23.生徒会③
「誰この子。新入り?」
大講堂の会議室。集うのは生徒会執行部と、一人の一年生である。
「そだよ。
答えるのは片桐雫である。新入生を勧誘するのはほとんど彼女の役目になっている。ただ、ふつうは新入りが一人増えたくらいで執行部が集められることはない。
「ふーん。私は有沢ミルよ。それより、顔くらい見せてくれてもいいんじゃない?」
掉躬イツカの髪型は全体としてはショートボブであったが、極端に長い前髪のために目がすっかり隠れていた。有沢はこれをたくし上げて顔を見ようとした。が。
「はいはい。ダメだよミルちゃん。目を隠してるのには相応の理由があるんだから」
直前で有沢は片桐に制止された。
「雫。その子の異能であれば、星空煉獄への切り札になりうる――とのことだったわよね」
本題を確認するのは二ノ宮綾子だ。
「うん。そのためにはいろいろ実験が必要かな。おいそれと試せるものでもないからイツカちゃんも自分の異能について正確には把握してないんだって。だから、卒業式がはじまったら適当に何人か捕まえて……ポイントが出ないように〈遮蔽〉内でやるべきかな? あんまり距離とれないけど。あとはありすと手を繋いだりしてさ」
「私か?」
「うん。イツカちゃんの異能なら煉獄にかぎらず誰でも殺せはするけど、条件が厳しいんだよね。ありすがいれば、多分そのへんがなんかいい感じになるはず!」
鬼丸ありすは少女を見た。一年とはいえ、ずいぶんと背格好が小さかった。小学生と紹介すればギリギリ騙せるのではないかと思えるほどだ。
「イツカちゃんの異能は〈魔眼〉! 見ただけで相手を殺す異能! ね、最強でしょ?」
その切り札を隠す意図もあり、生徒会はやがて五十人もの大所帯となった。
***
【04:09】
まだ見えない。
鬼丸ありすは双眼鏡を覗いて確認した。
考えうる作戦は大まかに二パターンあった。「回り込む」か「誘い込む」かだ。
前者は、“眼”が動いて顔の見える位置まで移動するというもの。後者は、“眼”が潜んでいる位置から見える場所まで対象を動かすというもの。
最終的に後者が採用された。“眼”が下手に動き回るべきではないという判断からだ。
彼女の実験は卒業式開始直後にほとんど完了していた。「先走り犯」の誘拐した実験台が前日の時点で大量に手に入っていたからだ。
見ただけで相手を殺せる異能。それだけなら「最強」と呼んで遜色のない異能だが、幾らかの制約・条件があることがわかっている。
まず、長時間見続ける必要があること。これは距離によっても変化するが、最短で四十四秒。視線が一度でも途切れれば無効である。すなわち、瞬きも許されない(異能者であれば一分近く瞬きせずにいることは難しくはない)。
そして、相手の「顔」を見る必要があること。距離の具体的な限界はわからなかったが、相手の顔が「誰であるか」程度の判別が条件だった。
これを鬼丸ありすの〈増幅〉と合わせた場合――発動準備時間が短縮され、最短十四秒となった。星空煉獄に対しては最低でも30mは離れる必要があり、できれば200mは離れることが望ましい。その場合に必要となる時間は。
(二十四秒)
鬼丸ありすと手を繋いだ
そのために会長らは視線の通る地点まで煉獄を誘導し、そこまで辿り着けば足止めをする。具体的には、会長がわざと被弾する。
掉躬イツカが二十四秒間、煉獄の顔を視認できたなら生徒会の勝ちである。
(その結果、星空煉獄のポイントは彼女に移ることになるわけだが……)
その後の運命を考えると気が重い。
〈遮蔽〉越しの〈魔眼〉実験も行った。隠密性を高められればよいが、そもそも通用するのか。また、ポイント計上がどうなるかを確認するためだ。結果、通用し、ポイントは計上されないことがわかった。ただし、必要時間は四倍以上に延びた。〈魔眼〉は〈遮蔽〉を貫通するが、干渉するらしい。
すなわち九十六秒。それだけの時間、星空煉獄を押し留めるのは現実的ではない。
そして、問題はもう一つあった。
(作戦が成功した場合。そのときにも問題は残る。代わりに掉躬がランキング一位に君臨することだ。つまり卒業枠が一つ減ることになる)
それは生徒会のみならず、卒業を目指すすべての三年にとって不都合である。
つまり。
(会長は、作戦が終わったあと……掉躬を殺すだろう)
小さな手を握りながら、鬼丸は少女を見た。彼女は熱心に標的が現れるのを待ち、見張っている。
(気づいていないのか? それとも、任務を達成できるなら死ぬとしても本望なのか? あるいは……強かに逃げて生き延びるつもりか?)
これまでそのようなことは考えてこなかった。彼女がどういうつもりであれ、星空煉獄よりは遥かに御しやすい。つまり、特に考える必要はなかった。
鬼丸が思い悩むのは、それとは別のことである。
(……雑念だ。なんであれ、私はここまでの任務は果たす。それ以降がわからぬのは、私も同じことだ)
【04:21】
「見えた」
鬼丸と掉躬の目が、星空煉獄の姿を確かに捉えた。
まだ距離はある。作戦開始には遠い。二人は静かに、煉獄が所定の位置まで向かってくるのを待った。
彼女らは第二校舎の三階に身を潜めている。廊下の窓から外を眺めている形だ。星空煉獄を誘い込むのに相応しい地点は見通しのよいグラウンドである。
そして作戦通りに、会長が被弾する。わかっていても息を呑む光景だった。
「
「はい」
カウント開始。あと二十四秒。
(本当にこれで、あの星空煉獄が斃せるというのか)
そう思えば感慨もある。彼を斃すことは会長の悲願であり、鬼丸もそれに追随してきた。
(だが、その「先」は?)
