22.生徒会②
日本刀には神話がある。
折れず、曲がらず――古来の鍛造法が奇跡的な強度・靭性・切れ味を実現している。現代では再現不能な機能美の芸術。伝説めいた逸話が付随することもある。
しかし、それも厳正な強度試験によって覆されている。
日本刀は、当然のように折れるし曲がる。特別に頑強ということもなく、過度な折り返し鍛造にも意味はない。
彼に対して打ち込むこともまた、そんな強度試験の一つといえた。
一閃。眩い光にも似た煌めき。鉄すらも断ちうるほどに、疾く、鋭い一振り。
そんな、水面のように美しい刀身が、刃先から――ぽきり、ぽきりと折れていく。爪楊枝のような脆さで、その形を失っていく。
星空煉獄にとって、ただの鋼の棒切れに恐れるものはなにもない。材質など気にするまでもない。木でもアルミでも鉄でもタングステンでも同じことだ。それが自身に届く前に、粉々に砕いて散乱させればよい。
二ノ宮綾子の渾身の一撃も、そうしてあっさり砕け散った。
――それが、「去年」の話である。
***
【04:07】
「なんだ、その刀は……!」
ただ鋼の刀であれば、容易く折り、曲げ、砕くことができる。
それができぬから、いま力は拮抗している。迫る刀を留めるのが精一杯で、刀身は歪むことすらない。いわば、鍔迫り合いの状況が発生していた。
「去年まで使っていた刀はあなたに折られてしまったから。新調したのよ」
「武器を強化できる異能者を見つけたか……!」
的場塞に対していくら打ち込んでも刃毀れ一つしなかった二ノ宮綾子の刀。その真相は異能による強化である。数多くの異能者を抱えることは予想不能の奇手を生み、あるいは正統な強化となる。
「らぁっ!!」
刀を押し返す。距離をとる。二ノ宮の刀は完全剛体として振る舞っている。
すべての剣士が理想とする剣。それは折れず曲がらず、刃毀れすることもなく、いつまでも斬り続けられる剣である。
(これでは、二つの異能を持つ異能者を相手にしているようなものではないか……!)
そこまで考え、違う――と煉獄は思う。
もとより二ノ宮は戦闘に有用な異能を持っていない。ただ死なないというだけで、つまりこの戦いでは異能を使ってはいない。二ノ宮綾子は、ただ優れた剣士というだけで星空煉獄と渡り合っている。信じがたいことに、二ノ宮綾子にはそれしかない。
(――! 弾かれた!?)
不可解な理不尽はまたしても起こる。
避けられるというだけで常軌を逸していたというのに、今は弾かれた。刀によって“見えない手”を弾き返されたのだ。
(刀が強化されているからといって、そんなことができるものか――!)
ただ力任せではできない。いくら二ノ宮綾子でも、完全剛体ともいえる刀を手にしていても、星空煉獄の異能出力が圧倒的に勝る。正面からぶつかれば、弾き飛ばされるのは二ノ宮の方だ。それを弾くということは、攻撃に対し垂直ベクトルで力を加えているということ。それが可能であるならば、理論上はいかなる攻撃でも防ぐことができる。
可能であるならば、の話だ。
(できるものか。不可視で超音速の“手”を、そんなふうに避けたり弾いたりするなど……)
だが、できている。
ならば、なにか種や仕掛けがあるはずだ。
刀をなにものかの異能で強化しているように、攻撃を防ぐために仲間から異能の支援を受けている可能性がある。
煉獄は注意深く観察した。二ノ宮と攻防を続けながら、彼女の背後に怪しい動きがないかを見た。しかし。
「そんなに、私が迫ってくるのが不思議なのかしら?」
なにもない。
二ノ宮綾子は、ただ優れているだけだ。
ゆえに、煉獄は永久に二ノ宮を理解できない。
「これで俺に勝つつもりか、二ノ宮綾子!」
「そのつもりはなかったのだけど、勝てそうね?」
そのうえ、
両翼から銃による挟撃。飽きるほど相手にしてきたAKだ。
撃ってきたのは、生徒会では珍しい男性――それも、四人揃って同じ顔の男だった。
「――なっ」
迎撃は難しくない。異能範囲外ではあったが、軽く小石を投げつければいい。それだけで人を殺せる凶器となる。ただの人間とは異なり異能者の反射神経はこれを躱すが、それでも散弾のように浴びせれば避け続けることはできない。これが普通だ。たとえ異能者でも、こうやって簡単に殺すことができる。
二ノ宮綾子が、彼女だけがただ異常なのだ。
(死体が消えた? 先の男……〈分身〉の異能者か)
すなわちそれは、またしても死を恐れぬ兵を相手取らなければならないことを意味する。〈分身〉をいくら叩いても再び銃を拾って向かってくるだろう。かといって無視することもできない。本体を探さなければならないが、その姿は見えない。なにより、二ノ宮に追われて目を離す余裕がない。
次に煉獄を襲うのは炎である。可燃物などないはずの戦場で、炎が煉獄を囲んだ。その元凶は〈発火〉の異能者・火熾エイラであると判断できた。
(射程はずいぶん短いようだな。俺の領域にずいぶん気安く踏み入ったものだ)
目視の瞬間、細切れにする。血と肉と骨を裂き断ち砕いて散らせ、赤い質量を撒く。異能者であろうとこうだ。領域内に入ったものは撫でるだけで殺せる。原型も残らぬほど命を奪える。
(――いや。手応えがない)
違和感。死体は消え、炎も消えた。またしても〈分身〉か。否。
それは影浦亜里香の〈幻影〉である。
(まずい! この〈幻影〉と二ノ宮を組み合わされたら――!)
