の血を袖で拭い僕のショートソードを手に持って楽しそうに笑っているが、よく見ると男の腹には刺した跡も血の跡もなくなっていた。


「一応人間のつもりだけどね、そっちこそ真っ当な人間じゃないよね?」


 そう言いながら僕は肩の口呪印さんが咥えた剣を抜いて構えた。


 僕の方をみながら男は楽しそうにさっきまで腹に刺さっていた僕のショートソードを軽く振って口を開いた。


「こらぁ安そうな剣だなぁ、そんなに出来るんだからもっと良い獲物持てよてめぇ!まぁ俺が何モンかは満足させてくれたら教えてやるよ!」


 そう言いながら楽しそうに僕のショートソードで切りかかって来た。


「知りたくないからその剣返してこのまま帰ってくれないかな?!」


 やはり上段からさっきより強く剣を叩きつけて来たので右へ受け流し、前蹴りを入れると男は左手で受けながら少し後ろに下がって口を開いた。


「冷たいこと言うなよぉ!もっと殺し合いを楽しもうぜ!」


 そう叫びながら男がまたこちらへ踏み込んで来ようとするので僕も男の剣を構え出鼻をくじくように体の中心に向かって突きを放った。


 しかしその突きを男は左腕を前に出し自分から刺さって受け止め、そのままショートソードで横凪の一撃を繰り出して来たので僕は刺さったままの剣を手放し爪呪印を伸ばしてなんとか左手で上方向へ弾き、右腕の爪呪印で男の顔へ突きを放つと男も後ろへと飛び退った。


 男は僕の黒く伸びた爪を見ながら嬉しそうな笑顔を浮かべ腕から自分の剣を引き抜くと僕のショートソードを後ろに捨て口を開いた。


「良いな!それがてめぇの奥の手か?獣人か?違うなワーウルフでもねぇか?魔法の気配もねえ、アーティファクトか?」


 ぶつぶつと一人で呪印の事を解析しているようだが男の身体能力がおかしい、剣技が適当なので何とかなっているが刺しても死なないしこのままだと押し負けてしまうかもしれない。


「まぁ刻んでみればわかるか」


 そんな物騒な事を言いながらまた男がこちらへと切りかかって来た。


 相変わらず上段から力任せに切り付けて来るのでジリジリと後ろに押されて下がったところに手足を縛った誘拐犯の体があり、その足を踏んで体制が崩れたその瞬間、世界に色が失われていった。


 体制が崩れた僕に向かって水平に右から胴をなぐように剣が迫って来たので僕は咄嗟に爪呪印で受けようとしたが体制が崩れて足元に力が入らず、そのまま力任せに押し切られ頭から壁に叩きつけられ世界に色が戻っていった。


 僕は壁に頭を打ったせいで脳震盪を起こし手足に力が入らなくなってしまった。


「はっはぁ!手こずらせやがって、それじゃあ俺の正体を教えてやるよぉ!」


 そう言ながら男が近づいてくるが頭を打ったせいで世界がぐるぐると回っている、手にも力が入らなくて生まれっての子鹿のようになってしまっている。


 そこへ無造作に男が近づいて来て震える僕の右腕を掴んでそのまま片手で軽々と持ち上げた。


 そして持ち上げたまま僕の首筋に噛み付いた。


 ゴクリゴクリと喉の音が聞こえ体から力が抜けてどんどん寒くなっていく。


「ふぅ、美味いな、まぁわかったと思うが俺様はヴァンパイアだよ」


 力が抜けて薄れる意識の中さすが異世界、ヴァンパイアとかやっぱいるんだとか馬鹿な事を考えていると男は僕を床に投げ捨て、まだ血が足りないのか誘拐犯達の方へと無造作に近づいて行った。


 そしてなぜか数歩歩いて急に足を止めた。


「うぐぁ、なんだこれ!?」


 僕は体に力が入らないので目呪印でヴァンパイアの方を見ると、その白い肌にどんどん真っ黒な蔓の影が生えてきてもがき苦しみだした。えっ?呪印さん?


