殺戮学園の卒業式

饗庭淵

一章

1.卒業式二日前

「まだ所属を決めてないの? もう二日前だよ」

「必要なんですか? それ」


 食堂。そこそこに人が入り、賑やかになっている時間帯だ。その一角で、二人の男女が丸机に向かい合って話していた。


「無所属の人もいっぱいいるけど、生き残るには組織に身を置いてた方がなにかと便利だよ~」


 両の手で頬杖を突き、女子生徒はにこやかに勧誘する。黒髪ショートボブによく似合う快活そうな表情を見せながら。

 ――片桐雫(三年) 生徒会・書記 19Pt――


「生き残るだけなら一人でも問題ないですけど」


 豪語する男は興味なさげに氷だけ残ったグラスを傾けている。対照的に、生気の薄い表情をした男だった。

 ――桜佐武郎(二年) 転入生・無所属 2Pt――


「へえ。自信家だね。でもさ、たとえばこの食堂……生徒会あたしらが占拠してんの」

「え?」


 いわれ、佐武郎は周囲を見渡す。

 そこはかとない視線を感じる。ほとんどが片桐雫と同じ服装、すなわち黒のセーラー服である。その制服は生徒会所属であることを意味している。


「それは大変ですね」

「大変だよ~。君がさっき平らげた親子丼もスパゲッティも生徒会あたしらが料理したものだもん。無所属だと寝食すらままならないの。今はこうして一般にも開放してるけど、卒業式がはじまったらもう立ち入れないからね」

「…………」


 と、視線の端に佐武郎は気になる影を目にする。

 黒ずくめの服装だが、生徒会の制服とは違う。白い肌。氷のように鋭く冷たい蒼い瞳。色素の薄い金髪を靡かせる長身の女。ただ立っているだけで異質な存在感があった。


「あの人? ロシアの留学生らしいよ」


 佐武郎の視線に気づき、片桐雫が答える。


「彼女も生徒会に誘ったんだけどねえ。断られちゃった」

「……やはり目立つな」

「気になる?」

「いや別に」

「ふーん」


 佐武郎は飲料が尽き氷だけになったあともボリボリと噛み砕いて喉の渇きを潤していたが、ついにはその氷すらも尽きてしまったことに気づく。


「それじゃ、このへんで」

「あれ? どこ行くの?」

「誘いをいただいたのはありがたいんですが、他のとこも参考までに。まだ時間はあるでしょう?」

「そうでもないと思うけど……」


 と、呼び止める声を背に佐武郎はさっさと席を立ち、離れていった。


「せっかちなんだが、のんびりしてんだか」


 ***


『ねえ』


 廊下を一人歩く佐武郎に声がかかる。


『どうすんの? さっきのとこでいいんじゃないの? 勢力的にも大きいみたいだし、せっかく勧誘もされたし』


 少女だ。

 背丈は佐武郎より頭一つか二つは低い。ただし、その声は佐武郎の頭上から聞こえていた。

 髪も肌も雪のように白い、一糸纏わぬ少女。

 彼女に質量はなく、重力を無視して佐武郎の背後を霊のように付きまとっていた。


「そうだな。情報網は期待できる」

『じゃあさっさとOKすればよかったのに。慣例として最大五十人くらいまでしかとらないって聞かなかった?』

「どっちにしろ補欠みたいなものだ。すでに五十人は埋まってる。逆にいえば、だからこそ焦る必要はない」

『そうかなあ。補欠でも早い方が有利じゃない?』

「組織に所属していない今でないとできないこともある」


 佐武郎は掲示板の前に立ち止まる。人員を勧誘するポスターを見比べるためだ。


「思ったよりあるな」


 テニス部、サッカー部、アメフト部、将棋部、手芸部、美術部などの部活動から、名前だけでは得体の知れない組織チームもあった。もっとも、部活動といっても卒業式がはじまればその活動を続けられるわけでもないだろう。

 佐武郎は適当に目星をつけ、その拠点へと足を運んだ。


 ***


「君は転入生だったか。ならば、知らないことも多いだろう」


 出迎えたのは二人の男と一人の女だ。小規模な組織であるだろうし、あるいはこれで全員かもしれない。応対するのは中央に座るやや太めの男である。

 拠点は小さな談話室である。本棚には古びた漫画が並び、冷蔵庫はところどころ錆ついている。ガラス製のテーブルを挟んで互いにソファに腰掛け、歓待としてポテチの袋が広げられた。


「まあ、はい」


 ポテチを一切れ摘まみながら佐武郎は答える。


「うむ。そうだな。まず、この学園には三大勢力というものが存在する。“メテオ”、“生徒会”、そして“図書館”だ」


 現状、佐武郎にとって聞き覚えのある組織チームは生徒会だけである。


「メテオは最強の勢力だ。人数はたった五人だが、ランキング上位はほぼ彼らで占められている。彼らは新規にメンバーを募集していない。というより、全員三年生だからな。今年で卒業するつもりだろう。

 次に生徒会。規模としては最大の勢力だ。人数は五十人。多くの施設を占拠しており、生存率も高い。ポイントも積極的に稼いでいる。入るならメテオより望みはあるが、もう空きはないだろう」

「そういった数字はどこで?」

「“端末”だ。ただし、端末で確認できるのは個人のランキングだけだ。どこに所属しているか、というのは彼ら自身の自己申告。メンバーの名簿を公開し、服装の統一やシンボルの誇示で組織の一員であることを示す。手を出せば仲間からの報復があるという示威宣伝だ」

「端末……これですか?」


 と、佐武郎は左手首に巻かれた腕時計のような装置を示す。転入時に支給されたものだ。


「ああ、すまない。言葉が足りなかったな。それでわかるのは自身のポイントだけだ。他人のポイントを確認するには各所に設置されている大型の端末を使う。一日一回ランキングが更新され、その情報は戦略を定めるための重要な指針となる」


