18.食糧事情
生きているかぎり腹は空く。
たとえそれが、一瞬の油断さえ許されない危険な戦場であったとしてもだ。
「じゃーん! 今日の料理はあたしだよー!」
生徒会の約四分の一が第一校舎の食堂に集い、夕食をとっていた。残りの人員は大講堂に残留、あるいは食堂の周りを哨戒・警戒する役割を担う。この役割を時間差でローテーションを回す。結果、食事をとるものは食事に集中し、リラックスできる。
佐武郎はその様子を見て感心していた。「卒業式がはじまれば無所属だと寝食すらままならない」と聞かされていたが、その意味を「ままなる」側で理解できたのは幸運だった。
「どお? サブローくん。おいしい?」
厨房に立つのは片桐雫だ。他にも彼女を中心に数名。料理を受け取るものは積まれてあるアルミ製の皿を手に取り、配膳担当に手渡す。料理がよそおわれたら受け取る。一般的な食堂と同じ仕組みだ。
今晩のメニューはカレーライスである。ニンジン、ジャガイモ、牛肉が角切りにされ、飴色に炒めたタマネギが具材として入っている。ルー自体は市販のものだろう。米は大鍋で炊かれている。つまり、順当に「食える」代物だ。
「逆に意外ですが、思ったよりふつうですね」
「なんて?」
「美味いです」
これは本心だ。卒業式という戦場の最中で、これほど「普通」の料理が食べられるのは、ホッと息をつける幸福ですらある。ただ、いくらか口に運ぶにつれ「それだけでない」ことに気づく。
「あれ? よく味わってみると……これ、なにか違いますね。香りの時点で少し感じてましたが」
「お。おお~? わかる? わかっちゃう?」
「ルーは既製品ですよね。たぶん、同じものを食べたことがあります。ただ、それと比べると……」
「そうそう! そうなんだよね! こっそり隠し味入ってるの! いろいろ試したんだけど、やっぱ既製品だからさ。ふつーにレシピ通りにつくるだけで問題なく美味しいんだよね。下手なことするとむしろそのバランスを崩しちゃうの。もとの味を邪魔しない範囲で……ってなると、このあたりに落ち着いてね」
「料理が趣味なんですか?」
「せっかくなら美味しいもの食べたいじゃん! 本当だったらカレー粉とかスパイスとか小麦粉とか原材料がいろいろ揃えて一からやってみたいけど……
一連の会話で、佐武郎はふと疑問に思う。だったら、このカレーの原材料はどこから来たのか、と。
「配給だよ。卒業式中はないけど、
「へえ。でも、大変じゃないですか? 物資の奪い合いとか起きそうなものですけど」
「昔はそーゆーのあったらしいよ? つまり、そのための生徒会! 運ばれてきた物資を適切に管理して仕分けするの。揉めることがないよーに」
「ああ、生徒会というのはそういう……」
「なんだと思ってたの?」
「単なる暴力集団かと……」
「んもー。
運ばれてくる食材は、カレーの具材からもわかるように多岐に及ぶ。米や小麦粉などの主食はもちろん、各種野菜や果物、肉、魚なども含まれる。他にもいくらかの調味料。それらは学園内に四箇所ある食堂の冷蔵室に保存されるとのことだった。
また、授業を受けることによって得られる「単位」次第では菓子などの嗜好品も得られるという。どうやら通販のような感覚らしい。片桐もこの手順で希少なスパイスをいくつか手に入れたとのことだ。
(これだけの規模の施設だ。相応の予算が割かれている、ということか)
だからこそ佐武郎は、この事態を「理不尽」に感じた。
閉鎖環境で千人もの人間が生活している以上、「助け合い」で秩序が維持できているのは本当なのだろう。だが、一度卒業式がはじまれば、彼らは「殺し合い」を厭わない。
「それでも、中には配給の管理に従わないものもいるんじゃないですか?」
佐武郎が念頭に置くのは二ノ宮狂美や弾弓はじめなどの「狂人」である。あるいは、最強を誇るメテオもそれに素直に従うものかと疑問に思う。
「まー、配給とか無視する人はいるね。でもま、森にも食べられるものはあるから。メテオはわりと素直だよ」
「そうなんですか?」
「だって食料独占しても意味ないもん」
「生徒会は……独占している状態では?」
「食堂は他にもあるよ。ここ以外にも三つ。だから……大丈夫なんじゃない?」
おそらく大丈夫ではない、と佐武郎は思った。これほど気を楽にして食事にありつけるのは生徒会の組織力があるからだ。それ以外では、食堂は苛烈な戦場となっているだろう。
「すみません。おかわりいいですか?」
「お。よく食べるね~」
「美味いものですから」
「にへへ。うーん、でもダメかなあ。食料の管理って割と厳密だから……卒業式中は特にね」
「なるほど。それはそうですよね」
仕方ないので佐武郎は皿を戻し、食事を終える。
(料理が趣味、か)
料理を食べるとき、あえて「美味い」と口にする人間がどれほどいるだろうか。あるいは期待に沿わなかったとき「不味い」と気を遣わずに口にできるものは?
