11.大島ざきり②

「これは……」


 大講堂の屋上に呼び出された。そこで待っていたのはイリーナの置き土産である、狙撃銃SV-98だった。


「君にこれを使って欲しい。君なら、うまく扱えるんだろ?」


 狙撃銃の使用はこれまで何度か提案したが、許可されることはなかった。その理由は、詰まるところ「なんとなくの忌避感」という他ない。だからこそ、それを独断で破る判断をした西山彰久に佐武郎は深く感心した。


「いいんですか?」

「うん。使えるものは使わないとね。倉庫の管理は僕の役割でもあるし。出し惜しみして後悔したくない。君にはこの屋上で、大講堂に近づく敵を撃って欲しい。撃つべきかどうかの判断は僕がする。というより、僕の指示がなければそもそも撃てないんだけどね」

「……? どういう意味ですか」

「この大講堂は常に〈遮蔽〉で守られている。えっと、この話は聞いてるんだっけ?」

「ええ。その範囲内からは一切の情報が漏れない、と」

「そういうこと。つまり、

「え」

「だって、銃弾という質量だって立派な情報だからね。もっといえば、〈遮蔽〉は空気分子の一個さえも通さない。定期的に解除して換気が必要なくらいなんだ」


 なるほど、と佐武郎は頷く。〈遮蔽〉があるなら一方的に隠れながら撃てるのではないかと考えていたが、そう上手くはいかないらしい。


「よって、狙撃が必要な場合はこちらの指示で〈遮蔽〉を一旦解除する」

「一つ、確認してもいいでしょうか。情報が外に漏れない、ということは人間も外には出られない?」

「ん? ああ、それはないよ。今までふつうに出入りできてただろ? 詳しくは知らないけど、異能者を押しとどめるほどの出力パワーはないとか、そんな感じの異能らしい」

「要点はわかりました。さっそく準備します」


 佐武郎は狙撃銃を手に取り、重さを確認した。構え、スコープを覗き、照準が正常であることを確認した。マガジンを外し、残弾を確認した。西山よりボルトを受け取り、装着して動作を確認した。二脚を開き、強度と銃身の固定を確認した。周囲を見渡し、狙撃ポイントと射線を確認した。敵がどこからやって来るかにもよるが、どこからでもおおよそ迎撃は可能だと確認した。


(イリーナのいた狙撃ポイントからして……零点規正ゼロインはおそらく300m~500m)


 できれば的を用意して確認したいが、時間がない。無駄弾も撃てない。


「――っと、あれ? 屋上にいたんだ」


 急に、有沢ミルが姿を表す。〈跳躍〉によって屋上まで上がってきたのだ。


「いいわ。都合がいいし。敵が来てるわ」


 と、簡潔に用件だけを告げる。が、報告としては必要な情報がいくらか抜けていた。


「……えっと、そっちはもう敵の居場所を突き止めたのかい? 帰ってきたってことは、その」

「敵のアジトが地形的に私とはちょっと相性が悪くて……。敵とは入れ違いになった形ね。たぶん、ほぼ全戦力を出してきてるわ。数は二十人くらい? 狙いは大講堂ここね。〈呪縛〉の方は最小限の守りだけを残して、生徒会わたしらの戦力を分断しようってハラみたい。ありすとか雫は引き続き〈呪縛〉の異能者を叩いて会長の復活を目指す方針。私は大講堂の防衛に加わるわ」

「なるほど、ありがとう。勝てそうなビジョンが見えてきたよ」

「そうなの? ま、私も負ける気はしないけど――って! なんで桜が狙撃銃持ってんのよ!」

「あー、僕が許可を出したんだ。迎撃するためにね」

「いやいやいや……そこまでしなくてもいいでしょ……」

「有沢先輩。ところで、その敵というのはどこから?」

「そうだったわね。北西よ。中央広場を通ってきてる。そろそろ見えるんじゃないかしら。……とにかく、ふざけた連中よ。実力はわかんないけど」

「ふざけた?」


 奇妙な表現だな、と佐武郎は思った。だが、すぐにその意味を知ることになる。


 ***


「ざきり! ざきり! ざ・き・り! フォーゥ!」


 喧騒を掻き鳴らしながら、彼らは進軍する。あたかもそれは軍楽隊のようだった。太鼓を打ち鳴らし、大声を上げ、味方の士気を高揚させ敵を萎縮させる。一見して滑稽に見えるこの有り様も、確かにその効果を発揮していた。


