15.図書館②
「桜くんって、いったいなにものなのかな」
図書館前で待ちぼうけになっていた西山彰久がふとぼやく。過ごした時間は同じはずなのに、片桐雫はそれ以上に暇を持て余している態度だった。本当に暇らしく、延々と〈障壁〉に向かって石を投げつけている。
「
「
あまりに簡潔で意外な答えに、西山は思わず鸚鵡返しをしてしまう。
「ロシア人には見えないけど……」
「日系なんじゃないかな」
「ロシアってことは……二人の留学生とも関係が?」
「あるかもねー。初めて会ったときもなんか反応してるみたいだったし」
「工作員ってことは……ええっと、
「利害は一応一致してるみたい。目的が二つあって、そのうちの一つはね」
「……どんな?」
「星空煉獄を殺すこと。ね、一致してるでしょ」
「もう一つは?」
「それはよくわかんない。あたしも聴いただけだから。ただわかるのは、誰かを探してるみたいだよ。この学園とは関係ない部外者をね」
「そ、そうなんだ……」
衝撃の事実に開いた口が塞がらない。だが、言われてみれば納得できる気もした。
彼は、転入生であるにもかかわらず戦闘技術に秀でていた。異能によるものとは無関係の、純粋な技術。それは訓練でしか身につかないものだ。
「あれ? それなら異能は? 異能については知らないの?」
「それは知らない。初対面のときに質問でもすれば聴けたかもしれないけど、変に警戒されてもなーと思って、そのうちでいいか、と思ったらあたしのがバレちゃった」
というのも、〈聴心〉のことだ。西山も片桐の異能については承知している。
「なるほど……工作員なら……そのへんの警戒はバッチリなわけだ……ていうか早すぎじゃない? もっと上手くできなかった?」
「結果論! あそこまでめっちゃ鋭いとは思わなかったの!」
そう聞くと脅威だが、今は味方だ。味方でいるうちは心強い。
今も、図書館相手に上手く立ち回っているに違いない。
***
「異能には様々な種類があります。私はこれをなんとか分類できないものかとデータベースを作成していました。効果で分類するなら、己の肉体を変質させるもの、触れた物体を変質させるもの。一帯の生命を探知するもの、人の内語を聴くもの。一昔前なら“超能力”と呼ばれたような、手に触れずに物体を動かすものや、発火させるもの。また、人の精神に作用するものもあります。
異能は実に多様で、単一の理論で説明できるものではないのではないか、そんなふうに心が折れかけているところです」
「異能には」佐武郎が口を開く。「絶対的なルールがあります」
「ほう。それは?」
「一人一種だということです。一人で複数種の異能を扱うことはありえない」
これも経験則に過ぎないといえばそうなのだが、佐武郎はあえてそこまでは言わなかった。
「なるほど。そうですね。やはり、そのあたりを足掛かりとして研究を進めるべきなのでしょう。その点になにか、重大な秘密がある気がします」
「……それで、なにが言いたいのですか?」
佐武郎はやや怒気隠しきれずに声を低めた。
「話が回りくどくてすみません。ええっと、なんの話でしたっけ」
「あなたの異能は〈障壁〉だ。それは図書館のちょうど中心に座っていることからも明らかだ。そして、この障壁は――」
「少なくとも三年前から張られている。生徒会にはちゃんと確認しましたか?」
「…………」
台詞の先読みは正確だった。佐武郎は押し黙らざるを得ない。
「貴方は、会話によって発動される異能が存在していることを知っており、図書館であればそのような異能者がいるであろうことも警戒していた。ただ、貴方は私を〈障壁〉の異能者だと確信していた。だからこそ私との会話に応じた。異能者は一人一種のルールを知っていたから。ですが、私がそこまで読んだうえで、そう思わせるよう罠を張っていたのだとしたら?」
「いったいなにを……」
「ついさっきも、似たような罠に嵌りましたよね」
「ついさっき?」
「テニスプレイヤーですよ。弾弓はじめさん、でしたか。貴方たちはサーブを打つ方を爆弾の異能者だと勘違いしていました。そして、ここぞというときに彼は自身の異能を用い、貴方たちを追い込んだ。結果として、貴方たちは機転によって切り抜けられましたがね」
そこまで知っているのか。校舎の上から監視していたとも考えられるが、この学園に通信機器の類いはない。支給品のなかにも含まれていない。この学園において、外部から無線機を持ち込んだものを除けば通信を可能とするのは異能だけである。つまり、図書館はそのような異能者も擁している。
そして、わざわざそのことを伝えるのは、示威行為――威嚇のためである。佐武郎が把握していない「弾弓はじめ」という名前を出したのもそのためだ。
「……なにを怖れている?」
佐武郎の口調と、語気が変じた。
「そのような脅しはお前の恐怖心の裏返しだ。俺との会話を続けるのがそんなに嫌か?」
突如の態度の変化に、長谷川は目を丸くした。そして、思わず吹き出しそうな笑みを溢す。
