第21話 弓と呪印と戦場と


「ちがう、そんな下じゃない的よりもっと上だ!ひじをまげるな。手首はそうじゃない、もっと背筋は真っすぐ!」


 今僕は兎の獣人パットルに弓を指導してもらっていた。パットルは普段無口なくせに弓の指導となると急に饒舌となった。


「もう指が限界です。なんかこう指をカバーする手袋みたいなのが無いんですか?」


「何度も撃っていればいずれ指の皮が硬くなる」


 根性論だった、獣人は手の皮が厚いみたいだからなぁ。


 僕はそのまま太陽が傾くまで偵察と弓の訓練を行い、他のみんなはその間食料調達を続けた。



 やっと訓練が終わり重くて上がらない腕でダッシュ達が狩った獲物を担いで帰路についていると遠くで煙が上がっていた。もしかして砦が攻撃受けてるの?最近は無いって言ってたのに…。


「これはやばいね、投石器の音もしてるし急いで戻ろう」


 そう言うダッシュを先頭に急いで砦へ戻り兵士控室で矢を補充して、それぞれ弓をもって屋上へと登った。


 屋上には下へ向かって投石する者や弓を打つ獣人が沢山いてその中を進みながらダッシュが口を開いた。


「僕は支持を仰いでくるから!君たちはここから下へに向かって矢を撃っていて!」


 そう言いながらダッシュは屋上にある石で出来た屋根がある場所へと走っていった。


「ほな撃ちまくろうか!シュウは今日の練習の成果見せたらんかい!でも仲間には当てたらあかんで」


 そう言いながらラグーが嬉しそうに端っこへ行って撃ち始めた。


 砦からはかなりの獣人が打って出て戦線を押し上げていたが、人間側もかなりの数の兵士がおり、その後ろに大型のカタパルトがくみ上げられていた。


「今はそんなに戦争してないって聞いたけどこれは小競り合いなの?!」


 横で弓を撃ちまくっているラグーに聞くとこちらを向いて笑顔で答えてくれた。


「こんなでかいんは久しぶりや、よかったなシュウ!」


「いやいや、全然よくないけど?!」


「ほらほら手止まってるで!こんなに的おるんやから打ち放題やで!」


 再び前を向いてラグーは打ち始めた、パットルはさっきから無言で打ちまくってる。


 その時ガーンというすごい音と共に衝撃が僕の頭に走り吹き飛ばされる様に倒れてしまった。


「大丈夫かシュウ?!」


 ディコが寄ってきて起こしてくれた。


「大丈夫です、何がいったい?」


「弓がお前の頭に当たったんだ、よかったなそれ被ってて」


 猫のフェイスガードのおかげで弓矢の一撃から頭を守られるとは、フェイスガードの横を触ると金属でできているのにガッツリと凹んでいた。これは被ってなかったら突き抜けていたね。


「まさかのこれに助けられるとは思わなかったよ、ありがとうラグー!」


「よかったなシュウ、せやけど戦場やねんから前見ときや!矢くらい自分でよけなすぐ死んでまうで」


 矢ってそんな簡単に避けれるものなのかな?


「了解、善処するよ」


 そう言いながら弓をまた番えているとダッシュが帰ってきた。


「みんなお待たせ、僕たちの小隊は打って出るよ!」


「おー!やったるでー!」


 どうやら僕たちの小隊はあのグチャグチャの戦場に出ることになったみたいだ。ラグーは喜んでいるけど。


 前と違い戦争用の物が置いている場所があるらしく第1武器庫に寄って装備を整え今僕たちは外へとつながる扉の前で待機していた。


「よしみんな聞いてくれ、今から僕たちの小隊はカタパルトを破壊しに向かう、すでにいくつかの部隊が向かっているが僕たちは後詰めとして鐘の音と同時に突撃する」


「よっしゃ先頭はワイに任せとき!」


 そう言いながらでかい斧を持ったラグーが力こぶを作っていた。


「そうだね、先頭はラグーその後ろに僕そしてその後ろにシュウ、パットル、殿はディコ頼んだよ」


「シュウは初めての戦場だから様子を見ながらしっかりついてきてね」


「はい分かりました」


「シュウもこの斧渡しとくさかいカタパルト壊すとき頑張ってな」


 ラグーに両手斧を渡されてわけがわからないまま戦場へと突撃が始まった。




 はっきり言って戦場は地獄だった。


 ダッシュとパットルに守られるような形で進むので生きていたが、どこに敵がいてどこから槍が出て来てどこから矢が飛んでくるのか全く分からなくフワフワした気持ちのまま僕は戦場を走り抜けた。