集中力が切れていると感じた。まだ煉獄は斃せていない。「先」を考えるには気が早い。
戦場の様子を注視する。
煉獄は会長に止めを刺そうと歩みを進めていた。それを西山や有沢が食い止めていた。
会長を守るためではない。時間を稼ぎ、〈魔眼〉が星空煉獄を捉え続けるためである。
あと十二秒。
「あ」
煉獄が顔を背けた。〈魔眼〉は切られる。
「すみません、再開です」
あと二十四秒。掉躬は目薬を差した。
刻一刻と変化する戦場で、それだけの長時間状況を固定することは極めて難しい。なにより通信手段がないため、あと何秒耐えればよいかもわからずに彼らはその努力を続けなければならない。
あと二十秒。
(煉獄が足を止めた……! 睨み合いの状況になっている!)
よい流れだと感じた。おそらくは、会長が攻撃を受けたことに違和感を覚えている。そのことが返って煉獄の警戒心を強め、この流れに至っている。
「煉獄。本当に強いわね。またしても勝てなかったわ……」
会長が倒れたまま語りかける。起き上がるのもままならないというふうに、身体の向きだけを仰向けに起こした。
「……なにを企んでいる」
煉獄は左右に目線を動かす。生徒会にはまだ奥の手があるはずだと警戒しているようだった。一方で、腹部に穴が空いた会長自身がそうである可能性を捨て切れていない。実はまだ動けるのではないかという警戒だ。
あと九秒。理想的な展開だ。このままならば。まさか、こうして遠くから戦場を眺めるものが切り札とは思いも寄らないだろう。
あと四秒。しかし。
「――!?」
爆発音が響いた。中央広場――かつて、時計塔の建っていた場所だ。
もとより銃声や爆発音などの戦闘音は聞こえていた。その程度なら驚くようなことではない。市瀬拓の残兵と漁夫の利を得ようという生徒が衝突しているという状況を想定しえた。
だが、先の爆発はその範疇に留まらない。
時計塔の倒壊。あるいは榴弾砲。それに匹敵するほどの爆発音。思わず注意を逸らすほどの轟音だ。
「あ」
煉獄は大きく身を退き、爆発音が鳴った方向をはじめ、周囲を見渡して警戒を強めた。爆発を偶然ではなく生徒会の仕込みだと疑っているようだった。
「すみません、再開です」
あと二十四秒。流れが切れてしまった。掉躬は再び目薬を差す。
(なんだ、さっきの爆発は……大きく土煙まで上がっている……)
市瀬拓の行方を鬼丸は知らない。彼がまだなにか手を隠し持っているのではないかと疑った。場合によってはそれがすべてを台無しにするかもしれない。あるいはまったく別勢力の動きである可能性もあるが、どうすることもできない以上考えても仕方がない。
(まだいけるはずだ。しかし――)
作戦を知ったうえで俯瞰する鬼丸の目には、やはり不自然なものに映った。生徒会は煉獄を囲むのではなく、一方向からのみ攻撃を加えている。会長を守るためというならそう見えなくもないだろうが、背後からも攻撃を加え注意を分散させた方が効率的なのはいうまでもない。
(あれでは、煉獄にこちらの作戦が気づかれてしまうのではないか……?)
あと十六秒。不安は募るが、三度目のカウントも順調に進行している。
煉獄も痺れを切らし大胆な攻撃を仕掛けるようになってきた。五人が負傷、二人が死んだ。
一秒があまりに重く、長い。累計で一分以上が経過している。
(あれこれ考えたところで、私にできることはなにもない)
ただ、手を握るだけだ。なにかするのは会長たちである。
あと十一秒。生徒会の一年が次々に斃れていく。ほんの一瞬で三人が細切れになった。
そして、彼は歩みを止めた。倒れている会長を静かに見下ろしていた。
煉獄は動かない。ゆっくりと起き上がる会長を注意深く観察している。
二度の中断に冷や汗はかいたが、問題なく〈魔眼〉は星空煉獄を捉え続けている。多くの死傷者が出たが、会長を含め執行部は健在だ。
勝てる。時計を確認する。
あと八秒。心臓が高鳴る。
煉獄の念頭にも当初はこの形の切り札が想定としてあったはずだ。彼に通用する攻撃は少ない。「あるとすればこうだろう」と消去法で思い至れる。だが、今は市瀬による正攻法を受けた直後。会長もそれを引き継ぎ、正攻法で追い詰めた。そのために思考が遠ざけられている。いずれは思い至るだろうが、そのときにはもう遅い。そのはずだ。
あと二秒。だが。
「なっ!?」
背後への警戒を怠っていた。
カラン、と――音が鳴った。
即座に身を伏せ、回避したが、飛散する破片が背に突き刺さる。防弾ベストを身につけていたおかげで致命傷は避けられたが、奇襲を受けた以上は次の手が来る。
銃声が響き、作戦が終了した。掉躬イツカは凶弾に斃れた。
「なるほどね。これが君たちの奥の手だってわけだ」
「お前は……!」
「まあ、具体的になにをしてたのかはわからないけど」
廊下の向こうに男はいた。泣きぼくろの男である。AKを携え、銃口からは硝煙が吐き出されていた。
「羽犬塚明――!」
「なんにせよ、邪魔できてよかった。俺は煉獄と卒業したいからね」
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