第38話 羽とピンクとドラゴンと


 今僕たちは南門から出て北へと外壁を迂回していた。


「ねぇ徒歩で行くの?」


「大丈夫、ギルドでラクダを手配してきたわ」


 そう言う師匠と砂漠を歩いていると後ろからラクダの走ってくる音が聞こえてきた。



「ティーフェリア様、お待たせ致しました」


 頭にターバンを巻いたおっさんが敬々しく師匠にラクダの手綱を渡して来た。


 それにしても師匠は何者なんだろう、ギルドでもいつも顔パスで奥へ入って行くけど、きっと長く生きて来てるから色々あるんだろうな。


「シュウ、早く後ろに乗って」


 座ったラクダに乗り込んだ師匠が僕を呼んだ。


「へ、後ろに?」


「あら、ラクダに一人で乗れたの?」


「あ、ああそうだね。じゃあ後ろに乗ります」


 なんか後ろに乗せてもらう恥ずかしさにギクシャクしながら乗ると。


「行くわよ、しっかり捕まって」


 師匠がそう言った途端ラクダが動き出した。まず前足を伸ばすため一度後ろに傾いて次に後ろ足を伸ばすせいで前にグンと投げ出されそうになり情け無く師匠にしがみつく形になった。


「ちょっとシュウ、この手わざとじゃないわよね?」


「ごめん、こんなに揺れると思わなくて」


 師匠の鎧の下は相変わらず涼しかった。


「言ってらっしゃいませ」


 ターバンのおっさんに見送られてラクダは結構な速さで走り出した。


 それにしても師匠は何でこんなにいい匂いがするんだろう。今日の朝はお風呂に入ってないはずなのに。


「ねぇ、シュウ、聞いてる?」


「ああ、ごめん聞いてなかった」


「ボーッとしてると振り落とすわよ」


「ごめんなさい。聞きます」


「今から東へ大きく逸れて進むけどそちらにもギルドの情報じゃサンドワームが出ると思うわ。だからその時は私が魔法を撃つから体を支えておいて欲しいの、シュウがバランスを崩したら二人とも落ちるからしっかりしてね」


