3.二ノ宮狂美
学園の敷地面積は規模感として中規模の大学キャンパスといったところだった。
主な施設としては校舎が四棟。東端に学生寮も同数。二十万の蔵書数を誇る三階建ての図書館。中央広場に学園内ならどこからでも見える天を衝くほどの時計塔。さらには400m周のトラックを持つグラウンド。総合体育館。テニスコート。部室棟。溜め池とバルコニー付き集会所。廃墟同然の旧校舎群。あとは、広大な森が学園を覆っている。
そのうちで、生徒会が主な拠点としているのは大講堂と呼ばれる円型三階建ての建物である。千人以上を収容できる大講堂室を主とし、二階と三階にはそれぞれ会議室や執務室として使えるような部屋がいくらかある。生徒会の拠点としてはなにかと便利な建物である。
「……静かなものだな」
卒業式初日の朝。佐武郎はその三階の窓から外を眺めていた。学園の全景が見渡せるほどではないが、不自然なほど人の影は見えない。鳥の鳴き声が響くくらいで、殺し合いの喧騒などは聞こえてこなかった。
『そりゃそうでしょ。このルール、初っ端から動く意味ないんだから』
答えるのは、質量を持たない少女――リッシュだ。
『生き残るだけならひっそり隠れて自分以外が潰し合うのを待てばいいわけじゃん。って、全員がそう考えてたら千日手にならない? わ、さっそくルールの欠陥を見つけちゃった』
「ふつうならな。ふつうの人間なら生き残ることをまず考える。ポイントを得たところで特典はせいぜい武器が支給されるくらい……殺し合いに身を投じてまで欲しいものじゃない。卒業できればこの殺し合いから抜け出せるともいえるが、そんなものは留年を繰り返しながらでもじっくり目指せばいい。命が大事なら、ふつうならそうする。だが、あいつらはふつうじゃない」
『異能者だから?』
「異能者は俺も同じだ。あいつらはこの学園から出たことがない。この学園で生まれ、この学園で教育を受けてる。殺しに躊躇いなんぞないし、命は軽い。“殺してでも奪い取る”が連中の価値観だ」
『じゃあなんで静かなの?』
「それでも、初っ端から動くのは
『ふーん』
リッシュはあまり納得していなかったが、興味もなかったので適当に浮ついていた。
***
「なんですかそれ」
大講堂二階には小会議室の他に、ほとんどなにもないようなだだっ広いだけの部屋がある。
その部屋の中央で、片桐雫はなにやら数着の制服を重ねて放っていた。
「偽制服。生徒会のふりして威を借りようってやつらがいんの。こういうことしたら真っ先に狙われるだけなのにね~」
となると、その服の主はすでに誰かのポイントとなっているのだろう。五十人以上が所属し、それぞれが顔と名前が完全に把握できてないこともありそうな規模だが、制服の偽造はどうやら通用しないらしい。
「あ、火熾ちゃん! ちょいちょい。これやっちゃって」
片桐が声をかけたのは火熾エイラだ。
これこれ、と片桐が指をさし、火熾はその意図を察する。そして制服の山に向けて軽く手をかざず。それだけで、制服は内側から燃え始めた。
(異能……〈発火〉か)
火熾エイラ。燃えるような赤い髪をした女。
その見た目、その名前で、その異能でなければ嘘だろうというほどにお約束に忠実だった。
「って、先輩。おれ呼んだのこのためかよ。このためだけ?」
「そだよ。いやー、助かるね!」
「服燃やすくらいおれじゃなくてもできんだろ?!」
まったくだ、と佐武郎は思う。
〈発火〉の異能は珍しくない。ただ燃やすだけならライターでもガスバーナーでも事足りるが、異能として優れているのはその火力と精妙さによる。
気づけば、ものの数秒で制服の山は消し炭となった。そして、なにごともなかったかのように火は消える。延焼の心配はなく、燃やすべき対象だけを確実に焼き尽くす。屋内でもこのように平気で火を扱えるのはその制御能力の高さゆえだ。
(手をかざして発火までは二秒か。距離は1mもなかったが……)
佐武郎は癖にように、敵に回した際のシミュレーションをする。おそらく、〈発火〉は人体にも有効だ。手をかざして二秒。仮に射程が10mあったとして、間合いを詰めるには事足りる。これだけならば実戦では大した脅威にはならない。
(いや、火熾エイラの身体能力にもよるか。さらにいえば――)
この手の異能は、触れることで瞬間発動が可能だ。火熾エイラも同様であると考えてよいだろう。となると、接近戦の方がむしろ危うい。
(その場合は射程の見極めが肝心だな……)
現状では、そのような結論に落ち着く。
「どしたん、サブローくん? 端末見に来たんじゃないの?」
考え事にふける佐武郎に片桐が声をかける。勝手に仮想敵にしていた火熾エイラは用が済んだらさっさとどこかへ消えていた。
端末。ほとんどなにもないような部屋だが、それだけがただ一つポツンと設置されている。この部屋はそのためだけの部屋なのだ。
「そうでした。誰でも自由に見られるんですか?」
「まあね。どうせ更新は一日一回だから、書き写したの一階の掲示板に貼ってあるけど。端末で見たいの?」
「一応、どういったものか実際に触れてみたかったので」
むしろ他の一年は興味がないのか、と思ったが、考えてもみれば卒業式こそ初体験でも彼らも約一年はこの学園に在籍しているのだ。生徒会にも所属していれば式が始まる前に一度や二度は端末に触れたことはあっただろう。この学園に関していえば、佐武郎は誰よりも新参なのである。
(やはり銀行のATMが近いか)
腰の高さまである台に、タッチパネルのディスプレイがついてあるだけの飾り気のないインターフェイス。一世代くらい前の技術だ。見られるのはランキング情報だけ。それ以外には一切の機能が見られない。
(腕時計サイズの端末からこの情報を閲覧するインターフェイスを実装するくらい技術的には難しくないはずだ。運営意図としてあえて情報を制限している。自然と組織が発生するよう誘導しているのか?)
