17.弾弓はじめ②
もう少し遊べる。
弾弓はじめはこの事態をむしろ肯定的に捉えた。
爆弾が効かない相手にはどうすればいいのか。あるいは、本当に効かないのか。いくらか試す必要がある。テニスボールの手持ちはまだいくらかある。
パコン。
今度は、的場は軽く右に身を躱した。だが、弾弓のテニスにその程度の回避では意味がない。ちょうど的場の隣を横切るとき、ボールは時限式に起爆した。
「ボン!」
ただ、結果は同じだ。左半身が吹き飛んでいてもおかしくない爆発のはずだったが、まったくの無傷だ。弾弓はじめは首を傾げた。
「まあ、そういう異能なんだろうけど」
パコン。パコン。
続けざまに足元、そして頭部を狙った。そして、今度も狙った通りの位置で爆発。タイミングは完璧だった。だが案の定、的場は無傷のまま立っていた。
「困ったなあ。これ、ぼくの攻撃ってまったく通用しないのかな」
こういったケースでの教科書的な攻略法を弾弓はじめは知っている。知っている、というよりは直感的に理解していた。
それは飽和攻撃だ。
相手の防御能力が無限ではないと期待して、それ以上の攻撃を浴びせ続ける。一時間でも二時間でも、休みなく延々とテニスの弾雨を浴びせ続ける。それが可能であれば、無敵に思える防御能力でも突破できる勝算はある。
ただ、弾弓はじめ一人だけでは不可能な戦術だった。連続してサーブを打つといっても間は開く。ボールの数も足りない。準備が足りない。
「となると、直接触るくらいしかないかあ」
彼の異能〈爆化〉は触れた物体を爆弾にするものである。
起爆方式は二種類。「時限式」と「接触式」だ。テニスボールに施しているのは時限式であり、ちょうど敵の位置で起爆するように時間を調整している。接触式ではラケットで打ったときに起爆してしまうからだ。
爆発の威力や起爆式の精度は物体の大きさや物体に触れた時間に依存する。人間大の物体を爆弾に変え致命傷を負わせるには四秒は触れる必要があった。
(だから、最小限で殺せるようにいろいろ実験してたんだけどな……)
相手に直接触れて爆弾に変えるのは実戦向きではないと彼は自覚していた。爆弾に変えた物体を相手にぶつける方が理に適っていると考えた。できるだけ小さな威力で確実に人を殺せるラインとして、爆弾化した絆創膏で頸動脈を傷つける方法に彼は辿り着いていた。
しかし、目の前の相手にそれは通用しそうもない。直接触れて爆弾に変えてしまえば倒しうるかもしれないが、四秒もの接触を許す相手とは思えなかった。
現在、相手との距離は30m。敵に飛び道具の類いがないなら、むしろ距離のある今がチャンスなのかもしれない。
(防御は本当に完全なのかな。皮膚がめちゃくちゃ硬くなるような異能だとして、それなら動くこともできないはず。逆に、動けているなら、そのときは少なくとも間接部は柔らかいはず。いずれにせよ、常に硬いままだとは思えない)
弾弓は異常者であり狂人ではあるが、戦うために思考を放棄するような猪武者ではない。むしろ、これが楽しくて喧嘩を売るのだ。
(不意をつけばいける? 臨戦態勢にあるのにどうやって不意をつく?)
思いついたことはすぐに試す。
ポン。
今度は、ロブを高く、高く打ち上げた。ロブが落ちてくる前に、すかさず別の球でサーブ。同じように爆発テニスを浴びせる。当然無傷だろうが、目眩しになればそれでよかった。
パコン。
そして放たれた最後のサーブは、爆発せずに的場の横をバウンドして通り過ぎて行った。的場は、思わずその動きを目で追ってしまう。
ゆえに、気づくのが遅れた。最初に放ったロブが地上へ落下し、コロコロと的場の足元まで迫ってきていたということに。
「ボン!」
時間差での起爆。多少は不意をついて攻撃できたのではないかと思う。ただ、それで勝てるとは弾弓もほとんど思っていなかった。
「…………」
的場は無言で立っている。
無傷だ。せいぜい煤汚れをつけたくらいだ。少し驚かせる程度はできただろうが、その程度。やるだけはやってみたが、このために手持ちのテニスボールは尽きてしまった。
「万事休すかなあ」
的場が、ゆっくりと迫ってくる。読み通り、距離を詰めて戦う近接タイプの異能者だったようだ。
弾弓は観念して諦めたように、その場に座り込んだ。
「ちなみにぼくは19Ptだよ。結構大きいでしょ。きみのポイントはいくつかな」
話をして時間を稼げないかと思ったが、返事はない。
的場は口を閉じたまま歩を進める。降伏の意を示しているかの相手に対しても、油断なく。真っ直ぐと敵を見据えるようでいて、周囲にも気を配る。