「なんだぁこれ!クソッ!力が力がぁ抜けるぅ!!」


 何が起きてるかわからずしばらく呆然と眺めているとヴァンパイアの男から生えてきた黒い蔓が僕の方へ這い出してきた。


 そしてそれを迎えるように開いた口呪印さんの中へと飲み込まれていった。


「え?!何なのこれ?何してるの呪印さん?!」


 全ての蔓が僕の元に帰ってくるとヴァンパイアが居た場所には黒い服と人型の灰が落ちているだけだった。


 さっきまで全く体に力が入らなかったのに急に元気になって困惑してると視線を感じた。


 視線の先には僕が足を踏んだせいなのか目を覚ました人攫いの男三人がガクガクと震えて此方を見ていた。


「たったった頼む!こっこ殺さないでくれ!なんでもする!知らなかったんだ!俺はそいつに依頼されて受け渡しをしていただけなんだ!」


 縛ってあるので動けないが芋虫のようにもがきながら兄貴と呼ばれていた男がそう言うと他の二人も必死に命乞いをしだした。


 僕は無言で蔓呪印さんを三人の首元へと這わせた。


「あああああ!たった頼む!もう、もう悪いことはしないから!助けて!!お願い!お願いします!!」


「俺もだ何でもやる!だから命だけは!」


「だから俺はこんな仕事嫌だったんだ!頼むもう二度ととこんな仕事はしないから助けてくれ!」


 それぞれ蔓呪印を身体中に巻きつけながら泣き叫んでいたので僕は表情を消し、感情を殺した声で口を開いた。


「これは呪いだよ、僕を裏切るような事をしたり刃向かったり誰かにこの事を言うと皮膚からこの呪印が出てそいつみたいにお前等を殺し灰にするから」


 そう言って首を少し強く絞めて呪印を消すと三人ともガクガクと震えて失神してしまった。


「ふぅ疲れた」


 僕はそう呟いて床へ腰を下ろすと部屋の隅から声を掛けられた。


「ありがとうございます。肩は大丈夫ですか?」


 そちらを見ると心配そうな顔でディミオが地下室から顔だけ出してこちらを伺っていた。


「もう大丈夫だよ、そっちも怪我は無いかな?」


 そう言って近づいて行くとガスの効果が切れたのかディミオはしっかりと自分の足で立ち上がっていた。


「はいおかげさまで、ところであの人はどうなったんですか?」


 ディミオが見ているのはさっきの男が死んで灰になった場所だった。


「あいつはヴァンパイアだって自分で言ってたよ。僕の血を飲んで勝手に死んじゃったけど」


 そう言いながら灰になった男の身柄が分かるものがないか所持品をあさってみたが特に何もなかった。


「え、どうして?」


「僕もよくわからないよ。でもまぁ助かってよかった。帰ろうか、送るよ」


 そう言いながらヴァンパイアの剣を持ってみるが重すぎたのでその辺に置いて服を持ち上げてみると、ゴロリと中から手のひらサイズのカットされたラグビーボールの様な形のクリスタルが出て来た。


 これは所持品かな?それともヴァンパイアも死んだら魔石を出すのかな?よくわからないから持って帰って師匠に聞いてみよう。


 僕は懐にその魔石の様な物を仕舞、ディミオを送って行く事にした。


 ディミオに話を聞くとメイドが手引きをした様で庭に連れ出され、出入りの業者に装ったグバルとか呼ばれていたさっきの男たちに誘拐されてきたらしい。

 ちなみに三人は気絶してたし縛ったままほったらかして来た。後でディミオの親に話をするし、そこから警備に話が行くだろう、ディミオの保護が先だ。


 薄暗い夜のスラムは昼と違いまるで迷路だった。日中に襲って来た奴を撃退したせいか直接襲ってくる奴は居ないが後を付けられている感じがする。ついでに迷子になっている様な気がする。


「シュウさん、ここさっきも来ませんでした?」


 やばいディミオにもばれた。何か言わないと、と思っているとちょうど道の脇からマイキーが出て来た。


「こんばんは兄さん何かお手伝いしようか?」


 助かった!小声でマイキーにスラムの出口に案内してもらう事にして歩き始めた。


「お待たせディミオ、夜のスラムは危険だから案内してもらう事にしたんだよ」


「そうなんですね、僕はてっきり迷子になってるのかと思いました」


 僕はあははと乾いた笑いを浮かべながらマイキーの後を追った。

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