「行くぞ! 行くのだ! 勝ち取るのだ!」


 指揮官の少女は、虎に跨っていた。

 シベリアトラ。猫科最大の亜種。大型哺乳類を捕食するそのサイズは、隣を歩く長身の男たちにも見劣りせずに少女を大きく見せる。

 虎には群れる習性がない。ゆえに、虎が人に懐くことはない。調教師が襲われる事故も多い。その虎を、少女は当たり前に乗りこなしていた。虎もまた、そのことを誇らしげに感じている素振りすらあった。


「ざきり! ざきり! ざ・き・り! フォーゥ!」


 目指す先は大講堂。生徒会の居座る拠点である。彼らは今、会長が〈呪縛〉によって攻撃され大慌てでその犯人を探し回っている。つまり、大講堂はほとんどもぬけの殻だ。

 ゆえに、大島ざきりの勝利は確定している。生徒会は陥落し、「邪魔者」を排除することもできる。

 以上が彼女の脳内に描かれる未来ビジョンであり、この馬鹿騒ぎは前祝いも兼ねている。勝つとわかっているなら祝う時期は問題ではない。優勝パレードをした年は必ず優勝しているのだから、先にパレードをすれば勝利は確実となる。


「――ちょっと、止まってもらえないかな」


 快進撃の行軍に、一人の男が立ちはだかる。見知らぬ男だったが、黒の学ランでその正体は察せた。


「ぬ。敵襲! 進めぇ〜! そのまま押しつぶせぇ!」

「え、うそ、向かってくる?」


 進撃は止まらない。むしろ、その勢いを増す。

 西山彰久ただ一人では、到底止められるものではない。


「馬鹿ね。止まれっていって止まる連中じゃないでしょ」


 銃声。銃声。銃声。

 有沢ミルは、長いツインテールを流しながら風のように現れ、問答無用と敵に向かって立て続けに三発を撃った。

 敵は止まった。だが、敵には一人の死傷者も出なかった。


「あれ?」


 外したのか、防がれたのか。有沢は後者だと信じた。これだけの集団だ。銃に対して無策ということはありえない。


「――――」


 一方、大島ざきりは言葉を失っていた。

 どこからともなく颯爽と姿を現した有沢ミルを見て、目を丸くしていた。

 信じられないものを見たという目で、震える手つきで彼女を指差し、そして――


「ぶほっ、ぶひゃ、ぶひゃひゃ! つ、ツインテール! ツインテールなのだ! ツインテール! 金髪ツインテールなのだ! あ、あんなの! げ、現実で初めて見たのだ!」

「はあ??!???!?!!」


 腹を抱えて、涙を流しながら笑った。


「ピンク頭のゴスロリ女が……! 虎に乗ってかっこつけて! アクセントに血染めでもどう? 死ね!!」


 銃声。銃声。銃声。銃声。銃声。

 怒りに任せて装弾薬をすべて撃ち尽くす。しかし。


「当たらない……? なんで」

「下手くそだからなのだ? 金髪ツインテールは、ぎひっ、ぶほふっ、やっぱり頭わるいのだ!」

「殺す……!!」


 有沢はすっかり頭に血が上っていたが、西山が肩を押さえて止める。敵になにをされたのかわからない以上、無闇に突っ込んでも思う壺だと、ギリギリのところで理性が彼女を押し留めた。


