2.卒業式前日

 突如、爆音が鳴り響く。

 ちょっとした規模の爆発事故――否、故意による「事件」だろう。爆風による火傷、または石畳の破片が突き刺さり、重傷を負い呻く怪我人は多数。ただし死者は出なかった。


 ***


「なんだ?」


 佐武郎の耳にもその音は届いていた。校舎の影に隠れていたが、彼の位置からでも微かに立ち上る煙が見えた。


「殺さない程度の奇襲ね。卒業式が近づくとよくあるのよ」


 疑問に答える声は、黒髪に黒衣、微笑みの絶えない端正な顔立ちの女だった。

 ――二ノ宮綾子(三年) 生徒会・会長 34Pt――


「桜佐武郎ね。あなたを勧誘したのは他でもない、転入生だからよ。なにせ、情報がないもの。敵に回すよりは味方にしておいた方が安心だと思ったのよ」

「ずいぶん率直におっしゃりますね」

「こういった思惑を隠しても仕方ないし、味方に引き入れた以上は明らかにしておいた方があなたも信用できるでしょ?」

「……俺の異能は話しませんよ」

「ええ。正直、私も五十人全員の異能など把握できないし、詳細まで把握しているのは信頼しあった側近だけ。そのあたりの情報管理は細かく班を分けて行っているのよ。全員が全員の異能を知っていては、一人捕らえられるだけで情報がすべて漏れてしまうもの」


 集められたのは大講堂室。それこそ五十人程度で席を埋めても空きだらけの規模だ。最大でなら千人以上――すなわち全校生徒を収容できるだろう。今日は顔合わせも兼ね、おそらく生徒会に所属する全員が集められている。佐武郎はざっと見渡し、顔ぶれを確認する。


「……女子ばかりですね」

「私の趣味よ」


 悪びれもなく二ノ宮会長は答える。


「俺は唯一の例外?」

「そこまではないわね。男女比はせいぜい1:9かしら」

「五人しかいないってことですか」呆気とられる。気になることは他にもあった。「ところで、黒セーラーばかりなのは?」

「それには意味があるわ。組織としての統一、敵味方識別のためよ」

「黒セーラーである必要は?」

「それは私の趣味よ。あなたも着る?」

「まあ、セーラー服はその名の通りもともと水兵の服ですからね」

「スカートも?」


 というわけで、次善の策として黒の学ランを着せられることになった。佐武郎は適当な席に座り、今一度周囲を見渡した。


(……見たとこ一年ばかりか。それもそうか、卒業式では五百人しか生き残れない。つまり二年三年が合わせて五百人。卒業するものや転入生を考えれば前後するが、全校生徒のおおよそ半分が一年生ということになるのか)


 逆にいえば、二年や三年というだけで「歴戦」であるともいえるのだ。


(前に立つ四人が執行部か。会長も含めれば五人……なるほど、卒業可能なのが五人までだったな)


 組織に関するルール規定はないが、ルールから組織の形態が導き出されているのだと佐武郎は理解した。


「よ。あんた転入生だっけ。この時期に大変だな」


 そう声をかけ、女が隣に座る。燃えるような赤い髪をした女だった。


「火熾エイラだ。よろしく」


 名前まで燃えるようである。威嚇のようなギラギラした笑みを見せるが、たぶん友好の表情なのだろう。

 ――火熾エイラ(二年) 生徒会 8Pt――


「この時期の転入生というのは珍しいんですか?」

「どうだろな。転入時期なんてそもそも疎らだし。さすがに卒業式の期間中に転入してくるってのは聞いたことないが、それ以外ならまあいつでもだな」

「なるほど。転入手続きが妙に慌ただしかった気がしたのですが、卒業式に間に合わせたかったんでしょうかね」

「ところで、さっき会長と話してたよな。なんの話だ?」

「大したことでは。転入生だから勧誘した、そんな話です」

「あー。ふつうだったら面接やら試験やらあんだけど、あんたはそのへんパスなんだよな」

「どうも特別待遇みたいです」


 生徒会所属は五十人以上。生き残り制限が五百人までであるため、約一割の規模だ。

 この五十人という数字は異能者を組織として編成する困難さを表している。たった一人でも異分子が紛れ込めば内側から崩壊することもありうる。異能者は個人として唯一性の高い力を有することもあり、我が強い。組織運営のノウハウが蓄積され洗練されれば規模は拡大できるだろうが、現在は五十人前後がせいぜいなのだろう。


(このうち、いったいどれだけが死ぬのか……)


 だが、どの生徒の顔からも不安の陰りは見えない。そんなことは承知の上、ただしそれは自分ではないという自信のためか。


「そっか。だったら敵のスパイってことも考えられるわけだ」

「俺は転入してきたばかりですよ」

「ま、どっちにしろポイント欲しさに誰かを後ろから刺さそうとか考えるなよ? そういうのはバレるからな」


 釘を刺しているのか。ただの軽口か。気になるのは「バレる」という発言だ。これだけの組織なら捜査能力に長ける異能者も一人や二人はいるに違いない。


「会長」

「二ノ宮会長」

「会長だ……」


 講堂の中央をただ歩くだけで、二ノ宮会長には華があった。革靴の底が床板を叩き、足音が軽妙に響く。黒タイツに覆われ、長い脚がすらりと伸びる。黒く美しい長髪も歩くたびに輝くように揺れる。芸術品が生きて動いてるかの眩惑を覚えるほどだった。