「失礼。大変失礼しました。ええ、脅しです。単なる脅しですよ。私の異能は〈障壁〉。この異能で九年間この図書館を守っています」
「それで? ここまでの話はぜんぶ余興か?」
「そのようなことはありません。ここまでの話を踏まえて、貴方に要求することは一つです。すなわち、“二度とこの図書館には近づかない”こと」
「なに?」
前置きから話が繋がらない。意味がわからない。だが、長谷川が続けた言葉でその意味を察することができた。
「貴方のもう一つの目的からすれば、代償としては少し大きすぎるかもしれませんね」
「なんだと」
図書館はどこまで知っているのか。そして、そこまで知っていて要求が「近づくな」であれば答えは一つだ。
「やはりお前たちだったのか。〈始原〉を匿っているのは」
「さあ? はじめて聞く言葉ですね」
佐武郎は苛立ちを隠せない。自らの存在を過剰に大きく見せようとする言動が鼻についてならなかった。
「仮に俺がその約束をしたとして、守るという保証があるのか」
「あるんですよ。異能にはね」
「よう」
背後、高い位置からの声。
振り返ると、そこには長身の男がいた。屋内だというのにテンガロンハットを被り、口元は歯を見せ不愉快な笑みを浮かべていた。くちゃくちゃと音を立て顎を動かしているのは、ガムでも噛んでいるのだろう。テンガロンハットの男はニタニタと笑いながら前に出て、長谷川の隣に立った。
「彼の立ち会いのもと〈契約〉をすれば、それは絶対的な強制力を持ちます」
「わかった。だがなぜだ? 〈障壁〉があれば俺を拒むくらい容易いはずだ」
「念のためですよ」
「〈障壁〉にも穴がある。そういうわけだな」
「およそどんな異能にも弱点はあります」
「俺が〈契約〉を拒み、的場塞の情報などいらないと突っぱねたら?」
「構いませんよ。〈障壁〉の備えがありますからね」
「今この場で暴れられるとは思わなかったのか?」
「敵陣で、武器も持たずに一人でですか? ふふ、本当にやるならわざわざそんな脅しを口にせず、黙って実行すればよいでしょう」
先の意趣返しだ。佐武郎は口を噤む。異能には様々な種類があり発動条件がある――などと長々と述べたのは、「佐武郎の異能がどのようなものであれ対応できる」という表明でもあった。なにより、佐武郎には長谷川の後ろに控えている双子の異能もわからない。他にどのような異能者が潜んでいるかもまったくの未知だった。
「お前の提供する的場塞の情報が真であるという保証は?」
「そのときには〈契約〉は無効です。ご安心ください」
「…………」
その〈契約〉とやらもそもそも信用ならないのだ、と言いかけて佐武郎はやめた。
信用の足掛かりがあまりに狭すぎる。これ以上はなにを問うたところで保証は得られない。思考を巡らせても泥沼である。
「的場塞も、星空煉獄を斃すための大きな障害であるはずです。難しい価値判断ですね」
「わかった。〈契約〉を受ける。的場塞の情報を教えてくれ」
「おっと。思ったより即断でしたね。では、〈契約〉には署名が必要です。名乗り、〈契約〉を承諾すると声に出してください」
「桜佐武郎。〈契約〉を承諾する」
「長谷川傑。〈契約〉を承諾する」
「オーケィ。お前たちの〈契約〉は結ばれた」
そして、一息ついて長谷川はようやく本題を話しはじめる。
「的場塞がなぜ皆陽中学出身の一年を殺して回っているか。それは“愛するもの”のためです」
「は?」
端的で意外な答えに思わず声が出る。
「愛の力、というものは侮れませんよ。それは自らの命より遥かに重いものです。本来であれば卒業式を待たずに始末したかったのでしょうが、合計十九人。それだけ殺してしまえば式が延期しかねない。星空煉獄に止められたのでしょう」
「愛するものというのは?」
「同じく皆陽中学の出身者――名前は大島、でしたか。的場が匿っているのか、詳細は不明です。私たちもすべてを知っているわけではありません。ただ、その方のために十九人全員の抹殺が必要なのです」
「
「お答えできません。〈契約〉には含まれていませんので」
「十九人の名簿は出せるか?」
「それはもちろんです。
「とにかく、的場塞はその十九人を一刻も早く殺したい。そういうわけだな」
「ええ。すでに九人ほどは殺しているでしょうか。別の要因で死亡したものも含めれば十二人ですね」
「昨日の時点で八人。俺たちが殺したので三人。あと一人は誰だ?」
「今朝殺害されたようです」
「なるほど」
図書館には、ランキングを介さずに情勢をかなり正確に把握する手段があるらしい。
「貴方がたも皆陽中学出身の一年、というまでは把握していたかもしれませんが、その十九人までは絞り込めていなかったはずです。有用な情報提供だったと思います。いかがでしたか?」
「これが本当に正しいかは、実践をもって明らかになるというわけか」
「ええ。それでは、鬼退治に行ってらっしゃいませ」
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