10.深い霧の中で

「システムの不正操作によって星空煉獄と二ノ宮会長は死亡扱いの0Ptとなった。お前たちの目的は彼らを卒業させないこと。抹殺が不可能ならシステムを操作して0Ptとする。そこまではわかる。だが、彼らはまだ生きている。不正は明らかだ。その扱いはどうなる?」


 もっともな疑問だ。ランキングを操作したからといって、すべてが落着するわけではない。


「その先は国際政治戦パワーゲームの領域だろうな。不正があったにせよ、それを防げなかった日本が悪い――というような論法で、二人を学園の外へ出さない方針を各国は押し付けるだろう」

「不正や間違いがあった場合の規定は存在しないのか?」

「システム管理者――すなわち、日本がその責任を負うことになっている。だが、それが他国ロシアの工作によるものだった場合は話が別だ」

「だから今回の作戦には日本人おまえが必要だったのか」

「そうだ。今回の事件はただの日本人である俺一人によるもの。それがあいつらの描いた筋書きだ。……俺も、そのことに気づいたのは直前だったがな。俺がロシアから送り込まれた工作員であることは調べれば察しはつくだろうが、証拠は見つかるまい。ロシアは白を切るだろう」

「つまり、今回の不正がそのまま成立するかどうかは……お前次第ということか」

「そうだな」

「ならば、たしかに。殺しておいた方が丸く収まる」


 空気が、裂けるほどに張り詰めた。

 互いに身動き一つせず、しかし注意深く牽制しあっている。両者とも相手が信用できるのか測りかねていた。リッシュはその間でおろおろしていた。


「お前の目的は、卒業式を壊すこと――だといったな。なぜだ? 俺の目からは、お前は二ノ宮綾子を崇拝しているように見えた。なぜ生徒会を裏切った?」

「……私も、二ノ宮会長には恩があった。会長を裏切ることは心苦しくはあったが……それ以上に、彼女は卒業式を象徴する存在でもある。私は、もはや会長についていくことはできない」

「わからんな。恩がある……だが、恨みもあった?」

「恨みがあるというなら、この卒業式そのものだ」

「片桐雫か?」

「……そうだ。やはり、きっかけは彼女だ。片桐を直接殺害したのは魅々山迷杜だが……それ以上に、私の復讐心は卒業式そのものへと向かった。このような殺し合いを続けていればいつかはこうなる。わかっていたことだ。そして気づいてしまった。やはり、この卒業式システムだと」


 似つかわしくない強い言葉に、佐武郎は思わず感嘆を漏らした。


「お前もずいぶん躊躇なく殺してたじゃないか。瀬良もトドメを刺したのはお前だろ?」

「ああ。殺すのも殺されるのも……慣れはした」

「なるほど。お前は転入生だったのか」

「ん? なぜそう思う?」

「一般社会で生まれ育ち、まともな感性を持っていたが、学園ここに送られ、適応するために精神を擦り減らしてきた。そんなところだろうと思ってな」

「まるでカウンセラーだな」

『さぶろーも似たようなもんだからでしょ』

「……いちいち口を挟むな」

「なに?」

「いや……、お前の立場は理解した。卒業式システムには反感を抱きつつも適応してきたが、片桐の死をきっかけに決壊したと」

「要約するとそんなところだ。……他にもある。名前だ」

「名前?」

「この学園の生徒は、ほとんどが人工授精によって計画的に生産されたものたちだ。つまり、彼らの名は適当ランダムにつけられたもの。特に姓はそうだ。親がいるわけではないからな。そのうちで、明らかにものがいる」

「火熾エイラか」

「他にも、鳴神ラヤ、影浦亜里香、剣持ジェイ――命名は産まれてからすぐ……つまり、異能が判明する前になされる。つまりこれらの名は、どのような異能が発現するか事前に予想できていたか、あるいはコントロールできていたことを意味する。そして、極めつけは狂美だ」

「……ああ」

「彼女は。これは偶然か? あらかじめそのような人格になるよう操作されたものじゃないのか? 遺伝子組み換え、投薬、洗脳……方法は定かではないが、その目的は察しがつく。つまりは、〈不死〉という異能者を扱いやすい人格とするための実験だ」

「どうだかな。あれは扱いやすいか?」

「やり方次第だ。お前は“二十三人の子供たち”の一人だといっていたな。つまりお前も〈始原〉の異能者なのか?」

「ああ」

「できるのか、そんなことが」

「発現する異能の制御や予想か? さあな。俺は積極的にこの異能を使っては来なかった。他人を勝手に異能者にしたくはない」

「少なくともお前自身はできない、と」

「できないな。そもそも効果範囲も発動条件もわからん」

「そうか……」

「信用してなさそうだな」

「できると思うか?」

「いや。俺でも信用はしないだろう。名前についても、異能がわかってから改名したんだろうとも考えられる」

「それなら異能に因む名はもっと多いはずだ。というより、異能を予想しやすい名をつける実利がない」

「だったら、なぜだ?」

「遊び半分。私にはそのような悪意が感じられてならない。そうして生み出された異能者を……今度は“軍縮”と称して減らす。

「だから卒業式システムを壊すと」

「そうだ。できることなら、二度と復旧できぬほどに、根本から破壊したい」

「なるほどな……」

「だが、お前はどうだ」

「俺?」


 何気ない――だが、佐武郎にとって、それは心を抉るような質問だった。


(俺は、なんのために生きている?)


