7.一昨年の卒業式
当時、“サンダー”という
構成員は三十名。彼らはそのままランキング上位三十位までを占めていた。これまでの卒業式の歴史でも、明らかにバランスの崩れていた時期だった。
その
彼の異能はその名の示す通りに「雷」――「電撃」なとという表現に収まるものではなく、「雷」である。
個人が、災害を保有していた。
それは単なる破壊の力だ。ただ、その出力が桁違いだった。「電撃」を扱う類例の異能者は他にもいたが、彼は圧倒的な力で他を寄せつけなかった。
彼以外にも強者は大勢いた。それでも彼には到底及ばなかった。
彼に挑み敗れたもの。彼に媚び付き従うもの。彼に許され認められたもの。彼から命からがら逃げ延びたもの。
いくつかに分類はできたが、「彼に勝てたもの」は一人もいない。
暴虐。意味もなく落雷を発生させては、大勢が死んだ。現在、旧校舎と呼ばれる区画は彼による破壊が原因となっている。
学園の生徒は彼を嵐のようだと思った。過ぎ去るまで待つしかない。彼が卒業してしまえば、来年は比較的穏やかな卒業式になるはずだ。
その希望も、より大きな力の前に消し飛ばされる。
平塚雷獣が死んだ。
サンダーに所属する三十名が次々に殺されていった。
多くの生徒が嵐から逃れるように隠れていたため、その様子を直接目にしたものは少ない。それでも、更新されたランキングを確認すればなにが起きたのかは一目瞭然だった。
星空煉獄。
平塚雷獣がいたはずの位置に並ぶ名。
平塚雷獣が持っていたはずのポイントをごっそり手にし、三十位まで名を連ねていたサンダーの構成員も半分以上が消えていた。
誰もが彼を知らなかった。誰もが彼をその日に知った。
星空煉獄という一年生が平塚雷獣を斃し、新たな「王」となった。
「死にたくない……死にたくない……」
そんな混乱のただなかで、少女は震えていた。もはや校舎としての体をなしていない廃墟の片隅。崩れかけている柱を背に、膝を抱え、蹲って、嗚咽を吐き涙を流している。
「大丈夫だって。多分。ね」
隣で同じように腰を下ろしていたもう一人の少女は、泣きじゃくる彼女の手を握りながらにこやかに声をかけた。
「なんで……そんなに落ち着いて……?」
「あたしだって死にたくはないけど、泣いて怯えるのはありすがやってくれてるから。あたしはいいかなーって」
「なにそれ」
「それにほら、手を握ってたらあたしたちは無敵だから」
鬼丸ありすは、眼鏡を外して零れ落ちる涙を拭った。
「わかった。私も、ちょっと落ち着いたと思う。ありがとう片桐」
「え、落ち着いちゃったの? もうちょっと泣いててもよかったけど」
そういう態度に救われている、と鬼丸は思う。声には出さなかったが、これも伝わってしまうのか。気恥ずかしくは思う。ただ、相手が片桐雫であればすべてを晒しても惜しくはないと、そうも思えた。
「にひひ……逆にこっちが恥ずかしくなっちゃうな」
「いちいちコメントしなくていい」
「これだけ近いと聴こえちゃうもん。手を繋いでると、より鮮明に聴こえる気がする」
「その情報も要らない。その力は索敵に使って」
「わかってるって。今んとこ、範囲内にはあたしたち以外には誰もいないかな。二人きりだよ」
「お前は……」
「なに? 言いたいことがあるなら言って? いや言わなくてもわかるけど」
「一応、忠告しておくが……お前はもう少し自分の異能を隠す努力をした方がいい。一方的に相手の思考を読めるというのがお前の強みだ。気づかれればその強みは半減する」
「うんうん。考えてること指摘されると恥ずかしいもんね」
「だから……」
「しっ! 誰か来るかも」
暴君・平塚雷獣の死は、むしろ状況を混乱させた。
新たな王・星空煉獄はサンダーの残党を一通り始末すると、ひとまず満足したのかその活動は緩やかになった。すでに大勢が死んでいたが、卒業式はまだ終わらない。一ヶ月が過ぎるまでは卒業式は終わらないルールだからだ。
今の好機を逃す手はない。平塚雷獣とサンダーのために埋もれていた強者たちが一斉に動き出した。
平塚雷獣がいる以上、今年の卒業は難しい。
だが、彼は斃れた。であれば、留年してしまう方が危険だ。
来年には星空煉獄がいる。
彼がポイントをひとまとめにしてくれたおかげで、今は四つも「枠」がある。
星空煉獄が再び動き出す前に卒業式を終わらせ、今年中に逃げ切る。彼らはそう目論んだ。
「いるな……獲物の気配だ」
増幅された片桐の範囲内に足を踏み入れたのは二人の男である。いずれも三年。ポイントこそ低いが、それは平塚雷獣の影に隠れていたからにすぎない。彼ら自身は、今からでも追い込みをかければ「卒業単位」に届きうると自負している。
「こんなところに隠れてるってことは一年じゃないか? ポイントは期待できないと思うが……」
「ほっといても他の誰かに
「それもそうか。たかが1Pt、されど1Ptだな」
男の一人は索敵系の異能を有していた。ゆえに、標的の位置が正確にわかる。だからこそ、この会話は聞こえていないと思っていた。
ただ、片桐には聴こえていた。脅威が近づいているのもわかっていたし、会話の内容から索敵系の異能を有しているのだろうということも把握できていた。
