第44話 リナとマルスと傭兵団と
色の失われた世界の中、前方左右から同時に矢が僕に目掛けて飛んで来ていた。
僕は顔へ迫る一本をギリギリ首を傾けて交わし、胸目掛けて飛んで来ていた一本は移動した口呪印さんが飲み込んだ。
「待て待て!お前ら!こいつは今俺が助けて来た人間だ!リナ、ガース、ストップ!」
「大丈夫かシュウ?大丈夫そうだな?」
マルスが振り向いて僕の怪我を確認するが全裸なのですぐ無傷だと分かったみたいだった。
「お前らちょっと集合しろ!」
マルスがみんなを集めて説明をしてる間に僕は体を拭く布と服をもらい川で体を洗い服着た。
「いやーすまねー、全裸でなんかヌルヌルしてたからよー、てっきり新手のモンスターかと思っちまってよー」
今謝っているのはガースと呼ばれていた男で、背と手足と顔の長い蜘蛛のような男でマルスが弓の名手だと言っていた。
「本当にいきなり頭とか狙っちゃダメだぞ、ちゃんと体を狙って動きを止めないと」
この物騒な事を言ってる栗色のショートカットにキツイ目つきの女性がこの傭兵団のサブリーダーのリナだ、因みにマルスは団長だった。
「それにしても私が撃った矢はどこに消えたんだ?」
リナが値踏みする様な目で僕を見てきた。
「え?えっと、ヌルヌルだからスリップしたのかな?あはは」
「ふーんまぁ良いけど、取り敢えずシュウは私の下に付いてもらうぜ」
少し怪しまれたがリナさんはさっぱりした性格のようであまり気にしてはいない様子だった。
「よろしくお願いします」
マルス達は赤い狼と言う三十人程の傭兵団でそれに護衛対象の商人を二十人ほど連れた総勢五十人以上の大所帯だった。
「そうかシュウは師匠と砂漠を抜けて来たのか」
今僕はご飯をもらってマルス達と火を囲んで談笑していた。
「それでその師匠は強いの?」
リナはちょっと戦闘狂の雰囲気がするな。
「師匠は剣も魔法も出鱈目な感じだよ。魔法はサンドワームの群れを焼き尽くしてたし、剣は一度も僕が勝てた事が無いよ」
「サンドワームの群れを!それは凄いな」
ガースも何か飲みながら感心していた。
「それででシュウはどれくらいやれるんだい?」
リナが戦闘狂っぽい感じで聞いて来た。
「僕はそんなに強くないよ、ただ他の人より丈夫なだけかな」
「へーちょっと試してみない?」
リナが舌舐めずりしながら此方を見ている。
「良いな、暇つぶしにシュウやったらどうだ?ある程度戦えたら、うちに入れてやるぜ!」
マルスまで乗って来てしまった。
「まぁ木剣でなら良いよ」
「よし、決まり!誰がやる?」
そう言いながらリナが周りを見渡すとみんなまたかと言う感じになって目を逸らしていた。
「よし、シュウに勝った奴に銀貨をやるぞ!」
マルスが声を上げると歓声が上がり何人かが立候補し出した。
「よし俺がやってやる!」
「俺に任せろ!」
いや、そんなやる気満々で来られてもちょっと。
「よし、ドンガ行け」
マルスの声にドンガと呼ばれた身長が二メートル程もある坊主頭の大男が立ち上がった。
みんな慣れているのかテキパキと焚き火の横を広く片付け始めた。
すぐに僕は木剣を持たされ広場に送り出されると目の前には二百キロ以上ありそうな厳つい顔の大男ドンガも同じ木剣を持って待っていた。同じ木剣のはずなのにドンガが持つと小枝みたいだ。
「よし、どちらかの頭か体に良いのを入れたら終わりだ、判断は俺がする」
マルスが二人の間に立ち審判を始めた。
「シュウが初めてなんで言っとくが飛び道具は無しだ。身体強化はできるなら好きにしていいぞ、後はまぁ目玉とか金的、故意に殺すのも無しだ、あとは好きにしろ死ぬな」
「了解」
僕が返事をするとマルスが手を上に上げた。
「じゃあ始めるぞー、構えろ」
僕は青眼に構えドンガは上段の構えを取った。
「始め!」
周りのみんなが興味津々で見守る中まずドンガが動き出した。巨体に似合わずかなりの速度で左上からの様子見の袈裟斬りを繰り出して来た。
僕は身体強化をかけながら軽く後ろへ下がって様子を見ようとするとドンガの木剣が素早い切り返しで右下から左上へと伸びながら戻ってきた。気づかない間にドンガとの距離が縮まっているので特殊な足使いをしているみたいだ。
