第54話 蔓と呪印と侯爵と


 訪ねて来たのはララの部下のメイドでドレアさんと言う人で、薄い茶色の髪をショートにした綺麗な人だった。メイドは美人しかなれないのだろうか?


 僕たちの部屋に戻りメイドのドレアさんがララさんの手紙を師匠に手渡し、それを師匠が目を通し、読み終わった手紙を僕に渡しながら口を開いた。


「やっぱり偽物のディアーヌ様がいるみたいね。侯爵様も臥せっていて部屋から出て来られないみたいだし、そして黒幕は大臣か。好き放題してるみたいだわ」


 そう言って手渡された手紙を見ると師匠が言った事が書いてあると思う、難しい文はまだちょっと怪しい。


 手紙によると迷宮で取れた魔石もかなりの数が途中でなくなっているらしく、その辺も大臣が怪しいらしい。


「どうしよう、旅人ギルドから圧力でもかけられない?」


「ダメよ国に対して圧力をかけても無駄だし最終的にグレイスドールが困ることになるわ」


「そっかぁじゃあ僕に良い考えがあるよ!」


「どうするの?」


「お城に忍び込んで侯爵様を治せば良いんだよ」


「どうやって治すの?」


 僕は左手の手首を師匠に見せた。


「この蔓呪印さんの力で治せると思うよ」


「ダメよ!結局シュウが辛いだけじゃない!」


 師匠が僕の肩を掴んで来たけどそっと手を重ねた。


「大丈夫だよ僕結構丈夫なんだよ、それに僕にしかできない事なんだ」


「でも、みんなどうせいつかは私たちを置いて先に死んじゃうのよ!それならシュウが今辛い思いするだけ無駄だわ!」


「でも今は生きてるんだよ、確かに僕たちは長い時間があるかもしれないけど、僕は長くても短くても出来る事をやりたいんだよ」


「シュウの馬鹿」


「そうだね僕は馬鹿だからこれしか思いつかないんだ」


「もういいわ、好きにしなさい」


 師匠は怒ってるがきっと頭ではコレが単純で早い解決法だとわかってるはずだ。


「ドレアさん、そう言うわけだからララさんに伝えてもらえるかな?侵入経路と侯爵様に接触出来る機会を作る様にお願いします」


「畏まりました、明日朝にでも再度お伺いさせていただけると思います。それでは失礼致します」


 そう言ってドレアさんは宿を出ていった。そして次の日の早朝に大きな荷物を持って再びやって来た。




「またこれ?!」


 今僕はまた女装していた。なんか本当に女装する必要あるのかな?


「シュウってば似合い過ぎてて怖いくらいね」


「ありがとう師匠、ちょっと慣れたよ」


 褒められ過ぎるとなんか別の扉が開けてしまいそうだ。


「それではシュウ様宜しいでしょうか、シュウ様はメイドの一人として潜入して頂きますが申し訳ありませんが普通に仕事をしてもらいタイミングを見て侯爵様にお会いできる様に手配させて頂きます」


