悠久不変のサウダージ〜死んでも死なない体になったので何でも出来ると思ったら世の中死にたい事だらけだったので引きこもりたい~

ももたくみ

第1話 メガネとスーツと七三と

「・・・さ-ん」


 深く深い暗い水底からゆっくりと明るい場所へ浮かび上がっていく様な感覚。

 フワフワとした浮遊感の中、遠くで誰かが何かを叫んでいる気がする。


「中村さーん、中村秀太しゅうたさ-ん」

 呼ばれているのは僕のなまえだった。布団の中で微睡んでいる様な気持ち良い眠りから急にお尻に感じる硬い椅子の感触に意識が呼び戻された。

 自分が座面の少し破れた古いパイプ椅子に座っている事に気がついた。あれ?いつの間にか寝てたのかな?


「中村さーん!いませんかー?」

「は、はいっ、僕です」

 名前を呼ばれている事に気が付き急に覚醒した意識の中、咄嗟に小さく手を上げて返事をすると市役所の窓口の様な所にいる男と目があった。


「中村さん、どうぞこちらの13番の窓口へ」


 着古したシンプルな紺のスーツに真面目そうな黒縁のメガネを掛け、頭をぴっちり七三にまとめた線の細い男が掌を上に向け前の椅子へ座る様に促していたので僕ははっきりしない頭のままフラフラとそこに座ると男は満足そうに口角を上げた。


 それにしてもここはどこだっけ?僕は何をしてたんだ?何かの申請に来てたかな?まるで靄が掛かったように記憶がはっきりしない、何も覚えてないがお酒でも飲んだかな?グルグルと考え事をしていると七三分けの男が口を開いた。


「お疲れ様です、中村さん」


「あ、はい」


 メガネを正しながら七三分けに慰労の言葉をかけられ良くわからないまま返事をすると、男は手元の資料を捲りながら話を続けた。

「大丈夫ですか?お話しできそうですか?」

「はぁ」

 事態が飲み込めず周りを見ながらここが何処なのかを必死に思い出そうとぼんやりとした返事をしていると七三分けの男が、眼鏡の弦を持って手元の資料を捲って読みだした。


「お名前は中村 秀太さん、年齢は22歳、お誕生日は11月15日、和歌山県出身で、その後小学2年生の時に父親の転勤で東京へ引っ越し、そのまま東京で中高大と経て現在は東京で就職しサラリーマンをされていた。これで間違えありませんか?」


「はい、間違いありません、ってえっ?」


 何でこんな僕の個人情報に詳しいの?こわっ!若干の恐怖と疑問が沢山頭に浮かんでくるが標準的な日本人の為それを口に出す事が出来ず、無言で頭を振り前を見るとスーツの男がプリントをトントンと整えていた。


「中村さん、今はボーとして色々覚えてないかもしれませんが中村さんは死んだんですよ」

 

「そうですか、ご愁傷様です。って、えっ?はっ?えっ、えっ僕が!?死んだ?!なんで?えっ、いつ?どこで?誰が?何が?え?」


 ちょっとこの人が何言ってるのか分からない、死んだって社会的に?そんな困惑している僕に窓口の七三分けは目を瞑りながらうんうんみたいな感じだけど全然意味がわからない。


 そのままわけが分からず固まっていると窓口の七三分けがメガネの弦を掴んでまたプリントを読みだした。


「えー、この資料によりますと死因は病死ですね、所謂はやり病ってやつです。自宅療養中にひっそりとお亡くなりになられたようですね、この資料によりますと後日、えーっと三日後ですね死んでいるのをお友達の、えーっとたかしさんが発見してますね、さぞ驚かれたでしょうね」


 そういえばここ2、3日熱が40度から下がらなくて、息苦しくて眠れない日が続いてたけど、最後の記憶は解熱剤飲んで寝たような。僕は死んだのか・・・それにしてもごめんたかし、旅行に行く約束だったのに、キャンセル代はいつか返すから。

「っていうか死んでないですよね?ドッキリですか?何処かにカメラあります?」


 キョロキョロと周りを見回す僕を見て七三分けの眼鏡がキラリと光った気がした。


「そこなんですよね、中村さんのイメージで言うところのここは死んだ後の世界ですね、色々あって中村さんは死んだあと現世のしがらみが無くなりここにやってきました」


 へぇー、全然意味がわからないけどカメラとか何処かにあるのかな?カメラを探す僕を無視して七三分けはべらべらと喋っている。


「何も心配しなくても大丈夫ですよ!私はベテランですからね、安心してお任せください」


 何を安心するのかもわからないしドッキリなら早く開放してほしいと思い席を立とうと思ったところで七三分けが手を前へ出して来た。


「信じていませんね、中村さんちょっと手を出してください」


 そう言われてさっさと開放してほしい僕が手を出すと七三分けが僕の手に自分の手を重ねた。そう文字通り僕の手と七三分けの手が同じ場所に重なってしまった。


「うえっ?」


 かさなった?!まるで3Dのゲームの様に二人の手が重なり何の感触も無い状態に驚いて手をひいた僕を見て七三分けはまた饒舌に語り始めた。


「これで信じて頂けたかと思いますが、ちなみにここに来るのは、極々一部の方だけなんですよ、ほとんどの人はそのまま消えてなくなりますから、ついでに輪廻転生とか魂とかそう言うのはありませんのでご安心ください、あれは宗教の方が作った商売上のシステムですね。そんなこと言うと怒り出す方もいらっしゃるかもしれませんが勝手に神様や悪魔みたいなのを考えて代弁者を名乗る方が失礼な気もしますよね。っと話がそれてしまいましたが、でもそうなると中村さんは何なのか?って思ってますよね、はい、そうなんですそこなんですよ」