僕は中段に構えていたので木剣をドンガの木剣に合わせると肘まで痺れる様な衝撃が走った。
あんな体制の切り上げなのに僕を体ごと押し上げそうな程の凄い力だったので身体強化を更に強くして何とか拮抗させ、そのまま左前へ足を進めて行くとドンガも僕の右側へ進み二人の位置がくるりと入れ替わり一旦二人とも距離を取った。
その瞬間、周りからはドンガと打ち合えることに驚いたのか歓声が上がっていた。
「やるじゃねーか、見た目じゃわからねーな」
ドンガに褒められて僕も口を開いた。
「ドンガさんこそ見た目じゃわからない技巧派だね」
二人でニヤリと笑い合い手合わせを再回した。
やはり先に動いたのはドンガで、その木剣がヘビを思わせる様な動きで僕の胸元へ迫って来たので木剣で防いだがすごい速さで剣先が捌き切れず右手首に力を込めるとその瞬間世界に色が失われていった。
水の様な抵抗を感じながらドンガの木剣の複雑な動きに合わせながら下から掬い上げ、僕はドンガの木剣の下へ潜り込み左に体を流しながら抜き胴を叩き込んだ。
「そこまで!」
マルスが静止の声を上げると周りで見ていた傭兵達が驚きの声を上げた。
「シュウやるじゃ無いか!それとドンガは油断しすぎだ。それにしてもシュウは目が良いんだな次は俺ともやろうぜ」
「今日はもう疲れたよ、さっき花にも食べられかけたしね」
ぼくがそう言うとマルスはそれもそうだなと言って次は別の団員を指名して手合わせは続いた。
それからしばらく盛り上がってたが夜が更けて来たので解散して、僕は明日と明後日はドンガに勝ったご褒美で夜の見張りを免除された。
野営のテントは上と横だけを覆っていて下は地面で厚めの布を敷いて寝る簡単な物だったが僕は疲れからかぐっすりと眠りについた。
朝リナさんに起こされてスープの用意やテントの撤収の手伝いをして赤い狼は出発した。
暫く森の中のけもの道を馬車が通れる様に最低限切り開きながらクネクネと進んでいたが前の方が騒がしくなり急に隊列が止まった。
「オーガだ!」
誰かが叫んだ方を見ると僕が襲われた時のやつと同じ様なオーガだ。
今僕が居るのがちょうど隊の真ん中で商人達と同じ場所だったので先頭の方で撃ち洩らした個体に対応する仕事だった。
「ボビー、ロン、バウンス、シュウはオーガを近づけるな!ドーグは反対側を警戒!後の奴は弓を撃て!」
僕も指示があったのでオーガへと向かった。一応剣と革鎧を借りてたので良かった。
四人で距離を取ってオーガを囲むが、的がでかいので射線は問題なく矢が次々飛んで来たが皮が硬くよほど良い場所じゃ無いと刺さらなかった。
ボビーとロンとバウスの三人はオーガと絶妙な距離を取り、手足に少しずつ傷を追わせていく。連携が捕れた動きってすごいね。
「ファイアーアロー!」
僕は腕を振り回すオーガの爪を避けながら顔へ連続してファイアーペンシルを撃ちまくった。
「ナイスだシュウ」
それがちょうどオーガの目に当たったみたいで咄嗟に顔を庇ったオーガに向かって三人が斬り付け、あの硬いオーガをあっさりと倒した。
「魔法も使えるんだな!助かったぜ」
三人に背中を叩かれ褒められた。
「各自その場で警戒!」
リナの声がしてその場で僕らはしばらく待機になった。
それから程なくして赤い狼はオーガを全て撃退した。
「リナァ、そっちはどうだ被害は無かったか?」
マルスが前の方が被害を確認しているのか回って来た。
「こっちは一匹しか来なかったから問題無しだよ」
「シュウも大丈夫か?」
マルスがこちらを見た。
「みんな強いから僕に出番なんて無かったよ」
ボビーと呼ばれた髪をツンツンに立てたおっさんが寄って来た。
「シュウの魔法のおかげで楽チンだったぜ」
「シュウは魔法も使えるのか!良いな本当にうちに入っちまったらどうだ?」
マルスが感心した顔で勧誘して来た。
「ありがとう師匠に捨てられたらお願いするよ」
「ああ、いつでも来て良いぜ」
「よーし!誰も死人はいないみたいだな!出発するぞー!」
マルスが大声を出すと隊はゆっくりと何事もなかった様に進み出した。
「ねぇリナ、あのオーガはどうするの?」
「え、シュウはオーガ食べたいのか?美味く無いぞ?」
かなり驚いた顔をされた。
