20.包囲網
的場は羽犬塚より新たに二名の標的について教えられた。
これまでどこに隠れていたかは不明だが、現在は旧校舎――より厳密には体育館跡に身を潜めているとのことだった。
奇妙ではある。昨日まで羽犬塚でも足跡を追えなかったということは隠蔽系異能に守られていたということ。それがなぜ、今日になってその守りの外へ出たのか。
なにか事情があったのだろうと憶測することはできる。もっとわかりやすいのは、それが罠だということだ。
「うち一人は生徒会だからね」
羽犬塚もまたその可能性を示唆した。
罠だ。「かもしれない」ではなく、そう断定して動いた方がよい。だが、好機であることも確かだ。生徒会に所属する佐藤愛子を抹殺する機会はそう巡って来るものではない。あの森での一戦、二ノ宮綾子の背後に彼女の姿は見えていたが、あの状況では逃げる他なかった。
今であればその二ノ宮綾子もいない。罠を張っているといっても二ノ宮綾子は不在の罠だ。であれば、打つ手はある。的場には秘策がある。
的場は旧校舎区画に足を踏み入れる。建物がボロボロに崩れ、蔦が這い苔がむし、どこか薄暗くさえ思えた。
まだ卒業式も最序盤。外はただでさえ静かだというのに、旧校舎はそれ以上だ。
そのはずだった。
「キシャー!」
突如、的場の背後を狙う影。右手の五本指が鋭く伸び、鉄以上の硬度となった爪を凶器とする異能者。
不意打ちではあったが、神経を尖らせ警戒していた的場にとっては大した問題ではない。隙の多い未熟な動きに対し、裏拳を顔面に叩き込み一撃で終わりだ。凶人は頭部を力点に身体を大きく回転させながら弾け飛び、そのまま校舎の壁の染みになった。
(ポイント増加は1Ptか)
すかさず、自分がなにを斃したのかを確認する。
1Ptということは一年だったということ。不意をつけば勝てると思ったのか。的場だとわかって襲ったのか。それはわからない。条件反射で瞬殺せずに尋問すればわかることもあったのではないかと後悔する。
だが、その後悔もすぐに霧散した。ぞろぞろと、新たに似たような凶人が姿を表したからだ。
(四人。なんだこいつらは)
全員その目は虚ろであり、身のこなしから見ても大した実力でもない。顔もよく知らないことから、先の爪を振るった敵と同じく一年だろうと判断できた。
だが、なぜ向かってくるのか。彼らが的場のことを知らないまでも、先の決着を見れば実力はわかったはずだ。なにより、隠れて生き延びるためこの旧校舎にいたのではないか。
不自然ではあったが、向かってくるなら叩き潰す。的場は拳を振るった。
***
(やはり全員が一年……)
四人の凶人はすぐに死体となった。同時に四人も相手にすれば的場といえど攻撃を受けなかったわけではないが、当然のように無傷だ。戦闘時間もせいぜい二分ほどであり、圧勝といっても差し支えない。的場にとってはいくらか汗をかくだけの運動に過ぎない。
彼らの死体は頭蓋を砕かれ、胸骨を砕かれ、壁に衝突した衝撃で四肢があらぬ方向に曲がっていた。ほとんどがただの一撃で絶命してる。
そのうち、一人はまだ息があった。止めを刺さずに残しておいたのだ。
「起きろ」
的場はその男の顔を上げさせ、問いを投げかける。
「お前たちはなんだ。なぜ俺を襲った」
あまりよい質問ではなかった。なぜ襲ったかといえば、「ポイントが欲しかったから」に決まっている。聞くべきなのは別の質問だと考え直す。
「……違うな。お前たちは俺が誰なのか知らなかったのか?」
知っていたのなら無闇に襲ってくるはずがない。それは的場の自負であり、結果からわかる明らかな実力差からも、理性を持つ正常な生徒であれはそう判断するはずだった。
「へ、へへ……」
だが、彼は正気を失っているように見えた。まともに話ができるかも定かではない。
「グボぇあ!」
「!」
最期の力を振り絞るように、彼は的場に血を吹きかける。それは単なる悪あがきではない。
「酸、か――!」
男の吐瀉物はなんらかの異能で強酸性の劇物となっていた。的場は咄嗟に身を躱すが、数滴はその身に受けてしまう。とはいえ、傷はない。いかなる攻撃であれ、的場の方は無傷である。
(死んだ。自決か?)
ただし、酸を吐いた当人はそのかぎりではない。本人の異能ではないのか、あるいは使い方を誤ったのか、彼は自らの吐瀉物に焼かれて死んでいた。よって、またしても尋問の手がかりは失われてしまう。
(なんだこれは)
異常だった。旧校舎区画は魔境だ。しかし、これは様子がおかしい。
偶然か。あるいは、旧体育館に隠れているという二人となにか関係はあるのか。これも生徒会の仕掛けた罠の一環なのか。
先の見えない霧の中に迷い込んでしまった。危険な罠が仕掛けられているのはもはや確かだ。
しかし、この時点で仕掛けてきたのなら、むしろ退路にこそ罠が仕掛けられているのかもしれない。安全を優先する場合でも、すでに撤退が最善の選択肢とはかぎらない状況となった。心理的に退路は絶たれてしまった。
ならば進むしかない。的場は旧体育館を目指した。
その有り様は、かろうじて建物の輪郭を残しているといえるものだった。
屋根は破れ鉄骨が剥き出しになり、雨風を凌ぐ役割を果たしていない。草木に侵食された廃墟はもはや遺跡のような風格すらあった。
よって、外からでもある程度の見通しは立つ。
一目見るかぎり、人の気配はない。一階のアリーナにも、二階のキャットウォークにも敵が潜んでいる様子はない。ただ、それでも死角はある。全域が見通せるわけではない。どこか物陰に隠れている可能性は否めないが、だとしても敵は少数。少なくとも生徒会五十人全員が潜むような陰はない。
また、奥にはまだ機能しているように見える扉がある。おそらくは体育倉庫だ。標的が隠れ潜んでいるとしたらそこだろう、と的場は当たりをつけた。敵が潜んでいたとしても、そこから姿を表し的場に奇襲をかけることは考えられない。
(あるいは、なんらかの異能で姿を隠している、か……)
的場は目を凝らす。「なにかいるはずだ」と注意すれば〈幻影〉は解除される。罠を張るなら潜伏している敵は一人や二人ではない。具体的に対象の潜む地点を凝視せずとも、部隊を覆い隠すほどの〈幻影〉であれば綻びも生じやすいはずだ。
(いない……?)
これは逆に的場の警戒を強めた。想定される位置に敵が見えないということは、それ以外の予想し得ない位置に敵が潜んでいる可能性を意味する。すなわち、的場のここまでの思考と行動は読まれていたことをも意味する。
的場は依然として「気のせい」だとか「考えすぎ」だといった予断には甘えない。敵は確実に潜んでおり罠を張っているはずだと、猜疑心にも似た警戒を続けている。
だが、外からの観察ではこれ以上の情報は得られそうにない。
いくつかの敵襲パターンを脳内で想定し、的場は旧体育館に足を踏み入れた。
「待ってたぜ。的場よ」
瞬間、目の前に――体育館中央に、見知った顔が現れる。
火熾エイラ。先日森で対峙した、生徒会の〈発火〉の異能者だ。
(馬鹿な――いや、これは)
幻影ではない。隠蔽系の異能だ。体育館全周を覆い、外に情報が漏れないようにしていた。こうして中に足を踏み入れたことで、的場の目はついに敵の姿を捉えた。
(二階にも四人……囲まれている)
「よそ見してんじゃねえよ」
火熾の異能が、文字通りに火を吹く。さらには、二階から拳銃による射撃。いずれも的場には傷一つつけられない。かといって、包囲されているという事態は、的場にとっても脅威であった。
「ぐ――!」
背中に電流が走る。これもまた比喩ではない。
髪がばちばちに縮れた、鋭い目つきの少女がそこにいた。
――鳴神ラヤ(二年) 生徒会 9Pt――
(〈雷迅〉――!)
通常ならば人間は即死するほどの電撃である。心室細動と肺水腫を引き起こすほどの電流である。だが、やはりこの攻撃も的場には通用しない。的場の異能とは皮膚を鉄のように硬質化するというようなものではなく、「あらゆる攻撃によって傷を負わない」という概念装甲だからである。
だが、逆にいえばそれだけだ。電流による筋肉の不随意運動まで防げるものではない。電撃を受けたことで的場の肉体は硬直し、身動きが取れない。大きな隙を生じることになった。
(いや、それよりも)
新たな敵は背後より突如現れた。あの一瞬で、音もなく忍び寄ったなどということはありえない。その答えは、すなわち。
(〈幻影〉か……!)
敵は情報遮断の内側で幻影による潜伏を行なっていた。敵の姿が見えたことで的場は油断してしまっていたのだ。むろん、少し考えればその可能性には気づけた。その点は敵が上手だった。「少し考える」より先に畳み掛けてきた。
気づけば、敵は九人。完全に敵の術中に落ちたと的場は自覚した。電撃と火炎による攻撃を交互に浴びせられるだけで、的場には打つ手がない。
そのうえ、未知の敵が七人。うち、隠蔽と幻影の異能者を引き五人。佐藤愛子は標的であり〈治癒〉の異能者、戦力とはならないため四人。うち、顔を知る三人は生徒会執行部。最後の一人はまったくの未知だ。
――桜佐武郎(二年) 転入生・生徒会 8Pt――
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