 そこなんですよと人差し指をこちらへ向け一方的に七三分けがまくしたてそれに対し返事もできずにいると七三分けの声が大きくなった。


「中村さんは運がいい!実に運がいい!」


「うぇっ、運!?」


 急に七三分けがメガネを光らせて窓口から飛び出さんばかりに詰め寄って来たので驚いて変な声を出してしまった。


「中村さんがお住みの地球では現在、転生キャンペーンを行っております」


「え?転生?さっき輪廻転生は無いって言ってなかった?」


 僕が引き気味で答えると七三は返事があったのがうれしかったのかもっとグイグイ来た。


「ええ、ええ、ええ、わかります、わかりますよ中村さん、先ほど輪廻転生は存在しないと話をさせていただきましたが、それは輪廻という物の話です、命は回りません、だから特別なんです。せっかく22年生きてきたのにすべてが無に消え失せるとか寂しくないですか?むなしいですよね?」


 ものすごい勢いで喋ってくる七三分けに、頭を縦に振るだけで対応していると七三分けは言い終わると一呼吸おいて元の椅子に座りスーツのシワを正してこちらを見た。


「そこで、そこでです!中村さんには三つのプランをご用意いたしました。」


「三つのプラン?」


 なんか変な話になってきた。


「ええ、そうです三つも選択肢があります、通常は無に消え失せるのみですからね破格の条件といえます。」


 七三がメガネの弦を持ち上げて手元の資料をもう一方の手で捲り始めた。


「早速ですがプランを説明させていただきます、まずプラン1ですが記憶をすべて無くして赤ん坊から地球でリスタートするパターンです。このプランですと、最終的に今のお顔と性別での成長をさせていただきます、しかも今回は特別に出生地域を選べます」


 七三は凄いでしょうと言う顔をしてコチラを見てくるがピンとこない僕の表情を無視して手元に置いたプリントを捲り、素早く指をピースの形に立てた。


「二つ目のパターン、プラン2ですがこちらは地球以外の場所で生まれ変わるパターンです。その際は見た目は変わりますし記憶もなくなります」


「え?さっきのもだけど、記憶がなくなればもう別人じゃないですか?見た目も違うし」


 七三分けは額の汗をハンカチで拭きながら質問に答えた。


「そうですねー、そう言う方もいますが中村さんはそのタイプですかぁ、そうですかぁ」


 やたらわざとらしくうんうんと頷きながらプリントを捲り七三分けは指を3の形にした。


「そうですねそうですよね、そういう方の為に3つ目のプランは見た目も記憶もそのまま転生と言うのがあります。その場合転移と言うのが正しいかもしれませんが、肉体は現地で再構成されますのでギリギリ転生でよろしくお願いします」


 何がお願いしますなのかわからないが、記憶が残らないなら死んだのと何もかわらないし、選択肢は実質一つしか無いのではないだろうか。


「あの、他には無いんですか?例えば今の記憶を持って地球で赤ちゃんに生まれ変われるとか?そのまま元の場所に戻してくれるとか?」


 僕の話を聞きながら七三が下を向いて、態とらしくペラペラと資料を最後までめくって閉じた。


「えーそうですねー、そうなりますとですねー、やはりコンプライアンス的にと言いますかー、不公平と言いますか、地球では全体的にヨーイドンと始める風潮がありまして、それは難しいんですよー、ええ、ええ」


 ハンカチでおでこの汗を拭い、まるでどこかの政治家の様なふわっとしたもの言いだった。


「じゃあその異世界はどんな世界なんですか?異世界を選べたりとかするんでしょうか?」


 僕の質問に対してまた七三分けが眼鏡の弦をもってペラペラと資料を捲った。


「そうですね、異世界は一つだけですね、まだ若い世界なのですが今の地球とは違う生態系やシステムで動いてますね、中村さんの言葉を借りると剣とか魔法とかそういう感じですね」


 剣と魔法か、これはラノベでよくあるやつか、でも僕は正直運動が特別出来るわけでも勉強が出来るわけでもない。自分で言うのもなんだけど真ん中位だ、そんな世界だとすぐ死んでしまうんじゃない?