 実物を見ないことにはわからないが、おそらく銀行のATMのようなものだろうと佐武郎は考えた。


「そして、その端末の占拠が組織の最低条件ともいえる。端末を持たない組織に所属する意味はほとんどないからね。もちろん、我々も一つ端末を保有している」

「失礼ですが、あなた方のポイントは?」

「私は18Pt。右の彼は15Pt。左は16Ptだ。いずれも20P以下tではあるがね」

「つまり……先輩はこれまでで十七人殺したということですか?」

「必ずしもそうじゃない。ポイントは引き継がれるからだ。たとえば、五人を殺して5Ptを得ているものは自身のポイントと合わせて6Ptを持つ。その彼を殺せば私は6Ptを得られる。さらにいえば、なにもしていなくとも基本ポイントとして二年は2Pt、三年は3Pt持っている。一年生き延びるたびに1Pt増えるわけだ」

「なるほど」

「悲しいことに我々は弱小チーム。仲間は多ければ多い方がいい。我々のようなチームでも組織に所属しないよりはした方が生存率は遥かに高い。どうだ、我々の仲間にならないか」

「もう一ついいでしょうか」

「なんだ」

「あなた方の戦略は? 卒業を目指すのですか? たとえば……メテオや生徒会の上位ランカーを狙って、一発逆転を狙うといった考えは?」

「おい、テメ、まだ仲間でもないヤツにそんな――」


 佐武郎の不躾な物言いに、隣の男が横槍を入れる。中央の男はこれを制止し、話を続けた。


「うむ。君だったらどうするね」

「まあ、順当に考えれば……メテオと生徒会が潰しあうまで様子を見ますね」

「我々もそのつもりだよ。卒業は上位五名の三年生のみ。今年は生き残れれば御の字だろう。留年は覚悟の上さ」

(……烏合の衆だな)


 佐武郎としてはここに所属する気は毛頭ない。向こうも、このような誘い文句で乗ってくれると思っているのか甚だ疑問だ。


「まだなにか質問はあるかね。答えられる範囲で答えよう」

「いえ。このあたりにしておきます。今日はいろんなところを見て回ってるんです」

「おいおい。もう二日前だぞ」


 と、言葉が終わる前に佐武郎は去っていった。


 ***


『なんで? もっと話を聞いておいてもよかったんじゃない?』


 全裸の少女は、羽根のような身軽さで佐武郎の周囲をフワフワと浮きながら問いかける。


「相手は異能者だ。無警戒に接触時間を延ばしたくない」

『ええー。話してただけじゃん。というかポテチ食べてたじゃん! 警戒するならそっちじゃない?』


 ペッ、と佐武郎は口に含んでいたポテチの切れ端を吐き出す。


「口に含んでただけだ。毒ということもないだろうが、なんらかの異能の発動条件ということはありうる」

『ありうるー? さすがになくないー?』

「……やはり、生徒会だろうな」


 しばらく逡巡して、佐武郎は生徒会の拠点となる大講堂に足を運んだ。


「あ、サブローくんじゃん。やっぱり生徒会うちに入るんだ?」


 手前の路で声をかけられる。聞き覚えのある声だ。額の開いた黒髪ショートボブ。快活そうな表情。黒のセーラー服。片桐雫である。


「片桐先輩……でしたか」

「わ。名前覚えてくれたんだ。うれしーな」

「つかぬことを伺いますが、生徒会って端末をいくつ占拠してるんですか?」

「端末? うーん、たしか四つくらい? たぶん一番多いよ」

「学園全体で端末はいくつあるんですか?」

「二十三個とか聞いたことある気がするけど。それが?」


 端末の保有数は組織の力の大きさを意味する。生徒会はやはり巨大な組織なのだろう。勧誘を受けたことを光栄に思うべきなのかもしれない。


「わかりました。生徒会に入ります。五十人以上になるとは思うのですが大丈夫なのですか」

「だいじょーぶ! 五十人っても単なる目安だし、どうせ何人か死ぬから。サブローくんも五百人以内くらいなら入れると思うよ」

「そんなものですかね」


 卒業式の主役は三年生だ。ただし、式には一年生も二年生も参加することになる。

 すなわち、卒業生を送るための「贄」として。



【卒業式 基本ルール】

・卒業式は年一回九月、または九月~五月の間までに生徒が千人以上になったとき開催される。生徒が千人に満たない場合、その年度の卒業式は行われない。

・全校生徒が五百人以下になるまで式は継続する。

・期間は最短で一ヶ月。その期間が終わるまでは五百人より少なくなっても式は継続する。

・一ヶ月経過以降は、五百人以下になった八時間後に式は終了する。

・基本ポイントは一年生1Pt、二年生2Pt、三年生3Ptである。つまり、進級するごとに1Pt与えられる形になる。留年した場合は三年生の扱いが継続し、そのたびに1Pt増える。

・式の期間中に生徒を殺すことで対象の持っているポイントを奪うことができる(式の期間外での殺害ではポイントは得られない)。

・卒業できるのは三年生でポイント上位の五名までである(二年生以下や留学生が五位圏内に入った場合、卒業枠は減ることになる)。

・卒業には最低でも20Pt以上必要である。

・一年生、二年生はポイントを稼いでも卒業できないが、得たポイントは来年以降に持ち越せる。また、ポイントは高ければ高いほど武器などの特典が得られる。

・自身のポイントは支給された腕時計から確認できる。

・ポイントのランキングは一日一回午前六時に更新され、各所に設置されている端末で確認できる。

・指定範囲外への脱出は卒業資格を失うことになる。

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