19.卒業式二日目

「おかえり的場。どうだった?」


 卒業式こそ始まったものの、現状は拠点である時計塔に篭っているだけの羽犬塚にとって、最大の楽しみは帰ってくる的場からの報告だった。まだ二日目だというのに「どうだった?」はすでに恒例の挨拶になっていた。


「あと五人がどうしても見つからない」

「ありゃりゃ……隠蔽系かな。俺の異能でも見つからないやつが実際何人かいるんだよね」

「生徒会もか?」

「うん。生徒会は確実に隠蔽系の異能者を持ってる。大講堂の内部情報は


 すなわち、大講堂内で誰かが殺害されたとしてもそのポイントは計上されないということ。事実、去年の卒業式でもポイントの合計は開始時と終了時で計算が合わない。


「でも、標的の一人が大講堂に連れ込まれてるのは確認したよ。正確には二人で、そのうち一人は標的じゃなかった。生徒会も“皆陽中学出身の一年”ってまでは当たりはつけてたんだろうね」

「それだけか?」

「うん?」

「生徒会が掴んでいるという情報はそれだけか?」

「どうだろ。生徒会は五十人もいるからね。どんな異能者を抱えているのか全然わからないし」


 羽犬塚はあえて生徒会が図書館へ向かったという情報を隠した。「図書館に接触した」ということは的場の事情をかなり正確に把握している可能性が高い。そして、その情報をもとに明日にでも罠を張るだろう。

 ただ、羽犬塚としては的場が斃れるならそれでいい。羽犬塚がより高いポイント、より高い順位を得るには的場が生徒会に斃される方が都合がよいからだ。標的の位置を的場に伝えているのも、的場の単独行動を支援してその確率を上げるためのものだ。


「すまないね、的場。俺に手伝えるのはせいぜいこうして情報を伝えるだけだ」

「構わん」


 そして、的場自身もそれを承服している。メテオは表立った対立関係こそないが、裏ではそのような緊張関係があった。


「あ、それから少なくとも一人は生徒会に所属してるよ。どうするつもりだい?」

「…………」


 的場は返事をしなかった。的場のことだからなにか考えはあるに違いない。ただ、あえて羽犬塚に手の内を晒す必要はないということだろう。

 さすがに俺も敵に情報を漏らすまではしないのに――と、羽犬塚は内心しょげた。


 ***


「作戦は明日決行する。なにか質問は?」


 二階小会議室に集められたメンバーは八人。生徒会執行部の三人――鬼丸ありす、片桐雫、西山彰久に加え、囮役となる佐藤愛子。他は、佐武郎にとっては初めて顔を合わせる生徒だった。


「はいはーい。ミルちゃんは?」


 質問者は片桐雫。

 というのも、「死亡中」の二ノ宮綾子を除いたもう一人の執行部員・有沢ミルのことだ。


「有沢は今回の作戦には参加しない。作戦の参加は任意であり、彼女は拒否した。他には?」

「え、マジで。なんで? ありすが嫌われてるから?」

「かもしれんな。他には?」

「はいはーい。会長が起きるまで待ってもよくない? こっちで二人すでに確保してるから別に急ぐ必要はないよね?」

「会長が倒れ、お目覚めになるまで四十八時間。すでに二十時間ほどは経ったか。この時間は去年の経緯によってメテオにもバレている。会長がいないということは的場にとっても油断となる。単独で的場に対抗できる戦力は会長だけだからだ」

「そんなものかなあ。この面子に囲まれたらふつうに逃げの一手だと思うけど」

「“会長がいない”という隙はつきたいはずだ。他には?」

「はいはーい」

「またか」

「なんでサブローくんがここにいるの?」

「彼が有能だからだ」

「……え? それだけ?」


 隣に本人がいるというのに不躾な質問だったが、たしかに場違い感はある。佐武郎は生徒会に入ってまだ三〜四日。他のメンバーには一年も含まれてはいるが、佐武郎よりは在籍歴は長い。


「有能って。そうだっけ?」

「こっちを見ないでくれますか」


 ただ、副会長・鬼丸ありすからは認められているらしい。


「他にはあるか?」

「はい」

「お。有能なサブローくん」


 いちいち茶々を入れる片桐は無視する。


「的場のポイントは誰が得るんですか」

「……そうだな」


 その質問には鬼丸ありすも少し答えに窮したようだった。


「やはり、その点についてはハッキリさせておくべきだろうな。八人で協力するといってもポイントが八人の山分けされるわけではない。ポイントを手に入れるのは止めを刺した一人だけだ。ゆえに、私はポイントは捨ててしまっても構わないと思っている」

