16.鬼丸ありす
「やっほー。ただいまぁ!」
生徒会――すなわち大講堂に戻ったとき、そこには二名の部外者がいた。
いずれも両手を後ろ手に縛られ、両足もまた縛られていた。さらには黒い布による目隠し、耳栓、猿轡。徹底した情報遮断と拘束だった。ゆえに顔こそよく見えなかったが、生徒会の制服を着ていなかったし、なによりそのような状態にある以上は部外者なのだろうと察することができた。
「この人たちは?」
佐武郎はその傍に立っていた鬼丸に問う。
「皆陽中学出身の一年だ。手当たり次第に探していたが、捕らえられたのはこの二名だけだ」
佐武郎らが図書館に向かっているあいだ、鬼丸ありすもただ待っていたわけではなかったらしい。図書館からの情報を待たず、わかっている情報の範囲で動いていたのだ。
「なるほど。こちらでも収穫がありました。図書館より的場の標的となる名簿を受け取っています。その名簿を確認しますと……一人は的場の標的に含まれていますが、もう一人は異なるようです」
「そうか。なら処分していいな」
と、鬼丸ありすは標的でない方の生徒の頚椎を素手で捻転させて殺害した。
「この名簿が必ずしも信用できるものかどうかは定かではありませんが……」
気の早さと容赦のなさに、佐武郎はドン引きしていた。
「んもー、サブローくんまだいってるのー?」
「まだとは、なにかあったのか?」
「えっとね、図書館はサブローくん一人だけを指名してきてね、交渉してきてもらったんだけど……こう、嫌なことがあったみたい」
「長谷川傑か。たしかにあれは不愉快な男だ」
「知っているのですか」
「私も去年に彼らと交渉した。得られた情報は有益で確かなものだったが、話し方がいちいち癇に障る男だった」
「そうですね。まったく同意します。ところで、そのとき〈契約〉を持ちかけられませんでしたか?」
「契約? 私は覚えがないな」
「そうですか」
だとしたら、あれは今年になって新しく入った異能者なのだろうか。そのわりには妙に手慣れているように思えた。
「情報そのものは信用できるものだと思う。不愉快でも、取引で嘘はつかない。図書館はそういう組織だ。情報網の“広さ”と“確かさ”を安全保障としているわけだ。では、図書館で得られた情報について詳細な報告を頼む」
佐武郎は的場塞に関する情報だけを話した。
「ちなみに、名簿には佐藤愛子も含まれています」
「であれば、こちらで確保できている的場の標的は二名か」
的場の狙いがわかっているなら、それを囮に使える。それも、「なにがなんでも可能なかぎり早く処分したい」標的というのであれば、罠を張れる。単純な作戦だが、罠とわかっていても的場は向かって来ざるを得ないだろう。
「とはいえ、この大講堂で匿っていてはさすがの的場も手は出せまい。罠であるかもしれないが確証はなく、攻略可能な見込みはある――そのような罠が望ましい」
「堅牢な守りに対しては時間をかけざるを得ない、と。そうなると、こちらとしても的場の動きを読みづらくなりますね。今のうちに、今すぐに、今がチャンスだ、そんな期間限定セールのような状況を作る必要があるわけですね」
「そうだ。あとは、的場が単独ではなく仲間を率いてきた場合も厄介だ」
「図書館によれば、これは的場塞の個人的な事情。メテオの他のメンバーが戦力として加わる可能性は極めて低いとのことです」
「だろうな。メテオは個人主義の集団だ。できれば的場には斃れて欲しい、くらいには考えているだろう。協力といってもせいぜい標的の場所を教えるくらいだな。的場が標的の位置を正確に突き止めているのは、おそらく羽犬塚の異能によるものだ」
「メテオには索敵系の異能者がいるのですか?」
「ああ。それもかなり高レベルのものだ。もっとも、本人がそう宣伝しているわけではないから推測にはなるがな」
「生徒会にはいないのですか?」
「いなくはない。だが、情報系の異能はただでさえ貴重なものを図書館にほとんど独占され、羽犬塚ほど強力なものは滅多にはいない。我々にはその手の異能は乏しいのが実情だ」
