第27話 町と白衣と闘技場と
穴の空いた月の下で燃える王都を見て急いで城門へと向かうとそこは人間の兵士であふれていた。
呼び止められるかと思ったが猫のフェイスガードを被っていないので誰にも止められる事も無くそのまま入る事が出来た。
「みんなはどうなったんだろう?ダッシュたちに闘技場のみんな、エリザベスは?」
焦る気持ちを押さえて僕はとりあえずコロシアムへと向かう事にした。
王都の中ですれ違うのは火が点いた建物を壊している人間の兵士と通りのいたる所に落ちている獣人の死体だけだった。もしかするとダッシュたちは間に合わなかったのかもしれない、急に足が重くなりトボトボと歩いていると以前市場があった通りで人間の兵士達が集まり休憩していた。
「あのすいません」
市場の屋台のフルーツなどを勝手に食べながら喋りあっていた兵士達がこちらを見た。
「なんだ?」
「あの、獣人の部隊はどこへ行ったんですか?攻めてきました?」
「あ?!獣人?そんなもんほとんど死んだんじゃねーか?最後まで抵抗してきたからな」
死んだ?ダッシュが?ディコが?パットルが?え、どうして?間に合わなかった?
「ところでお前どこの部隊だ?何だそのカッコ?」
横に居た別の兵士がこちらを怪しんだ目で見ていることに気がついたので急いで離れる事にした。
「あ、ありがとうございます」
「ちょっと待て!」
後ろを見ずに僕は町の中を走って逃げた。
嘘だ、ダッシュ、ディコ、パットル、エイドル、エリザベス。
僕は何も信じられない気持ちでそのまま急いでコロシアムへ走った。
コロシアムへ着くと周辺は何も起こっていないような静かな雰囲気だった。
扉はいつものように自動で開きそのまま奥へと進むことが出来た。どうやら中のセキュリティは解除されているようでどのドアも開く、しかし奥へ進んでも誰にも出会わなかった。
僕はロビーへと到着してトレーニングルームと食堂を見たが誰もいなかったので更にその奥の治療室へ入るとそこに白衣の人影が見えた。
「エリザベス!」
「エリザベスとはどなたでしょうか?」
そう言いながら白衣が振り向くとそれは見覚えのある眼鏡の男性だった。
「あ、貴方はあの時の記憶喪失になった方ですね、あれから戻って来ませんでしたがどうしていたんですか?記憶が戻ったんですか?それになぜこんな場所に?」
「あ、あのここの獣人達はどうなったんですか?」
「ふむ、ここの獣人ですか、ここに私たちが踏み込んだ時には殆どいませんでしたね、コロシアムで戦う獣人達は殆どが城壁の外へ打って出て来ていたみたいですよ」
白衣の男はメガネを光らせ僕には興味なさそうに後ろを向いてまた機械を触り始めた。
「見てくださいこの遺物を人体を切り開かなくても中が見える様になっていますよ、素晴らしい」
白衣の男は機械を触るのを止めず、こちらに目も向けずに話し続けた。
「私は治療班としてついて来ましたが本当はこちらが専門なんですよ。獣人の国には古代遺跡をそのまま使った都市があると言う噂を聞いて居ましてね、是非見たいと思ってついて来ました。本当に正解でしたねこんな貴重な遺物は他には殆ど残っていませんよ」
「あ、あの、ゴリラの獣人はここに居ませんでしたか?」
「ゴリラですか?ふむ、あぁたしか最後までこのエリアを守って処分された熊とゴリラの獣人が居たと聞いたような気がしますね。お知合いですか?記憶が戻ったんですか?」
白衣の男がチラリとこちらを向いた。
「いえ、そう言う訳では、少し知っているような気がしただけです、僕もよくわかりません」
「ふむ、おやこれは人間の骨格も登録されている、実に興味深いですね」
男がまた夢中になって機械を触っている。僕はそれが涙で見えなくなって来たので治療室を後にした。
「なんだよ、なんなんだよ!この世界の奴らは!なんで殺す必要が有るんだよ!意味が分からない!なんで?」
気が付けば壁を殴っていた。拳からは血が流れているが痛みを感じない。周りのすべてが壁の向こう側で起こっているような感覚になり、もうすべてがどうでもよくなった僕は十三号室へ行きベッドに入って目を瞑った。
「おい、おい!貴様!こんな所で何をしている!!」
気が付くと部屋の入口に槍を持った全身鎧の兵士が立っていた。
「なんで貴様こんな所で寝ているんだ!」
僕はベッドから引きずり降ろされそのままロビーに引きずり出され投げ転がされた。
「貴様は何者だ?どこの所属だ!?なぜこんな所で寝ていた!」
「今すぐ喋らないと殺す!」
殺せるものなら殺して欲しいよ本当に。
「喋れないのか?!」
鉄の脛当てで蹴られ床を転がった。やっぱり鉄のすね当てで蹴られると死ぬほど痛い、僕はでも何もする気が起きずそのまま寝転んでいた。
「貴様!本当に死にたいみたいだな!今すぐ殺してやる!」
男が槍を横へ置いて腰に差した剣を抜いた。切ってもどうせ死なないのに。
「ちょっと、お待ちくださいジャック君、その子は私の患者さんなんですよ。すこし頭に怪我をしましてね。記憶や何やらが怪しくなっているんですよ」
