第28話 剣とキメラとボックスと


 問題、前からとんでもない質量の物体が突進して来ましたどうすれば良いでしょう?


「答え、逃げるしかない!」


 僕は急いで反対を向いて走った。


 キメラはバランスの悪い三本の足で走るも意外と早く徐々に追いつかれて来た。


「漫画ならとんでもなくでかいやつでも剣で真っ二つに出来るのにね!呪印さんそんなの出来ないかな?」


 呪印を見ると左右に目玉を振っている。ですよねー。


 そうこうしてると後ろででかい音が鳴り振り向くとキメラがこけていた。だいぶバランスが悪みたいだ。


 今しかない剣を振り上げキメラに斬りかかろうとすると、今度はキメラが腕を足の様にして僕に突進して来て避けられずに捕まってしまった。


 その瞬間世界に色がなくなっていった。


 ゆっくりと流れる世界で四本の手で掴まれ身動きできず自分が近づいて行く牙を眺めるしか出来なかった。





『第十三回耐久実験を始めましょう』


 あの後、僕は十一回もキメラに殺されてしまった。


 獣人の身体能力で走り、沢山の手と体当たりによってじわじわと逃げ場を失い殺されている。もちろんこちらからも切りつけたが獣人の皮膚は硬く、たとえ切れたとしてもすぐ血が止まりさらに顔を切っても切られた顔が苦しむだけと言う最低のギミックまで付いている。


 ただ八回目の時に気が付いた事もあった。このキメラの背中にはキューブが埋まっていた。


 もしかしたらこのキューブを破壊すればこのキメラを破壊できる可能性が高いと思っている。早く獣人達を解放してあげたい。


 そう思って何度も背後に回ろうとしているがキメラは図体がでかい癖に獣人の身体能力を受け継いでいるせいか意外と速く後ろに回れずにいた。


 前々回は足元を抜けようとして踏みつぶされた。


 前回は後ろまで回ったが手につかまり絞殺された。そもそも顔がいっぱいついてるから前とか後ろとかあるんだろうか。


 正直もう殺されるのは勘弁してほしい。死んでは生き返ってあれからどれくらいの日にちが立っているかも分からない、もしかしたらここは異世界転生という名の無限地獄かもしれないな。


 そう思いながら僕は剣を投げ捨て服も脱ぎ捨てた。


『どうしたんですか秀太君頭がおかしくなったんですか?』


「もしかしたらおかしくなったのかもしれないね!」


 今回で終わらせてやる!そのままキメラの右側ギリギリに突進して右腕の呪印に力を込めると世界に色が失われて行った。


 左側から二本の腕が迫ってくるが水の中の様な抵抗を感じながらギリギリでかわし後ろに回り込むことに成功した。そしてそのまま飛び込み前転で手から少し距離を取るともう一度低い姿勢のままゆっくりとした世界の中キメラへと迫っていく。


 後ろの一本と体の左右から一本ずつの計三本の腕が迫ってくるがゆっくりと流れる時間の中キメラへ向かって行く、いつもなら捕まってるが今回は違う掴むところがないからね。


 そのままもう少しでキューブに右手が届きそうな所で身体が進まなくなりその瞬間世界に色が戻っていった。


 クソっ髪の毛を掴まれた!流石に坊主には出来なかった。


 持ち上げられて別の手が振り上げられたのを見て僕が今回のアタックを諦めかけたその時キューブの横に有るゴリラの獣人の顔と目があった気がした。


 その瞬間僕の髪を掴む力が少し緩んで下に落ちて拘束から抜け出す事ができたのでそのまま僕は何も考えずに体当たりをするようにキメラに飛びついた。


 キメラは適当に作っているのか体に密着すると手が届かないようでキューブに向かって体をよじ登ることにした。


 登っていると体はまるで脂肪の塊のようにブヨブヨで掴みにくくなかなか登れないでいると、まるでシャワーの後の犬のように体を激しく横に振り僕を落とそうとして来たので必死にしがみついた。


 するとちょうど手に鎖の感触がありその鎖を掴んで何とかキューブまでたどり着くと、そのまま手首をキューブに押し当てた。


 するとキューブはまるで枯れていくように色が失われて行った。


 僕が握っていた掌を開けるとそこには妖精のペンダントトップが千切れた鎖と共に握られていた。


「エリザベスさん」


 分からないがもしかするとエリザベスさんが助けてくれたのかもしれない。僕の横で動きが止まったキメラがゆっくりと向こう側へと倒れこんで行った。


『何ですか?何が起こったんですか?』


 エンバーミングの珍しく少し焦った声が聞こえて来たので、なんか言ってやろうと思った次の瞬間キメラが地響きの様な咆哮を上げた。


「ぐごごごううおおおおおおおおおおお!!」


「なっ!まだ終わってないの?!」



 キメラは起き上がるとそのまま壁に向かって進み激突したとおもったら壁を沢山の腕で殴り続けた。


 もしかして、キューブ壊したから暴走したのかな?


『秀太君!何をしたんですか?ボックスの反応が消えていますよ!?』


 ボックス?多分キューブの事かな?