 それから何度かサンドワームに遭遇したが師匠が手放し運転で問答無用で倒していった。


 支えておけって言われてたけど全然余裕そうだった。


 これはもしかして僕要らないやつなんじゃ?そんな恐ろしい思考にはまってモヤモヤしている間に遺跡へと到着した。


「遺跡のドアが破壊されてる。やっぱり誰かが強引に入っていったみたいね」


「じゃあ急いで追いかけないとね!ラクダはどうするの?」


「賢いからその辺に放しておけば勝手に帰るわ。繋いでおくとモンスターに食べられるかもしれないから」


 そう言ってラクダをその辺に放し僕たちは遺跡へと足を踏み入れた。


 遺跡の中は何で出来ているのか分からない質感を除けばまるで病院の中の様な清潔感が有り天井に電気までついていた。


「すごくきれいな通路だね、僕ここに住みたいくらいだよ」


「おかしいわね」


「そんなおかしい事言った?」


「違うわ、普通これだけ設備が生きている遺跡だとセキュリティが動き出す物なの、ここは何も反応がない」


「セキュリティが優しい設備だったのかな?」


「考えられるのはまだ中に遺物の扉を破壊した奴がいるって事ね」


「そいつがセキュリティを解除してるって事?」


「そう、シュウも気をつけて」


 通路の左右にある扉も自動ドアになっていて中を覗き込んで確認しながら二回ほど階段を地下へ降りると通路の途中に今までと違う雰囲気の大きな扉が有った。


 警戒しながら僕たちが近づくと、他の扉と同じように音もなく自動で左右に開いたので警戒しながらも中に入ってみた。



 その部屋の壁にはモニターがたくさん並んでおり、そのモニターの下に座席と操作パネルっぽい物が並んでいた。これはオペレーションルームみたいな感じだね。


 師匠が一台のパネルを操作してモニターを色々と切り替えて行くが赤い字がたくさん並んで表示された所で動きが止まった。


「なっ?!不味いわ。どうやら扉を壊した誰かさんはキューブを暴走させ、オリジナル並みの出力を出そうとしてるわ」


「そんな事出来るの?」


「無理よ、だからこのままだと異常稼働し続けてキューブの耐久値を超えた所で小型の大崩壊が起きるわ」


 大崩壊って言うとディアーヌさんが言ってた古代魔法文明が滅ぶ原因になった大爆発かな。


「え?!それは滅茶苦茶やばいんじゃない?」


「そうね、まぁでもこの規模の施設とレプリカの出力なら砂漠が無くなって大きなクレーターになる位だから人的被害は少なめかもしれないわね」


「それは不味い、不味過ぎるよね。このまま行けばこの遺跡だけじゃなくて城塞都市も無くなっちゃうって事だよね!操作して止められないの?」


「このコンソールは観測用で制御機能は付いてないわ。ここからキューブへのアクセス権を取りに行くくらいならもう直接壊しにいったほうが早いわね」


 師匠がコンソールを操作すると、画面に遺跡の地図が表示されその中の一箇所に赤いマークが表示された。


「ここにキューブがあるみたいね」


「さっさと破壊しに行こう!」


 外に出て地図の通りに進むと直ぐにその部屋にたどり着いた。


 部屋の中に入ると壁や床、天井にまでびっしりと青い線が走り、まるで血管に流れる血液の様に光が揺らめいていた。そしてその線が全て真ん中の台座に集まりその上にキューブが置いてあった。


「やっほーシュウ君また会ったね」


「リエル?なぜ君がここに居るの?」


 キューブの横にはピンクの髪を揺らして見知った少女が陽気にこちらへ手を振って居た。



「あなたそこで何をしているの?」


 師匠が怖い顔をして剣を抜いた。


「違うよ師匠、彼女は旅人ギルドに居たからきっとこれを止めに来た斥候じゃ無いかな」


「シュウ君ゴメンねー、違うんだー僕が犯人なんだ」


「えっ、何で?」


「本当ゴメンね、悪いんだけどちょっとだけこの辺一体を巻き込むかもしれないけど見逃してくれないかな?」


 両手を顔の前で合わせて軽く言ってるがやってる悪事との差がひどい。


「いやいや、どれだけ巻き込むつもりだよ!自殺は他所でひっそりしてよ。取り敢えずそのキューブだけで良いから渡してくれないかな?」


「これは今から使うから渡せないんだ。シュウ君でもそれ以上近付いたら穴を開けないといけなくなっちゃうよ。どうしても欲しいなら僕の初めてだったら考えてもいいけど?」


「それはいらない!」


「何、あなたたち仲良いのね」


 師匠の視線が怖い。


「いやあいつ男だからね!」


 リエルを指差して言った。


「え、シュウは男の子が好きなの?」


 師匠が意外そうな顔でこちらを見た。


「僕が好きなのは女の子です!」


「ちょっと、二人でイチャつかないでくれるかなぁ、ちょっとムカつくんだけど」


 リエルがイライラしながらキューブを台から持ち上げた。 


「イチャついてないわ、それよりさっさとそのキューブを渡しなさい」


「じゃあ僕に勝ったら渡してもいいよ」


 そう言いながらリエルはキューブを人差し指の上でクルクル回している、器用だな。


「ふぅ、めんどくさいから今すぐ殺してあげるわ」


 問答無用で師匠が右手をリエルに向けると炎の槍が連続で飛び出した。


 串刺しになるかと思ったが何もして居ないのにリエルの前に氷の槍が浮かび師匠の炎の槍とぶつかり合い何もなかったかの様に相殺した。


「へぇ魔法使いなのね、じゃあこれはどうかしら?」


 さらに師匠が両手を向けると光の玉が浮かびそこから幾つもの棘が生まれ、白い跡を引きながらリエルに向かう。


 それに対抗するようにリエルの前に黒い球体が生まれ吸い込まれて言った。


「あぁめんどくさいな、さっさと死になさいよ!」


 イライラする師匠の体中に呪印の蔓が巻き付き、その呪印がすべて右手に集まっていくと三十センチ四方の黒い四角い箱が師匠の前に浮かび上がった。


「君も呪印を持ってるのか厄介だね。それは僕も本気で受けないとだめだね」


 師匠の四角い箱がすごい速さで回り始め黒い線を周りに伸ばし、それが急に指向性を持ってリエルに向かった。


 師匠の手元からは黒い筋が数え切れないほどリエルに向かい黒い塊のようになって何も見えない。


「やったか?」


 ついやってないフラグを立ててしまったが黒い影が消えていくとそこには二メートルくらいの光の塊があった。


「いたた、めちゃくちゃするねー、僕じゃなかったら肉片も残らないよこんなの」


 リエルの声が聞こえゆっくりと光の玉が解けるとそれはリエルの背中から生えている羽だった。


「は、羽生えてるの?」


 つい見たまんまの事を口に出してしまったが師匠が横で膝を付いて苦しそうに言った。


「嘘、天使とかやばいわね」


「え?やばいの?天使ってなにそれ?」


「人類の敵よ」


 師匠が端的に答えるとリエルが口を開いた。


「ひどいこと言うね、人類が悪いんだよ、この星を壊しかけたの忘れたの?そもそもエルフは当事者でしょ」


「え、何?天使って人類滅ぼそうとしてるの?!っていうかリエルって天使なの?」


「そうだよー、天使だよ綺麗でしょこの羽根、触ってみる?まぁとりあえずエルフは殺さなきゃいけないし、シュウくんどいててね危ないよ」


 そう言うとリエルの体に直線で構成された光る線が呪印の様に浮かび上がり後ろに広げた羽に集まっていき羽から光る帯のようなものが一度外へ広がり次の瞬間師匠に向けて飛んだ。


