第55話 石と天使とドワーフと


 気がつくと森の中を走り続けていた。


「はぁはぁ逃げなきゃ」


 何から?


「わかんない」


 体が思う様に動かない、手足が鉛の様に重い。


「でも早く早く!」


 誰が助けてくれるの?


「わかんない!」


 真っ暗な森をひた走る。


 目では見えないけどそこに暖かい光を感じるから、そこまでいけばきっと助けてくれる。


「誰が?」





 今僕たちはドワーフの国ガガンドスへ行く為にグレイスドール領の街道沿いの森で野宿をしていた。


「おはよう師匠」


 テントから出て来た僕を見て夜番をしていた師匠が驚いた顔をした。


「おはようシュウ、頭に何かついてるわよ?」


「そういえばさっきから頭が重い気がしていた」


 そう言いながら頭に手を当てるとムニュっと柔らかいものが手に当たり、恐る恐る引き剥がしてみると一五センチぐらいのピンク色の何かが引っ付いていた。


「何これ!?えっ、リエル?!」


 頭についていたのは掌程のサイズに小さくなったピンク頭の天使リエルだった。


 リエルはまるで人形の様に小さくなって服もそれにあつらえた様に小さくなっていた。


「リエル、リエル!」


 手の上のリエルを揺すって呼ぶとゆっくりと目を覚ました。


「シュウ、シュウ!」


 そう言って僕の顔に飛びついて来たリエルを師匠が二本の指で摘み持ち上げ口を開いた。


「これどこで拾って来たの?うちではペット飼えないから元いた場所に返して来なさい」


「ハナセ!ハナセ!」


 師匠が指を離すとピョンとまた僕にしがみついてきた。


「こんな小さいのに可哀想だよ、買って良いでしょママ」


「誰がママよ、まぁどっちにしろ分体か本体か何かわからないけど気を付けなさい。天使なんだから何かあった時は躊躇なく処分する事を覚悟しないとダメよ」


「わかったよ」


 それからしばらくリエルに話しかけてわかった事はミニリエルはカタコトしか喋れないと言う事と師匠が嫌いと言う事だけだった。


 仕方ないのでミニリエルの事は先延ばしする事にして出発した。



 それから何日かして僕達が乗る馬車は大陸を遮る山脈の麓へと到着した。


「どうやって開けるのこれ?」


 そこは山脈の中でも岩肌が大きく露出しており、その剥き出しの岩肌に高さが三十メートルくらいの無骨なデザインの大きな扉が設置されていた。


「そっちの扉はまず開く事が無いわ、通るのはこっちよ」


 そう言いながら師匠が岩の裂け目に手を入れると裂け目がそのまま開いて入口になった。


「何それ、秘密基地みたいだね」


「ドワーフは閉鎖的な種族なのよ、だから知らない人はまず入れないわね」


 馬車はグレイスドールへと帰ってもらい僕たちは徒歩で奥へと進んで行った。



 その通路はしばらく進むとさっきの大きな扉の裏へと繋がっており、その通路自体が扉と同じサイズで高さが三十メートル程あるのでかなりの広さだった。


 通路端に点々と設置された魔道具で作られた明かりの中、誰も歩いていない広い通路をしばらく歩いていると背の低い髭の生えた兵士が僕達の前に六人ほど立ち塞がった。


「止まれ!名前と何用でここに入って来たのかを言え!」


「私は旅人ギルドのティーレシア、こっちが弟子のシュウ。用件はこのまま人間の国への移動が目的よ」


「ちょっと待ってろ」


 そう言って一人の兵士がどこかへ消えた。



 なかなか進まず僕達は用意されたベンチに座って時間を潰していた。


「ねぇ師匠、この大きい洞窟は真っ直ぐ向こう側へ繋がってるの?」


「繋がってないわ、この大洞窟は火口へ繋がってると言われてるわね」


「なんで火口に繋がってるの?」


「ここはドラゴンの通り道になってるのよ」


「ドラゴン!?危ないんじゃない?」


「滅多に見る物じゃ無いから多分大丈夫よ」


 師匠と話をしていると兵士が帰って来た。


「お待たせしました、ボボンガス王がお会いになる様です」


「私達は謁見は求めて無いわよ?!」


「申し訳ございませんが私にはわかりかねますのでどうぞ王とお話しください」


 兵士も申し訳無さそうに案内してくれた。



 大きな通路の途中に金属でできた十メートル程の高さの門がありそれを抜けると上の方がわからないほどの大きな空間があり、その壁面は岩を削りマンションの様に改造した町になっていた。


