第67話 影と魔王とお祭りと


「シュウどうしたんだ?」


 一緒にレッサードラゴンに向かい歩いていたはずのシュウが後ろで立ち止まって俯いていた。


「グルスどうした?」


 そう言いながら俺の前を歩いていたマーロフがこちらに戻って来た。


「シュウが動かなくなっちまったんだ。おい、大丈夫かシュウ!」


 肩を揺するとシュウの右手首に目が有り俺を睨んできた気がした。


「え、そんな所に刺青あったか?」


 次の瞬間シュウの左手首から黒い蔦が伸び全身を覆い尽くしたと思うと、そこに居たのは真っ黒な全身に耳と尻尾が生えた人型だった。


 俺は驚いて後ろに下がると猫背気味のそいつが片目しか開いていない金色の目をギョロリと動かしてこちらを睨みつけた。


 すると俺とマーロフは全身が氷漬けになったように寒気を覚えると共に体が動かなくなってしまった。


 その次の瞬間黒い人型が指の先からショートソードほどの長さの燃える黒い爪を伸ばしこちらへ真っ直ぐ進んできた。


 殺される!そう思ったが目も瞑ることも出来ずそのまま指一本動かせずにいると、ゆらりと陽炎のように滑らかな動きで俺をすり抜け視界から消えていった。


 次の瞬間金縛りが解け、俺とマーロフは呼吸を忘れていた事に気付き大きく息を吸い地面にへたり込んだ。


「な、な、なんだよあれ?!シュウはどこ行ったんだ?!」


 マーロフが話しかけてくるが俺にも全くわからん、シュウはどこへ行ったんだ?あれがシュウなのか?


「俺にもわかんねぇよ!」


「おい、グルスあれを見ろよ!」


 マーロフが肩を掴んで振り向かせるのでそちらを向くと、黒い人型がまるでおもちゃで遊ぶ猫のようにレッサードラゴンをその長い爪で切り裂いていた。


 散々切り刻んだと思うとギザギザとした歯が生えた口が半円状に開きレッサードラゴンを食べ始めた。


「おいおい、あれじゃあまるでよぉ御伽噺に出てくる魔王じゃねぇか!」


 自分より大きなレッサードラゴンを全て食べたかと思うと次の瞬間口を大きく開き、そこから黒い光線のようなものを吐き出して遠くのモンスターと森を薙ぎ払った。


 兵士たちは黒い人型が口からブレスを吐いた時点で撤退を始めた。


「グルス、あれはなんなんだよ、魔王なのか?シュウはどこ行ったんだよ?」


 マーロフが呆然と座ったまま俺に問いかけて来たが、そんなもんわかるわけがねぇ。


「そんなもん分かるわけねぇだろ!」


 あれはシュウなのか?化け物なのか?シュウが化け物なのか?化け物がシュウなのか?