 しばらくしてカーンカーーンと怒号飛び交う中でもよく響く鐘の音が聞こえたと思うと一気に小隊が加速した。それについて行くように必死に走り気が付くとカタパルトまでたどり着いていた。


「よっしゃシュウいくで!景気よー叩いて叩いて叩きまくれー!」


 僕はラグーの声に操られるようにカタパルトをとにかく斧で叩いた。



「よし!シュウもういいよ!次の壊れて居ないところに行くからついてきて!」


 ダッシュの声が聞こえてそちらへ振り向こうとした時、急に世界に色が無くなった。


 何だこれ?!視界が全部モノトーンになってる?!しかも戦場がピタリと止まっている!


 その時右の手首に糸が付いていて後ろに引かれている様な感覚があったので顔を右腕に向けようとすると、まるで水の中に居る様な抵抗感が有りゆっくりとしか振り向くことが出来なかった。


 ようやく少し右に顔を向けると目前まで槍が迫っていた。


「う~わっ~!」


 咄嗟に声を出したつもりが間延びしたような声になり、ゆっくりだが体を反らす様に首に迫っていた槍を皮膚一枚で避けた。そこで世界に色が戻っていった。


 次の瞬間目の前に迫っていた槍を持った人間の首をダッシュが切り飛ばした。


「シュウよく避けたね!さぁ次へいこう!」


 そう言って何もなかったかのように僕以外の4人は戦場の行進を始めた。


 何だったんだ今のは?!助かったけど。引っ張られたような感覚があった右腕を見るとドラゴンに付けられた呪印の目が浮かびこちらをみいた。


「もしかして呪印のちから?」だとしたらすごいんだけど、時間をゆっくりに出来るの?


 僕の独り言に答えるかのように呪印の目玉がぎょろりと動いた。


 まじか、これがあれば死なないんじゃないかな!?そんな事を考えて居るとまた激しい音と衝撃が頭に走り矢が足元にポトリと落ちた。


「全然時間止まってないし。これは、たぶん死ぬな、死なないけど」


 小さくつぶやいて後を追った。





 僕は気が付くと沢山の死体の中でうつぶせに倒れていた。


「あー死んでたのか」


 どこで死んだのか思い出すのが難しいほどのぐちゃぐちゃの戦場だった。


 あの後、僕はみんなの後を追う形になり気づけば足に矢が刺さっていて動けなくなったところに後ろから背中に衝撃が走りそのあと前からも刺された。


 自分の胸元を見ると革鎧に穴が開いていた。


「この鎧今空に浮かんでる月と一緒だね」


 それにしても胸に槍を刺される時呪印の力で時間がゆっくりになったけど結局何もできず刺されて死んでしまった。力があってもそれを扱う力が無いと意味が無いな、自分の無力を痛感しながら砦に向かって歩き出した。




「おおおおシュウ生きとったんかー!気づいたらおらんくなってたから心配したで!さすが死なずの十三番やな!」


 ラグーにバンバン背中を叩かれてちょっと痛いが嫌じゃなかった。


「まぁシュウなら生きてるとは思ってたけどね、おかえり」


 ダッシュに肩を叩かれ、そのあと無言でパットルとディコにも背中を叩かれた。


 どうやらあの後全てのカタパルトを破壊することに成功し、日が暮れ始めたのも有り敵が撤収して今日の戦いは終わりになったみたいだ。正確には死んでる間に日付が代わってるから昨日かな。


 その後一応体を見てもらい問題が無かったのでご飯を食べて眠りについた。


 なかなか眠れずウトウトとしていると小刻みな鐘の音で目が覚めた。


「シュウこれは敵が攻めて来た合図だよ!今日も打って出るよ」


「なんやねん朝ご飯ぐらい食べさせて欲しいわせっかちな奴らやなぁ、そんなんでは女にもてへんでホンマ!」


 ラグーは文句を言いながらも準備を済ませていた。


「シュウ!ほら行くで!戦争おたのしみの時間や!!」




 

