第19話 腕と呪いとドラゴンと
激しい炎の熱と明かりに顔を照らされ、急激に酔いが覚めた僕は焦ってその辺の燃えていないゲルに入り武器を探す事にした。
「ナタくらいしか無かった」
でもよく考えたらナタでアレ何とかなるかな?無理だよね。逃げるにせよ何にせよ自分の荷物取りに行かないと、地図もほしいし。
急いで荷物を置いてあるラルゴのゲルへ向かうとラルゴと数人の部下が荷物を運び出していた。
「兄弟!どこいってたんだ!逃げるぞ!ドラゴンが飛んできた!」
「僕も見たよ!荷物を運ぶの手伝うよ!」
「おう!兄弟はこのゲルから荷物を運び出してあの荷車に積んでくれ!」
僕達はゲルの横の布もナタで切り開いて出口を大きくし、次々と荷物を何台かの荷車に積みこんで行き、その後数人ずつに別れてそれぞれ別の方向に出発していった。
今僕は林の中を四人の獣人達と一緒に荷車を引きながら走っているが気になった事を横にいるラルゴに質問をした。
「兄貴ドラゴンはどうなってるの?」
「ああ、何人か足のはえー奴が居るからな、そいつらが弓で引きつけてるはずだ」
「ドラゴンってそんなに出てくるもんなの?」
「あ?ああ、兄弟は別の世界から来たんだったな、ドラゴンなんて俺も初めて見たぜ、あんなもん天災みたいなもんだ一生に一度見るか見ないか、まぁ目が合ったら死ぬだろうけどな」
その時、月の明かりが急に届かなくなったので雲が出て来たのかと思い見上げると、頭上を大きな影が通り過ぎた。
次の瞬間僕たちの前に視界を遮る程の巨大な塊が音もなくふわりと舞い降りた。
見上げたその姿は光を全て遮る様な真っ黒な塊、巨大な死の使いだった。
その体の表面を覆う宝石の様な美しい鱗は艶があるのに、まるで光を吸収しているかの様に一切反射していない、そして広げた翼はまるでその向こうの景色を切り取ったように黒く、その輪郭しかわからなかった。
「くそ!やるしかねぇ!」
ラルゴがそう口にした時、月の光に映し出された宝石細工の様に美しい黒い闇に二つの光が生まれた。
その黄金色の光が僕たちを捉えると僕は息ができなくなった。しかし気がつくとそれだけじゃなく体も指先一つ動かせず、倒れる事もできない僕たちはただそこに置物のように立ち尽くした。
動けなくなってから瞬きする程の時間なのに何時間も経った様に感じていると、黄金色に輝く二つの光の下にゆっくりと赤い線が開き、その中には真っ赤な舌と鋭い牙が並んでいた。
動けない、ダメだダメだ!僕は大丈夫だけどラルゴ達が死んでしまう!動け動け動け動け動け!!
そう思いながら体に力を入れ続けたが次の瞬間、真っ赤に裂けた口が光ったと思ったら全てが真っ白な光に包まれていた。
熱い、息ができない!体が強張る!意識が痺れる!心まで焼かれる様な感覚が襲って来る!
ぐあぁぁぁあああああああああ!体の感覚がもう何も無いのにまだ焼き尽くされている痛みがあるぅあああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁ!!
短い時間なのか永遠なのかわからない時間が過ぎ意識が途切れ気がつくと朝になっていた。
起き上がろうと手をつくと自分の周りの土は溶けて凹凸が無くなってツルツルになっていた。
「あーいてて、どうなったの?ラルゴ達は?服もなんにもなくなってるし」
なんとか起き上がり周りを見渡すと昨夜と同じ場所に大きな金色の目が僕を睨みつけていて固まってしまった。
『やっと起きたか、貴様は何だ?なぜ私のブレスで消滅しない』
頭に直接声が聞こえて来た!えっ?!テレパシー?!
『煩い関係ない事を考えるな、今貴様の意識にチャネルを合わせて意識を共有している。もう一度聞く、貴様は何だ?なぜこんな所に居る?』
「いや、何者かって言われてもな」
『口に出すな、頭で考えろ、その方が早い』
頭でか、えーっと、何者かと言われてもな、うーん、僕は転生から今までの事を頭の中で考えた。
『そうか貴様は転生者か、その経緯もわかったし貴様の意思とは関係なくこの世界に落ちて来た事もわかった。だがしかし!不老不死とは面白い!これも何かの縁だ力をやろう』
突然すぎる!?えーっと、大丈夫ですよ?僕は平和に暮らしていきたいだけなんです。
『遠慮するな貴様には特別に呪印を授けてやろう、とびっきり強力な奴だ』
呪印とかめちゃくちゃ物騒な言葉が聞こえたんですけど?!