片桐は食事をするものの間をウロウロ歩き回っていた。きっとそんな「心の声」を聴いて回っているのだろう。彼女の異能ならば、そういった「あえて口にしない」感想を正確に聴き、フィードバックできる。
その結果があのカレーなのだ。そんなことを考えた。
割り当てられた「食事時間」にはまだ余裕がある。佐武郎は食堂の隅に立って、一帯を見渡した。
人間は生きているかぎり必ずどこかで「隙」を見せる。
食事。排泄。入浴。睡眠。四六時中気を張り詰め臨戦態勢であることはできない。
卒業式は一瞬の油断が死に繋がりかねない危険な戦場だ。であれば、その「油断」は集団で補完する。隙ができてしまう一時が避けられないなら、緊張と警戒は他人に任せればよい。生徒会は組織として理に適っていた。
カレーを頬張りながら談笑する彼らは、見かけ上ただの子供、ただの学生であり、殺し合いに従事する「兵器」にはとても見えない。彼らは精一杯に
(あいつは……たしか影浦亜里香か。隣にいるのは鳴神ラヤだな。それから佐藤愛子に及川みく、鍛冶さやか……あのあたりは一年だな)
機会なので、顔と名前を一致させる作業をはじめる。この場にいるのは十二人。あえて思い出すまでもなく顔を覚えたものも何人かいる。果たして、このうちで何人が死ぬのか。
そうして、彼らを眺めているうちに気づく。
(そうか、食料だけじゃない。服に化粧品、髪留め……それらもわざわざ支給されている)
そうして、彼らは飼い慣らされているのだろう。巨大で合理的なシステムだ。彼らにはそれだけの価値があると期待されている。だというのに。
『さぶろー、見てきたよ』
食事を早めに終えたのには理由があった。この食堂では他にもすることがあったからだ。厳密には、用があるのは外である。佐武郎は壁を抜けてきた
『例の場所、なにもないみたいだよ』
デッドドロップの確認である。
指定した場所を伝え、その場所にさりげなく情報や物品を放置する。両者が互いに接触する危険を冒さずに済む情報伝達手段としてスパイに好まれる手法だ。佐武郎は一度、この手法でイリーナと連絡を取り合っている。
その「指定した場所」が、第一校舎の脇にある植樹の茂みだった。佐武郎は生徒会の監視下にあり自由に動けぬ身でありながら、リッシュを介することで情報を受け取ろうとしていた。
ただし、特に続報はない。
『まあ、特に連絡することもないんじゃない? さぶろーの任務は、引き続き“的場を斃す”ってことで!』
「的場。的場か……。勝てると思うか? あれに?」
『え。さぶろーには無理だと思うけど』
「だよな」
佐武郎は深くため息をついた。勝つための算段はいくらか浮かぶが、危険な賭けになることは目に見えていた。
もっとも、一対一で挑むつもりなど毛頭ない。
「時間だ。メンバーは会議室に集合してくれ」
鬼丸ありすの呼びかけに、執行部の面々が立ち上がる。
束の間の休息は終わり、殺し合いの準備が始まる。
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