9.二ノ宮狂美③
「びえぇぇぇぇぇん……!」
生徒会に再び姿を現した狂美は、幼子のように泣きじゃくっていた。
場所は以前と同じ大講堂のエントランス。だが、あまりにありさまが違う。
佐武郎がかつて目にした殺意そのものの姿からは考えられないありさまだったが、片桐らの様子から見るにこれも「いつもの」ことであるらしい。
「よしよし、ごめんね。いまお姉ちゃんはちょっと動けなくて」
片桐はそんな彼女を優しく抱きかかえ、頭を撫でてあやしている。
「なんで? 私が嫌い? 嫌いなの?」
「嫌いじゃないよ。ただ、よくわかってないけど攻撃を受けてて……」
なんだこれは、と佐武郎は頭を抱える。
一週間前。二ノ宮狂美はその姉である二ノ宮綾子に襲いかかり、返り討ちに遭った。あれは本気の殺意だった。それが、次に姿を見せたときには泣きじゃくっている。なぜあれで嫌われないと思っているのか。いや、そもそも――。
考えるほどに、なにか根本から理解を誤っているように思えた。
「うわぁぁぁぁん! お姉ちゃん! お姉ちゃん!」
「よしよーし」
駄々をこねている。
可愛げなどというものは感じられず、ただ不気味さがあった。それとも、先入観を持たずにれば「少し大きい子供」程度の印象で済むのか。佐武郎には判断がつかない。
いや、二振りの戦斧を持つというだけで「先入観」を持たないことはあり得ない。
「すぅ、すぅ……」
そして二ノ宮狂美はひとしきり泣き喚いたあと、今度はすやすやと眠りについた。
「……なんなんですか、これ」
落ち着いたのを見計らって片桐に声をかける。
曖昧な質問をしてしまったと思ったが、そう言葉にするほかなかった。
「ん? 疲れたから眠っちゃったんだろうね」
と、片桐が答えるが、あまりに言葉が足りない。片桐もそれを察したのか、補足説明を続けた。
「お姉ちゃんに殺されて、生き返ったら森に埋められてて、お気に入りの斧もどこかに行ってて、ずっと探し回ってたんだろうね。だから弱って泣いてたし、今は疲れて眠ってるの」
「いつも、こうなんですか?」
「いつもこうだね」
「あれは結構、狂美にとっては堪えていたと」
「そりゃそうだよ。かなりきついお仕置きだよ」
「……反省とか、しないんですか」
「してるよ〜。しばらくしたらまた忘れてお姉ちゃんを襲ってくるけど」
情緒が不安定すぎる。多重人格かなにかかと疑うほどの豹変ぶりだったが、彼女の精神がそもそもひどく歪んでいるらしい。
「以前、会長から〈不死〉者は拘束することもできないと聞きましたが……」
「ん?」
「今こうして寝てるあいだに縛っておくことはできないんですか?」
「うわ、なんてこというのサブローくん。どうしてそういう発想ができるの」
「……ふつうでしょう。あの危険度を見れば」
「まあ、拘束できるかできないかでいえばできるけど、〈不死〉は復活先を選べるからね」
「復活先?」
「そ。たとえば、頭と胴体が分かれて、それぞれ離れ離れにされた場合、どっちを起点に生き返るのかってこと」
「必ずしも頭部から、というわけではないと」
「うん。頭だってさらに分けることはできるからね。プラナリアみたいにいっぱい増えたりしないのかなってあたしも思ったことあるけど、そういうのはないみたい」
その発想ができる時点で彼女も人のことは言えないな、と思ったが佐武郎は黙った。どうせただの軽口だ。
「でも、どこからでもいいの。腕でも足でも。血の一滴でも髪の毛一本でも。身体の部位が一欠片でも残ってれば復活先の候補になる。ただ、もとの身体が一揃いになってる方が楽っちゃ楽だから、死体がその状態ならそこから生き返るんだって。あ、選べるっていってもそこまで融通効くわけじゃないみたい。だって死んでるからね。いろいろ条件があって、“ここで生き返ってもすぐ死ぬな”って場所は避けられたりとか、そういうのがあるみたい。聞くかぎりだと、死んでるときは夢を見てるみたいな感覚で、無意識に選んでる? とかそんな感じ? って聞いたかな」
「なるほど」
〈不死〉を実質的に殺す方法として考えていたのは、たとえば拘束し重りをつけて海に沈める方法。これならば復活してもまたすぐ死ぬ。自力で這い上がることもできない。つまり、その手は通用しないということだ。
「……というより、そこまでわかってるということは実験したんですね?」
「実験て。いや実験かなあ……。狂美ちゃん何度も襲ってきたし……」
興味深い話だった。実験を繰り返したくなる気持ちはわかる。「復活先が選ばれる」というのであればますます隙がない。これ以上は原理を解明しないかぎり踏み込めない領域になるだろう。
***
「……どうすればこんな攻撃ができる」
執行部は身動きの取れなくなった二ノ宮綾子を執務室まで運び、ソファで寝かせて安静にさせた。鬼丸ありすは冷静さを取り戻し、状況分析に努めた。佐武郎もその知識を共有した。
「俺が知るかぎりでも、これほど強力な〈呪縛〉はそうそうありません。相応の準備期間が必要になるはずです。おそらく、血肉の回収は“きっかけ”というより“仕上げ”だったのではないかと」