「ほら。サブローくんは512位だよ」
「え。まだなにもしてませんが。全校生徒は千人ですよね?」
「もう940人だけどねー。まだはじまったばかりだから、2Ptってだけでそのくらいの順位にはなるよ」
それもそうか、と気づく。二年として転入しているためすでに佐武郎は2Pt。開始直後であれば大半は1Ptしか持たない一年生だ。であれば、そのくらいの順位にはなる。
が、それでも512位というのは気になる。ふつうに考えれば四百位台で団子になりそうなものだ。実際、同列2Ptで512位は多い。だが四百位台ではない。ということは、十人ほどの一年生がすでに3Pt以上得ていることになる。
「すでに六十人は死んだと?」
「そだね。あたしらが昨日確保したので犯人も合わせて二十三人だから、他にも似たようなことしてたのがいたんだろうね」
ランキングの更新は午前六時。開始からわずか六時間で六十人の死者が出ている。「静か」だと感じていたのは、生徒会という安全地帯に属していたからだ。その程度の人間が消えるのにここまで聞こえるほどの喧騒は伴わないというだけに過ぎなかった。
現在は午前八時。六時間でこれなら、今もどこかで死者は出ているのだろうか。この学園では「殺し」がなによりも必修科目。佐武郎はその意味を痛感した。
「ん?」
ランキングを眺めていると、ふと、どこかで見たような名を目にした。しばらく考えるも、心当たりがない。ポイントは6ptであった。
(……思い出した。あの烏合の衆か)
自己申告では18Pt。ずいぶん鯖を読んだものだと思う。他の名前を調べても、15Ptと称していたものは8Pt、16Pt詐称は2Ptだった。
(こうして端末を調べればすぐバレる嘘だろうに)
ただ、実際にこうして気づいたのは式のはじまった朝。つまり、仮に彼らの仲間になったあとで嘘に気づいても、式がはじまってしまえば組織から抜けることはむずかしい。他の組織が門戸を開くこともないだろう。
(今日までにバレなければいい嘘なのか)
あるいは、ただ見栄を張っただけかもしれない。所詮は子供だ。それでも20Pt以下というのは彼らなりの最低限のリアリティなのだろう。
「ちなみにランキング上位は……」
スワイプ操作でスクロールし、上位を引き寄せる。やがて順位もポイントも二桁になっていく。生徒会で見知った名前もちらほら目につき始めてきた。
「きゃー。そろそろあたしの名前が見えちゃうかも」
片桐雫は20Ptで九位に位置していた。
20Ptで九位。卒業のための最低単位が20Ptだ。それがこの順位。これは妥当な順位といえるのか。
三年生は千人が五百人以下になる殺し合いを二回潜り抜けている。半分になるのだから、生き残ったものは五百人分のポイントを分け与えられる形になる。ただ、一年であれば1Ptだが、二年三年になれば無条件でポイントが加算されている。さらにいえば、その前の卒業式で奪い合ったポイントも持ち越されていることもあるだろう。
となると――計算できそうで、不確定要素が多い。佐武郎は計算を諦めた。
***
開始早々から仕掛けるものは少ない。
あるいは、早いうちに“カモ”となる一年生を狩っておく、という戦略はあるだろう。
一通りランキングを確認しても、脱落しているのは一年生だけだ。
だが、それもすぐに手詰まりになる。すぐに狩られるような一年はすぐに狩られ、実力者や狡猾に立ち回るものが残る。
いずれにせよ、すぐに大きく動く必要はない。それが
では、なにを待つというのか。
「――!?」
一階だ。
一階から、地震かと思うほどの轟音が響いた。壁が叩き割られたかの音だった。
(敵襲か。この生徒会に? こんなにも早く?)
すぐさま、佐武郎は音のもとまで駆けつける。一階エントランスの見えるテラスまで辿り着いたとき、その正体がわかった。
(……ここの外壁は鉄筋コンクリートだったはずだが……)
人が通れるほどに壁が崩れている。散らばる瓦礫の材質はコンクリートだし、穴の縁からは鉄筋が剥き出しになっている。それが爆発物によるものではないと理解するのに、佐武郎はやや時間を要した。
「お姉ちゃん、お姉ちゃん~、どこ~?」
まるで獣じみて姿勢は低く、声も低い。両手には斧を手にし、その表情は尋常ではない、狂気の笑みそのものだった。
――二ノ宮
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