 リッシュのためだ。リッシュを異能者として目覚めさせてしまったから、その責任のために生きている。だが。


(俺は、リッシュのためになる生き方ができていたか?)


 ただ流されるまま、楽な方へと向かい、行き着いた先がここだ。金のためでもなく、任務のためでもない。思考を停止するための寄る辺はない。今やなんの指標もない。


「リッシュ。お前はどう思う?」

『え?』

「お前はどうしたい?」

『え? え? いや、その……目の前に人がいるのに……私に?』

「お前の意見が聞きたい」

『なんで私? 別に……さぶろーの好きにしたらいいと思うよ』

「俺の好きに、か……」


 鬼丸ありすは当惑していた。「実は三十歳を超えている」だとか「“二十三人の子供たち”の一人」だとか「イリーナを殺した」だとかも、彼女にとっては妄言と区別はつかなかったことだろう。ついには存在しない人物と話をはじめた。信頼を大きく揺るがせたに違いない。

 それでも、佐武郎はリッシュと話す。


「リッシュ。お前がしばしば指摘するように、俺は行き当たりばったりに生きてる。実のところ、なにも考えていない」

『知ってるけど……』

「今後もそうさせてもらう。それでいいか?」

『別にいいけど? ていうか、なに? 私がいやだっていっても別にどうこうできないじゃん。さぶろーがやりたいようにやるならそれでいいよ。私はただ、それを見てるだけ』

「お前にやりたいことはないのか?」

『私? うーん……』


 ずっと怖くて聞けなかったことだ。リッシュは、こんなふうに生きてきて、幸せだったのかと。今になっても、とても聞ける気はしない。だが、いつかは踏み込まなくてはならないと感じていた。


『楽しいことしようよ。佐武郎にとっても楽しいこと。第十三局でのスパイごっこって、楽しかった?』

「いや。楽しくはないな」

『だよね! 私も楽しくないな〜って思ってたよ。じゃあさ、さぶろーにとって楽しいことって、なに?』

「楽しいこと、か……」


 考える。そういうふうには生きてこなかった。だからわからない。なにを楽しみに生きるのか。

 だが、一つだけ。佐武郎のなかにも一つだけ、純粋な想いがあった。


「……話は、終わったのか?」


 突如として奇妙な独り言をはじめた佐武郎に、鬼丸はおそるおそる声をかけた。


。たしかにそうだ。俺にとっても、卒業式システムは気に入らない。鬼丸ありす、俺はその点でお前に共感する」

「……そ、そうか」

「だが、彼らはどうだ? 学園の生徒は殺し合うことに疑問は抱いていない。親しいものが殺されても“ああ、そうか”と思うだけだ。殺し合いをさせられている彼ら当事者は、卒業式システムの崩壊を望んではいない」

。私が気に入らないから壊す。それだけだ。あとのことなど知らん。それで社会が混乱するというなら、存分に混乱させてやる」

「くく。無法者テロリストだな」


 佐武郎は笑った。心から笑った。


「だが、具体的にはどうする? なにをするつもりだ?」

「まず確認だが、ランキングとポイントのシステムはどの程度まで破壊されている?」

「中核となる〈監死〉の異能者を殺害している。復旧は難しいだろう」

「だとすれば、ひとまずは生き延びることだな。星空煉獄や二ノ宮会長がどう動くか……」

「あれだけ息巻いておきながらノープランか」

「この先はルールのない戦いだ。だからお前を頼ることにした。卒業式の仕組みについて、私よりは詳しいだろうからな。だが」

「だが?」

「不安になってきた」

「くく。“見えないお友達”と話をしていたからか?」

「桜佐武郎。お前はいったいなんだ?」

「なに、と聞かれても困るな。ただ長く生きているだけだ。長くといっても、二十五年だがな」

「二十五年? 先は、三十を超えていると」

「この世に現れた当時に十歳前後と仮定しての話だ。肉体年齢としてはそんなところだろう。それ以前の記憶はない」

「……わからんな」

「ああ、俺もわからん。まあ、それよりもだ。質問の答えを聞いてない。“なぜ助けた?”――つまり、俺が味方になると期待していたからか?」

「そうだな。生徒会を裏切った私に、頼れるのはお前くらいだった。卒業式は崩壊したが……正規の期限まであと一週間弱。少なくとも、それまでは生き延びる必要がある」


 ここまで、互いに嘘はついていない。

 鬼丸についてもそうだろうと直感していたし、特に佐武郎は自分でも驚くほど嘘をつかずに真実を話した。だが、真実を話すほどに信頼できない人間性が露わになっていくようだと思い、自嘲した。鬼丸ありすはこんな男を当てにして革命テロを起こそうというのだから哀れに思う。


「当面の脅威は星空煉獄――というより羽犬塚明だな。今も煉獄に協力しているならすぐに見つかってしまうだろう。むしろ、なぜまだ見つかっていないかだ。自身は卒業確実、ポイントが0Ptになった煉獄は見放したのか……」

「いや。羽犬塚が星空を裏切ることはない」

「そうなのか?」

「ああ。そうだと、思い知らされた」

「だとすれば、もっと森の奥まで逃げておいた方がよさそうだな。いや、いっそのこと――」

「逃げる算段もよいが、まずは我々にできることを確認したい」

「できること?」

「私の異能は〈増幅〉だ。手を繋ぐことで、相手の異能を増幅することができる」

「ああ、知ってる」

「そして、お前の異能は〈始原〉だといったな」

「ああ」

「では、私とお前が手を繋いだとき――なにが起きる?」

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