20.図書館⑤
双子の持つ異能は〈共感〉である。
その効果は両者間の感覚共有である。五感、思考内容、身体状況――どれだけ離れていても彼女らは互いのことが手にとるようにわかる。それだけだ。あえて異能を格付けするなら、かなり低い位置にあるのは間違いない。この異能を羨むものもまずいない。彼女らの持つ異能の情報が不明であったのも、地味で大したものでもなかったから――ということもできる。
だが、彼女らは強い。この異能は高度な連携を実現するからだ。
一人で十人の敵を倒すために、敵の十倍強い必要はない。敵一人に対しほんのわずかでも強ければよい。一人ずつ倒せばよいからだ。戦力集中と各個撃破の原則である。
ただし、高度な連携を実現する彼女らにそれは叶わない。
その強さを、ヴァディムは身をもって実感していた。
一方が猛然と攻め、もう一方が〈泡沫〉の発生しないギリギリの低速で攻める。あるいは高速で攻める方も〈泡沫〉に囚われる直前で止め、切り返す。その役割は不規則に切り替わる。重機関銃の援護なしにも刃先が幾度となくヴァディムを掠めた。
そして、やはりヴァディムの攻撃は双子には通用しない。縦に横に斜めに、一人ずつあるいは二人同時に、絶対致死の空間切断が、彼女らにはまるで通用しなかった。殺すのではなく欠損させる目的の攻撃でも同様である。切り落としたはずの腕も、次の瞬間には元に戻っている。
(一人を集中して刻んでも殺せず。二人同時でも殺せず。命ではなく腕や剣のみを断つも、やはり通じない……)
彼女らの不死性は、彼女らの異能によるものではない。
これは樋上董哉の〈契約〉によるものである。
彼の立会いのもと、双子の姉妹は互いにある〈契約〉を結んでいる。すなわち。
“甲の命あるかぎり、乙は死なない”
これを、剣を携えたまま交わしている。ゆえに、彼女らにとっては剣もまた身体の一部である。文面に則り彼女らを殺害するためには、彼女らを「同時に」殺害しなければならない。ヴァディムはすでにこれを試したつもりでいるが、これはミリ秒の時間差ですら許されない。時間差なく切断を実現する〈断空〉ならば、ヴァディムに対し双子が直線上に立つことでこれは実現できるが、その性質を理解し〈共感〉の異能を持つ彼女らに
樋上董哉はこの形の〈契約〉を「裏技」と呼び、可能なかぎり秘匿して運用している。この「裏技」のことを知るのは長谷川傑、樋上董哉、契約者である双子の四名のみである。
この状態にある契約者を殺すためには、〈契約〉の異能者である樋上を殺すのが最も手っ取り早い。ゆえに、樋上は後方の隠れた場所で潜む。その位置は、長谷川傑の〈障壁〉内が最も相応しい。
これが、樋上が図書館に所属する理由である。自らの異能を最も有効に活用できるのがこの戦術にあると確信しているからだ。
(〈縛眼〉も当然のように警戒されている。二ノ宮綾子ですら目を合わせなかった)
目を合わせている間、対象を拘束する異能。生け捕りに便利そうだと獲得したものだが、自身が狙って手に入れることができたということは、よく知られた異能であることを意味する。性質が知られているとこれほど
ただ、逆に言えば「目を合わせないよう」常に気を配る必要がある。そのために若干のパフォーマンス低下もあるだろう。「目を合わせることで得られる情報」は多い。それを遮断できるという利点もある。完全に無駄ではないはずだ、とヴァディムは気休めに思う。
(殺すこともできず、傷を負わせることもできない。だが、それでも……打つ手はある)
ヴァディムの強みは、これまでに奪ってきた異能の豊富さにこそある。殺せぬ敵を想定した無力化手段も持っている。それが〈睡手〉だ。対象の目の前に手を翳すことで絶対的な昏睡状態に陥らせる。許可を与えるまで決して目覚めることのない深い眠りだ。
これだけでも無力化は完了するが、さらには頭部を掴むことで発動する〈追憶〉で不死身の
(……だが、あの双子は死ぬこともないのに距離を取る。つまりは〈
(厄介な敵だ)
双子は、再び表情も変えずに襲いかかる。ヴァディムもこれを〈断空〉にて迎撃する。無意味であることは理解しつつも、繰り返すことで攻略の糸口見出すために。
そんなヴァディムの苦戦を、イリーナはスコープ越しに覗いていた。
第四棟三階。窓から構えるはKSVK――50口径対物ライフル。先にヴァディムを支援するため重機関銃の射手を撃ち、次に激しく動き回る双子を撃った。これまでの推移からおそらく通用しないだろうとは思ったが、狙撃という
結果、差異はない。ヴァディムの攻撃と同様に、意識外からの狙撃でも動じる様子はなかった。
(頃合いだな)
第四棟の各地で爆発音や悲鳴が聞こえる。あらかじめ設置していた罠が発動しているのだ。狙撃によって位置の発覚した
図書館から人員が出てくる気配はなかった。あらかじめ外に配置し待機させていた刺客がいたのだろう。つまり、
狙撃手は一度撃てばすぐに移動するのが鉄則だ。今回はヴァディムの推移を見守るために長居しすぎた。イリーナは銃を捨て、窓から外へ出る。そのまま腕の力で強引に飛び上がり、壁面から屋上へと駆け上がった。
「なあなあ、聞いてくれ。今朝よ、すっげぇ〜〜怖い夢見てよ……」