「あっと、少し興味を持っていただけましたか?よかったよかった、でどうしますプラン2とかお勧めですよ」


 なぜさっき全否定したプラン2を勧めてくるのか分からない七三分けを軽くにら見ながら僕は質問した。


「だから、記憶なくなるのはいらないですけど、記憶が無くなって何か転生する意味あるんですか?」


「えーっと、そうですね・・・あります、ありますよ」


 そう言って七三分けは赤の色鉛筆でプリントに丸をして僕に見せて来たのでそこを読むと特約!と少し大きな文字で書いてあった。


「こちらの資料によると、何か特別な特約がお付けできる形になりますねー」


「特約?」


 なんか保険みたいになってきたな?はてなを浮かべていると僕が食いついたと思ったのか七三分けがまた話し出した。


「特約はですね当事者間で行われる約束ですね、ですので転生する場合こんな能力をつけますよーっていう風に選べます」


 これは、チートキタ?!まさか異世界転生で俺つえーってやつか、読んでてよかったライトノベル。

落ち着け落ち着け僕!ここでミスは許されない、なるべく交渉で使えるやつを手に入れるんだ!


「ちなみにどんな能力が選べるんでしょうか?」


「そうですねプラン2ですと魔法の力が一般的な人間の30倍とか腕力が10倍とか視力がすごいとかそういうのですね。一覧から選んでもらう形になりますね。ちなみに中村さんが気になる記憶も残せる特約もありますね、その際はほかの特約を選べませんが」


 後半声がだんだん小さくなっていく七三分けに若干の悪意を感じながらその口上を手で遮りきっぱりと言った。


「いや、プラン2はいいのでプラン3の特約を教えてください」


 一瞬残念そうな顔をした七三分けはペラペラと資料を捲くり読み上げた。


「そうですねー、プラン3ですと・・・【不老不死】だけですねー、あんまりおすすめはしませんね、

やっぱプラン2がおすすめですよ、ほらこれ目からビームが出る奴とか!」


 早口で喋るメガネスーツの言葉の後半僕の耳に入って来なかった。【不老不死】って最強じゃないか、これで今生みたいに病気で死ぬことはない年老いて果てる事も無いし、ずっと若いままとか願ってもない、しかしなんで七三分けの中では外れみたいな感じになってるんだ、まだ喋ってるけど。


「体から電気が出る特約もありますよ、その代わり少し体毛が濃くなる条件もありますが」


 わけのわからない特約の話をしているけど、あーでもそういえばベテランとか言ってたしプラン2を集めてるのかな?あればっかり進めてたしね、上司?にプラン2の契約?を取るように言われてるのかもしれない。


「そう言う訳でプラン2だと他にも108の能力からえらべ「プラン3で!」


「え?」


「プラン3でお願いします!決定です!」


 色々プラン2の説明をする七三分けの言葉を遮る様にプラン3を主張した。


「本当に良いんですか?」


 僕は指を3の形にして七三分けに見せながら返事をした。


「もちろん!プラン3でお願いします」


 七三分けは暫く考えて残念そうに資料をまとめだし、一枚の用紙を引き出しから出して何かを書きながら口を開いた。


「そうですかぁ、プラン3ですかぁ、ではその場合こちらの用紙にお名前と拇印をお願いいたします」


 そう言いながら一枚のコピー用紙の上に朱肉とポケットティッシュを載せて渡してきた。その用紙にはシンプルに 【プラン3】【転生】【特約】不老・不死【名前】【 印 】とだけ書いた簡単なものだった。


「死後の世界でもハンコがいるんだね僕持ってないけど?」


「親指で大丈夫ですよ、横からこうロールするようにしっかり押してください」


 七三分けが指で押印するポーズをしながら名残惜しそうに口を開いた。


「本当にいいんですね、これが最後の確認ですよ、それ押しちゃうともう変更できませんからね」


「大丈夫です、気持ちは変わりません!」


 そういって力強く親指を押し付けると。


「はい、ありがとうございます、登録完了ですー」


 七三分けはメガネを光らせながら素早く用紙を回収し、手元の小さな引き出しに大事そうに収納して鍵をかけてしまった。


「それではプラン3で1名様ご案内ですー!」


 七三分けがパンパンと手を叩き突然居酒屋の様な元気な声を上げると周りに風が吹いてきた。


 後ろで何か音がするので振り向くと僕が座っていたパイプ椅子が無くなり、壁だった所に大きく開かれた観音開きのドアがありそれが開き空気を吸い込んでる。


「あちらがお出口です、お気をつけて」


 そう言うと吸い込む風が強くなり僕は椅子ごとその向こう側が見えない不思議なドアに吸い寄せられていく。必死に抵抗しながら七三の方を見ると口角を三日月の様に吊り上げ微動だにせず僕を見守っていた。その不気味な姿を見ながら僕はどうする事も出来ずにドアの方に引き寄せられていった。


 そのまま椅子ごと吸い込まれドアが閉まった。その後にはカウンターも何も無くなった空間に一人、七三分けが口角をあげながら小さく何かを囁いていた。


「人間の欲望にはきりがありませんからね、ぜひ色々体験して見せていただきたいものです、何せ永遠にですから」


 次の瞬間には床も天井も七三分けもその空間には何も無くなっていた。

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