「みんな、聞いて」


 二ノ宮会長は教壇に立ち、軽く机を叩く。それだけでざわついていた生徒たちは途端に静まり返った。


「式の開始前に生徒を捕縛し、監禁している不届きものがいる。先走りの拉致犯よ」


 開始前の殺傷はポイントにはならない。だが、禁じられているわけではない。ゆえに、開始直後に有利な状況をつくるため油断しているものに死なない程度の怪我を負わせるという作戦が存在するのだ。

 生徒のほとんどが卒業式を初めて体験する一年生であるなら、そのようなカモはいくらでもいるのだろう。


「さて、悪者退治に向かいましょう」


 二ノ宮会長は腰に刀を携えた。


 ***


「――と、いったもののどこにいるのやら」


 学園の敷地は広い。わかっているのは行方不明者のおおよその名簿だけ。全員が一年生、早いものは二週間以上も前に行方不明になっている。


「どーせ旧校舎のどこかでしょ。あたしらがいればだいじょーぶって」


 そういうのは片桐雫である。副会長・鬼丸ありすと手を繋ぎ、無造作に散策をはじめる。

 捜索隊は会長をはじめ、計六名。佐武郎も見学がてらに後ろからついていく形となった。


(……なにをしている?)


 どうやって探すつもりなのか。佐武郎は興味深く観察していた。手を繋いでいるのはなんらかの異能の発動条件だろうか。捜索に有用ななにか――とは憶測はできるが、それまでだ。


 旧校舎と呼ばれる一帯は荒れ果てていた。窓は割れ、壁は薄汚く、じめじめとして蔦が這っている。できれば長居はしたくない。ましてやここで暮らすなど考えられない。すぐにそう感じた。だからこそ、弱者が隠れ住み潜伏するには適しているというわけだ。


(とはいえ、旧校舎だけでも結構広いぞ。この範囲内を今日中に捜索するのか?)

「熱心ね、佐武郎くん」


 佐武郎の思考に横槍を入れるように、二ノ宮会長が声をかける。


「そうやって彼女らを観察し、異能の正体に探りを入れているわけね。転入生というわりには、妙に手慣れているように見えるわ」


 佐武郎が観察していたように、佐武郎もまた観察されていた。


「もともとそういう環境にいたんですよ」

「へえ。それは興味深いわね。ほら、私たちはこの学園のことしか知らないから」

「そのために卒業を目指している、と」

「かくいう私も、去年までの成績では五位圏内には入れていないのよ。少なくともメテオを一人か二人排除しないと厳しいでしょうね。前途多難よ」


 話半ばに、前方が騒がしい。


「なにが“危なかった”って?」


 片桐雫が腹部に蹴りを入れて男を一人無力化し、鬼丸ありすは両手で二人の男を投げ飛ばしていた。計三人である。


「かいちょー。見つけましたよ。犯人です」

「あら。早かったわね」


 佐武郎はその一部始終を見逃さなかった。前方より男が三人すれ違おうとしたとき、急に片桐が振り返り彼らを犯人と断じたのだ。聞き込みをするでもなく、即断である。


 そして、それは正しかった。

 彼らを脅して案内させた先の地下室には、拉致され捕縛された生徒が監禁されていた。その数は二十人ほど。両手足を拘束され、目を潰され耳を削がれている。おそらく食事も最低限なのだろう。痩せ細り、嗚咽を漏らしていた。仮に逃げられても戦力外で脅威にはならない。こうなっては異能者の代謝能力でも完治は難しいだろう。


「一同。手を前に」


 二ノ宮会長は犯人らに告げる。

 勝ち目もなく、逃げられもしない状況で、彼らは意図もわからぬまま渋々従うしかなかった。

 その意図はすぐにわかった。

 会長は刀の柄に手をかけ、鞘よりするりと引き抜いた。刀身の輝きに見惚れる間もなく、犯人の手首はまとめて切り落とされた。


「止血を。死なれても困るわ」


 その騒ぎに、目を潰されて耳を削がれながらも、監禁被害者らも気づきはじめる。


「あの……誰かいるんですか?」


 力なく絞り出された微かな声。


「私たちを……助けに来てくれたんですか?」


 二ノ宮会長はきょとんとして、前髪をくりくりと弄りながら、間を置いて。


「そうよ。私たちは君たちを助けに来た」


 満面の笑みでそう答えた。もっとも、彼らに笑みは見えないのだが。


「私は首謀者をもらうわ。残りはあなたたちで抽選でもしてて。あ、他のメンバーも一緒がいいわね。不公平のないように」


 そういい、興味なさげに二ノ宮会長はその場を去った。


「ルールを守って、みんなで楽しく殺し合いましょう」


 そんな微笑みを残して。


「サブローくんはどうする? ここにいるの全員一年だから1Ptだと思うけど」

「いえ。俺はなにもしていませんから。三年でもないのにやたらとポイントを稼ぐ必要もないでしょう」

「へえ! わかってるね~。そうそう、ポイント高いと狙われやすくもなっちゃうからね~」


 そして、時計は〇時を回る。時計台の鐘が学園中に響き渡る。

 卒業式がはじまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る