「了解頑張るよ、師匠も博士の方頑張ってね」


「ええ、シュウも頑張ってね、私はもう行かないとダメだけど無理はしないでね!」


「はい、師匠行ってらっしゃい」


「行って来ます」


 師匠が出て行ってしばらくして僕達もお城へと出発した。



 ドレアさんはメイドでも偉い方なのか城門も全て顔パスだった。


「この子は今日から働くシューラです、この仕事は初めてなので、みんな教えてあげる様に、シューラ挨拶をして」


「シュ、シューラです。よろしくお願いします」


 メイドの控え室で沢山の綺麗なメイドに囲まれて緊張していた。


「じゃあルエ、シューラに仕事を教えて下さい、皆もシューラがわからない事があれば教える様に、じゃあ解散!仕事に戻って」


 ドレアさんの号令で静かに、しかし早くみんな持ち場に戻って行った。


「じゃあ行こうか」


「はい、ルエさんよろしくお願いします」


 ルエさんは背の低い赤い髪をポニーテールにした可愛らしい垂れ目の女の子で一見ほんわかしているのに仕事が早く僕への指示も的確だった。


「シューラはこれを今日はお願いね」


 そこには井戸の横にタライが置いてありさらにタライの中には大量のメイド服が有った。


「このタライに水を組んで、石鹸を入れてひたすら踏んでね、しばらくしたら見に来るから」


 そう言って別の仕事へ行ってしまったのでひたすら踏み洗いをした。


 汚れの強いものは石に叩きつけ、また井戸から水を組んで濯ぎ、絞り、干してを繰り返し。全てが終わったのは日も傾きかけた頃だった。


「疲れた」


「おつかれさま、遅いけどお昼にしましょうか」


「いつもこんな感じなんですか?」


「お昼?」


 二人で食堂でサンドイッチを食べながら話をしていた。


「まぁこの仕事は仕事内容が不規則だからね、うまく時間が作れたらお昼にお昼ご飯が食べられるよ」


「そっか、なかなか大変ですね」


「シューラは疲れてない?」


「大丈夫です体力だけには自信有りです!」


「お、元気だね、じゃあもう一踏ん張り行こうか!」


 それから廊下の掃除や部屋の掃除、庭の雑草抜きなど普段やり慣れない仕事が沢山あり、かなり遅い時間の夕食となった。


「お疲れ様、今日は終了だよ。これを食べてね、寝る場所は後で教えるね」


「はい、いただきます」


 夕食は具沢山のスープとパンだった。


 沢山身体を動かしたんで塩味の強めなシンプルなスープが美味しかった。


 僕があっという間に食べ終わるとルエがお代わりをくれた。


「ありがとうございます」


「沢山食べるんだね、何故かシューラを見てると故郷にいる弟達を思い出すなぁ」


「えっ、弟ですか?!」


 スープを吹き出しそうになった。


「ごめんごめん、何となく思い出しただけだよ、元気にしてるかなぁみんな」


 ルエは七人姉弟の一番上らしく下は全て弟らしい、ご飯を食べ終わり控え室で着替えと水が入った桶とタオルを渡され、何かわからずにいるとルエが上を脱いで体を拭き始めたので急いで後ろを向いた。やばい、外からはわからなかったがでかい。


「あれ、ごめんシューラは同性でも恥ずかしい人?じゃあ衝立用意するね」


 そう言ってルエが部屋の隅の衝立を持ってきてくれたので、僕は急いで着替えと体を拭くのを済ませた。残念なようなホッとしたような。


「シューラ、もう終わった?寝よっか?」


「は、はい!終わりました」


 寝る部屋に案内されるとそこはベッドが四つあるだけのシンプルな部屋だった。


「この部屋とりあえず今はシューラだけだから寂しいかもしれないけどここで寝てね、また明日六時に鐘がなるからそこのクローゼットの中のメイド服どれでも着て控室に集合ね」