だから片桐雫が重要になるわけだ、と佐武郎は納得する。
「ていうかやれんの? 的場って弱点あるの? サブローくんはそのへん図書館からは聞かなかった?」
「聞きました。ですが、図書館もそこまでは知らないとのことです」
「的場が弱点といえるものを見せるまで追い詰められたことはないし、そのようなことがあれば的場はとっくに死んでいる。ただ、これまでの戦い方からも推測は立つ」
二ノ宮綾子との戦いは狙撃によって中断された。
結果だけ見れば、一方的に追い詰めていたかに見えた二ノ宮も的場には一切の傷を負わせることはできなかった。だが、的場は明らかに二ノ宮との戦いを嫌がっていた。であれば、自ずと答えは見える。
「さて、作戦を練ろう。場所は旧校舎。この地に的場を誘い込み、囲んで叩き潰す」
***
「はぁ〜〜……」
深いため息をつきながら、彼は一人壁打ちを続ける。
パコン。テニス部員は彼一人になってしまった。最後の先輩を除けば彼自身が殺しているので自業自得といえばそうなのだが、卒業式がはじまればもっと退屈しないと思っていたのだ。
しかし現状、生徒はほとんどが籠城している。これは当たり前の戦略だった。
最序盤から闇雲に動きだす「異常者」は予測不能の存在だ。彼らの存在は合理的に立てられた戦略や戦術を崩してしまう。ゆえに、まずは彼らに消えてもらい、「正常」なもので残された予測しやすい盤面を整える。最序盤の静けさはそのためである。
彼もまたその意味で「異常者」の一人といえた。一年であり、初めて経験する卒業式だというのに、初日から大量のポイントを獲得している。しかも、その相手は同じ仲間であるはずの先輩である。つまりは小規模ながらも組織が一つ勝手に壊滅したといってよい。このようなことが起こるのであれば、最序盤を「待ち」に徹しない理由はない。
パコン。パコン。
それが、彼にとっては退屈でならない。ついさっき遊んだばかりだというのにだ。
「ん?」
人影を目にした彼は、壁打ちを中断する。遊び相手が現れたのかもしれない。
「やあ!」
後ろ姿に声をかける。
肩幅が広く、首も腕も太い。服越しにも鍛えられた背筋の隆起が見て取れる。身長も高く、巨漢と呼ぶには申し分のない男だった。
「ぼくと遊んでくれるかい?」
戦術的合理性の観点からいえば、声などかけず黙って奇襲を仕掛ける方がよいに決まっている。だが、これは彼の遊びとしてのマナーだった。
ただ、返事はない。立ち止まり、押し黙ったままである。味気ない対応だったが、ひとまず意識を向けてもらったのなら十分だった。
「いくよ〜」
パコン。あの先輩ほどではないが、彼もまた一流のテニスプレイヤーだ。整ったフォームから、相手へ真っ直ぐ向かう綺麗なサーブが放たれる。
男は振り返り、向かってきたテニスボールを片手で掴んだ。
驚くべきことだったが、彼は驚かない。想定内の挙動だったからだ。
「ボン!」
テニスボールは爆発し、男を消し飛ばす。短い間だったが、これで終わりだ。サーブを掴むほどの優れた動体視力と身体能力の高さが仇になった。
「あれ?」
と、思いきや。
煙のなかから、まだ正常に五体満足のシルエットが浮かび上がる。
その男は姿勢すら変わらずに依然としてそこに立っていた。
「うひょー……」
彼――弾弓はじめには知る由はなかった。本来なら知っていて然るべきだが、彼がそのような興味を持たない人間だったので仕方ない。
「お前は……違う」
大仏を連想させる顔立ちだった。視線のわからないほど細い目。硬く結ばれた口元。天然のパンチパーマ。向かい合うだけで気圧されるような威圧感があった。
その男は、この学園において頂点に最も近い男。
ランキング二位。最強勢力メテオに所属し第二位にあり、「四天王最強」とも呼ばれる男。
――的場塞(三年) メテオ 79Pt――
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