気がつくとロビーへ白衣の男が入って来ていた。
「エンバーミング博士、申し訳ございません身なりが怪しいボロボロの男が勝手に寝ていたもので」
「まぁ確かにボロボロですし汚れてますし髪の毛もベトベトで臭いですけどこれは私の患者さんなんですよ」
確かに返り血やら泥やらで汚れてるけど言いたい放題だねこいつら。
「それでも素性のわからない者を勝手にお傍に置かれるのは感心致しません」
「わかったわかった。以後気をつけますよ。じゃあ連れて行って良いですか?」
ジャックと呼ばれた男は一瞬何かを考えたがいつものことなのか諦めて姿勢を正し口を開いた。
「では私は周りを警戒しておりますので何かあればお呼び下さい」
そう言ってジャックは自動ドアから出て行った。
「じゃあ行いきましょうか傷の手当てをしないといけませんね。幸いここには色々な設備が整っていますから」
フラフラとゾンビの様にエンバーミング博士と呼ばれた白衣の男の後をついて行った。
「それではここに寝て頂けますか?」
言われるがままにCTに横になっているとエンバーミングが注射器を出して僕の腕を脱脂綿で拭いて注射をした。
「貴方は以前にもこの遺物をお使いになられた事が有りますよね秀太君」
「なんで?!」
驚いて起き上がろうとしたがさっきの注射のせいか体に力が入らなかった。
「この遺物に貴方の情報が登録されていましたよ。前の使用者が細かく設定していたんでしょうね、とても興味深いデータが残っていますよ、死なずの十三番のね」
エリザベスが色々記録していたんだろうか、何を注射されたのかわからないが段々意識が朦朧として来た。
「それとカルディスを殺してくれたのも貴方ですよね。お陰で獣人の王国を滅ぼす良いきっかけになりましたよ。まぁ貴方がしなくても私がこっそり殺してましたけど」
エンバーミングはニコニコと笑って機械の設定をしている。
「しかしあの時貴方は首を刎ねられ死んだと思っていたんですがね。僕が検死したんで間違いありません、本当に何者なんですか?とても興味がありますよ、ですので少し眠っていて下さい少しの間ね」
起き上がろうと抵抗していたがやがてエンバーミングの声が遠ざかって行った。
「素晴らしい!」
ここは何処だろう?エンバーミングの叫び声で目が覚めた。
見た事のない部屋だが天井が光っている所を見るとまだコロシアムの何処かだと思うが、周りにはぷくぷくと泡が浮かんでいる透明の筒が並んでいる。
「起きましたか?秀太君!君の体は素晴らしいです!」
「う、ゴホッゴホッ」
しゃべろうと思ったが喉がカラカラで声がすぐ出せなかった。
「勝手に申し訳ありません。あなたの身体を少し研究させて頂いていますよ。薬が少なかった様ですね、足しておきましょう」
顔が動かないので分からないが、意識が朦朧としているし首から下の感覚がない。
「こ、ここは?」
「ここですか?ここはコロシアムの地下です。この遺物の本当の機能はモンスターの研究製造と実験のための施設なんですよ素晴らしい!本当に!」
熱くなっているエンバーミングを何処か遠くに感じながら僕はまた意識を失ってしまった。
次に気がつくと僕はコロシアムの真ん中で砂の地面の上に仰向けで寝転んでいた、見上げる空には穴の空いた月が浮かんでいる。
『おはようございます秀太君、気分はどうですか?』
スピーカーから聞きたくない声が聞こえて来た。
「ああ、おかげさまで最悪な気分だね」
僕は起き上がり、周りを確認しながら答えた。
『そこに剣を置いてあるので使って下さいね』
「これでお前を刺せば良いのか?」
『いえいえ、その相手はこちらでご用意致しておりますよ』
言われるがままにするのも癪だがとりあえず仕方なく剣を手に取った。
『それでは第一回耐久実験を始めましょう』
ブザーがなって向かい側の自動ドアが開き中から三メートルほどの手足が多い肌色の化け物が現れた。
フラフラと自動ドアから出てきたその化け物は手が丸い体のそこら中から七本も生えており、足は三本でバランスの悪い身体を強引に支えていた。そしてよく見ると体の至る所に獣人の顔が付いていて何か叫んでいた。
「なっ!ふざけるな!エンバーミング!」
『おや、気付かれましたか?そうです、そのキメラは貴方がお好きな獣人達で出来ています。この遺跡は本当に素晴らしい』
「お前は国を滅ぼし、死者をも冒涜してそんなに面白いのか!」
『冒涜などではありませんよ、これは純粋に研究です。死や老いすらも克服したと言われている古代魔法時代の遺跡を再稼働しただけです。それより私は貴方の身体がどうなっているのかが気になりますよ。さてお喋りはこの位にしましょう時間は有限です。とりあえず貴方はそのキメラと戦ってもらわないといけませんからね。しばし私の実験にお付き合いください』
エンバーミングがマイクを切った途端キメラは身体中の顔から叫び声のような咆哮を上げこちらへ突進して来た。
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