21.的場塞②
(これで終わりか……?)
鬼丸ありすは二階から油断なく戦いの経緯を観察していた。
想定した通りの流れではある。
的場の異能が単に皮膚を硬質化させるものなら、熱や電流によって斃すことができる。いくら皮膚が硬くとも内側まで熱が通れば丸焼きだ。皮膚が硬いだけなら感電死する。
ただ、そうではないと彼女は確信していた。その程度の異能が学園二位にまで至れるはずがない。いくら緊急の使命があるとはいえ、単独行動で動き回れるほどの自負が得られるはずはない。「まず死なない」くらいの異能でなければ、的場塞の経歴とは噛み合わないと考えていた。
それでいて、的場は油断なく敵の攻撃は可能なかぎり避ける。当たったところで傷はつかないのに避けようとする。これは、「当たりさえすれば可能性はある」と敵に誤認させるための習慣だろうか。
だが、あるいは。
傷はつかないかもしれないが、傷がつかないだけであればどうか。
あらゆる攻撃を遮断できるとして、命に別状のない反射を引き起こされるものはどうか。電流による筋肉の不随意運動はどうか。傷こそつかないとはいえ、押されて転ぶことはあるのか。
的場は二ノ宮会長の攻撃に対してほとんど反撃ができなかった。それは二ノ宮会長の攻撃によって姿勢を崩されていたからだ。
すなわち、的場は攻撃による影響すべてを無視できるわけではない。的場の異能は変形を防ぐ超剛体化であり、それ以外の物理的影響は受けるのだ。
ならば可能性はある。そうして思い描いたのがこの光景だ。
定期的に電流を浴びせ不随意運動を引き起こすことで、的場は身動きが取れない。その隙に火熾エイラの熱攻撃を浴びせ、攻撃の手を緩めない。このまま一方的に飽和攻撃を続ければ、的場の防御もいずれ限界を迎える。
おそらくは二分。的場が連続して「無敵」でいられるのは、その時間が限界だ。
うまくいっている。だが、うまく行き過ぎている。
鬼丸ありすは直感的に不安を覚える。
確かに、作戦は完璧だった。事前に旧校舎に潜伏していた野良の一年を手駒として使い、的場を襲わせた。〈増幅〉した〈幻影〉によって彼らから正気を奪い、的場に命を顧みず突撃させた。
それは的場の接近を知らせる鐘の代わりである。外で大きな戦闘音が聞こえたとき、生徒会は臨戦態勢を整えた。同時に、的場は疑心暗鬼に陥ったはずだ。
疑心暗鬼がどちらに作用するかは賭けだった。危険性を過大に評価し撤退されるリスクもあった。結果として、これはうまくいった。的場は大きく警戒し、〈幻影〉による潜伏を疑って目を凝らした。しかし、敵の姿は見えない。そして体育館に足を踏み入れた瞬間に〈遮蔽〉によるものだったという「真実」を与える。その隙をついて、この状態へと持ち込んだ。
だが。
(これで終わりか、的場……? この程度であれば、お前にこれまで苦戦することはなかったはずだ)
この結末は、的場の
鬼丸ありすが不安を拭えないのはそのためである。
「片桐」
まだなにか切り札があるのか。もしや、そもそも「二分の無敵時間」という推測が誤りだったのか。それを探るため、鬼丸は隣の片桐雫と手を繋いだ。
鬼丸ありすの異能は〈増幅〉。それは「手を繋いだ相手の異能を増幅させる」というもの。自身ではなにもできない支援系の異能である。
異能のなにが増幅されるかは対象によって異なる。片桐の〈聴心〉の場合、それは射程である。本来は半径4mほどの射程が、増幅されることによって30mにまで延びる。ゆえに、二階の位置からも的場の言葉を聞くことができる。
「あっ、まずい」
片桐がつぶやく。鬼丸の嫌な予感は当たった。
「伏せて! 火熾ちゃん、ラヤちゃん!」
うまく機能しているはずの包囲攻撃中止の指示。不可解だった。しかし、理由を問い返す余裕もないのだろうと火熾も鳴神も察する。
パコン。
そして、その答え合わせはすぐに訪れた。
「なっ――!」
入口より、テニスボールの乱入。
的場に向けて放たれたテニスボールは、体育館中央で大きく爆発した。囲んでいた火熾エイラと鳴神ラヤもすかさず身を躱すことになる。奇襲に対しても「伏せろ」という指示が間に合ったために大事には至らなかった。せいぜい、背を火傷する程度の損傷である。
しかし。完成していた包囲は、崩れてしまった。
「これでよかった? 的場先輩」
ボールを打ち込んできた主は、弾弓はじめであった。生徒会にとって完全に予想外の戦力である。
(やられた――! たしかに、メテオが増援として来ることはない。であれば、協力者は外注すればよいだけの話だった……!)