「いや食べないよ!そうじゃなくてなんか素材とかそう言うのは取れないの?」
「あー、よっぽど辺境や蛮族なら筋とか皮を取ったり爪を使ったりする所もあるみたいだけど、普通使わないよ、皮も死んだら身体強化が切れてそんなに硬く無いし爪も切れるけど結局金属の方がナイフとして使いやすいしな」
「そういえばそうだね」
モンスターが素材になるとかゲームの中だけか。
「まぁ特別皮が硬い奴は使うけどな、飛竜とか」
「あー飛竜とか絶対会いたくないねー」
掴まれて巣へ運ばれている自分の姿が容易に思い浮かべられるのが怖いな。
「私はどっちかと言うとレイス系に会いたくないな、物理が効かないのは厄介すぎる」
「ああそれはやばいねー、人数いてもやく立たないとか怖いな」
そんな話をしながら、そのままその日は何も無く野営ポイントへ到着した。
そんな話をしていたからか騒動は深夜に起こった。
「シュウ起きろ!敵襲だ」
近くに寝ていたドンガに起こされてテントを出ると何人もの髪の長い青白い女が半分透けた姿でそこらを飛んでいた。
「何これ!?お化け?」
「レイスだ!シュウ魔法が使えるだろう頼む!」
まさかの昼間に言っていた会いたくないモンスターだった。
「ファイアーアロー!」
僕はファイアーアローを撃ってレイスを追い払い続けるが全然減らない。
その時近くにいた商人にレイスが入って行くのが見えた。
「ドンガさん、あの商人にレイスが入って行ったよ!?」
「何!?憑依されたか不味いな」
レイスが入っていった太った髭の商人は腰の護衛用のナイフを抜き隣の商人に切りかかろうとしていたのでドンガが急いで取り押さえた。
「これ朝まで続くのかな?無理じゃない?」
その瞬間世界に色が失われていった。
目呪印さんの視界で左後ろからさっきとは別の商人が僕に切りかかって来ているのが見えた。
僕は水の様な抵抗を感じながら体を屈めてナイフを避け、切りかかって来た商人の腕を取り背負投の様な形で地面に倒して暴れられないように右手で頭を地面に押さえつけた。その瞬間世界に色が戻ったと思ったら右手の口呪印さんが商人の頭から何かを吸い出した感じがして商人は意識を失って抵抗しなくなった。
「これは?!そんなのも食べれるの?」
口呪印さんはニッコリだった。
僕はすかさず右手をレイス達の方へかざして力を込めるとまるで渦に飲み込まれるように次々と吸い込まれ残っていたレイスも何処かへ逃げて行ってしまった。
「シュウなんだそれ!」
ドンガが憑依された商人を押さえつけながら呆然としていたので僕はその商人に右手を押し付けレイスを吸い出した。
「どうなってるのか僕にも分からないですが驚きの吸引力です」
「やってる事めちゃくちゃだぞ、まぁ助かったがとりあえず他の憑りつかれている奴らも治してやってくれ」
とりあえず次々と憑依している人を治して行くと殆どが商人で感謝された。
「なんだそれ、魔法なのか?そんな魔法あるのか?」
僕が座って休憩していると、マルスが寄って来て僕の口呪印を引っ込めた何も無い掌を見ていた。
「まぁでも助かったぜ。客は一人も死んでないし怪我人もナイフで切られたくらいだ、あれならリナが何とかするだろうしな」
「リナさんが?」
「そうだ、リナはああ見えてクレリックなんだぜ」
「ちょっと団長ああ見えてってどういう事?」
「おっと、俺は後始末が有るからな任せた!それとシュウは迷宮都市に着くまで夜の見張りは免除だ」
わざとらしくマルスがどこかへ行ってしまった。
「それにしてもあれだけいたレイスを退治するってどういう事?ほんとにシュウは何者なの?高位の神官か何か?」
治療を終わったのかリナが僕の横へ腰を下ろした。
「僕は、魔法が少しだけ使えて、ちょっと丈夫なだけの人間だよ」
「ふーん、まぁでも助かったから感謝してるよ。憑依されたのを引きはがすのはめんどくさいんだよ。さてもう寝ないと明日つらくなるからさっさと寝ようか!」
それから五日程森の中を馬車一台が何とか通れる狭い道を通り何も問題なく迷宮都市周辺へと到着した。
ちなみにあれから野営時にマルスとも手合わせをしたが手も足も出なかった。もしかしたら剣だけで言えば師匠よりも強いかもしれない。