先客がいた。屋上へ上がることを予期していたのか、偶然か。気さくに話しかけてくるようでいて、図書館と無関係ということはあり得ない。イリーナを囲うように動き、罠にかかっていたのは彼女の仲間に違いない。
「おいおい、やめてくれよ。“他人が見た夢の話ほどつまんねえものはねえよな〜〜”って顔するの。わかるけどよ。ちゃんと臨場感たっぷりに話すから、な?」
炭化タングステン製の長槍を地面に刺し、体重を預けて寄りかかる。
ピアスをした女だった。左眉の上に二つ。左耳に四つ。右は流れた前髪に隠れて見えない。過剰にベルト装飾のついた革ジャンに身を包み、舌を出して笑う。ギザギザした印象の女だった。
――遠山
「寝起きがよくねえんだよな。心臓がバクバクしてさ。こう、なんていうか……巨大な猫ちゃんがよ……あ、ちなみにこの槍は煉獄ちゃんが捨てたのを拾ったんだぜ。いいだろ」
初対面だというのに妙に馴れ馴れしく無駄話を続ける女を、イリーナはゆっくりと注視した。
背後をとって好機だったはずが仕掛けて来なかった。
貫かれたのは、イリーナ自身の左肩であった。
「うおっ?! いきなり撃って来んなよな。正気か?!」
といいつつ、彼女に傷はない。確かに左肩を撃ったはずだが、代わりに傷を負ったのはイリーナである。つまりは、思った通りの迎撃型異能であったということ。だからこそ、イリーナは急所ではなく肩を撃った。
「遠山
記録を思い出す。最終ランキングでポイントは40Pt。七位に位置していた。二ノ宮狂美が脱落した今では六位になる。つまり、卒業圏内には極めて近しい。ただ、彼女の率いる“暗黒殺人会議”は六人からなる攻性の
「ん? おれを知ってんのか。あ、いやいや。待て待てその先は言うなよ。去年までは40Ptも稼いでおいて、なんで今年はビビったのか日和ったのかで全然動いてねえんだとか指摘するなよ。傷つくからよ。おれだって今年の卒業は目指したかったけど、あれこれといろいろ事情があってな……」
大方、図書館となんらかの取引があったのだろう。イリーナにとっては関心のないことだ。
考えるべきことはいくらでもあったが、イリーナは速やかに行動に移った。今度は銃を、敵ではなく自らの側頭部に向け、撃った。
「んべっ?!」
傷は反転し、代わりに遠山殺貴の脳漿が飛び散る。彼女は糸の切れたように崩れ落ち、地面に突き刺さった長槍だけが立ち残った。
遠山殺貴の異能は〈代傷〉――対象と受ける傷を入れ替える。相手の攻撃を受ければ相手が傷つき、自傷することでも攻撃できる。そして、これは任意にON/OFFの切り替えができる。
イリーナはそのすべてを理解していたわけではない。もともと知っていたのも顔と名前だけだ。そのような異能であることはすぐに察しはついたが、不明点は多かった。発動条件はなにか。対象はどのような基準で選ばれるのか。自らの傷を相手に移すだけか、あるいは互いの傷を交換するのか。
だが、イリーナはその検証をしなかった。巧遅より拙速を選んだ。考えを読まれぬうちに、乏しい根拠のまま動いた。結果、読みが当たった。
それは「賭け」だった。だが、イリーナはあくまでより「確実」な一手を打っただけである。もとより、拳銃で頭を撃った程度で彼女が死ぬことはないからだ。
イリーナは、遠山殺貴の槍を抜いた。
***
すでに九十回は切り刻んだように思う。
奥の街路樹はいくらも細切れになっているというのに、肝心の敵が無傷だ。
どれだけ繰り返そうとも双子は傷を負わず、一方でヴァディムは少しずつ掠り傷を負い続けていた。だが、ヴァディムも無為に攻撃を続けていたわけではない。
(同時、か?)
彼女らの動きからある傾向を見出していた。どれだけ〈断空〉で切り刻まれても死ぬことのないはずの双子が、避けようとする動きを見せることがある。直線上に立つ配置である。ヴァディムがその位置に回り込もうとする動きを彼女らは避けているように見えた。
(横薙ぎの〈断空〉では厳密な“同時”ではないということか)
片方が生きているかぎり死なない。同時に殺さねばならない。
ヴァディムはその仮説をもとに立ち回る。だが、仮にそれが正しかったとして勝負はこれからだった。高度な連携能力を持つ双子が、その立ち回りを許すはずがないからだ。
(このままじわじわと削られては、いずれ負けるな……)
イリーナのいる第四棟から爆発音が聞こえた。彼女も襲撃を受けている。援護は望めない。体力の問題もある。長剣を振るう双子に衰えは見えない。一方で、極度の緊張状態に晒され続けるヴァディムはわずかずつ消耗していた。二対一の状況が続くかぎり、敗北は時間の問題に思えた。
そのとき。
流星のように、「援護」が飛び込む。
槍である。
ヴァディムに仕掛けようという絶妙のタイミングで、上空から降ってきた槍が双子の片方を串刺しにした。心臓を貫き、地面に深々と突き刺さり、易々とは抜けない。
それはイリーナの示した答えだった。
同時に殺さねばならぬというなら、片方を「殺した」状態で維持すればよい。それから残るもう片方をこれまでのように断てばよい。残された少女は今さらのように目の色を変えて避けるが、ヴァディムが速い。最初の二振りは誘導。三振り目にて、断ち切る。
〈契約〉と〈共感〉で結ばれた二人は、そして死に別れた。
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