こちらの思考を無視してドラゴンはデカイ手の一本をこちらに向けると、その先に生えた鋭く長い爪がゆっくりと僕に近づいて来る。
咄嗟に避けようとしたが昨日の夜と同じ様に体が動かず抵抗することも出来ず僕の右の手首に突き刺さった。
「痛っ!くない?」
腕を見ると手首の甲側に二つの重なった三角形の中に目をモチーフにした刺青が入っていた。うわキモイなんか厨二っぽいなこれ!
『厨二とは何か分からんがそれは死老の呪印だ、その呪印は寿命と生命を使い発動する貴様の不老不死と反対の物だ。私の呪印とどちらが強いのか興味が有るだろう』
いや、あの、興味は無いです、出来れば戦いのない人生で生きていたいんですが、外してもらうことって出来ないですよね?
『貴様の寿命が尽きれば外れる、精々それを使いこなして私を楽しませてくれ』
あーダメかぁ、でもこれは何ができるんですか?
『私は古代魔法時代から生きる理の龍の一柱だ、そして時間と死を司る、あとは自分で何とかしてみろ時間だけはいくらでもあるだろう不死者よ』
教えてはくれないんですね仕方ないです。そう言えば何ぜこんな所に居たんですか?
『古代の盟約によりある神器を破壊している、先ほどもお前たちが引いていた荷車に積んであった』
あーだからこっちに来たんですね。
『そうだお前も私の呪印を授けたんだ神器を探せ、見つけたらその呪印を押し当てると良い、それにもし神器を見つければ褒美をやろう』
ちなみにその神器って言うのはどんな者なんですか?
『これが神器、別名キューブだ』
ドラゴンが手を前に出すと手の平には複雑な紋様が入った正方形の箱があった。
『その呪印を押し付けてみろ』
言われるがままに呪印を押し付けるとポロポロと箱が崩れて黒い粉になり風に吹かれて消えて行った。
そのとたん腕の呪印が熱くなり疼き出した。
「腕が熱い…」
呪印がわずかに発光してしばらくすると収まって行った。少し紋様が複雑になった気がする。
顔に近付けて紋様を見ていると紋様の目と目が合った。
「うわぁ!動いた!!」
『ふむ、アップデートされたな、これでお前の呪印は成長したその調子でどんどん育てるがいい』
「あ、ああ、はい」
思わず口に出して返事をしてしまったが手首の目の刺青が瞬きしている。これはずっと動いてるんですか?
『腕に力を入れ消えるように念じてみろ』
言われるままに右腕に力を入れ念じると目玉は一度こちらをチラリと見た後ゆっくりと瞳を閉じ線になり消えた。
「消えた」
『必要な時にまた現れるだろう、私はもう帰るお前も砦に行くんじゃないのか?』
意思を読み取っているので今後の予定までばっちりだった。
はい、そうですね、ちょっと地図やら何やらが焼けてしまったので迷子ですね。
『大丈夫だこの程度の地図なら呪印に聞け、たどり着けるだろう』
え、この目玉そんな事もできるの?!
『また会おう不死者よ、共に永遠を生きる存在だ必ずどこかでまた会うだろう、さらばだ』
ドラゴンが一度羽ばたくと音もなく遥か上空まで上がり、次の瞬間ロケットのような速度でどこかへ向かって一直線に飛んで行った。
しばらくぼーっとしていたがふと思いついた。
「そういえばラルゴたちは?!」
周辺を探したがすべて焼け野原と化し、焼け残った跡さえなかった。
「悪い獣人だったかもしれないけど僕にとってはいい人だったんだけどな」
少し感傷に浸り遺品は何もないが木を十字に組んでラルゴのお墓を作った。
「さて行くかな、呪印さん呪印さんどちらへ行けばいいんですか?」
聞き方がわからないのでストレートに呪印に聞いてみると手首の目が開き一方を見た。
「あーそんな感じでナビゲートしてくれるんだね、ぎょろぎょろしててちょっと気持ち悪いな」
そう言うと呪印の目が閉じてしばらく話しかけても現れてくれなかった。ちゃんと意思があるのかな?
それから七日間僕は呪印が指し示す方向にひたすら真っすぐ野宿しながら進み続けた。
「やっとついたよ!できればもう少し通りやすい道でお願いしたかった」
そこは標高何千メートルと有りそうな山をまるでカッターナイフか何かで切り取ったようにV字型に綺麗に切り抜かれた不思議な渓谷だった。谷の幅は五十メートル位ありサイズ感がでかすぎて距離感がおかしくなりそうだった。
そして砦はその手前で谷の出口をV字型に囲むよう建てられ、向こうからの侵入を拒んでいた。
「まるで石で出来たマンションだね」
僕が砦に向かって歩いていると向こうから何人かのリザードマンが槍を持って走ってきたので手を振った。
「お出迎えだ」
そう思っているのは僕だけだったみたいだ。
今僕は久しぶりの牢獄に入れられていた。
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