「ポイントを捨てる?」


 佐武郎にとっては初耳の事柄だった。


「隠蔽系異能で情報を遮断した空間内で殺害する。そうすれば、情報は外に漏れずポイントは計上されない」

「そんなことが」


 できるのか、と佐武郎は息を呑む。


「的場のポイントは80近い。かなり大きな数値だ。このポイントをそのまま手に入れることは危険性を伴うことでもある。また、我々のうちで奪い合いとなり揉めるような事態も避けたい。そのためにはポイントを捨てることが最善だと考えていた、が……」

「それは的場に対して見せる油断でもあると」

「そうだ。的場は“殺し方”をこだわれるような相手ではない。よって、より確実性を期すなら殺せるときに殺すべきだ。誰が止めを刺すかは問わないものとする」


 それはそれで揉めそうだな、と佐武郎は思った。

 とはいえ、さすがにポイント欲しさに仲間を後ろから刺すようなものはいないか――とは思いたいが、それほど信頼できるくらいにそれぞれの人となりを知っているわけでもない。そもそも話したことのない面子も多い。混戦のなかで誰も見ていない状況であれば、「ない」とは言い切れない。それは裏切り行為だが、卒業確実なポイントを得たのなら生徒会を抜けてもよいのだ。


「えっと、僕もいい?」


 次に手を挙げたのは西山だ。


「戦力はこれで十分なのかな。いや、八人もいれば十分だとは思うけど……他にもっといてもいいというか……」

「大講堂の守りを疎かにすることもできない。また、部隊が大きくなりすぎると隠密性も低下する。的場に罠と見破られ避けられては元も子もない」

「罠なのは……さすがにバレないかな?」

「なんとも言えんな。的場はあれでいて慎重で警戒心が強い。だからこそ初日から動きはじめているのは異例であり意外だった。的場にとって標的の抹殺はなによりも優先されることであるらしい。その使命と警戒心とで天秤にかけ、警戒心に傾けない程度の罠を張る」


 確実とは言えない。実戦とはそういうものだ。情報を収集し、予測し、綿密な作戦を立てたとしても、「戦場の霧」が晴れることはない。結局は「なにが起こるかわからない」霧の中に勇気を持って足を踏み入れるしかないのだ。


「他には?」

「なあ、おれもいいか?」


 その声は八人のメンバーからではなく、会議室の入り口から聞こえた。

 火熾エイラだ。前日、的場に致命傷を受け佐藤愛子の〈治癒〉によって一命は取り留めたものの、まだ全快というわけでもない。実際、壁に手をかけ、ややふらついているように見えた。


「大丈夫なのか?」


 鬼丸ありすが声をかける。


「ああ。愛子の〈治癒〉のおかげでな」

「ダメですよ。もう生活には支障のないくらいには治ってると思いますけど、血肉がまだ完全には馴染んではいないはずです。戦うなんて……」

「大丈夫だ。いける。的場のやろーには一矢報いねえと気が済まない」

「だそうだ。正直のところ、火熾が戦力として加わるのはありがたい」

「ありがとよ。副会長」

「も〜……」


 佐藤愛子は不服そうだったが、これで九人。

 佐武郎ですらも、ここにいる生徒の異能は把握しきれていない。ましてや、的場は人数すらわからぬ状態で包囲されるのだ。

 勝てはするだろう。作戦がうまくいけば。

 だが。


 ***


「ん。的場は?」

「寝たよ。彼は規則正しい生活を心がけているからね」


 深夜。時計塔。闇に紛れて羽犬塚に話しかけてきたのは魅々山迷杜である。袋入りのナタデココをシロップごと飲んでいた。


「でさ、死ぬ? あいつ。明日くらいにはさ」


 唐突な爆弾発言に羽犬塚は思わず吹き出しそうになる。


「急になんてこというんだ。狸寝入りだったらどうするつもりだい?」

「別にいいでしょ。私らは仲良しクラブじゃないんだから」

「まあ、そうだね。それからすれば、俺が君にそのことを話す義理もないんだけど」

「いじわる」

「わかった話すよ。生徒会は十中八九罠を張ってる。それに上手く嵌れば的場は死ぬだろう。ただ、的場も俺の想定にはない動きをしている節がある」

「なにそれ」

「俺の異能にわかるのは“動き”だけだ。話を聞くことはできないから、詳細まではわからない」

「つまり?」

「五分五分だよ。的場が死ぬかどうかはね」

「ふーん。つまんない答え」

「別に賭けをしようってわけじゃないんだ。わからないものはわからないと答えるのが誠実な態度さ」

「じゃあ賭ける? 私は“死ぬ”と思うけど」

「……それだと、俺は“死なない”に賭けるしかなくなるじゃないか」

「あはっ。なら、やっぱ死ぬんだ?」

「わからないって言ってるだろ。ただ、明日はとても面白いことが起こる。それだけは確実だよ」


 ***


 そして、卒業式の第二日が終わる。残り918人――

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