2.決戦前

 大島ざきりの襲撃から一週間が経過した。卒業式も折り返しが過ぎたことになる。

 この一週間は、驚くほどに静かだった。序盤の慌ただしさ――的場塞の討滅、大島ざきりの襲撃、片桐雫の死、瀬良兵衛の撃退――が嘘のように静かだった。

 それも、生徒会にとって、ではない。ランキングの変動を見ても緩やかだった。

 一週間前の残り人数が831人。現在が、814人。一週間でわずか十七人。この進行の遅さは明らかに異例である。


「これは、なにも起こっていないというより、なにか起こっていると見るべきね」


 執行部定例会議において、二ノ宮綾子はそう発言した。

 会議室が静まる。二ノ宮の発言に問題があったわけではない。本来ならばすかさずツッコミを入れてくる人物の存在が欠けていたためだ。


「……なにか、っていうと、なに?」


 有沢ミルがその役の代わりを務める。


「籠城、とか? 未知の勢力が数百人単位で隠れてて、だから殺し合いが起こらない」


 答えたのは西山彰久だ。


「私もたまに哨戒に出てるけど、それらしい連中に覚えはないわよ」

「異能で隠れてるんなら見つかりっこない。生徒会うちだって〈遮蔽〉で隠れてるわけだからね」

「でも、ただ隠れてるってだけなら脅威じゃないわね。卒業式は長引くかもしれないけど」

「どうかな……」


 この件についてはなにを言っても推測の域を出ない。可能性を列挙することはいくらか有意義ではあるかもしれないが、一週間前に自身の出した推測が結果的に「外れ」であったために西山はさらなる発言を躊躇った。


「そうそう。羽犬塚はどうなったの? 四天王の補充を探してるんじゃないかとか西山が言ってたけど、あれ以来動きはないわけ?」

「そのようね。もう諦めたのか、そもそも補充という線が誤りだったのかはわからないけれど」

「あの、あまり言わないでくれますか? 結構自信あって、新四天王候補のそれっぽいリストまで用意してたんですから……」

「必要な補充が二人になったことも関係あるかしら。補充が必要ならむしろ焦って動くような気もするけれど、逆にもう諦めてしまうこともあるかもしれないわ。結果的には後者のようね」

「いえ……おそらく、僕の推測が誤っていたのでしょう。羽犬塚の動きは、なんの意味もない、ただの気まぐれだった……」

「彰久。それはそれで考えにくいことだわ」

「……ですね。とはいえ、もはや考えてもあまり意味はないかと」

「動きがない以上は、そうね。ところで、もう一つ気になることがあったわ。兵衛が死んだことでメテオ四天王はあと二人になった。去年に図書館からもらった助言は“四天王が二人になるまで待て”だったかしら? ありす」

「あ、はい」


 口数が少なく、沈黙を保っていたのは鬼丸ありすだった。これまでの会議では進行役を務めていたが、今の彼女はどこか呆けているようにも見える。


「四天王が二人になれば“なにか”が起こる。だからそれまで待て。そんなニュアンスだったと思います」

「なにかが起こる……変な表現ね。つまり、図書館が満を侍して仕掛けるつもりということ?」

「どうでしょう。専守防衛の図書館があえて動くことは想像できません。特に、長谷川は六年も留年しているような男です。それがなぜ今、というのは疑問です」

「二人というのも気になるわね。残るのは羽犬塚明と魅々山迷杜だけれど、二人だけでも十分な脅威よ。特に明は厄介そのもの。私たちもメテオに仕掛けるなら、できれば明を排除してからにしたいと考えている。ふつうならそう考えるはずよ」

「図書館でなくとも、なんらかの勢力がメテオに仕掛ける可能性を示唆していると、会長はそうお考えですか?」

「図書館の情報を信じるならね。彼らがなぜそんな情報を持っているのかは疑問だけど、多分異能があるのでしょう。そして、この情報提供は星空煉獄を斃すためにその勢力と私たちを合流させることを意図している」

「ねえ、ちょっといい? それって去年の話よね? その情報ってまだ有効なの?」


 指摘するのは有沢である。


「実際、四天王が二人になったってのも一週間前なわけでしょ。一週間なにも起こってないわけじゃない。その“なにか”ってもう起こらないんじゃない?」


 もっともな意見だ。“なにか”が起こることを期待するより、“なにか”を起こすべきだ。有沢はそう主張している。


「そうね。塞も兵衛も斃せたのは幸運によるものだったといってもよい。でも、明についてはこちらから動いて誘い出すことを考えないといけないわね。このままでは籠城されるだけで勝ち逃げされかねない」


 現在、羽犬塚明のポイントは47Pt。依然としてランキングは四位。ただ、二ノ宮狂美が46Ptとなり、鬼丸ありすが41Ptと迫ってきている。羽犬塚も、もはや胡坐をかいていられる状況ではない。