色の無くなった世界で僕が避けようとしているのにまるでマルスの剣へと吸い寄せられる様に何故か体が流れてしまい一瞬で倒されてしまった。さすがこんな大所帯を率いているだけあるね。
「それにしてもみんな何しに迷宮都市へ行くの?」
「もちろん迷宮が目的だぜ。今迷宮都市の迷宮が活発になってるからな稼ぎ時なんだ。ついでに商人も護衛してるけどな」
今僕は迷宮都市へ入るための手続き待ちの列でリナと幌馬車に腰かけ暇を持て余していた。
「でも迷宮って何で儲かるの?」
「シュウはほんと何も知らないんだな。迷宮は魔石が取れるのさ、普通のモンスターは倒してもダメだけど何故か迷宮にいるやつだけは心臓に魔石が生えてるんだ」
「それを魔道具屋さんなんかが買い取ってくれるんだね」
「そうそう、ただ魔石は迷宮の入り口で一回国の買い取りになるんだ。出入国の際もかなり厳しくチェックされるしな」
「何で?魔道具に使うだけじゃ無いの?」
「魔石は魔道具以外にも軍事転用がきくんだよ。戦争時なんて高騰してさ迷宮は人でいっぱいになるくらいなんだぜ」
リナは戦争の話になると楽しそうだった。
「でも何で迷宮の魔物は魔石が取れるんだろう?」
「さぁね、それは学者さんか何かに聞かないとわからないんじゃ無い?」
僕の何となくの疑問に答えてくれたのは突然幌の上から顔を出したマルスだった。
「一説には迷宮自体がその魔石でモンスターを操ったり、エネルギーの供給装置としてモンスターが餓死しない様にしてるって言われてるね」
「わっ、マルスそんな所にいたんだね、この幌丈夫だね」
「団長詳しいんだな、一体どこでそんな話聞いたんだい?」
いつもの事なのかリナは平然と団長に質問を返した。
「昔この傭兵団をする前だけどグレイスドール領だったかな?でさ。そんな事ばっかり研究してる奴がいて、そいつに雇われて魔石が迷宮活動期になぜ大きくなるのかとか、四角い箱に魔石を飲み込ませる実験とか、訳のわからない事ばっかりやってたな、とにかく怪しい奴だったよ金払いは良かったけどな」
四角い箱ってまさかキューブかな、師匠に報告しよう。
「でも活動期って魔石が大きくなってモンスターも増えるの?」
「そうだよ、ほっといたら溢れるくらい増えるね」
首だけ出したマルスが答えてくれる。
「じゃあもう入り口を塞いじゃダメなの?」
「それが無理なんだ、昔から研究されているらしいんだが迷宮って一種の古代遺跡だから稼働中のものは不思議な力が働いていて石で塞いだりしてもすぐ飲み込まれて行くらしいよ」
マルスの説明にリナも口を開いた。
「私も魔法で塞ごうととしてるのを見たことがあるんだけど三十人以上の魔法使いが何時間もかけて土魔法で壁を生み出したけど一日しかもたなかったな」
「古代魔法時代って相変わらずメチャクチャだね」
「まぁしかし迷宮があればその街や国は安定した収入が得られるし悪いことばかりじゃ無いからな、さてそろそろ順番が回って来るぞ」
「やっとか、長かったな早くいっぱい飲みたいな」
リナが手でお酒を飲むポーズをしているが完全におっさんの動きだった。
「そう言えば街に入る税金はどうしよう、僕全裸だったからなにも持って無いんだけど」
「あはは、そんなの気にすんな!十分働いてもらったよ、だからそれぐらい団で出しておいてあげるよ、何ならうちに入らない?シュウの腕前なら歓迎するぜ」
リナにヘッドロックされながら勧誘された。
「ありがとうとっても嬉しいけど僕は師匠に付いていってあげないといけないんだよ。みんなには仲間が居るけど師匠は一人だからね」
「そっか、シュウは師匠が大事なんだな。でももし何かあったらいつでも来いよ、シュウはもう赤い狼の一員みたいなもんだからな」
熱い言葉にちょっとうるうるしてしまった。
「なに泣いてんだよ!今生の別れじゃ無いんだから、それにまだここに師匠がいるかわからないんだろ?しっかりしろよ」
「そう言うリナさんだって泣いてるじゃ無いですか」
「お前らなにやってんだ、アホか」
泣いている二人を呆れた目でマルスが見ていた。
それから特に問題なく門を潜ってマルス達と別れた後、僕は旅人ギルドへと向かった。
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