12.生徒会④
「ミル。調子は?」
星空煉獄との決戦では十三名の重傷者が出た。多数の負傷者を収容しまとめて治療するため生徒会は大講堂室を保健室として改造し利用していた。簡易ベッドは机の上にシーツを敷く粗末なつくりであり、衛生上の観点からもよいとはいえないが、背に腹は代えられない。
二ノ宮綾子はそんな大講堂室=保健室に立ち寄り、今も伏せるその顔ぶれを眺め、手始めに有沢ミルに声をかけた。ベッドで寝込むときには彼女も自慢のツインテールを解いていた。
「んー、左足飛ばされちゃったけど、拾ってきてもらったから。愛子に頑張ってもらって、一応くっついてはいるかな。とりあえず、あと数日は経過観察」
「そう。無事繋がるといいわね。愛子は?」
「まだ寝てるわよ。というより、ようやく寝れるようになったって感じかしらね。私の足もそうだし、火熾も。怪我人という怪我人に血を分け与えてたからね」
「大変だったわね。エイラはどう?」
「あー、おれはダメみたいだ。愛子がだいぶ頑張ってくれたけど、おれの右手は粉々になっちまってて。止血のために傷口を焼いたのも裏目に出たな。今後は左手だけでやるしかねえっぽい」
「それは残念だったわね」
その後も、二ノ宮綾子はベッドで休む重傷者一人一人に声をかけた。うち、残りわずかな今年の卒業式で戦線に復帰できそうなものはわずかもいないことを確認した。
「私はもう、今年は無理そうね。あと数日で足を治してポイント稼いで……ってのは現実的じゃないし。留年かなあ。ていうか、そもそもポイントシステムってもう死んでるんだっけ?」
「どうかしら。私はもうポイントを得られなかったけれど」
「今日のランキングもまったく変動がなかったのよね?」
あれから二日が経った。
星空煉獄との決戦――そして、不正操作によるランキング大変動の決着から二日。
以降のランキング更新では、逆に一切の変化がなかった。「変化の少ない日」はこれまでに何度かあったが、「死者のまったく出ない日」などはこれまでにはなかった。ましてや終盤、あれだけの大事件が起こった直後、それも二日連続である。
なにより、ポイントが動くかどうかを確かめるために殺したはずの人物の名が、まだランキングに残っている。二ノ宮綾子が0Ptで死亡扱いゆえにポイントが得られないのだとしても、彼女に殺されたのなら少なくとも「自然死」として扱われるはずだ。
すなわち、ランキングシステムは完全に破綻している。そう判断せざるを得ない。
***
「で、どうしたらいいと思う?」
二人きりの会議室。
今や、執行部会議も出席者はただ二人のみである。
「佐武郎くんと鬼丸さんを見つけ出し、話を聞きましょう。なにが起こったのかを正確に理解しなければ、打つ手もありません」
二ノ宮綾子に問われて答えたのは、西山彰久だ。今やこの二人のみが活動可能な生徒会執行部である。彼もまた度重なる異能酷使で消耗し寝込んでいたが、外傷そのものはさほどでもなかったため、ひとまずは動けるようになった形だ。
「そうね。捕まえて拷問よね。ただ、佐武郎はともかく、ありすはなぜ私を裏切ったのかしら……」
「心当たりはないのですか?」
「ないわね。彼女には兵衛のポイントも与えてあげたし……」
「それこそ、理由は聞けばわかるでしょう。問題は彼らの居場所です」
「二人は行動を共にしていると思う?」
「どうでしょう。今回の仕掛けは、佐武郎くんと……イリーナ。つまりロシアの工作員による仕掛けです。鬼丸さんはそれになんらかの形で協力した形になるのでしょうが……」
「用済みで、もう殺されている?」
「その可能性もあります」
ランキング機能が停止している以上、ランキングによって生死を判断することはできない。