すべての戦力を自組織だけで賄う生徒会であるがゆえの盲点。もっとも、つい先日外部組織である図書館に情報提供の協力を求めたばかりである。ゆえに、本来であれば気付くべきだった。しかし、その本来はもはや遠い。気付くことのできなかった今が現実である。
事態は一瞬で急変する。爆発によって的場にダメージはない。しかし、直前で躱したとはいえ、彼を囲んでいた二人は別である。姿勢を崩し、いくらかの衝撃を受けた。よって、起き上がるには数秒を要する。
その数秒が命取りだった。
的場はすかさず倒れていた鳴神ラヤの頭部を打ち砕いた。彼女は的場にとっていわば天敵だったからである。
その一撃をもって頭蓋は砕かれ、脳漿をぶちまけて彼女は絶命した。
「ていうかうわっ! 多っ! 僕もう退散するね」
「逃すな!」
予想外の事態。鬼丸ありすは撤退しようとする不確定要素の排除を指示した。ここで逃しては、また乱入される恐れがあった。戦力を分散させることになってしまうが、崩れてしまった状況をいち早く修復する必要があった。
逃げる弾弓の前に立つのは、佐武郎である。
「おっと」
「お前は……昨日のテニス部か。なぜここにいる」
「誰だっけ? ……ああ、先輩を撃った人だね」
佐武郎は「ここは俺一人に任せろ」と仲間に手振りで伝えた。弾弓としても、一対一なら願ったりである。
「あのあと、的場先輩に会ってね。喧嘩をふっかけたんだけど負けちゃって。殺されると思ったけど、協力するなら命は助けてやるって。まだ死にたくなかったから受けたんだ」
「そうか。なるほどな」
そのような経緯など予想できるはずもない。のちに確認した弾弓のポイントは19Pt。それだけのポイントが的場に加算されていたのならともかく、殺してはいないのだから増えてはいない。
的場は慎重で警戒心が強い。生徒会に自らの事情を知られたと判断した的場は、彼らが罠を仕掛けてくるだろうと予想した。それは先行きの見えない「霧」である。
それでも、なさねばならぬことをなすためには霧の中に足を踏み入れなければならない。そんな霧の中で可能なかぎり危険性を減らすにはどうすればよいか。
仲間を増やす。
的場が弾弓に指示したのは、「十分後に動け」というもの。的場はその時間を計算に入れながら慎重に警戒態勢を振る舞っていた。「敵に囲まれているようなら俺に向かってボールを打ち、状況を打開しろ」そのようにも伝えていた。
それが、的場の用意していた秘策である。
「さて、どう遊ぶ? テニスをするにはちょっと近すぎるから、できれば距離をとって欲しいんだけど」
「そうするか」
敵からの、半ば冗談めいた提案に佐武郎はあっさり乗って背を向ける。弾弓も少し呆気取られていたようだった。
一歩、踏み出すという挙動に紛れて佐武郎は振り向き、銃を抜く。そのままの流れる動作で彼は弾弓の頭部を撃ち抜いていた。
「銃を持っていることを知っているわりに妙に自信のある態度が気にかかっていた。やはり防弾ベストを着ていたようだな」
佐武郎に19Ptが加算された。
***
「火熾!」
鬼丸ありすは二階から飛び降り、火熾エイラに呼びかけた。手を繋ぎ、その異能を〈増幅〉する。体育館は一瞬で炎の海となった。
「……振り出しに戻ってしまったな。いや、それより状況は悪いか……」
的場塞は健在である。そして、仲間の一人である鳴神ラヤを失った。飽和攻撃の要件を満たすことは難しくなった。
「…………」
的場はまだ油断していない。彼自身が弾弓という仲間を加え冗長性を獲得したように、敵である生徒会も作戦に冗長性を持たせているはずだと考えたからだ。弾弓の乱入によって完璧だったはずの作戦に穴を開けた。だが、ただ一点の穴を開けただけで崩れ去るような脆い作戦ではないはずだ。
的場は侮ってはいない。会長が不在だとしても、鬼丸ありすという女を決して侮ってはいなかった。
「こわいね。本当に隙がない」
新たな包囲を作る。的場の背後より現れたのは、四人の西山彰久である。
(〈幻影〉、か……?)
だが、いくら目を凝らそうとも四人の姿は一人も消えない。彼らは全員が実在している。ゆえに、全員が脅威である。
西山彰久の〈分身〉は、同時に最大で四人まで存在できる。また、〈分身〉は服装まで再現されるが、武器は再現されない。あくまで「囮となる質量」を発生させる異能であり、「戦闘員を増やす」ための異能ではない。
だが、西山はこれを後者の用法で使おうとしている。それは彼の長い訓練の賜物である。
つまり、彼ら――四体の分身――が手に持っている鉄パイプは、わざわざ四人分用意したものなのだ。
「さて、行くよ」
わざわざ口に出すのは、己を鼓舞するためだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます