第17話 月とダガーと狼と


 今僕は広いコロシアムの真ん中でナイフを手に持って心静かに空を見上げていた。


「ホント久しぶりだね、あのでかい月を夜に見るの」


 最近屋根と壁のある豊かな生活をしていたので見てなかったが、そこには懐かしさすら感じる、相変わらず穴の空いた月が僕を見ていた。


「おい何ブツブツ言ってるんだ!聞いてるのか!お前今から、なぶり殺してやるからな!」


 そして目の前には牙を剥き出しにして鼻の頭をシワシワにした狼の獣人ガウルが、今にも飛びかかってきそうな雰囲気で僕を睨んでいた。


 「キャンキャンキャンキャンうるさいなぁ、静かにしてくれないかな?今僕は月を見てるんだよ、分かんないかな?君もあれに向かって遠吠えしたりするんでしょ?ホラしてみなよ、僕も一緒にしてあげようか?ワオーーーーンってね」


 ギリギリと歯軋りの音が聞こえる。まだ試合が始まっていないので手が出せないのでイライラしてるみたいだ。


 それにしても辛い二十日だった。それに比べればこんな狼の獣人に睨まれたくらいどうって事ない。


『みなさま大変お待たせしました。只今より本日の第十三試合を開催いたします。この試合では対戦者の死亡をもって勝者が決定します』


 どうやら本日のメインの試合になっているようでアナウンサーが長々と何か喋っているがあまり耳に入ってこない。僕はいい感じに集中できている気がする。


『それでは試合開始です!』


 機械的なブザー音が鳴り僕もガウルも動き始める。


 前からガウルが手にでかいくの字に曲がったマチェットと呼ばれる獲物を持ってこちらへまっすぐ走り込んでくる。


 対する僕の獲物は長めだが刀身はまっすぐでかなり厚みがありダガーと呼ばれるものだ。そしてグリップはメリケンサックの様に指が一本ずつ入るようになっている。


「やっとお前を殺せるぜ人間!あの後どうやって試合を生き残ったか知らんが今日こそ息の根を止めてやる!」


「キャンキャンうるさいなぁ、弱い犬程よく吠えるって言うからね僕が黙らせてあげるよ!」


 そして互いに間合いに入り振り下ろされたマチェットナイフを僕は右手に持ったダガーで受け流そうとした瞬間みぞおちに衝撃が走り闘技場の中を転がった。


「いてて、やるじゃ無いか」


 ガウルはその場で立ち止まりマチェットナイフを握りしめてこちらをプルプルと震えながら睨みつけてくる。


「オイオイオイ!ふざけてるのか?!ちゃんと受けろよ、すぐ死んじまうぞ!お前は絶対楽には殺さないからな!!」


 めちゃめちゃ胸が痛いし息がし辛い、多分アバラにヒビが入ったかもしれない。そもそも二十日程度で身体能力の高い獣人とまともにやりあえる様になるはずが無いんだよね。


「よかったら手加減してくれても良いんだけどね」


 僕のセリフにガウルが呆れてる間にゆっくりと起き上がった。


「ふー、じゃあ続きをしようか」


 そう言って精一杯平気なふりをしながら腰を落としダガーを構えるとガウルが吠えた。


「あー!うるさい!口ばっかりだなお前は!もう切刻んでやるよ!雑魚が!!」


 ガウルが牙を見せながらこちらへ走り込んできてその勢いのまま上段から振り下ろされたマチェットナイフを両手で持ったダガーで受け止めるも、かなりの衝撃で手が弾かれた所に素手で顔面を殴られ怯んだところで腹に膝を入れられ僕は息ができなくなりうずくまってしまった。


「ぐぅぅ、ガハッゲホッ」


 肺の空気が全部出ていき息ができなくなっている所をさらにサッカーボールの様に蹴り飛ばされた。


「死ね死ね!」


 クッソもうボロボロだ。うずくまってる所を蹴られたことで肋骨が完全に折れてるし全身が痛い、このままじゃエリザベスさんに怒られてしまう。


 なんとか膝をついて起き上がると目の前にガウルが立っていた。


「お前は本当に弱いな、苦しんで死ねよ人間」


 僕が咄嗟にダガーで頭を庇うとガウルがマチェットナイフを僕の腹に突き立てたので逆に僕はガウルのマチェットナイフに向かってあえて貫かれに行く。


 僕の腹に深くマチェットナイフが突き刺さったのでこれで僕のダガーも届く間合いだ!


 僕は口から血を噴き出すのを無視してガウルの腹部にダガーを突き立てた。


 そして今持っている僕のダガーはマチェットナイフと違って刃が真っ直ぐなので刺さりやすく、グリップが特殊なので僕の力でも簡単に捻る事が出来る!


「ぐあぁぁぁぁ!」


 ガウルはあまりの痛みにお腹を抑えながら後ろに下がって距離をとった。


 僕も引き抜かれたのでお腹からかなりの血を流しているが笑ってやる。


「どうだ?お腹は痛いだろ、どっちが長く死ぬのを我慢できるか勝負だね」


 その姿を見てお腹を押さえながらガウルが睨みつけてくる。


「お前は相打ちを狙ってたのか!」


 僕は口から血を流しなんとか気を失わない様に耐えていた、あー眼の前がチカチカする。


「くそっ!早く終わらせないとやばい」


 そう言いながらガウルが近づいて来て上段からマチェットナイフを振り下ろした。僕はそれに合わせて前のめりに飛び込む形でガウルに体当たりして背中を斬られながらもダガーをまた腹に突き刺した。


「ぐあぁぁ!」


 僕の声に重なってガウルも痛みで絶叫しながら倒れ込んだ。


 僕は背中からマチェットナイフを生やし四つん這いになっている。ガウルはお腹に二つ穴を開けて仰向けになり痛みで動けない様で血が流れ続けている。


 僕が暫く目を閉じてじっとしていると腹部の血がゆっくりになった気がした。


「不死さんありがとう」


 不死さんに感謝しつつ、僕は背中にマチェットナイフを生やしたまま立ち上がり、ゆっくりとした動きでガウルへ向かっていった。


 三歩ほどの距離が恐ろしく長く感じる。血が流れすぎたせいか手足の感覚も殆ど無くなっている。でも僕は死なない。


 それにしてもこの二十日間ひたすら不死さんの仕事を研究してきた。同じ場所に傷を負うと治りが少しだけ早くなることに気がつきエイドルにやたらお腹を狙われた。


「何だよお腹から剣を生やしたまま動く練習って!」


 今思うと本当に酷い事だと思う、でもおかげでお腹を狙わせて相打ち作戦が上手くいった。武器もあえて真っ直ぐな刃物を使う事で僕の力でも突き刺すという殺傷能力の高い攻撃が出来ると言われダガーを練習した。


 その練習の成果が目の前に横たわっていた。そうだよね、腹を2箇所も刺されて耐えれるわけないよね、僕ぐらいの経験者なら別かもしれないけどね!


 そして今やっと仰向けに倒れているガウルまで辿り着き崩れるように僕はその心臓へダガーを突き立てた。


 その瞬間会場はゴーーーっと言う響きに聞こえるほどの大歓声に包まれた。


「やっと終わった、あー疲れた」

 そう言いながら足の力が抜けて尻餅をつくと、空にはいつもの穴の空いた月が僕を見ていた。


 何気なく横を見るとエリザベスが走ってこちらへ向かってきていた。


 いつの間にか会場の音も聞こえなくなって眠くなってきた。体の感覚が全部ないや、血が流れすぎたかな。


「あーこのままだとエリザベスさんにまた怒られそうだ」


そんな事を考えながら僕は意識を手放した。






 それから1年が過ぎた。


 いつものように円形の闘技場の客席には沢山の獣人がひしめき合っていた。


『十三番十五分以内に倒してくれー!』

『俺は五分だー!』


「任せてー!スマートに倒すよ!」


 僕は声援に対して手を振り答える。前は僕が殺される時間だったのに変な感じだ。


『大変長らくお待たせいたしました。本日の第13試合が間もなく始まります』


 相変わらず空には穴の空いた月が1年前と変わらず浮かんでいる。

『それでは試合スタートです』


 ブザーの音と共に正面の扉が開くと中から2メートル位の大きさで緑色の人形が現れた。


「ぐおおぉぉぉぉぉぉぉん!!」


 歓声にも負けないほどの叫び声をあげた口は左右に大きく裂け牙がびっしりと生えている。そして鼻は大きく垂れており耳は尖り、目は小さく醜悪な顔だった。


 その棍棒を振りかざした姿は話に聞いたことがある姿だった。


 「オークか、これは骨が折れるな、物理的にねっ!」


 そう言いながら上段から振り下ろされた棍棒を右に転がって避けた。


「オークは脂肪が厚いから刃が通りにくいらしいね」


 誰に言うとでもなく独り言を喋りながら右へ右へと転がる様に避けて行き、棍棒を大きく振り下ろして来たので、その隙きに一気にオークの後ろ側に回り込むと無防備な背中に剣を叩きつけた。


「うげ、脂肪で防がれた!?」


 かなり深く切れたが背中にも脂肪と肉が厚く致命傷には至らなかったようですぐに振り向き襲いかかって来た。仕方ないのでもう一度傷口に剣を叩きつけようとするとオークに体当たりを喰らってしまった。

 そして仰向けに転んだところをゴルフスイングの様に腹を横から殴られて横回転して吹き飛ばされた。


「ぐあぁぁあ!」


 転がる勢いを使いそのまま起き上がるが、お腹に食らったせいか口から結構な出血があり顎から胸まで血だらけになってしまった。


「くっそ全然スマートじゃ無いな、ペッ」


『早くー早くしてくれー!』


『もう殺されろー!』


「あー、好き放題言ってくれるよね」


 気がつくと近くまでオークが迫ってきて棍棒を振り上げていたが、それをかなり大きく転がってかわし、何とか距離を取って体勢を立て直した。


 そして今度はこちらから低い姿勢で加速をつけて向かって行くと、僕の動きに合わせてオークが棍棒を振り上げてきたが気にせずさらに加速した。


 頭を低くし、片手で剣を前に突き出した姿勢でそのまま体当たりをする。


 上から来る棍棒に対して左腕を突き出すとメキリと嫌な音がしたがそのまま強引に棍棒を外へと逃がしながら体は前へと体当たりをし、剣をオークの胸へと突き刺した。


 僕はその勢いのままにオークへと激突するとオークは胸に剣が刺さり仰向けに倒れた。


 ついでに僕も防いだ腕に激痛が走りオークの横で倒れ込んでいた。




「相変わらず泥臭い試合しかせんなお前は」


 試合後医務室で寝転んでいる僕の横でエイドルがダメ出しをしてきた。


「でも最初の後ろに回り込んだのは良かったでしょう?」


「普通はあそこで決めるだろう、オークは脂肪が厚いから刃が通りにくいと教えたじゃ無いか、あそこで足を切って機動力を削いでいたらあとは簡単だったんだ」


「いやぁ一撃で決めれるかなぁって」


「結果そのざまだ。まぁ良い、勝ちは勝ちだそれより」


 エイドルが手を出して握手を求めて来た。


「おめでとうシュウ、これで解放されるぞ!」


「え?解放?」


 意味がわからず握手したままエイドルが説明してくれた。


「そうだ戦闘奴隷からの解放だ。かなり早いがガウルとの試合のおかげだな」


「ガウルとの試合のおかげですか?」


 わけが分からず全部おうむ返ししてしまった。


「そうだあれでガウルの持っていたポイントもお前に移ったんだ。だからかなり早まった」


「エイドルさんはそれも計算に入れてあの試合をしたんですか?」


「まぁ結果的にそう言うことだ」


 あのガウルとの試合の後兎肉のステーキが買えるようになっていたのでかなりポイントが入ったと思ったらそう言う事だったのか、あの試合の後呼び方もシュウに変わったし、いろいろ考えてくれてたんだね。


「ありがとうございます!やっと戦わない毎日が過ごせるんですね!」


「いや、まぁ、うんそうだな」


 エイドルが歯切れの悪い返事をしているので詳しく聞くと。


 身元不明で逮捕された者は戦闘奴隷になり戦いで身分を証明し最終的に市民権を得ることが出来るシステムで、その際市民権を得る前に最後に兵役があると言われた。


「僕が戦争に行くんですか!?」


「まぁ戦争と言っても今はそんな大きな物は無いから砦の保守と巡回ぐらいだな、まぁそれを終えれば晴れてシュウもアルケイオスの一員だ」


 すっかり国名も忘れてた。みんな王国とか獣王国とかしか呼ばないからね。


「わかりました、逆にそれしか選択肢はないんですよね?」


「無いな」


 きっぱりと短く返事が返って来た。この国は獣人の気質のせいか決まり事がはっきりして選択肢が少ない気がする。


「じゃあ兵役に行ってくるしか無いんですよね、いつからになるんですか?」


「明日からだ」


「へ?明日!いやいや、僕さっき試合したばっかりだし骨折れてますし」


「そんなもん明日には治ってるだろう」


「いやまぁそうですけど」


 こうして僕の明日からの兵役が決定した。




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