だが、それでも、不知の死角からの攻撃は避けられない。
「ボン!」
地雷だ。
人間程度の重さ――すなわち60kg程度の加重によって起爆するよう設定し、石畳を爆弾としたものだ。これは、先のロブショット以上に不意をつけたに違いない。
しかし、またはやはりというべきか。
弾弓もさほど期待してはいなかったが、的場にダメージはなかった。
「逃げるか」
弾弓は飛び上がるように立ち、一目散に背を向けて駆け出した。
的場も全力で駆け、その背を追う。が。
起爆。またしても地雷。先ほどまで弾弓が座っていた場所。まるで最後っ屁のように、逃げるための足止めを企図したものだった。
的場は止まらなかった。予想していたからだ。むしろ、その爆発の威力を推進力として飛び上がっていた。逃げる獲物の背に向けて、拳を叩き込む。
「ボン!」
先輩から譲ってもらったケブラー繊維製ベストの上に、強い衝撃で爆発するよう設定したシャツを着込んだもの。
はっきりいって、意味はない。ただ思いついたからやってみただけだ。本来の爆発反応装甲は成形炸薬弾の貫通を阻害するためのものであり、いわばただの徹甲弾にすぎない拳撃に対して意味を持つものではない。ただ、それで相手を驚かせられるなら――という悪戯心で仕込んだものだ。
「か……! ぁ……!」
背面を強く打たれ、弾弓は呼吸のままならない状態で倒れた。さらには爆発のダメージもある。なぜこんな無意味なことをしたのかと後悔していたが、どっちにしろ死ぬなら同じことだ。
(そうか……死ぬのか)
もっと試せることはあったはずだ。そればかりが悔やまれる。
「いや、やっぱ、まだ死にたくないな……」
弾弓は足掻いた。息も絶え絶えの匍匐前進で、最後まで足掻き続けた。
***
「リッシュ。ずいぶん大人しかったな」
『いや、人がいるときは黙ってろっていったのさぶろーじゃん。私も分別あるよ』
一人になり、佐武郎は質量のない少女と会話をはじめた。情報の整理のためだ。
「図書館についてはどの程度探れた?」
『んー、私もさぶろーからそんな遠くには離れられないからね。他に七人くらいは本棚の陰にいたかなあ。それから、地下室があるみたいだね』
「閉架書庫か」
探す標的が匿われているならその場所ではないか、との直感が働く。
『あとはこれ褒めて欲しんだけど、笑いを堪えるの結構大変だったんだよ? 佐武郎があの図書館おじさんに煽られてマジギレしてるのめちゃくちゃ面白かったんだから』
「おじさんってほど老けてはないだろ」
『え? そこ? そこは擁護するんだ?』
「あの歳はまだ“おじさん”じゃない。覚えておけ」
『ふーん?』
と、リッシュは聞く耳を持たない。
『でもわかるよ。うん。あの図書おじに神経逆撫でされるの。私もね、なーんかあいつには……見られてたような気がしてさ』
「ありえないだろ。お前の存在が俺以外に感知されることはありえない。俺もお前の存在は意識していなかった」
『そのはずなんだけどね。ところでどうすんの。〈契約〉とか交わしちゃってさ。やっぱもうさぶろーはあの図書館には二度と近づけないの?』
「おそらくな。近づくことで発動して死ぬことになるのか、身体が近づくことを拒むようになるのかはわからんが」
『そんなこともわからないで〈契約〉を結んだの? さぶろーって肝心なとこで行き当たりばったりだよね』
「勝手に警戒してくれて助かるというものだ。おかげで仕事が一つ減った」
『うわ。そゆこと?』
「図書館の件はイリーナに引き継いでもらう。〈始原〉があそこにいる確信は持てた。イリーナが動けばあとは時間の問題だ」
『じゃ、さぶろーは星空煉獄の方で動くわけね』
「……あまり気は進まないがな。そのためにも、障害となる的場塞をまず排除する」
学園には「二年」として転入した。すなわち、この卒業式を終えてもあと一年は学園に在籍することになる。
こんな学園に長居したくはない。卒業するならできるだけ早く、来年がいい。
だが、問題は卒業のあとだ。
未来のことを考えるのは苦手だ――と、佐武郎は思った。
(年に一度殺し合いをさせられる“学園”。どんな場所かと思いきや、ずいぶん活き活きしてやがる)
卒業さえできれば殺し合いの舞台から降りることはできる。だが、彼らは殺し合いをそれほど嫌がっているようには見えない。積極的に殺しを楽しんでいるようですらある。少なくとも境遇を悲観している素振りはない。
であれば、彼らはなぜ卒業を目指すのか。
(連中が戦う動機は、どこにあるんだ?)
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