「多分不良品だったんじゃ無い?」


『これはそういう性質の物ではありません、誰も壊す事も傷をつける事もできない古代魔法時代の超遺物です。過去200年の現存する文献の中で壊れたり傷が入ったりと言った現象は確認されていません、有るのは紛失だけです』


「へーすごいね」


 興味なく返事をしながら自動ドアの前へ来てみたがやっぱり開かなかった。

 自動ドアも叩いてみたがちょっとやそっとじゃ壊れなさそうだしドームの天井も閉まっていってる。


「あそこから行くしか無いか」


 キメラが暴れている横の自動ドアが破壊され、中に入れる様になっているので僕は服と剣を拾い着ながら壊れた自動ドアへ向かった。


 それと暴れるキメラのせいでスピーカーが壊れたのかエンバーミングの声がしなくなった。


 キメラの横を通り過ぎようとすると身体中の顔が一瞬こちらを見たが興味がなさそうにすぐ壁に向かいまた壁を叩き始めた。


「ありがとう」


 通じているのか意味があるのかわからないがキメラにそう言い中に入るとその部屋は獣人達が闘技場のモンスターを入れて使っていた部屋だった。


 檻が左右に何個も並んでいて中にまだ色々な動物やモンスターが入っていた。


「これはさんざん戦わされたやつだね、なんか懐かしく感じるよ」


 狼の檻の横を通り抜け奥の自動ドアをくぐった。


「とりあえず外に出ないとな、このままだとバラバラにされて瓶に詰めて保管されかねない」


 そんなゾッとすることを考えながら廊下を通っているとエレベーターにたどり着いた。


「ここは三階になるのか、一階へ行けば出口のフロアに繋がってるかな?向こうの控室は二階だったんだけどややこしいな」


 エレベーターに乗り一階のボタンを押し、閉めるを意味するユニバーサルデザインなボタンを押すと音もなく扉が閉まり静かに動き出した。


「え?うそ、一階で止まらないんだけど」


 僕は意味が無いとは思いつつも一階から三階までを連打した。


 結局しばらく地下へ進み続けてどこかで聞いたようなチーンと言う音とともに扉が開くと、そこは以前見た筒に液体が満たされポコポコと気泡が上がっている装置が沢山並んだあの部屋だった。前は体が動かなくて見れなかったが向こう正面には巨大なスクリーンが表示され、そこには暴れているキメラが映っていた。


「おかえりなさい秀太君待っていましたよ」


 何かの端末を操作しながらエンバーミングが僕を迎えてくれたので、僕は無言でエンバーミングへ走った。


「おや、せっかちですね、もう少しお喋りをしませんか?」


「うるさい、お前のせいでエリザベスたちは!」


 そう言いながら切りかかろうとすると、エンバーミングが手をこちらに振りかざし手のひらが光ったかと思うと足を前からハンマーで殴られた様なショックを受けて転んでしまった。


「うぐあぁぁぁ!」


 足元を見ると直径5センチ程の氷の柱が僕の足の甲を貫いて刺さり、その氷が徐々に広がっていた。


「無理ですよ秀太君、私はこう見えて魔法使いです。貴方の体は調べましたが再生能力以外は少し鍛えられた人間そのものでしたから届いても私を切る事も出来ないでしょう」


「なっ!魔法使い?!そんな馬鹿な!」


 そう言う間も氷が足元から迫ってきていた。


「本当ですよただ、私は魔法よりも研究の方が好きでして、基本的には自分のラボから出ないんですけど今回はお忍びですよ。このコロシアムがどうしても見たくてわがままを言って来たかいがありました。大事なボックスを一つ失いましたが代わりに秀太君を手に入れました。きっと不死の研究が100年は進むでしょう!本当にありがとうございます」


「くそぉおお!!」


 叫びながら呪印に力を込めると世界に色が無くなり、凍り付く速度が遅くなり逆回転の様に溶け始め世界に色がもどった。


「おおお、素晴らしい!その力は何ですか!?その腕の刺青はどこから出て来たんです?!もしかしてそれがボックスを壊した秘密ですか!?」


 余裕を見せるエンバーミングに剣を向けて突進していくとその瞬間世界に色が失われていった。いつもの手首の呪印が右側に引かれる感覚を感じチラリと視線を向けると恐ろしい速度ですぐ傍までジャックが槍をこちらに向けて迫っていた。


 ゆっくりとした時間のなかでも少し早く感じる速度の突きを避けようとしたがだめだ避けられない、でも刺されてもいい!そのまま剣だけでも当ててやる!


 エンバーミングの顔めがけて剣を突き出したが僕の右脇から突き刺さったジャックの槍はそのまま肋骨の抵抗を物ともせず反対側まで突き抜けそのまま僕を旗の様に上へと持ち上げてしまった。


「ぐうっ」


 肺が破れ喋る事が出来ない、体が痛くて息が出来なくてわけがわからない。


「ありがとうジャック君そのまま秀太君は帝都の僕のラボへ厳重に輸送してください檻は溶接で常に2人以上での監視を、キメラはこのラボへ後で入れといてください」


「はい、わかりました」


 その会話を聞きながら僕は意識を失った。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る