 今僕たちは準備を終えて砦の出口の前に集合していた。ここには僕たちの小隊だけじゃなく十ほどの小隊が集まり中隊を形成していた。


「僕たちは鐘の合図で一気に出兵して右端を突き進む、後ろまで抜ければ後続も付いて来るから、その後砦からの部隊とで敵を挟んで殲滅する作戦だよ!」


 相変わらず個人の身体能力に物を言わした脳筋作戦だな、なんて考えているとダッシュが僕の肩にポンと手を置いた。


「そろそろ出番だと思うから心の準備しといてね」


「はい、頑張ります」


「ガチガチやないかもっと気楽に行こうや!楽しんだもん勝ちやで!」


「善処します」


 その時カーンカーンカーンと鐘が響き渡った。


「よし!皆んな行くぞー!!」


 砦の右前方の扉が開け放たれ僕たちはまた地獄へと進軍した。



 戦場は相変わらずグチャグチャだった。獣人と人間が入り混じり至る所に死体がある。


 僕たちは右の崖側を突破していったが敵もそれを許してくれず勢いを横から殺されて一進一退となっていた。



 僕は今日槍を持っているのでとにかく突いて足元を払って相手の頭を叩いた。


 目の前の的に集中していて気づくと、僕たちは分断され敵の部隊に周りを囲まれていた。


「これはまずいね勢いを殺された。後続が追いついて来るまでここを維持しよう!」


 ダッシュがそう言うと密集していた陣形が適度に膨らみ崖を背にした半円形となりそれぞれ周りの人間と戦い始めた。


 僕はとにかく前の槌を持った兵士に向かって槍を振るっていたがその時、また世界に色が失われていった。


 右手首の呪印から伝わってくるのは左へ引かれる感覚だったので水の中を動く様な感触を感じながらゆっくりと左を向くと、いつの間にか僕だけ集団から前へ出過ぎていたみたいで真横にも敵兵がいた。その兵士が持った剣が僕に向かって突き出され来ていた。


 僕は必死に上体を右横へ捻って避けながら槍の後ろの部分で相手の顔面を殴った。


 その瞬間世界に色がつき普通の速度を取り戻したが横を向いているせいで今度は前にいた槌を持った兵士に頭を横から殴られ吹っ飛ばされた。


 一瞬気絶していたが気がつくと視界がクリアーになっていた、それに顔も涼しい。


「あー僕のフェイスガードが!」


 猫のフェイスガードが槌の一撃から僕を守って割れてしまっていた。


「シュウ起き上がれるかい?」


 ダッシュの声で急いで起き上がるとみんながカバーしてくれてたみたいで敵とはある程度距離があり体制を立て直すことができた。


 それからしばらく出過ぎない様に戦っていると後続が追いついて来たので前線を押し上げていった。



「抜けたぞ!」


 先に進んでいる誰かが叫んでいる。どうやら敵の後ろへ回り込めたみたいだ。


 それに続き僕も後方に抜けて徐々に左の崖側へと進んでいくその時、連続でドラの様な音が聞こえて一気に敵の兵隊が撤退を始めた。


「追いかけろ!掃討戦だ!減らせるだけ減らせー!」


 逃げ出す敵の足元をひたすら突くだけの簡単なお仕事です。



 そして僕はかなりの時間敵兵を追いかけていると、カクンと膝が勝手に曲がり転けてしまい気が付くと足に矢が刺さっていた。


「痛っつあぁっぁぁ」


 その瞬間世界は色を失っていき僕の眼前に槍が迫っていた。




「はぁっ!」


 気がつくとそこは天幕の中だった。


「あれ?ここどこ?」


 体を見ると服を着て無い、それに履いた覚えの無いパンツ姿で足と頭に包帯を巻かれていた。


「ここは救護テントですよ」


 声のした方を見ると金髪に縁が黒い分厚い眼鏡をかけた、軍服の上に白衣を羽織った三十代くらいの医者と思われる男がこちらへ歩いてやってきた。


「え、人間?あれ?え、ここは?」


 混乱していると白衣の男は聴診器を僕の胸に当て音を聞き、僕の目を広げてライトを当ててポケットにしまった。


「貴方は獣人と戦争に来て頭と膝に怪我を負ってここに運び込まれて治療をしました。頭を強く打っているのでもしかすると記憶が混濁しているのかもしれませんね」


 そう言われて周りを見るとたくさんの人間が包帯を撒かれて呻き声をあげていた。 

 え?もしかしてここは人間の軍?負傷兵と間違って回収されたみたいだった。


「自分の名前や所属が分かりますか?」


 素直には言え無いよね、もうここは記憶喪失でいくしか無いな、幸い混乱してると言われてたし。


「ちょっとハッキリしません」


「そうですか今は記憶が混濁しているだけで、もしかすると自然に元に戻るかもしれません取り敢えず安静にしましょう」


 そう言って医者に横になる様に言われたので体を倒すと、疲れていたのかすぐに意識を手放してしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る