 黒い影の化け物は全身から黒い蔦を伸ばし次々とモンスターを絡め取って動けなくして黒い爪を飛ばして刺し殺し、ゴブリンなんかは蔦だけで引きちぎられていた。


 あれは魔物だけを殺すのか?人間は?襲わない保証はねぇ、そう思うと自然と口から言葉が出た。


「マーロフ俺たちも逃げるぞ」


「お、おう」


 俺とマーロフはもう後ろを振り返る事無く息が続く限り走って逃げた。





「う、うう、ここは?」


「シュウ目が覚めた?」


「あ、師匠」


 目が覚めると僕は師匠の膝枕で寝ていた。


「師匠が助けてくれたの?」


「違うわ、私が来た時にはここにシュウが一人で倒れていたのよ」


「じゃあ僕は死んでたのかな?」


 名残惜しいが師匠の膝から起き上がって周りを見渡すと、そこにはレッサードラゴンやヒュドラの切り刻まれた死体だけが散乱していた。 


「シュウ、幻獣の力を使ったでしょう?」


「う、うん、もうどうしようも無くて、なんでわかったの?」


「幻獣の魔力の痕跡がそこら中に残っているわ」


「もしかしてまた幻獣化してしまったのかな」


 だからこんなに地面が大きな爪跡のようにえぐれてモンスターがズタズタになっているのか、見覚えがある光景だと思ったけど前も幻獣化した時もこんな感じだったね。


「ところで師匠の方は迷宮どうだった?」


「問題なくコアを破壊してきたわ」


「迷宮って資源じゃないの?破壊してもよかったのかな?」


「知らないわ、永遠にモンスターが湧き続けるか途中でコアが耐え切れず爆発するかだから壊してもよかったんじゃない?」



 僕たちが喋っていると向こうの方から兵士の一団が近付いて来て僕たちの前で止まった。


 その先頭にいた緋色の偉そうな法衣を着たあごひげを生やした態度のでかいおっさんが口を開いた。


「おい!貴様ら、魔王を見なかったか?!」


「魔王?!知らないけど」


 僕が答えるとヒゲのおっさんが杖をこちらへ向けて口を開いた。


「隠し立てすると為にならんぞ!!」


「シュウ孤児院に戻りましょ、こんなの相手してられないわ」


 師匠が言うと髭のおっさんの顔が真っ赤になって怒鳴り出した。


「なんだとワシを馬鹿にしてるのか?!怪しい、貴様ら怪しいぞ!!こいつらをしょっぴけ!!」


 槍を持った兵士たちが僕たちを囲むと槍をこちらへ向けて来たので師匠が手を上にあげた所で声が聞こえた。


「やめなさい!!」


 声のした方を見ると、また同じ緋色の法衣を着た金髪碧眼の三十代くらいの整った顔の男性が沢山の司祭や兵士を引き連れてやって来た。


「なんだ!?き、きさまは!ロ、ロード」


 そう言った髭が忌々しそうに舌打ちをした。


「その方達はロイマリア様のお客様です、失礼の無いようにして頂きたい」


 ロードと言われた男がそう言うとヒゲのおっさんがが目を見開いて驚いた。


「ロ、ロイマリア様の!?何でこんな小汚い奴らが?!」


 髭がこちらを指差して文句を言うとロードと呼ばれた法衣が口を開いた。


「いい加減にしなさいバーンスター枢機卿!」


 ロードに一喝され髭の法衣は舌打ちして部下を引き連れて帰っていった。


「ご迷惑をおかけしました、申し訳ございませんが教会へご同行いただけますでしょうか?」


 イケメンが頭を下げて来た。


「私たちは疲れたから帰るわ、シュウ行きましょう」


「少しお待ちください!」


 ロードが焦って僕達の前に来て声を上げた。


「ロイマリア様にお二人をお呼びする様に言われております。一緒にお越しいただけませんでしょうか」


「めんどくさいわ、今帰って来た所で疲れてるし」


「そこを、そこを何とかお越しいただけませんでしょうか!」


 師匠が冷たくあしらうも低姿勢でお願いし続けるので師匠が折れ、一度孤児院に帰って明日行くと言う事で納得してもらった。



 僕達は孤児院への帰りに草原の風ギルドへ寄ってみる事にした。


 最初ロビーで顔を合わせたグルスは青い顔をして裏へ引っ込みかけたがぎこちない態度で寄ってきて右手首を見ながら口を開いた。


「シュウ!す、すまんな今町の復興で忙しくてな、また時間があったら会いにいくわ」


 グルスは一方的にそれだけ言うと奥へ引っ込んでいった、マーロフは奥でそれを見ていたが僕と目が合うと青い顔で奥へ引っ込んでいった。


 僕は親しい人間の代わり様にショックを受けてギルドを後にした。


「シュウ、人間なんてそんなもんよ、命を助けてもらったって言うのに未知の恐怖に勝てないのね、気にするだけ無駄よ」


「うん、ありがとう師匠」


 僕はしょんぼりとして孤児院へと帰った。


 夜、ベッドで何となく呪印を出すと左手首の蔓呪印の花が三個咲いていた。


「魔王か…」


「まだ気にしてるの?」


「もう大丈夫だよ、おやすみ」


「そう、あまり思いつめない方が良いわ、そんな時はお酒でも飲んで寝るのが一番よ」


 そう言いながらまた蜂蜜酒を僕に手渡して来たので少し口を付けるとそれは思ったよりもアルコール度数が高く飲み込むと喉が熱くなり、ハーブの香りと蜂蜜の甘みが口に残り思ったより濃厚な味わいだった。