「ふふ。いつもだったら、こういう相談はありすにしていたのにね」
二日間動かずにいたのは、重傷者の治療中を護衛するためである。弱体化した生徒会を狙うものがいないとはかぎらなかった。ランキングの更新によりシステムの不調が知れ渡った以上、危険を冒して生徒会に突っかけてくるものもないだろう。
そろそろ動かねばならない。二ノ宮綾子はそう判断した。
「いずれにせよ、彼らを探し出す方法は……」
「図書館を頼るほかないでしょう」
「そうよね」
もとよりそのつもりだった。
主犯と思われる桜佐武郎が一位、協力者である鬼丸ありすが二位。
そして、三位に図書館の長谷川傑の名がある。
彼もまたこの件に関わっているのか、それとも巻き込まれただけなのか。その件について聞くこともあるし、索敵系の異能を持たない生徒会はそれを持っている図書館に頼るほかない。
「私は出るわ。留守を頼むわね、彰久。……あなたには、そうね。副会長に任命するわ」
「副会長? 僕がですか?」
「他にいる?」
「いえ……ですが」
「ありすはもう“敵”よ。なにか事情があったにしろね」
「つまり、やるということですね」
「ええ。裏切られて、舐められたままというのは、
***
「――と、いうわけで。桜佐武郎の位置を知りたいのだけれど」
図書館はすべての来訪者を拒絶していた。
窓を閉し、内側から黒いカーテンで覆われ外からは鏡のようであった。さらには、〈障壁〉という絶対的な斥力によって空気分子の一つすら侵入を許されない。
その図書館の前に、二ノ宮綾子は一人で立つ。
「知っているわよね? 知らなくても、探せるはずよ」
返事はない。
ただ、図書館は感知系の異能によって図書館近辺の様子を把握しているし、この声も聞こえていることを二ノ宮は知っていた。そして、絶対防御を誇る〈障壁〉の弱点についても。
ゆえに、彼女は図書館の前に腰を下ろした。
「無視? いいわよ。よい返事が得られるまで、ここで待っているから」
すなわち、持久戦である。
長谷川傑の〈障壁〉は四六時中展開し続けられるわけではない。図書館外部を監視し、近づくものがあれば随時展開するという方式で鉄壁を築いている。
つまり、こうして図書館の前で居座られ続けるだけで弱い。
もっとも、これまでの記録において〈障壁〉の最大持続時間は数日にも及ぶ。それだけの長時間居座ることは別勢力の的となるし、総合ポイントの低い図書館にそれだけの時間をかけるには費用対効果が釣り合わない。そのような判断で狙われることのなかったのが実情である。
そして、図書館にはそのような守りとは別に、大きな「武器」も持っている。
“返事が遅れましてすみません。それより、貴女にはよい情報があります”
「それより?」
情報である。それぞれの勢力に適当な情報を提供することで状況をコントロールする。それが図書館の戦い方だった。
図書館は声ではなく、〈障壁〉に文字を浮かび上がらせることで二ノ宮に返事をした。
“彼女の姿を見ないことを、貴女も気にされているのではないですか”
“つまり、君の妹――二ノ宮狂美さんです”
「それはそうね。その情報も聞かせてもらえると助かるわ」
“いいえ。急ぐことをオススメします”
“二ノ宮狂美は〈不死〉である。だから、どこでなにをしていたとしても心配ない――”
“そのように考えているのなら、大きな間違いです”
「……どういうこと?」
あえて迂遠に情報提供することで気を焦らせている。その魂胆が理解できた。〈障壁〉の弱点が持久戦であるがゆえに、相手を焦らせるよう仕掛けてきているのだ。
“ヴァディム・ガーリン。彼の異能をご存知ですか?”