「はい、ありがとうございます」


 そう言ってルエは出ていった。本当に疲れた、普段しない動きをするから体がバキバキだ。


「早く寝よう、明日も頑張ろう」


 疲れていたのかすぐに眠ってしまった。



 次の日、鐘の音で起きれずルエに起こされ同じ様に朝から晩まで仕事だった。


 今日は食堂のお手伝いで兵士やメイド達が食べに来て朝から夜まで休む暇が無かった。


「シューラお疲れ様」


「ルエさんお疲れ様です」


 やっとご飯にありつけたが今日は食堂の担当だったからか余ったお肉などがもらえ、ちょっと豪華だった。


 疲れたのでご飯を食べた後、早々に寝ていると僕を起こす声が聞こえて来た。


「シュウ様、シュウ様」


 目を開くとララさんが横に居た。


「あ!ララさん、出られたんですね!」


「お嬢様はまだ檻の中で我慢していただいています。手配が整いましたので侯爵様の元へ参りましょう」


 ララさんがニコニコしながら僕のメイド服もしっかり持って来ており早速着替えて侯爵様の元へ向かった。


 先頭をララさんがワゴンを押しながら、複雑に入り組んだ迷路の様な廊下をどんどん進んでいくと扉の前に兵士が二人立っている部屋にたどり着いた。


「ご苦労様です、侯爵様のお薬をお持ちしました」


「ララ様お疲れ様です」


 二人の警備の兵士がドアの前をさっと開けてくれた。


 入っていこうとした所で声をかけられた。


「ちょっと待って、君名前は?」


「えっ、私ですか?」


 突然油断している所を兵士に声をかけられ、固まってしまった。


「そう、金色の髪の君」


「え、あ、シュ、シューラです」


 もしかしてバレたのかな!?突然の事で声もうわずってしまった。


「シューラか、君に良く似合う美しい花の様な名前だね。僕はライル良かったら今度ご飯でも行きせんか?」


 まさかのナンパ!?こっちはこんなに緊張してたのにアホかこいつは。


「申し訳ございません仕事中ですので」


「ライル振られたな!ははは」


 ションボリする兵士の前を通り過ぎて中に入った。


 部屋の中は香草が焚かれ、何かよく分からない匂いが混ざり合っていた。


 真ん中に置いてある天蓋付きのベッドの元へ行くと横にお医者様とメイドが控えていた。


「あなた達は外へ出ていなさい」


「しかしララ様」


「出なさいと言ったんです、聞こえなかったんですか?」


「は、失礼致します」


 医者とメイドが出て行ったけどララさんの迫力がすごい、絶対この人も普通のメイドじゃないよね。


 侯爵様は以前見た面影が無いほどガリガリで呼吸も胸でしていた。


 僕は早速左手を侯爵の胸に当てて力を込めると左手首の蔓が伸びて侯爵と繋がると手首の花が散って行った。



 しばらくするとゆっくりと伯爵の目が開きこちらを見た。


「ララか?これはどうした事だ?苦しくない、まるで生まれ変わったみたいだ」


 侯爵が身体を起こすとララさんがさっと後ろから背中を支えた。


「ドラクルス様、こちらのシュウ様が呪印の力でお助け下さいました」


 ララさんも侯爵様が治ったのが嬉しかったのか涙ぐんでいた。


「そうなのか!シュウ様とは、あのシュウ様か?女性に見えるが」


 そういう侯爵の前でカツラを取って見せると侯爵は目を見張って驚き、そして頭を下げた。


「助けていただき御礼申し上げます」


 偉い人に頭を下げられむず痒いような気がしていたその時だった。


「いえいえ、以前助けて、ぐぁはっ」


 僕は突然吐血したかと思うと胸が苦しくなり立っていられなくなった。


「ララ、これはどうした事だ!」


「ドラクルス様、シュウ様のお力は誰かの怪我や病を自分に取り込むもので御座います。ですので病がシュウ様を蝕んでいると思われます」


「早く医者を手配しろ!」


 そんな会話を聞きながら僕は息が出来なくなり意識を手放した。



 目が覚めるとそこは豪華な部屋のベッドの上だった。


 横を向くとメイドのルエが控えていた。


「意識が戻りましたかシュウ様、すぐにティーレシア様をお呼びします」


 そう言うと部屋に控えていた別のメイドが素早く出て行き、ルエが僕の背中を支え起こしてくれた。


「ありがとうもう大丈夫だよ」


「しかし昨日まであんなに血を吐いておられたのに」


「あんまりおぼえてないけど、僕は人よりちょっと丈夫なんだよ。もう大丈夫だよ」


