19.図書館④
図書館に所属する生徒は十一人。学内に存在する
その特徴は専守防衛であること。積極的にポイントを稼ぐ動きはほぼなく、館長の長谷川傑を中心に生存に徹している。ゆえに、卒業を目指しながら図書館に所属するものは少ない。例外は樋上董哉であり、彼が図書館に所属し続けているのは長谷川傑と相性のよい異能を持つからである。
そして、彼らは情報系の異能者を多く抱えている。生存志向であるならこの偏りは理に適っており、情報を独占するという強みゆえに暗黙のうちに図書館は不可侵の領域となっている。頼れば有用な情報を得られる。あえて強硬に襲撃しても得られる
(ロシアにも、似たようなチームがあったな)
図書館についての情報を聞いたとき、ヴァディムはそんなことを思った。二棟の校舎に挟まれた並木道を歩きながら、ヴァディムは一人その図書館へと向かう。道中にはところどころに戦闘の跡――爆発によって石畳が剥がれた跡が見られた。
そんな彼の前に、双子の少女が立ち塞がる。共に輝くような銀髪であり、背は低く、表情は乏しい。服装も共に質素な黒のワンピースドレスである。
二人は対になるように両刃の剣を構えている。身長に不釣り合いなほど長剣である。右の少女は左手に、左の少女は右手に。それは象徴的な彫像のようであり、そして彼女らは彫像のように微動だにしない。
奇異な光景であったが、それが彼女らにとって構えであり、臨戦態勢にあることをヴァディムは理解した。
「図書館からの迎えか?」
返事はない。せっかく日本語を「憶えた」というのに甲斐がないというものだ。
ただ、返事を聞くまでもなく彼女らの正体に察しはついた。図書館は目立った突出戦力を持たないが、強いて挙げるとすれば「双子の少女」がいる。彼女らは図書館のメンバーが外で活動する際に護衛として連れられる。特に樋上董哉と行動を共にすることが多い。
ただし、その異能は不明。実力のほども、指標となる戦歴が乏しい。
以上が、イリーナから聞いた情報である。
「…………」
構わず、ヴァディムは進む。見た目通りに剣を得物とするなら近接型だ。刃渡り120cmには及ぼうかという長剣だが、間合いが4mを超えることはない。
ヴァディムは悠然と歩む。「敵」の姿など見えていないかのように自然と、真っ直ぐに。30m、20m、10m……対し、双子も動かない。
(
疑念はあったが、それとは別に、ヴァディムは歩みの姿勢を崩さぬままに、手刀を振るった。右手で二連、目にも止まらぬ速度で振られた手刀は空を切り、速度に応じた直線上に空間を断った。
双子はその攻撃に反応する様子もなく、それぞれが真っ二つに、上半身と下半身が切り離された。あまりにも呆気ない決着にヴァディムは拍子抜けした。
が。
「なにっ?!」
双子が動き出す。
重々しい長剣を振り上げ、ヴァディムに向かってくる。ヴァディムは反射的に再び手刀を振るった。同様に、双子は両者とも切断された。今度は、首を狙って横に一閃。
しかし、彼女らは意に介さない。その殺意を保持したままに向かってくる。
むろん、だからといってヴァディムには届かない。ヴァディムには殺意から速度を奪う〈泡沫〉がある。勢いよく振り下ろされた長剣は空中で静止し、自由落下する。双子はすぐに跳び退いて距離をとった。
(切れていない……?)
確かに断った。そのはずだが、彼女らには傷一つない。傍目からは、ヴァディムはただ手刀で空を切っただけの間抜けに見えることだろう。
これが、彼女らの異能か。なんらかの不死性を持つ異能。疑問なのは双子の少女が二人とも同じ異能を持つように見えることだ。
(それに、彼女らは私の〈泡沫〉も知っている……?)