「知らないわね」
“彼の異能は〈奪食〉です。すなわち、食べた相手の異能を奪う。いわば、「異能は一人一種」のルールを覆す存在です”
「食べる?」
“文字通りの意味です。血抜きし、解体し、調理し、食べる。人間を丸ごとです”
“彼はすでに多くの異能を奪い、さらに有用な異能を求めています”
“我々が把握するかぎりでも、〈縛眼〉と〈追憶〉――二つの異能がこの学園で奪われています。ロシアでもいくつかの異能を得ているはずですので、彼が保有する異能の数と種類については我々でも把握できていません”
「あなたたちでもそういうこともあるのね。たしかに強敵だわ。それで?」
“彼が次に狙っている異能は、〈不死〉です”
話は見えた。図書館が答えを示すより前に、少しの連想で辿り着く結論は予想がついた。
だが、彼女は平静を装った。結論を急がない。図書館の仕掛ける回りくどい話に、あえて乗った。
「そう。つまり、狂美はヴァディムに追いかけられてる?」
“いいえ。捕まっています”
「それは大変ね。狂美は食べられてしまうのかしら」
“そうなるでしょう”
「捕まったのは……あの日、時計塔が崩れた夜?」
“そうですね。二日前です”
「狂美はもう食べられてしまったのかしら」
“人一人を平らげるには、相応の準備を要します”
「二日以上?」
“ええ。ですから、まだ間に合うかもしれません”
「間に合う……」
“おわかりのはずです。ヴァディムに食べられたなら異能を奪われる。狂美さんの〈不死〉は奪われるのです。〈不死〉といえども、殺す方法はあるのですよ”
心臓を刺すような言葉だった。それでも、彼女は怯まずに、続けた。
「そう。で、私の質問には答えてくれるのかしら? 桜佐武郎はどこ?」
二ノ宮は動かない。身動ぎ一つせずに、同じ質問を浴びせた。
「傑。あなたも……ランキング三位で、五位圏内に入っていたわよね。この件に関してなにか関係があるのかしら。佐武郎の居場所を話そうとしないのはそのせい? そういえば……以前に図書館に的場のことを聞かせに行ったとき、佐武郎を指名したらしいわよね。そのとき?」
二ノ宮は畳み掛ける。嫌疑を被せる。これまで敵意を買わぬよう振る舞ってきたのが図書館だ。その図書館に対し、敵視の動機があることをちらつかせる。
「今回の事態は明らかに不正だわ。私はまだ生きてるし、煉獄もまだ生きてる。こういったことは初めてだからどうすればよいのかわからないけれど……たとえば」
すなわち、それは。
「ランキングに従って卒業するはずの五名――一人は佐武郎だからもともと卒業はできないけれど――その全員が卒業手続きに現れなかったら、どうなるのかしらね」
脅迫である。
“二ノ宮狂美さんが心配ではないのですか?”
しばらく待って、返ってきたのはそんな苦し紛れの言葉だ。
「桜佐武郎はどこ?」
彼女は、一歩も退かなかった。
“情報提供はやぶさかではありません。ですが、それは取引の形をとる必要があります”
“君は、我々になにを提供できますか?”
図書館も、安易に脅しに屈するつもりはない。
「そうね。じゃあ、あなたを殺さないでおいてあげるわ」
二ノ宮は臆面もなく言ってのけた。彼女は、もはやなりふりを構わない。
「あ。ごめんなさい。これは取引材料にはならないわね。あなたは――傑は卒業するのだものね。あと一週間ほど逃げ延びればよいだけ。私に適当に嘘を吹き込んでも逃げ切れそうね。だから……あなた以外を殺すわ。卒業式が終わった後でもね」
それは、図書館が仲間想いであることを狙ったものではない。むしろ、図書館は打算によって成り立つ一枚岩ではない組織だ。ゆえにその揺さぶりが通じる。長谷川傑の勝ち逃げを示唆することで内部分裂を誘う。
図書館の一員であり、最も卒業に近い樋上董哉のポイントが0Ptになっていることも確認済みだ。このことから、不正操作に図書館は関わっていないと二ノ宮は推測している。彼らはただ巻き込まれただけの被害者だ。だからこそ、そこを突く。
“申し訳ありません。彼の居場所は我々もまだ把握できておらず、捜索中です。最後に目にしたのは森の南部――その際、鬼丸ありすさんと合流しています”
「そう」
二ノ宮綾子は静かに笑んだ。
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