第8話 檻とゴリラと年下と

「こっこれは!野菜や肉がクタクタに見つからなくなるまで煮込まれていて口当たりがいい!歯がなくても大丈夫だ。そして適度に塩気がありお腹にやさしい味がする。横についているカッチカチのパンを浸せばちょうどいい柔らかさで小麦の味を口の中で感じる。木で出来たスプーンも口当たりをよくしてくれて、すべてが美味しい!」


「嫌味か!黙って食え」


 昨日に変わって新しい看守の黒い犬の獣人が冷ややかな目でこちらを睨んでくる。


「いえいえ看守さん、こう見えても本心ですよ!こんな服までもらって、もうずっとここに住みたいくらいです」


 朝起きると看守が犬の獣人に変わっていたので挨拶すると僕が全裸だった事にびっくりして、ごわごわした素材の紐でウェストや裾を締めるタイプのサイズ調整できる服をくれた。いい人だ。


「いったい今まで、どないな所で暮らしてたん?」


 向かいの檻からの声に目を向けるとそこには、茶トラの毛並みで声と体型からすると女性の獣人が訛のある言葉で話しかけてきた。


「何処かわからないんですが、とても広いジャングルでしたね。気がついたらその森の中だったんです。まぁしばらくサバイバルして暮らしてたんですがゴブリンに襲われてその後馬鹿みたいにでっかい白い狼に追われて川に流されとんでもない高さの滝から落ちて気がついたらこの国の砂浜で倒れてました」


 猫の獣人も犬の獣人も呆れた顔をしていた。


「その話がホンマやったとしたら、とんでもないデカさの白狼が居てる広いジャングル言うたらフェンリルの原生林やな、あそこは全部がフェンリルの縄張りやさかい誰も出られへん言う話やで、あそこから出れるんわ鳥かフェンリルに食われてウンコになって出てくるかやわ」