「に、逃げるか……?」
「んー……。敵は二人。どっちも三年。好戦的。一人は索敵系」
片桐は早口で得た情報を共有した。鬼丸はその情報から最善手を模索する。
増幅されてはいるが、片桐の射程は30m。索敵に特化した異能であれば範囲はもう少し広いことが多い(と、授業で習った)。
そして、三年というだけで実力は高い。二人というなら数でも優位性はない。片桐も鬼丸も互いに戦闘向けの異能ではない。
(勝てる見込みは薄い。だが、逃げることも……)
逃げれば、その先にまた別の脅威がいるかもしれない。手を繋げば片桐の射程は30mも伸びるが、手を繋ぎながら走るのは二人三脚に近い。それぞれに分かれて逃げればどちらかは助かるかもしれない。だが、「その先」がない。
様々な考えが錯綜し、動けない。
はじめて放り込まれた卒業式という殺し合いの場で、最適な行動が導き出せない。
授業も真面目に聞いていた。異能についても調べた。シミュレーションも重ねた。だが、そのすべてがどこかへ吹き飛んでしまった。
「お、いたいた。二人。女だ」
グズグズしているうちに、二人の男はすぐ背後にまで迫っていた。
「動くなよ。俺の異能は、範囲内の動いたやつに襲いかかる」
それが真実かブラフかはわからない。だが、「動かない方がいい」という口実を与えられただけで、もはや鬼丸は動けない。敵の狙いもそこにあった。
「嘘だよ。逃げよ」
だが、片桐は違う。片桐からすれば言葉で異能のブラフを仕掛けてきたことは自爆に近い。同時に真実の言葉がその内に浮かび上がるからである。
「なっ……てめえら!」
片桐は鬼丸の手を引いて駆け出す。敵の持つ異能が二人とも把握できた。これならば逃げ切れる。片桐はそう思った。
「前に……もう一人!?」
片桐は足を止めた。姿こそまだ見えないが、物陰の向こうに誰かがいる。背後の二人もすぐに追いついてきた。
「あーあ。まさか挟み撃ちにされてたなんて」
「思ったより鋭いな。そうだ。逃げても無駄だぜ」
男も、索敵系の異能により「もう一人」が近くにいると気づいていたのだろう。だから動いては欲しくなかったし、「挟み撃ち」と聞いてすぐに「その通りだ」と嘘をつけた。
むろん、それは片桐には通用しない。
前方の「もう一人」は彼らの味方ではない。第三勢力だ。であれば、そこに望みはある。
「ありす。行くよ」
片桐は再び駆け出す。敵の敵が味方になるとはかぎらない。それでも、生き残る確率が少しでも高い方を選ぶ。戦場では、決断の「正しさ」より「速度」が重要になる局面が存在する。
「あら。女の子が二人と、それを追いかける男が二人。どちらが悪者かは一目瞭然ね」
その影も、自らに向かって駆けてくる存在に気づいた。
電光石火。一瞬の出来事だった。
「おい、てめえ……?」
異変に気づき、先に声を上げたのは男たちだった。
前にいたはずの「もう一人」がいない。いつの間にか、その存在は背後にいる。
それだけではない。なにかが、身体を通り抜けた感覚が確かにあった。
「なんっ……だ……?」
わからぬまま、上半身がずれ落ちていく。あるいは、首の据わりが悪い。
斬られたことにも気づかずに、二人の男は崩れ落ち、肉と血の塊となった。
「? ……???」
片桐と鬼丸、二人が異変に対し疑問符を抱けたのはもう少しあとだ。
二人が感じたのは風である。あまりに一瞬の出来事に認識を処理しきれず思考が停止していた。それでも二秒に満たない時間だったが、彼女が敵意を持っていたのなら致命的な忘我だ。一度や二度ではない。数回は殺されていた。そう思えた。
「なに? なにが……いったい、なに……?」
鬼丸は振り返り、追っていた男たちが死体になっているのを見た。その原因となったであろう、刀を携えた女の姿も見た。濡れたように美しい黒髪を靡かせ、漆黒のような黒セーラーに身を包む、美しい女性だった。
「ポイントは……二人とも一桁? 案外大したことなかったわね……」
「あの」
おそるおそる声をかける。
直感が告げていた。先の二人の男など比較にならないくらい、どうにもならない相手だと。逃げることも戦うこともできない。ならば、「敵意のない存在である」というなけなしの希望に賭けるほか、生き残る道はあり得なかった。
「あなたたちは一年ね。えーっと、その、怯えてる? 心配しないで。助けたのよ」
鬼丸はチラリと片桐の顔を伺う。嘘をついているならわかるはずだ。ただ、片桐は呆けたように、刀の女に見惚れていた。
「私は二ノ宮綾子。二年よ。なんといえばいいのか……私も、一人では限界を感じていたのよ。生徒会って知ってる? サンダーが崩壊した今、最大の組織よ。というわけで、そうね。あれを乗っ取って、もう少し大きくしようかと思うのよ」
二ノ宮綾子は、優しく、妖美に微笑む。
それだけで、千の言葉を並べるよりも優る訴求力があった。「協力してくれるわよね」との言葉を待たずに、二人の少女は、二ノ宮綾子に付き従うことを決めた。
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