 素早く白湯を出してくるあたり、ルエはできるメイドさんだった。まぁもう病気じゃないから紅茶でも良いんだけど、


「それにしてもシューラは男の子だったんですね」


 そんなルエのセリフを聞いて僕は口に含んでいた白湯を吹き出してしまった。


「ああ、ああ、ああの、ご、ごめんなさい!どうしても内緒で侯爵様を助けるためにああするしかなくて!」


 僕は急いで頭を下げた。


「別に怒っているんじゃないです、ただ見ましたよね?」


 そう言ってルエは両手で胸を押さえて顔を赤くしていた。


「いやいやいやいや!見てないです。いや見ました。いや全部は見てないです!」


 取り乱している僕をみてルエが口を開いた。


「ふふふ、冗談です。見られたのは少し恥ずかしいけど怒ってませんよ。それに私もシュウ様のお世話をこの一週間してましたからね、御相子です」


 そういえば来てる服も変わってるし多分下着も変わってる。


 恥ずかしさで僕があたふたしているのをルエは楽しそうに眺めていた。



 そんなやり取りをしていると部屋にバタバタと師匠達が入って来た。


「シュウ!もう大丈夫なの?」


「おはよう師匠、もう体は完全に回復したよ」


「相変わらずシュウ様のお体は特別ですね」


「ディアーヌさんも牢屋から出られた様で良かった」


「シュウ殿この度はグレイスドール領をお助けくださり有難う御座いました」


 そう言ってディアーヌに深々と頭を下げられた。


「頭をあげてください、これぐらいなんて事無いよ、だってボクはこの領の客人だからね」


「シュウ様」


 ウィンクした僕にディアーヌもララも笑ってくれた。


「それにしてもディアーヌさんもララさんも出られて良かったよ、大臣はどうなったの?」


 ララさんの説明によると、あれから僕はなんと一週間も寝ていたみたいで、あの後侯爵が元気になり表に出ると、大臣は急いで財産を持って逃げ出そうとしたらしい、けれどララさん達メイドにより全員捕まりそのままギロチンにかけられたと言う事だ。


「そう言うわけで後は小物を数人追っているくらいですね」


 ララの説明を聞いていたが、この人はメイドって言うより忍者とかじゃ無いだろうか。


 そのあと侯爵とも面会し散々お礼を言われた。



 そして今僕たちは今回の一件で貰った馬車に荷物を積んで出発の準備をしていた。


「ティーレシア様本当にこんな物で宜しいのですか?」


 ララさんが大きな木箱を馬車に積みながら聞いて来た。


「ええ、これが欲しかったの」


 結局お礼は馬車とグレイスドールで取れる魔石をかなり沢山もらった、研究に使うのとこれから向かう場所で必要らしい。


「師匠、結局これからどこへ行くの?」


「人間の国の最大の公益都市、世界最大のオークションがあるグリーンバーズへ行くわ」


「そこで魔石でも出品するの?」


「しないわ、博士の話ではそのオークションに偽物のキューブが定期的に出品されるらしいのよ。魔石はその前の山脈を通るのに必要になるわ」


「山脈を通るのに?飛空挺にでも使うの?」


「山脈地下にあるドワーフの都ガガンドスを通るためよ。ガガンドスの通貨は魔石としか換金出来ないのよ」


 ドワーフ!またファンタジーなやつが出てきた。


 そんな話をしながら荷物を全てを積み込み出発の準備が済んだので馬車へと乗り込んだ。


「ティーレシア様、シュウ様、もう旅立たれてしまうんですね、当家にできる事なら最大限ご協力致しますのでいつでも何なりとお申し付けください、これは当家の家紋が入った短剣で御座います。使える所があれば何にでもお使いください」


 そう言ってディアーヌが豪華な短剣を手渡してくれた。


「ディアーヌさんララさんありがとうございました。また会いにに来ますね!ララさんルエさんにも宜しくお伝え下さい!」


「シュウ様のメイド姿が見れなくなるのは寂しゅう御座います」


「出来たらもうしたく無いかな」


 そんな話をしていると御者が準備が整ったみたいで合図を送って来た。


「じゃあそろそろ出発するみたいだ、みんな元気でね!」


 御者も侯爵家から出して貰っているので師匠と二人でゆっくりとした旅になりそうだ。


 僕たちはディアーヌさん達が見えなくなるまで手を振り続けグレイスドール領を後にした。


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