11.時計塔地下

「煉獄が生徒会と戦ってるときだけど……時計塔跡でデカい爆発があったよね。多分、そのときの穴だ」


 羽犬塚は煉獄を連れて「調べておきたい場所」にやってきた。

 かつて彼らが拠点としていた時計塔は見る影もない。代わりに、深い大穴が穿たれていた。


「爆発? なんかあったか?」

「いや、めちゃくちゃデカいやつだったと思うけど……聞こえてなかった?」

「覚えがない。二ノ宮に追い詰められていたからな。それどころじゃなかったんだろ」

「マジかー……」


 集中していたから聞こえなかった、というようなレベルの爆発ではなかったように思えるが、実際に聞こえていなかったというならそれ以上の反論は無意味だ。


「底、なにかあるね」


 気を取り直し、穴を覗く。コンクリート製の地下道のようなものが見えた。


「で、羽犬。これがなんだ」

「この爆発からしばらくして不正は起こった。つまり、“管理者”はこの先にいたんだと思う」


 それが羽犬塚の推理だ。


「つまり、今から“管理者”に直接会って俺はまだ生きている、これは不正だと直訴すると?」

「うーん。ランキングの不正操作が成功してる以上、もう殺されてるんじゃないかって思うけど……」

「ああ、そうか。だったらどうするんだ?」

「わかんない。とりあえず調べてみよう。えっと、降りるにはなんかロープとか……」

「いや、俺がいるだろ?」


 と、煉獄は羽犬塚の手を引いて穴へ飛び込む。着地の直前で〈念動〉を発動して減速した。


「うわわ、そういやそうだった。てか、登るときもいけるの?」


 言われ、煉獄は頭上を見上げた。首が痛むほどに見上げていた。


「…………ま、大丈夫だろ」

「ホントに?」


 若干の不安を残しつつも、調査を進めることにした。


「学園の地下に、こんなトンネルがあったなんてね」

「お前の異能でわからなかったのか?」

「俺の異能でわかるのは生物の気配だけだからね。ここを通る人がいればわかったかもだけど、卒業式中に使うことはなかったのかな。普段はそこまで神経詰めてないし」

「このトンネル、反対の方角は……」

「多分、発着場だね」

「なるほどな。そのための通路か」


 トンネルには規則的に照明らしきものが壁に埋め込まれていたが、電気は通っていなかった。省電力のため必要なときだけ作動させるのだろう。事前に懐中電灯を用意しておいて正解だった。


「扉だ。この先かな」

「人の気配はないのか?」

「ないね。全然だ。扉の先がめちゃくちゃ大部屋で700m以上あるっていうなら話は別だけど」

「俺が開けよう。なにか罠があったとして、俺が死ぬような罠などそうそうないからな」

「じゃあ頼むよ」


 煉獄はドアノブに手をかけ――るのではなく、ドアを吹き飛ばしてこじ開けた。


「……なにしてんの?」

「念のためだ。ドアノブに触ってビリビリ来たらいやだからな」

「静電気にビビってたの?」


 どちらかといえば、罠や待ち伏せより現場保全に気をつけるべきではないか、とも思ったが、煉獄が警戒するのもわかる。千人の部隊に囲まれ、生徒会に追い詰められ、ポイントを抹消された。未知の攻撃に晒され続けた。未知の場所へ踏み込もうものなら、同じく警戒するのは当然だった。


「これは……」


 通路と異なり、部屋はLEDライトによって明るく照らされていた。

 そして、壁一面のディスプレイに操作盤コンソール――あたかも端末を巨大にしたかのような装置が目に飛び込んできた。

 そして、装置に繋がる壊れた水槽カプセル。そこには子供の死体が複数の管に繋がれ宙吊りになっていた。呼吸器官に繋がれた管は酸素を供給し、消化器官には流動食を流し込まれ、排泄器官に繋がれた管は排泄物を処理する。おそらく、そうして生かされていたのだろう。

 今は、頭部を撃ち抜かれて死亡していた。内部を満たしていたであろう液体が血と共に溢れている。


「なんだ、こいつは」


 煉獄は鼻を覆った。死の匂いだ。


「“管理者”、じゃないかな。やっぱり死んでたけど……」

「こんな子供が?」

「わからないけど……死殺管理を自動化する仕組みがあったんじゃないかと思う。決して裏切らず、怠けることもない。それこそ一ヶ月くらいなら、休みなしで」

「うわ。とんでもねえな」

「なんにせよ、不正があったのは確かだ。俺は卒業できるから、この状況を説明すれば……」

「どうした?」

「……その程度で是正できるなら、この不正にはなんの意味もない」

「そうだな」

「これはルールにはない事態だ。ルールには、“卒業できるのは三年生でPt上位の五名まで”としかない。このルールが文字通りに遵守されるなら、煉獄はどうあっても卒業できない……」

「それは困る。なんとかならないのか?」

「とにかく、誰がなにをやったのか。まずはそれを調べないと」

「桜佐武郎じゃないのか?」

「だと思う。だけど、一人じゃない」


 羽犬塚は屈み、床を調べた。指で擦り、匂いを嗅ぐ。今度は立ち上がり、向かいの壁を調べた。


「血痕に弾痕。まだ新しい。争いがあった形跡がある」

「ふむ? やはりここには誰かいたのか? そこの子供だけじゃなく、軍の関係者か誰かが」

「わからない。少なくとも二人が争った跡だ。一人はここ、操作盤コンソールの前。もう一人は部屋の奥だ。こう……そう、その立ち位置だ。この位置関係で銃撃戦をしていたっぽい」

「どっちが勝った? どっちがどっちだ?」

「死体がないからね。なんとも……」

「勝った方が死体を片付けたのか? なぜ?」

「わからない。考えられるのは……たとえば、

「適当に撃ち合って、逃げたってことか?」

「そうだね。逃げたとしたら入口に近い操作盤コンソール側の方だろうけど……それを追いかけて、トンネルの向こうで決着した……?」

「奥にいた方がもともと部屋にいたやつだと考えるのが自然だよな?」

「いや、それなら侵入者は入口付近で撃ち合うはずだ。両者とも部屋の中で撃ち合っているのはおかしい」

「うーん、だとすると?」

「仲間割れだ。侵入者は二人。この部屋にはもともと誰もいなかった。その二人が撃ち合い、一方は逃走した」

「ポイント配分で揉めたのかね」

「かもね。問題は、あと一人が誰かだ」

「どちらにせよ桜佐武郎だな。そいつを捕まえて尋問だ。“もう一人”についてしらばっくれるようなら、そこになにかある」

「うん。今は範囲外だけど、森に逃げていったとこまでは把握してる。探しに行こうか」


 収穫はあった。ルールの失われた戦いに放り込まれながらも、彼らは彼らなりに適応しつつあった。

 だが。


「――?!」


 主導権イニシアティブを握っていたものにとっては、彼らの動きは予想通りのものでしかない。そして、その罠を仕掛ける時間も十分にあった。


 扉を開いたことで時限式の起爆装置が作動。

 そして、地下空間を崩れさせ埋没させるほどの爆薬が、起爆した。

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