「すごいね、遥か上の方に空が見えるしこれ何回建てなんだろう、絶対迷子になるね」


「シュウは離れない方がいいわね」


 そんな話をしていると岩壁にひと際大きな飾りのびっしり付いたドアがあり、そこを兵士が二人守っていた。


「お客様を案内した。ティーレシア様御一行だ」


 それを聞き兵士が扉を開けると、その奥にあったのは何もない四メートル四方の部屋だった。


「何個の部屋?待機室?」


 そう言いながら中に入るとドアが閉まりジャラジャラと鎖の音が聞こえ急に浮遊感が襲って来た。


「まさかこれはエレベーター?!」


「エレベーターが何か分からないけど、これは昇降機ね、これでしか王城には入れないわ」


「なんかすごいね」


 そのままかなりの距離を降りたと思うとゆっくりと停止して扉が開いた。


 扉の先もかなり大きな空洞でその先の壁がお城の形をしていた。


「うわー、すごいねこれ壁を削り取ってお城にしてるの?それにこの空洞はドワーフの人たちが掘ったの?」


「元々は地龍の巣だったみたいだけど初代ドワーフ王が交渉の末、譲り受けたと聞いているわ」


「戦って奪ったとかじゃないんだ」


「龍と戦いになる生き物なんて居ないんじゃないかしら?いたとしたら古代魔法時代の魔法使いだけね、龍を使役していたみたいだから」


「相変わらず古代魔法時代わけわからないね」


 喋っていると王城の入口に到着し扉が開かれた。


 中を覗くといきなり謁見の間になっており、広い空間なのに柱が一本もなく、壁全体が美しい彫刻が施され、見た事の無い美しい謁見の間となっていた。


 その空間の先に段差もなく大きな椅子が置いてあり、そこにドワーフ特有の背の低いが体格のいい髭のおじいさんが頭に王冠を付けて座っていた。


「久しぶりじゃなティーレシア様」


「お久しぶりですボボンガス王」


 ドワーフ自体がそうなのか特に跪いたりや礼儀も無く、突然王様が話しかけて来た。


「ワシの事を子供の頃から知るティーレシア様に敬語を使われるのも変な物じゃから、今まで通りでたのむわい」


「さすがに王様になったのにそれはダメだと思うわよボボンガス」


「ははは、ドワーフに礼儀などいらんわ、あるのはこの腕一本だけで十分じゃわい、そっちの若いのはティーレシア様の恋人かの?」


「弟子よ弟子!」


「黒髪黒目とは珍しいの、もしかすると人間かな?」


「初めまして、人間のシュウと申します。よろしくお願いします」


「よろしくなシュウよ、それにしてもティーレシア様が生きる時間の短い人間を連れて歩くとはまた珍しいの。何か理由でもあるのか?」


「シュウは呪印を持ってるしちょっと特別なのよ」


「そうか!呪印を」


 その時王様の横に居た兵士が耳打ちをした。


「そうじゃった呪印で思い出した!ティーレシア様に頼みたい事が有るんじゃよ」


「えっ嫌だけど?」


 すごい師匠、王様のお願いを一刀両断した。


「いやいや、これは呪印を持っているティーレシア様しかできぬお願いなのじゃよ、話だけでも聞いてくれんか?」


 王様のくせにめちゃめちゃ低姿勢でお願いしてきているのがちょっとかわいそうになって来た。


「師匠、話だけでも聞いてあげたら?」


「まぁ話だけならいいけど」


 その後王様の話によるとドワーフの王国の人間側の扉を最近ドラゴンが出入りしたらしくその際、魔道具でもある扉が故障してしまい、修理が必要で通れないと言う事だった。


「で、その修理に龍の炎が必要ってわけね」


「そうじゃ、百年前までは有ったんじゃがな、大地震により消えてしまったんじゃ」


「でもその龍の炎は何処で手に入るの?」


 僕の質問に対して師匠が答えてくれた。


「龍にもらうしかないわ」



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