 鬼丸ありすともう一人、生徒会を上位に食い込ませる。そうなれば、羽犬塚明も再び五位圏内に戻るため動かざるを得ない。

 生徒会の基本戦略がそれだ。しかし、現状ではそれも上手くいっていない。ポイントを稼ぐための手頃な標的が見つからないからだ。


「私が今37Ptで八位でしょ。空中投下の食糧狙いに群がるやつとか、もうちょっと狩って稼いでおきたかったんだけどね。だけどさ、全然姿見せないの!」


 鬼丸ありすの次に五位圏内に近いのが有沢ミルである。彼女もこの一週間でいくらか動いてはいたが、思ったよりポイントを稼げずに焦りを覚えていた。


「いっそ部活動連合にでも仕掛けようかしら。雑魚ばっかだけど、数はいるでしょ」

「うーん。あまり情報がないからね。仕掛けるにしても準備がいるかな……」

「というか西山って何ポイントだっけ? 20は超えた?」

「なんとかね。22Ptで十二位。かなり厳しそうだ」

「あ! というか、あいつは? 実はあいつもかなりポイント高いでしょ。たしか35Pt。ランキングだと私のすぐ下なんだけど!」


 有沢が指す人物は、この場にはいない桜佐武郎である。


「というか、あいついないの? なんかいつも会議に顔出してるイメージだったけど」

「……彼には別件がある」


 答えるのは鬼丸だ。


「ふうん? まあ、あいつ二年だしね。下手にポイント稼がれても困るわ。私、留年するつもりないし」

「でも、はそうでもないみたいだ」ランキング表を眺めながら西山が話す。「ランキング上位の二十位以内は、卒業式が始まってからメテオと生徒会ぼくたち以外ほとんど動きがない。死んでるのはいても、増えてるのは全然。今年は諦めて留年覚悟なんじゃないかと思う」

「ビビりばっかで困るわね。そいつら一人でもれたらいいとこまで行けるのに」


 生徒会がランキング五位圏内を占め、羽犬塚を追い出すことができれば彼を動かすことができる。だが、そのために生徒会が動かざるを得ない状況もまた危険を伴う。20Pt以上の上位者を狩れれば一気に逆転はできるが、そのような上位者は注意深く潜み、巧妙に罠を張っている。

 また、仮に五位圏内を占めることができ、羽犬塚を動かせたとして、そこで捕らえられるともかぎらない。


「というかありす? あんたもまだポイント稼ぐ必要あるからね? やる気ある?」

「…………」


 まだ卒業式は半ば過ぎ。時間はある。だが、様々な要因により生徒会の戦略は難航していた。


 ***


「そろそろまずいかな?」


 時計塔で寝そべる羽犬塚明は泣きぼくろを撫で、ランキングを眺めながらそう呟いた。


「え、なに、あいつ? まさか突破しようとしてる?!」


 そんな独り言に反応して魅々山迷杜は慌てて身を起こした。積み上げた本を崩すほどに慌てていた。


「え? いや、俺のランキングの話だけど。今んとこ四位には入ってるけど、すぐ下の二ノ宮狂美とは1Ptしか差がないし……」

「二ノ宮狂美! あいつよ! あいつまだいんの?」

「え? いや、あー、諦めて帰ったっぽいよ。煉獄の壁を突破できなくてさ」

「そう……。ならいいけど」


 あれ以来、魅々山は狂美に追われ続けていた。時計塔に戻ってからはずっと引きこもってはいたが、それでも狂美は時計塔の周りをうろうろして“壁”を突破しようとしつこく攻撃していたため、あまりよく眠れない日が続いた。煉獄の壁が突破できるはずはないと思いつつも、狂美ならあるいは――そう思わせるだけの迫力があり、不安を拭えずにいた。


「そこまでビビる? 煉獄の壁が突破できるわけないだろ」

「いや、でも、煉獄も適当だし……」


 生徒会をはじめ、各勢力がメテオの拠点である時計塔に攻め込めないでいる理由。

 それは単に星空煉獄と四天王の脅威を警戒しているだけでなく、物理的にそれを阻む“壁”の存在があるからだ。

 すなわち、星空煉獄の異能による斥力である。

 これは図書館が保有する〈障壁〉ほど完璧な防御ではない。ただ、星空煉獄の異能出力が極端に高いために成立している防御である。ゆえに、より強い力を加えれば突破することができる。魅々山が狂美に恐れていたのもこれだ。

 生徒会もまた、保有する全戦力をぶつければ“壁”を突破することはできる。だが、それには時間がかかり、「奇襲」としては成立しない。そもそも羽犬塚の警戒網がある。ゆえに、時計塔は極めて攻めづらい要塞なのである。


「ところで、怪我はどう?」


 羽犬塚が気遣うのは、一週間ほど前に魅々山が片桐雫に受けた怪我である。


「あはっ。そっちは大丈夫。もう動けるよ」


 頭蓋骨陥没骨折。肋骨の亀裂骨折。通常の人間であれば全治二ヶ月ほどの怪我だ。

 魅々山も完治はしていない。だが、魅々山は異能者である。一週間も安静にしていれば問題なく動ける。現状は「同じところを殴られたらめちゃくちゃ痛い」――逆にいえば、その程度だ。


「でさ、俺もそろそろまずいかなって思いはじめてるんだけど」

「え、なに?」

「ポイントだよ」

「へえ、そう。頑張ってね」

「そうじゃなくて、外に出て軽くポイントでも稼ぎたいけど、一人だと不安だからさ……」

「勇気を出して」

「……魅々山さん、ついてきてくれませんか?」

「話聞いてた? 私は今、っていうか一週間前からずっと狂美に追われてんの。ポイントはもう安泰なんだから絶対外には出ないわよ。あんたも、一緒に狂美に追いかけ回されるの嫌でしょ」

「そこはほら、俺の異能があるから」

「なら一人でいいじゃん。行くならさっさと一人で行けば?」

「うーん」


 羽犬塚は諦めてまた寝た。別に焦る必要はない。

 いずれ、大きな「こと」が起きる。動かざるをえないときが来たら、動けばいい。

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