22.的場塞③

 四人の西山彰久は思った以上にうまくやっていた。

 弾弓はじめを射殺し、戦場へと戻ってきた佐武郎は「四人も増やせるのか」と驚いていた。異能者は自らの異能を晒す場合でも「切り札」を隠し持つことが多いが、西山彰久の場合はこれこそが「切り札」なのだろうと佐武郎は思った。


 以下、それぞれを便宜的にA、B、C、Dと呼称する。

 Aの鉄パイプが右腕に防がれる。左背後からBが首筋を殴打。的場の反撃をBは回避。正面からCが脇腹に打ち込む。しゃがみ込んだDが足を掬うように払う。Aの振り下ろす鉄パイプを的場は掴んで止めるが、すかさずBが横合いからタックル。的場の手は鉄パイプから離れる。Cが下から振り上げた鉄パイプは股間に直撃。的場でなければ大惨事だ。的場は次にCの鉄パイプを掴んだ。今度もそれを阻害するように背後からDが体当たりするが、的場はこれを躱す。鉄パイプからも手を離し、体当たりを外して姿勢を崩したDの頭部を的場は打ち砕く。これで一体、分身が消滅した。


 ちなみに、本体は戦いには加わらず二階から見守っている。これは臆病ゆえではなく、上から見下ろす視点を同時に得るという利点アドバンテージのためである。

 四対一という数の優位。それでいて、二ノ宮綾子には遠く及ばなかった。「囲んで棒で殴る」とはこのことだったが、「絶え間ない攻撃」とまではいかなかった。分身とはいえ被弾すれば消滅する。武器を奪われるわけにはいかない。結果、生じる隙で的場を「休憩」させてしまっている。

 的場の異能の連続持続時間はおそらく二分――これは、例えば二分の持続に対し二分の休憩を要するということ。つまり、一秒間異能を解除すれば一秒異能を持続できる。的場も対峙している最中、常に異能を発動しているわけではない。要は、自らが攻撃する瞬間、または攻撃を受ける瞬間だけ発動すればよい。攻撃が躱せるなら発動の必要はないのである。

 こうして的場は逐次「休憩」を挟み、継戦時間を延ばしている。すなわち、包囲攻撃によって二分間異能を使わせたとしても、その間に二分の「休憩」を挟まれていては意味がないのである。


 今の包囲で、果たしてその収支は取れているのか。佐武郎は支援のため二発ほど的場に対して撃ち込む。もちろん弾かれるが、「包囲されている」ことを意識させ全方位に警戒させ続けさせることで消耗させ擦り減らすことは期待できる。

 絶対無敵の異能を持ちながら、それに頼りきるのではなく瞬間の危機判断に基づきON/OFFを切り替える。今の銃撃を弾いたのも、音を聞いて発動させたのか、あるいは数秒ごとに呼吸のように切り替え、たまたま発動していたタイミングだったのか。

 そう考えるなら、的場は一瞬の気の緩みも許されない状況にある。その緊張感に身を置き続ける精神の消耗はいかほどか。

 だが、果たしてそれで勝てる相手なのか。電撃という決定打を失ったまま、ただ消耗を期待する戦術で勝てるような相手なのか。


(なっ……できるのか?)


 佐武郎は目を瞠る。「勝てるのか」という思いに応えるかの光景を見せつけられる。

 的場は西山彰久の一体を撃墜した。しかし、その補充はすぐに現れた。

 一体だけではない。二体、三体……そして、合計八体の西山彰久が的場を囲んだのだ。


(西山彰久とはそれほどの異能者だったのか……?)


 むろん、佐武郎も「ありえない」と断ずることができるほど西山彰久のことは知らない。態度こそ気弱で侮られがちではあるだろう。しかし、彼もまた生徒会執行部。確かな実力はあるに違いない。ただそれでいてなお、四対一の状態が単純に二倍になると考えると、あまりにと直感できた。

 すぐに佐武郎は考えを改める。生徒会にはまだ「駒」があるからだ。


(違う。少なくとも半分は〈幻影〉だ。最大で八体出せるならはじめから出せばよい)


 すなわち、最初の四体が西山彰久の限界であり、すべてが実体であると的場に認識させたうえで幻影をさらに四体加えた。即座にこの仕掛けに気づいたとしても、戦いの最中でどれが幻影かを見極めることは困難である。

 的場は鉄パイプを一つ奪い、二階に向かって投げつける。それは〈幻影〉の異能者を狙ったものだったが、そこにあった姿もまた幻影であった。その可能性は承知のうえ。だが、どれが幻影であるかを見極める余裕がない。ダメ元の投擲攻撃であり、それが案の定外れた。それでも、敵から武器を一つでも奪える。そんな「わずかな抵抗」を積み重ねることでしか、状況を打破する術がなかった。


(この組み合わせは思った以上に厄介だぞ……)


 そもそもが、一人で二人以上の異能者を同時に相手にするという状況が絶望的である。異能同士の組み合わせによる多彩な戦術に翻弄されることになる。ましてや、〈分身〉と〈幻影〉は相性がよすぎる。佐武郎が的場の立場にあったら――と考えると、悪夢としかいいようがない。


(だが、これで勝てるわけではない。的場は確実に分身を撃墜し、幻影も見極めつつある。そして幻影を仕掛ける側は、相手が幻影を解けているか判断できない――)


 そこまで思考を巡らせ、気づく。


(違う! 生徒会にはその手段がある。片桐雫がいる。であれば、的場が幻影をどれだけ解いているかを把握することができる……!)


 一対二ですら絶望的だ。しかし今は、一対八。

 火熾エイラの炎に囲まれ、西山彰久の分身に囲まれ、影浦亜里香の幻影によって翻弄され、その心理状況は片桐雫によって逐一把握される。佐武郎らを含む残りはほとんどただ見ているだけではあるが、的場にとっては心理的圧力プレッシャーとなっているだろう。


「片桐。どうだ」

「だいぶ苦しいみたいだね。火熾ちゃんの炎に囲まれてるせいで呼吸もしづらいみたい」


 鬼丸ありすはいつの間に二階へ戻り、右手で片桐雫、左手で影浦亜里香――〈幻影〉の異能者と手を繋ぐ。手が二本ある以上、鬼丸の異能は同時に二人に作用できる。〈幻影〉もまた大きく〈増幅〉され、その範囲や精度が向上していた。

 また、直接相手に触れれば精神を破壊するだけの〈幻影〉を流し込むこともできる。それはおそらく的場にも通用する攻撃ではあるが、手を繋いだまま接近するリスクが高すぎることから鬼丸は「最後の手段」として位置付けている。


「あっやば。伏せて」


 的場の内語を聴く片桐からの指示。直後、的場が西山から奪った鉄パイプを投げつけてきた。

 あらかじめ指示があったにもかかわらず、冷や汗ものの勢いだった。鉄パイプは背後の壁に深々と突き刺さる。精神的動揺ショックは大きく、影浦亜里香は〈幻影〉を解いてしまう。


「来るよ!」


 的場にはこちらの位置は特定できないよう幻影によってダミーをいくつも用意していた。戦いの最中では的場も幻影を解くことは難しかった。ゆえに、先の攻撃は当てずっぽうであり、それがたった二回で当たりを引いたのは「運がよかった」という他ない。

 そして、的場は幸運によって得た勝機を逃すつもりはなかった。

 次の瞬間には大きく跳び上がり、二階に陣取る彼女らに向けて拳を振り上げる。

 鬼丸は両手を離す。片桐、影浦は腰から拳銃を取り出す。空中にある的場の勢いを削ぐために撃てるかぎり撃ち込んだ。一方、鬼丸は壁に刺さった鉄パイプを引き抜き、両手で大きく背後まで振り上げ、腰を反り背筋を中心に全身の筋肉を総動員し、鉄パイプを投げつけた。

 その一投は、迫り来る的場の質量から慣性を奪うに十分な威力を持っていた。

 結果、再び的場は一階へと降り立つことになる。

 だが、的場もただ撃ち落とされたのではない。彼の手には再び鉄パイプが戻っていた。彼はすかさずそれを投げる。無造作な、腕力に任せた投擲だった。


「ぐ……っ!」

「ありす!」


 尖った先端を持つわけでもない鉄パイプが、鬼丸ありすの腹に突き刺さっていた。彼女は顔を歪め、片膝をつく。


(まずいな……)


 壊滅は避けられたものの、状況は悪化し続けていた。

 火熾エイラと鳴神ラヤによる包囲は弾弓はじめという隠し球に破られた。

 西山彰久と影浦亜里香による包囲も今、やぶれかぶれに近い投擲攻撃によって崩されてしまった。

 再び同じ態勢を構築することは難しい。〈分身〉は大きく体力を消耗する異能だからだ。本来は数秒間だけ姿を見せ敵を撹乱する異能であり、分身体を長時間維持し戦闘させるようなものではない。


「はぁ、はぁ……」


 すでに西山彰久は限界に近かった。滝のように汗を零し、呼吸は大きく乱れていた。それでも集中力によって包囲を持続していたが、的場が鬼丸らを襲撃する光景を目にしてそれも途切れてしまった。

 再び糸を繋ぎ直すには、休憩が必要だった。できれば数分。ただし、数分間休憩したところでもとのコンディションが取り戻せるわけでもないし、数分間も待ってくれるような相手でもない。

 西山は深く息を吸い、吐いた。三十秒と時間を決め、集中し、血流を意識した。肺から取り込んだ酸素が全身を駆け巡り、染み渡っていくイメージだ。「気の持ちよう」は極限状態を乗り越えるのに確かな手法メソッドである。


「よし」


 たかが三十秒、されど三十秒。異能者の戦場においてそれは大きな隙となった。

 その隙は、火熾エイラが埋め合わせていた。


「おらぁ!」


 着地する瞬間を狙って火熾は的場に直接〈発火〉を仕掛けていた。

 あのときは、いくらも隙を見せない的場にとても仕掛けることのできなかった攻撃。あるいは、これに成功すれば勝てるのではないかと思えた攻撃。

 今ではわかる。たとえ的場を直接発火しても、時間稼ぎにしかならないということ。的場の異能は〈剛体〉――あらゆる攻撃からの損傷を拒絶する概念装甲だからだ。


「んなっ」


 火熾は、的場が距離を取るものと思っていた。火をつけられてもダメージはない。とはいえ、攻撃され続けたくはないはずだと。

 逆だ。攻撃が鬱陶しいなら根元を断てばよい。追い詰められている的場にあとはない。燃え盛りながらも的場は火熾に向かって突っ込んできた。

 大慌てでこれを避ける。的場は何度でも追う。火熾はただ必死に逃げ回った。


「そこまでだ!」


 西山彰久の復帰が間に合う。四体の分身が再び的場を囲んだ。

 しかし。

 一瞬のうちに、包囲は霧散した。頭部を、頸部を、腹部を、胸部を。的場の拳は打ち抜き、分身を消し飛ばしていた。的場は、もはや西山の動きに慣れていたからだ。

 西山にとってそれは最後の力を振り絞った一手だった。しかしそれゆえに精度は低く、この結果だ。いま一度〈分身〉を発生させる余力はすでになく、立ち上がる力もなく膝をついた。

 的場はダメ押しに、鉄パイプを拾って投げた。西山はかろうじて防御が間に合う。両腕を掲げて頭部を守った。結果、鉄パイプは拉げ、両前腕は完全骨折、威力に抗い切れず西山は弾き飛ばされ、後頭部を壁に叩きつけられた。


(これが的場塞か。たった一人でこの包囲を抜けるつもりか)


 佐武郎はほとんど部外者面で戦いの推移を眺めていた。彼が的場に対してほとんどなにもできないのだから無理もない。弾弓という不確定因子を速やかに排除しただけで褒めてほしいとすら思っていた。


(……次は、俺か?)


 第二作戦まで瓦解した今の状況でなにができるのか。もはや打つ手はないように思えた。

 逃げたとしても許される気がしたが、すでに遅い。

 的場塞が襲ってきた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る