「師匠よくこんな濃いのつまみも無く飲んでるね」


「でもこの濃厚な味わいがくせになるわ」


 小さいコップだったので一気に飲み干した。


「ティー、ありがとう。おやすみ」


「師匠でしょ、おやすみなさい。私も今日は寝ようかな」


 なんか師匠がいつもと変わらない事に安心して僕は眠りについた。



 次の日、教会からロード枢機卿がしっかり迎えに来たので馬車に乗ってロイマリアの元へと向かった。


 案内されたのは教会の地下だった。


 階段を降りて短い廊下の突き当たりに扉がありその部屋の中は窓もなく完全に他と切り離されていた。


 ロードは部屋の前で別れ中に入るとロイマリアだけが待っていた。


「この様なところですまぬな、シュウはその姿を目撃した一部の兵士たちの間で魔王と呼ばれておるでな」


 そこはシンプルな長机と椅子しかない部屋で今僕たちはロイマリアが注いでくれた紅茶を飲みながら話をしていた。


「まずは礼を言おう、此度はこの聖都とそこに住む信徒達を守ってくれて本当にありがとう」


「まぁ僕たちは子供達と知り合いを守っただけですよ」


「それでも結果的には助けて貰ったことには違いない、この先ロイマリア教団は全面的にお前達に協力は惜しまん」


 そう言ってロイマリアは懐から木の箱を取り出して僕たちの前に置いた。


「これは他国で言う勲章のようなもんでな、聖印と言ってロイマリア教団での階級を示すものじゃ。此処にあるのは大司教と同じ階級を意味するもので何かあった時は遠慮なく使うが良い、帝国以外では役に立つはずじゃ」


「大丈夫なの?そんな大事な物ポンと渡して」


「構わん、それだけ世話になったと言うことじゃ」


 木箱を開けると中に入っていたのは濃い赤色で丸がいくつか重なったようなデザインになっていて、そこに金色で複雑なマークが入った金属でできたシンボルだった。


 それを師匠に手渡すと師匠はそのまま無造作に魔法袋の中に放り込んだ。


「それより頼んでいたものは用意できたの?」


「それは問題なく用意できたぞ」


 師匠がまるで悪代官の様な発言をしてロイマリアが懐から一通の便箋を師匠に手渡した。


「師匠何それ?」


「これはオークションのVIPパスよ、これがあればグリーンバーズのオークションに入ることができるわ」


 結界の遺物を何とかする代わりに手配をお願いしていたらしい。


「後は馬車も馬車屋が吹き飛んでしまったのでな、こちらで手配させてもらった。明後日には準備が済むじゃろう」


「何から何までありがとうございます」


「構わん何でも頼るが良い、ああ、それと明日は豊穣祭があるので子供達と参加してはどうじゃ?」


「こんな大変な時にお祭りをするの?」


「こんな時だからじゃよ、スタンピードを乗り切ったお祝いと被災者らの鎮魂と息抜きも兼ねておる」


「あとそう言えば、僕達が行った後の孤児院を頼むよ」


「その程度任せておくがよい」


 それから師匠が何か難しいシステムの話をした後、結界の魔道具の部屋へ行き師匠が何か設定を触り、また馬車で送ってもらい孤児院へと帰って来た。


「そう言うわけで、孤児院はロイマリア様が面倒見てくれる様になったよ」


「えええ!?そんな恐れ多い!でもありがとうございます」


 アメリーさんに泣いて喜ばれその日はご馳走を作ってお祝いをした。



 翌日朝ご飯を食べながら豊穣祭があるので教会に子供達を連れていく話をしていると師匠が口を開いた。


「私は今日城壁に取り付ける遺物の設定を頼まれたから、午前中はそちらへ行ってくるわ」


「了解、多分午後までいるから教会で合流だね」


 ご飯を食べ終わり師匠を送り出した後、子供達とアメリーを連れて僕は教会へ向かった。


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