「えーっと、その、この先は大講堂なんだけど……なにか用、かな?」


 一方、西山は敵に向けるものとは思えない低い物腰で相手に尋ねた。


「ぐへひひひ。わかっているのだ。生徒会はいま会長がダメダメでみんなが外出中で隙だらけなのだ。この隙に皆殺しにしてやるのだ」

「やっぱり、会長を苦しめているのは君たちなんだね」

「なんでわかったのだ!」

「……その、君たち……名前は? なにものなんだい?」

「ざきりはざきり! 大島ざきり! 小さな島じゃなくて大きな島! 大島ざきりなのだ!」

「ざきり! ざきり! ざ・き・り! フォーゥ!」


 ただの自己紹介に、耳障りなバックミュージックまでついてきた。


「え?」


 だが、西山も有沢も、すでに少女への関心はなかった。彼らが目を奪われていたのは、少女の隣に立つ男である。異色の集団の中に埋もれ、と意識の外にあったため、気づくのが遅れた。

 の姿である。


 ***


「大島、ざきり……?」


 佐武郎はその名を聞いて、なにか引っ掛かりを覚える。


「小さな島じゃない、とかも言ってるね。意味はよくわからないけど」


 それを、佐武郎は西山彰久から聞いていた。すなわち、ざきりの前に出ているのは西山の〈分身〉である。本体は〈分身〉の見聞きした情報を受け取ることができるのだ。


「ええ。読唇術でもそのように読めました。大島……小さな島……」


 覚えがある気がした。あと少しで思い出せそうな引っ掛かりがあった。


「僕もあんな連中に覚えはない。非公開の組織だね。ところで、有沢の銃弾を防いだ異能……あれをどう思う?」


 別の疑問が挟まれ、佐武郎の思考は一時中断される。


「あれですか。こちらから見るかぎりは有沢先輩がただ外しただけに見えましたが……敵の異能でしょうね。さすがの有沢先輩でもあの距離で全弾を外すことはありえない」

「いやぁ〜、有沢も練習したんだよ?」


 一応、西山はフォローを入れておいた。


「手元を狂わせる類のものでしょうか。最初の三発も、ほとんど奇襲だったにも関わらず外していました。……最初の三発はふつうに外しただけかもしれませんが、敵の異能によるものでしたら発動条件は範囲、でしょうか?」

「有沢もね、結構練習したんだよ。外すとしても……一発か二発だよ」


 一応、西谷は微妙なフォローを入れておいた。


「仮に範囲内で発動するものでしたら、ここからの狙撃は届くはずです」

「わからないよ。たとえば、“攻撃の意思”かもしれない」

「だとしたら無敵じゃないですか?」

「そういうこともある。決して殺すことのできない〈不死〉という異能があるように、ほとんど無敵じゃないかって異能もたまに、ね」


 確かにある。有沢が全弾撃ち尽くした程度では敵の異能を探る材料が足りない。なにより、二十人のうち誰の異能であるのかもわからないのだ。


「……いずれにせよ、有沢が狙ったのは真ん中の女――大島ざきりですよね」

「そうだね。最初の三発もそうだったはずだ」

「周りから潰します。戦力を削りましょう」

「そうしてみようか。本人の異能か部下の異能かはわからないが、彼女がリーダーに違いない。彼女の防御が一番硬いはずだ。逆にいえば、彼女以外の防御は薄いかもしれない」

「では、撃っても?」

「ああ。ちょっと待って。照準は?」

「準備できてます」

「よし、じゃあ行こう。三秒後だ。3、2、1――」

(大島。大島ざきりか)


 そのとき、佐武郎は思い出す。

 想定とあまりにかけ離れたありさまに記憶が結びつくのが遅れたのだ。

 大島。的場の愛するもの。ランキングには「小島ざきり」の名があった。なぜか本人は「大島」を名乗っている。すべてが繋がった。


(愛するもの――が?)


「待って!」


 引き金をひく寸前で、西山の制止が入った。


「なんです?」

「……うそだろ。なんで……なんで、がいるんだ……!」


 西山は敵集団を向き、目を見張って驚いていた。


「知り合いでも?」

「あ、ああ。そんなところだね。頼む、は撃たないでくれ」


 指をさし、西山は身体的特徴を挙げる。佐武郎もそれを了承した。

 再びカウントダウンがはじまる。深呼吸を二回し、息を止める。

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