「ティー!」


 僕が呪印に力を込めると世界に色が失われていった。


 ゆっくりと流れる世界でリエルから延びる光の白い帯の射線へ飛び出し、右手を前へ突き出すと右手の口呪印が空気を吸い込み始めた。


 その次の瞬間近づいて来ていた帯の先頭の何本かの軌道が右手の口に代わり飲み込まれていくと後ろから来ていた光の帯が大きく僕から離れ遠回りして師匠へと突き刺さった、その瞬間世界に色が戻っていった。


「ティー!」


 急いで駆け寄り体を起こすと手足の鎧のない場所に穴が空いて血が流れていたが体の中心は革鎧が削れて防いでいた。


「し、師匠でしょ」


 そう言う師匠は意識はなんとか有るがかなり不味そうな出血量だった。


「急に飛び出してきたら危ないよシュウ君。それにその右手すごいね、これのみこんじゃうんだ」


 リエルは普段と変わらない雰囲気で羽をさすりながら話しかけてくる。


「何でこんな事するんだよ!」


「何でって仕事だからかな?別に僕だって無差別に殺しまくる趣味はないよ?そうだ、じゃあシュウ君も僕の仲間になりなよ」


「はぁ?!」


「仲間になったらその女も助けたげるし、このキューブもあげてもいいよ?」


 そう言ってリエルが腕を振ると光の玉が浮かびゆっくりと師匠の足の一番大きな穴にあたり傷がゆっくりと塞がていった。


「仲間になるなら全部治してあげるよ、どうする?」


「何で僕なんだよ?!」


「だってシュウ君死なないでしょ?」


「え!?何で!?」


 師匠の傷をとりあえず僕のマントを破って塞ぎながら会話を続ける。


「最初は呪印の気配が凄かったから興味を持ったんだけどさ、お風呂でシュウ君の手に触れてわかったんだ、君不老不死だよね」


 何も言えないで固まっているとリエルが続ける。


「僕はずっと孤独だったんだ。老いず死なず人間の社会に紛れ込んでいるけど仲良くなった人も喧嘩した人もいつかはいなくなってしまう、それに疲れちゃったんだよ」


 こちらに近づいて来て手を伸ばしてきた。


「シュウ君ならずっと居てくれるでしょ?死なないし老いもない、だから一緒に行こうよ。僕と居てくれるなら何もしなくてもいいんだよ!欲しい物もなんでも手に入れてあげる。それにほらっ何でもしてあげるよ!」


「僕が行けば師匠は助けてくれるの?」


 傷口の処置が終わったので僕も立ち上がりリエルの方へ足を向けた。


「本当は出会ったエルフは殺さないと駄目なんだけどシュウ君が来てくれるなら良いよ」


 そう言ってリエルが手を伸ばしてきた時、目の前が光で埋め尽くされた。


「ぐぁ、眩しい!」


 キューブが爆発したのかと思ったがこちらへの衝撃は無く、ゆっくりと目を開くと天井に穴があいていてリエルが居た場所を含む直径十メートルくらいの丸い穴が空いていて、あたりが水蒸気の様な煙で見えにくくなっていた。


 何があったの?この穴底が見えないんだけど?隕石でも降ってきた?


 だんだん水蒸気が晴れていくと穴の少し右にキューブを持ったリエルが膝をついて居た。その姿は羽が折れ服は全部燃え尽きて肌も少し焦げていた。


「ちぇ、今日はここまでかな。ごめんねシュウ君一緒に連れて行きたかったんだけどなぜかこんな僻地にドラゴンが来ちゃった。また会いに来るから考えておいてよ」


 そう言ってリエルは右手をくるっと回すと空中に向こう側が見えない穴を描いた。


 駄目だこのまま逃がすとキューブをまた別のところで使うかもしれない。そう思った僕はとっさにリエルに飛びついた。


「きゃー!ヤダ、こんなところで!まだ心の準備が!」


 柔らかい、違う!胸を抑えるリエルの手に持ったキューブを右手で掴み取るとキューブはゆっくりと粉になって砕け散った。


 そして僕はリエルにびんたを喰らい後ろへ転がった。


「あーひどいよシュウ君!僕のキューブがぁ。覚えておきなよー、今度あった時お仕置きするからねー」


 さっき開けた空間の穴に手をかけて入って行くがその瞬間世界に色が失われていった。


 次の瞬間視界がすべて光りに包まれた。


 ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!この痛みは知ってる!ドラゴンブレスぅ!まきこまれてるぅぅぅ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る