結果だけ見れば、彼女らの未知の不死性に意表はつかれたものの、その攻撃は完全に防いでいる。なにも知らずに突っ込んで〈泡沫〉に攻撃を阻まれた。そのように見える。しかし、だとすれば飛び退く対応が早すぎるし、表情にも変化がなさすぎる。もっとも、後者についてはそもそも表情変化の乏しい人形のような印象も受ける。
(私が
ありうる。ヴァディムはそう仮定して臨む。
(だとすれば、彼女らが用意しているであろう攻略法は――)
そして、その対策は。
思考を巡らせ、目の前の彼女らに注意を引かれていたため、ヴァディムはその背後の動きに気づくのが遅れた。
並木道の直線上の先。図書館の玄関前。
誰かが、黒光りする得物を構えていた。
Kord重機関銃。12.7mmの弾頭をベルト給弾で毎分約700発連射する。市瀬兄妹の置き土産だ。
射線上には
水平の弾雨がヴァディムに迫る。双子の少女を貫きながら、無数の殺意が。
むろん、だからといってヴァディムには届かない。ヴァディムには殺意から速度を奪う〈泡沫〉がある。超音速の殺意も泡に包まれ速度を失い、その場で自由落下しカラカラと音を立てて転がっていく。どれだけの数が、どれだけの速度で迫ろうとも、ヴァディムに届くことはない。
だが。
(まずい)
敵が、〈泡沫〉という異能の弱点に気づいているのなら。
ヴァディムは敗北しかねない。
超音速で次々に弾丸が迫るなか、双子は緩やかにヴァディムに迫っていた。
(やはり、図書館はすでに〈泡沫〉の弱点を理解している)
すなわち、一定速度以下であれば発動しないこと。刃物や絞め技であれば致死のために必ずしも速度は必要ない。
そしてもう一つ。発動のためには両足を地につけたまま固定する必要があること。無敵の防御を維持するために、ヴァディムは動けない。
(重機関銃から逃れるには泡がなくてはならない。剣から逃れるには足を離さねばならない)
〈泡沫〉という異能を攻略するにあたり、敵の打った手は完璧な回答といえた。重機関銃のためにヴァディムは動けず、動けぬために緩やかに迫る剣を躱せない。〈断空〉で迎え撃つにしても、双子を殺すことはできない。
(そもそもなんなのだ。彼女らの不死性は)
ヴァディムは二ノ宮狂美を食らうことで〈不死〉を手に入れた。だがそれは、厳密にいえば「死なない」のではなく「死んでも蘇る」というものだ。
一方で、彼女らは「死なない」。そのままに解釈するなら〈不死〉より遥かに強力な異能だ。
(それは考えづらい。なにか仕掛けがあるはずだ)
高速で思考を回転させる最中にも、次々に銃弾は迫り、双子の殺意が迫る。一人は首を狙い、一人は腹部を狙う。重さに任せて押し斬るだけでも致命傷に至るだろう。
(止めるべきは、双子ではなく重機関銃)
だが、あまりにも距離がある。これも計算のうちだろう。
ヴァディムは敗北を悟った。それでも、彼は冷静だった。〈不死〉ゆえ、それもある。ただ、一人なら負けていた――そう思ったからだ。
後方の狙撃手が、重機関銃の射手を捉えた。
結果――弾雨は止み、ヴァディムはただ下がって双子の剣を躱した。
***
「かーっ! あと少しだったんじゃねえのか?!」
図書館。樋上董哉はソファの後ろからその背に肘を落とし、軽く体重を預けて試合中継を眺めるように野次を飛ばしていた。ヴァディムとの交戦の様子は
「イリーナさんが動きましたね。第四棟の三階に潜んでいるようです」
一方、ソファにゆったりと腰を落として冷静な状況把握に努めるのは長谷川傑である。
「にしても長谷川よ。ロシア人どもはなぜ
「なにか、欲しい異能でもあるのかも知れませんね」
「あー、食うことで異能を奪うんだったか。実際、明らかに二つ以上の異能を使ってるみたいだしな」
「欲しがっているのは――おそらく、索敵系の異能でしょう」
「え、つまり僕?」
反応したのは、床に耳をつけべったりと寝そべる細目の男である。
「かも知れませんね」
「いやいやいやいや。適当に誤魔化すなよ長谷川。“かも知れません”で済む備えじゃねえだろ。二ノ宮をヴァディムにぶつけたがってたのも、いずれヴァディムが敵になるとわかってたんだろ? 異能が欲しいってだけならもっと早くに来てた可能性もあった。だが、お前は時期まで見越してた」
「我々を警戒して、〈不死〉を得てから万全の態勢で臨みたかったのではないでしょうか。現に、彼は死にかけましたから」
「……ヴァディムというより、敵はロシア人だろ?」
これ以上話をはぐらかすのはやめろと、樋上は声を低めた。
「ええ。これは私の抱える“秘密”に関わることです。彼らがいずれ
「“秘密”か。そういうことなら、そいつに立ち入るつもりはねえよ」
樋上はそっぽを向いた。長谷川は嘘と秘密に塗れた男だが、彼の抱える“秘密”については無闇に立ち入るべきではないと樋上も弁えていた。それが両者の間に交わされた「契約」だった。
「重機関銃で仕留め切れなかった時点で、ヴァディムさんを斃すことは難しいでしょう。しかし、足止めはできます。その隙にイリーナさんを斃しましょう。すでにあの方々には動いてもらっています」
「けっ。確かに強えよ。ヴァディムはな。だがな、あいつの持ってる異能は、あいつが持ってるという時点で、どれだけ無敵に見えようと一度は負けた異能に過ぎねえ。そうだろ?」
「そうですね。彼が手に入れているということは、彼が元の持ち主を斃したということになります。しかし――」
「
「かもしれません。ただ、ヴァディムさんを斃せたとしても、四十八時間後には復活してしまいますよ?」
「オーケィ。なら、何度でもだ。百回やったって負けねえよ。
樋上は不敵に笑む。長谷川は、静かに微笑む。
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