だが、それはない。畳み掛けるような攻撃に煉獄は思考力を奪われていた。二ノ宮綾子に細心の注意を払っている以上、彼女に関する〈幻影〉は今の煉獄には通用しない。
だからこそ、
(多様な異能。多彩な攻撃。次はなにをしてくる?)
「お届け物で〜す」
金髪ツインテールが目の前で風を切るのを、一瞬だけ目にした。すぐにその姿は失せ、かわりに、カラン――という音が鳴った。
(なんだ……? いや、これは!)
いつの間に二ノ宮綾子が距離を取り、ガスマスクを装面していた。
(ガス攻撃か!)
催涙弾である。
有沢ミルが戦場の跡を駆け拾ってきたもの。かつては自らを苦しめた屈辱の兵器。粘膜に付着すれば痛み、咳、くしゃみ、場合によっては嘔吐すらもたらす。
だが、星空煉獄には通用しない。
風を巻き起こしガスを排斥し、分子レベルの精妙な操作による自家製のガスマスクによって吸気を選り分けることができるからである。
(くそ、不意を突かれていくらか浴びてしまった……!)
そんな状態の煉獄に、二ノ宮が迫る。
涙によって視界が閉ざされている。ゆえに機械的な、幾度となく繰り返された大きな退却。だから動きも読まれている。退却地点を先読みされ、一斉に破片手榴弾が投げ込まれた。
破片手榴弾は文字通り、爆発威力だけでなく破片を飛散させることで殺傷力を増す。内部に鉄球を仕込むものもある。5m以内であれば確実な致命傷を与え、立っているならなおさらだ。それが複数――計十二個。
むろん、煉獄は無傷だ。この程度で傷を負うようではここまで生きてはいない。ただ疲弊するだけであり、その疲弊は外からでは見えがたい。
(ああ、そうだ。お前たちは追い詰めている。この俺を追い詰めている。今すぐにでも寝たい気分だ)
それでも、煉獄は倒れない。そして煉獄にとっても、敵の疲弊が見えないのは同じことである。
(二ノ宮は依然として無傷。だが、あれだけ動き回り攻撃を避け続け――消耗していないはずがない)
互いに、どちらが先に力尽きるか。
そんな泥試合であると、星空煉獄は認識してしまった。
ゆえに、決着はあまりにも呆気なく訪れた。
(? なんだ)
激しい攻防の最中に、異変を見た。一切の隙が感じられなかった二ノ宮が、
「――もらった!」
腹部を貫通。その勢いのまま、二ノ宮は遠く、高く吹き飛ばされる。
急所は穿てなかった。しかし、致命傷には違いない。〈不死〉である以上は殺せるわけではないが、無力化はできる。あとはゆっくり生徒会の残りを始末すれば、長かった夜も明ける。
煉獄は昂っていた。
「はは。ついに幕切れか。永遠に続くものかと思ったよ」
二ノ宮の身体は地面に叩きつけられ、転がっている。まだ動けはするだろう。それでも、あのような
つまり、これで勝ちである。
「いや、まだだ」
五人の西山が十字砲火を浴びせる。全員が同一人物であるゆえの統率された動きだ。それでも、煉獄にとってはすでに見た攻撃に過ぎない。瞬く間に〈分身〉は霧散する。
「む。最後の一体は〈幻影〉か」
それも見た攻撃だ。そして煉獄は、猛攻の影に隠れて逆転を狙うものを見逃さなかった。
「〈発火〉か。近づき過ぎだ」
今度は本物だ。それを確認し、異能を振るう。が。
「ぐああああっ!!」
(手元が狂った……!?)
攻撃は彼女の右腕を捥ぎ取るに留まった。
(なにをされた……?!)
単なるミスとは思えない。なんらかの異能が煉獄の「手元」を狂わせた。彼はそう直感した。これは彼にとって初めて受けた攻撃である。
(いや、それよりも)
――このような異能者を抱えながら、二ノ宮綾子はその支援を受けずに戦っていたというのか。
それを思えば、二ノ宮が被弾した事実が解せない。
嫌な予感がした。すぐにでも二ノ宮に止めを刺さなければならないと感じた。だが、あるいは、それこそが罠であるようにも思えた。しかし。
(二ノ宮の放置はあり得ない。
星空煉獄が歩みを進める。倒れ伏す二ノ宮綾子のもとへ歩いていく。
生徒会はこれを全力で妨害したが、止まりはしない。
二ノ宮綾子は、煉獄には見えない角度で笑みを浮かべていた。
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