いわゆる“呪い”に類する異能は、対象に近しい「なにか」を用意することが発動条件となる。髪の毛や血などの身体の一部。写真、絵、人形。足跡。近親者。それらは近ければ近いほど高い効力を持つ。組み合わせて精度を高めることもある。
ただ、多くの場合その効果はまず「慢性的な頭痛」「手足の痺れ」程度に留まる。ただし、数か月に渡る長期間の継続で死に至ることもある。
即効性は低く長い準備期間を必要とするが、遠隔から発動可能で基本的に防ぐ手段がない。費用対効果が釣り合うかどうかは対象による。国家の要人が対象ならテロ行為として脅威であるし、卒業式という場においても通常の手段では斃せない異能者に対して有効な攻撃手段となる。
「また、〈呪縛〉の持続には高い集中力が必要です。術者はその場から動けません。居場所さえわかれば対処はできます」
鬼丸も“呪い”に類する異能について心当たりがなかったわけではない。ただ、これまでの卒業式で決定的な形で運用されたことはなかった。少なくとも公的な記録には残っていない。運用歴があったとしても内々で処理されたのだろう。つまり、その程度の脅威でしかない。
一方、国家に近しい立場にいる佐武郎にとっては警戒すべき異能の一つとして印象に深い。知識の差はその点で生じている。
もっとも、知識があって警戒していたからといって防げるわけではない。“呪い”とはそういうものだ。
「相応の準備期間……式が始まる前からか?」
「かもしれません。呼吸をも封じてこのまま殺すこともできるほどの強力な“呪い”です。おそらく、準備期間は数ヶ月」
「それほど前から会長を狙っていたものがいたというのか」
「ありうる話です」
「…………」
鬼丸ありすは沈黙した。努めて客観的な視点を取り戻そうとしているようだった。彼女にとって会長が撃たれて殺されることより、こうして目の前で苦しんでいる光景を見せられる方が心を掻き乱すものらしい。
「……敵の目的はなんだ。会長を無力化はできても殺せるわけではないはずだ。そこまでの準備期間を経て狙う以上、会長が〈不死〉であることは知っていてもおかしくはない」
その疑問が口から出ている時点で、ある程度答えはわかっている。ただ、彼女はあえて疑問の形をとった。
「〈呪縛〉を解こうと、副会長らが動き出すのを待っている。つまり罠です」
佐武郎は簡潔に答えた。
「えっと……あっちの方。詳しくは近づいてみないとわかんないけど、大体あっち……」
生徒会の強みは「数」である。そして多様な異能者を抱えていることだ。
彼女は、二ノ宮会長に触れ〈呪縛〉の発信源を特定した。「結果」に触れることでその「原因」を辿ることのできる、〈追跡〉の異能者である。
――
「ご苦労。――だとすれば、できるだけ敵の思惑に乗らないためには、速やかにかつ少数で〈呪縛〉の異能者を除去すること。敵が大規模な捜索部隊を出すことを想定していたのなら、その思惑はまず崩せた」
というのも、及川みくは一年。異能が判明したのも生徒会に入ってからだ。〈追跡〉が敵の想定にあったかはわからないが、少なくとも実際に「いる」ことは知らないはずだ。
そして、異能にはいくつかの共通ルールがある。「異能者が死ねばその異能は解除される」というのもその一つだ。〈呪縛〉も例外ではない。
「はいはーい。だったら提案があるんだけど」
途中で話に割り込んできたのは片桐雫だった。
「狂美ちゃんどうかな? お姉ちゃんがこんな目に遭ってるって知ったら、協力してくれると思うんだけど」
「……狂美?」
鬼丸ありすはずっと会長につきっきりだったために狂美の来訪を知らない。だが、やはり「いつもの」ことであるらしく、状況は察せたようだ。
「悪くない。敵の規模が不明であるためどの程度の戦力が必要になるか悩んでいたが、彼女が加わるなら心強い」
そういうものなのか、と佐武郎は思う。生徒会と二ノ宮狂美の間にはそれこそいろいろあったのだろうと、深くは考えないことにした。
鬼丸はしばらく思考を整理し、指示を出した。
「片桐、〈呪縛〉の追跡についてきてくれ。索敵と偵察のためにお前の力が必要だ」
「はいはーい」
「それから、及川も当然追跡部隊に加わる。主戦力としては狂美。これで十分だろう」
「サブローくんは?」
「……彼が必要になるのか?」
もっともな話だ。これまではたまたま巻き込まれていたに過ぎない。
「ちょっと待って。私も行くわよ。会長をこんな目に遭わせてるやつ、ぶっ殺してやりたいわ」
有沢ミルだ。大人しかったと思ったが、表情は殺意に漲っている。
「……そうだな。敵の規模によっては増援が必要になる可能性がある。お前の異能は連絡係として役立つ」
「戦力として役立つわよ」
「大講堂に残る臨時指揮は西山彰久に任せる。以上だ。我々はさっそく追跡に向かう」
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