「あはは、じゃあ僕はう、運が良かったのかな?」


 ガッツリ食べられてるとは言えないな、むしろそのフェンリルのうんこが僕です。


 猫の獣人が続けて何か言おうとする前に犬の獣人が口を開いた。


「気がついたら森だったんだろ?その前は何処に居たんだ?」


「異世界ですよ!此処とは違う世界で暮らしてたんですけど無理矢理こっちに連れてこられました」


「ワハハハそうか異世界から来たから全裸だったのか!お前が住んでたとこは服とかなかったのか?」


 犬の獣人が異世界を信じてない様子で笑い飛ばしてきた。


「まぁ信じてないなら良いですけど、それにしても何で僕は捕まってるんですかね?」


 今度は猫の獣人が驚いた感じで答えてくれた。


「なんやあんたそないな事も知らんと此処に居てるんかいな、簡単や人間やから捕まってるんやで」


「そうだ、今このアルケイオスは人間の国と戦争をしている。だから基本的に人間は捕まって王都へ送られて取り調べだ」


 この国はアルケイオスと言うのか、ついでにこれからどうなるのかも聞いてみよう。


「じゃあ捕まったけど何も悪い事してない人間はどうなっちゃうんですか?」


「食われるんやで」


「ええぇぇえーまたー!」


 僕の反応を見て思ったリアクションと違ったのか猫の獣人が手をパタパタさせて口を開いた。


「嘘や嘘や人間なんか食わへんって、って言うか食われた事あるんかい」


 食われたことありますけどね、それにしても猫の獣人はめんどくさい人みたいだ。 


「そうだな、まず王都に移送されてそこで取り調べがあり、後は上の判断だな」


 犬の獣人がちゃんと答えてくれた。


「とりあえず食べられ無いならいっか、ところで猫の獣人さんはなぜ捕まってるんですか?」


「うちか?うちは商人やってんけどマタタビをちょっとだけ取り扱っててん、それをな使てるやつが捕まってそいつがゲロったっちゅーわけや、ちなみにうちの名前はニアや」


「マタタビ?」


「せや、マタタビを吸うとな気持ちよーなるねん、猫科の獣人の必須品やで」


 呆れた顔で犬の獣人が割り込んできた。


「何が必須品だ!ただの違法薬物だろう!」


「えーそないな事言うて今の王さんが禁止する前は普通に嗜好品やってんで、猫からマタタビ奪うなんて殺生やわ!」


「それは知らん、それは王様に言え」


「そんなん言えるわけないやん代わりに言うて来てや」


 二人の会話を聞きながらベッドに横になる。


 やっぱ服があって屋根があって食べ物の心配がない生活っていいなぁ、安心して寝れる空間に人の声でどんどん微睡んで行く。


「そう思わへん人間?あれ、もう寝てるんかいな昼寝か?子供やないんやから」


 ニアさんの声が遠くで聞こえている。久しぶりに人の声を間近で感じて眠りに落ちていった。





「おい、起きろ」


 カンカンと鉄格子を叩く音が聞こえる。


「朝ごはんですか?おはようございます」


 眠い目をこすりながら体を起こすと鉄格子が開いて犬の獣人が手に紐を持って立っていた。


「残念ながら朝ごはんじゃない、移送だ」


「手を出せ前でいい、今から早朝出発の兵士と一緒に王都に移送する事が決まった」


 僕の手に紐をかけながら説明してくれる。


「まぁ悪いやつじゃなさそうだし元気でな」


 そのまま連れて行かれそうになっているところで猫の獣人が声をかけてくれた。


「またなー!あんたとはまた会えそうな気がするわ!名前はなんやったっけ?」


 名前を聞かれたがこっちの人たちは名字が無いみたいだし和風すぎない方が良いかな。


「シュウです、また今度会った時はよろしくお願いします」


 猫の獣人が寝っ転がりながら手を振る。


「なんや最後まで堅苦しいなぁ、ほななー」


 犬の獣人がそれを見届けて出発する。


「もう良いなら行くぞー」


 牢屋の建物を出ると外はまだ夜が明けたばかりだった。


「めちゃくちゃ朝早いんですねー」


 犬の獣人がこちらをちらりと見て言った。


「そうだな普段はそんな事は無いんだが、たまたまたこの時間に兵士の移動があったからそれに合わせてついでに連れて行くかって感じらしい」


「そこは結構適当なんですね」


「まぁ固いのはリザードマンの連中だけだ」


 道すがら色々話しを聞きながら門へと向かった。


 色々聞いた話によるとどうやら獣人にも色々いて派閥もあるらしく、特にリザードマンは兵士が多く個体の成長も早いので数も多いらしい。その分性格も硬く融通が利かないので門や巡回で使い先兵として多いという話だ。


 ちなみに犬の獣人さんは名前はジョンで妻子がいるらしく、今は出張の様な感じでこの港町マリールで生活をしていると言っていた。っていうか港とか見てない。


 ジョンは元猟師で結婚する時に嫁のお父さんが軍人で硬い職業に就くように言われ軍に入ったみたいだ、どうでもいいけど。


 そんな世間話をしていると門に到着しリザードマンの集団に引き渡される。


「気を付けて元気でな」


 ジョンが手を振って送ってくれた。


「行くぞ、この中に入れ!」


 意外な事に馬車に乗せてくれるらしい。高さ120センチくらいの小さめの木の格子と中にはツボが置いてあった。トイレ用かな。


「わーなんか守られそう。これぐらい丈夫そうだと、捨てられてもちょっとした魔物からは守られそうですよね」


「黙って入れ!」


 やっぱりリザードマンはどいつも話しかけても融通がきかないみたいで背中を押されながら素直に格子の中に入った。


 それを見ているジョンも苦笑いしていた。


 檻を閉める時に皮袋に入った水とカチカチのパン、少しの干し肉を渡され鍵を閉められた。


「干し肉!?これが!初めて食べるよ、ありがとうございます」


 日本から通しても初めて見る干し肉にテンションがあがったが、リザードマンには無視された。


「それじゃあシュウ!がんばれよ!」

「ジョンも元気でね!」


 馬車が進みだしジョンが見えなくなったころ早速干し肉を食べることにした。


 齧ってみるとめちゃめちゃ硬い、正直釘が打てるんじゃないだろうかと言うレベルの硬さだった。


 多分差し歯だったら折れてたよ、僕はそれを何とか食いちぎり奥歯で噛んでいるとまずガツンと塩の味してとにかくしょっぱい、そしてそれが過ぎると塩味で麻痺した舌にお肉の味がやって来るがそんなに美味しいものでもないが久しぶりのお肉の味はそれなりに満足感があった。


 パンも昨日食べたカッチカチのパンと一緒だったので口の中に水と一緒に含んでふやかしてよく噛んで食べた。


 これはこれでまぁ美味しい、もしかしたら蛇とかに比べれば何でもおいしいのかもしれないな。夢中で食べているのをリザードマンがあきれた目で見ていた。


 五メートル幅の少し整備された道を3台の馬車と周りを20人くらいのリザードマンが黙々とすすむ。

 荷台には僕と農作物や干した魚等が乗っており、どちらかというと完全に物資の輸送のついでという感じだった。


 道中暇で何度か話しかけたけど怒られるだけで全然相手をしてくれない、リザードマンたちはきっと思考が爬虫類よりなんだろうな。


 仕方ないので周りの景色を楽しむことにしたがどこまで行っても森だった。


 そろそろ揺れと三角座りのせいでお尻に限界を感じていた頃馬車が止まった。

 周りを見ると道沿いに広場があり、そこでテントが張られ火がおこされキャンプ地になっているみたいだ。


 さすがのリザードマンもその時間は少しワイワイとした雰囲気で鍋で何かを煮たり薪を集めに行ったりしていた。


「あれれ、もしかして僕の事忘れられてる?」


 リザードマンたちが食事をしているところから少し離れた薄暗い場所に馬車ごとひっそりと置かれた檻の中でアピールしていると、一人のリザードマンが歩いてきて鉄格子の隙間から水袋と干し肉とパンをくれた。


「ありがとうございます、うれしいですけど皆さんが食べてるのが気になるなぁ」


「規則で食事はこれだ」


「あ、はい」


 夕食を手渡してくれるとすぐ離れていった。リザードマンと干し肉はぶれない硬さだったのでとりあえず食べて寝ることにした。


 狭い檻の中で寝転ぶと空には相変わらず穴の空いた月が浮いていた。



 次の日気づくと馬車はまた走り出していた。


 いつの間にか檻の中に入っていた干し肉とパンをかじりながらぼーっとしているとどこまでも森が続いていく、正直もうお尻は死んだかもしれない、怖くて触ったり見たり出来ない。


 おしりが限界を突破した頃、視界が一気に明るくなり景色が一変してどこまでも草原が続いていく。


 日本では見た事のない地平線がどこまでも続く景色に少し感動していたがそれは最初だけだった。


 草原は森よりさらに見るものが無かった。


 どこまで行っても続く丘、もうちょっと木が生えたりしててもいいんじゃないだろうか?そんな事を考えてお尻のことを考えないようにしていると空が少しずつ夕日に染まりだした頃にそれが見えてきた。


 まるで地平線から生えてきたようにどこまでも続く大きな壁があった。


 近づいて行くとその高さは十メートル近くあり周りには畑が広がっていた。


「すっごい!壁がどこまでも広がってる!」


「喋るな!」


 興奮しているとリザードマンに槍で檻を叩かれた。


 近くまで来ると壁は白い石の様なモルタルで作ったようなぱっと見ではよくわからない不思議な継ぎ目のない素材で出来ていた。


 壁沿いに馬車が走ると、たどり着いた城壁の入り口に沢山の人の列が出来ていた。


 かなりまた時間を取られそうだと思っていると、並ぶことなく僕たちは別の入口へと入っていった。



 中に入ると城壁と同じ白い石作りで前後に扉だけが有り、馬車ごと全部入ってしまえるサイズの四角い部屋だった。


「リザードマン第12番隊任務から帰還しました!」


 全員でビシッと敬礼して犬の獣人と何か書類をやり取りしている、上司なのかな?


 それにしてもすごい建設技術だ。柱もないし天井もモルタルの様な質感になっているしまるで近代建築みたいだ。

 

 しばらく周りを興味深く見ていると引継ぎが終わったのか馬車が動き出し入ってきた方と違う扉から出ていった。


 扉を抜けるともうそこは街の中だった。


 その都市の中は前にいた獣人の村マリールと違い建物も石作や木造と多種多様な家が立ち並び沢山のお店も並んでいた。まるでヨーロッパにでも旅行に来たような雰囲気だ、行ったこと無いけどね!


 それよりも歩いてる人がすごかった。全部獣人でその種類も豊富だった。


 村で見たことのある獣人以外にも鷲やタヌキに馬、兎の獣人まで!美味しそう…おっと兎肉の思い出が。


 僕にガン見されていた兎の獣人が腕を抱いてキョロキョロしていた。


 そんな街並みを眺めているとかなり大きい二階建ての石造りの建物に到着し、中に連れて行かれると前と同じように牢屋があり縄を取られて中に放り込まれた。


 中は前の牢屋より広く、ベッドが左右に2個設置されていた。

 あぁ手首とお尻が痛い、やっと手足が伸ばせる。


 そんなことを考えながら薄暗い牢屋の中で伸びをしていると誰かがベッドから起き上がり声をかけてきた。


「新入りか?おー珍しい!人間じゃねぇか」


 ベッドから身を乗り出して来たのはゴリラの獣人だった。


 そのゴリラは顔に傷があり、立ち上がると身長は二メートルを余裕で超えていたので見上げる感じになってしまった。


「なんだなんだそんなに警戒すんなよー、俺は優しい人間なんだよ」


「嘘つけ!お前酒場で3人も殴り殺しただろう!」


 向かいの牢屋からイタチの獣人が声をかけて来た。


「うるせい!あれは向こうが喧嘩を吹っかけて来たんだよ!飲んでるときに邪魔してきたら誰だって切れるだろう!」


 イタチの獣人との言い合いが続いているがなんか厳しい所に来たみたいだ。


「まあいい、とにかく俺はおしゃべりが好きなんだまぁそこ座れよ」


 そういわれてもう一方のベッドへ腰かけた。






「そして砂浜でリザードマンの兵士に見つかって捕まってしまいここにたどり着きました」


「ウッホーマジかぁ、お前すごいなぁ大変だったんだなぁ!」


 ゴリラは意外と良い人で本当におしゃべりが好きだった。


 あれからかなりの時間ゴリラとおしゃべりをしている。僕のここまで来るに至った経緯を話しているのだけど異世界から来たのも疑ってもいないようだった。


「しかし異世界から来たって大変だろう向こうに家族は居ないのか?」


「そうですね元の世界ではもう両親は死んでしまって一人でした」


 そう答えるとゴリラは気まずそうにして口を開いた。


「そうかすまねぇ、つらいことを思い出させちまったなぁ」


「いえもうずいぶん前の事になりますので大丈夫です」


 ゴリラは僕の肩に手を置いてうんうんとうなずいている。


「そうかそうか、えらいなぁまだ若けぇのにここではなんでも俺に聞きな教えてやるからな!」


「そうですかありがとうございます、ちなみにラルゴさんはお幾つなんですか?」


 ゴリラのなまえはラルゴというらしい、意外と人情家で不死身なことは隠して喋っているが異世界から来たこと等は結構信じてくれてるみたいでもしかするといい人なんじゃないかな。


「俺は今年で20歳だ!兄貴って呼んでもいいぞ」


 どうやら僕に年下の兄貴が出来たようだ。


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