4.羽犬塚明
困ったことになった、と羽犬塚明はよれよれのジャージ姿でトボトボと歩いていた。
星空煉獄が気まぐれなのは知っていた。だが、まさかこんな命令が下るとは思っていなかった。
メテオは星空煉獄を頂点に、たった五人で構成される最強の
そのうちの一人、的場塞が斃れた。ランキングで言えば「四天王最強」。その実力も申し分ない。ただ、彼はおかしくなってしまった。なにかのために戦い始めた。結果として、彼は生徒会の罠にかかり死亡する。罠があることなど、ほとんど予想できていたにもかかわらずだ。
つまり、もはや「四天王」は四天王ではない。四人揃っていなければ「四天王」とはいわない。当然のことだ。
だから、「四天王」の体裁を保つためもう一人を補充しろ――星空煉獄はそう告げた。
「無茶すぎる……式が始まってから勧誘って」
煉獄は卒業式が始まってから一週間、その成り行きに興味を示していなかった。ゆえに、的場が死んだことにすら気づくのはだいぶ遅かった。そして思いついたように「四天王」の補充を提案した。それでも、まったくの無責任というほどではない。ランキングを眺め、各組織が発表している名簿と見比べながら、ふさわしい相手を指名してきた。
「ヴァディム・ガーリン。ロシアの留学生か」
例年、卒業式ではロシアの姉妹校と二名ずつの交換留学が行われる。
留学期間は二ヶ月。すなわち、卒業式の一ヶ月前に彼らは来日する。
今年、この学園に留学してきたのは「イリーナ・イリューヒナ」と「ヴァディム・ガーリン」の二人だ。
いずれも三年扱いではあるが、ポイントは0Ptで留学してくる。そのため実力は読みづらいが、例年通りなら脅威度は高い。羽犬塚は知らぬことだが、軍縮の調整を意図した制度であるため相応の生徒が選ばれている。そのうえ、まったくの未知であるため保有する異能について判断材料がない。すでに一ヶ月はこの学園に在籍しているが、ほとんど得体が知れないのが実態だ。
ヴァディムのポイントはランキング上では未だ1Pt。イリーナではなく彼が選ばれたのは、イリーナの位置が羽犬塚の〈探知〉でも判明しなかったからである。また、彼が無所属であることも確認済みだ。「これで条件は揃ったな」と煉獄はいうが、そんなはずはない。
「いや、そもそもの問題として言葉が通じるのか……? ロシア語なんて俺は話せないぞ」
羽犬塚は泣きぼくろを撫でる。
不安だらけだ。不安しかない。こんな単独行動を強いられて的場の二の舞になっては目も当てられない。魅々山も誘ったが、彼女も彼女で「そろそろポイント稼がないとね」とどこかへ行った。先に死ぬのは彼女かもしれない。
「この先か。うーん、なんて話しかければいいんだ」
メテオに勧誘されるとはどういう気持ちなのだろうか。彼には想像がつかない。会ったこともないヴァディムの考えなどわかるはずもない。
ヴァディムもまたポイントを稼ぎ卒業を目指しているのだろうか。しかし、二年分の蓄積がない留学生がこれまでに卒業単位――すなわち、20Pt以上五位圏内に達した例はない。彼らは日本で卒業単位を得ても卒業できるわけではない。せいぜい留学という実績で帰国後に母校で特典が得られる程度だろう。また、無所属を貫いた例も多い。留学生である彼らとは利害が一致しない可能性がある。
「落ち着け。ダメならダメでそう報告しよう。煉獄は説得するしかない。ほとんど冗談みたいなもんだ。実際に会って話すだけ上出来だ」
自分に言い聞かせ、逸る鼓動を落ち着かせる。
学園の片隅。旧校舎の一角。空白の教室――彼は一人そこにいた。羽犬塚の異能は、ヴァディムの位置を正確に割り出していた。
「……臭うな。このあたりでも殺し合いは起こっているのか」
そして、その死体が放置されている。そんな臭いだ。道中で見かけた壁の染みは的場によるものだったが、それを通り過ぎたあとでもまだ匂う。それも、焼けた肉の臭いだ。
ヴァディムの仕業かもしれない。ポイントは低いが、0ではない以上この一週間で誰かを殺しているのだけは確かだ。
不意に、教室の扉が開く。目当ての男が、突如として姿を現した。
深呼吸して、目の前にまで迫った影に話しかける。できるだけにこやかに、敵意がないことをアピールしながら。
「や、やあ」
巌のような男だった。
身長は高く、190cmは超えるだろう。隆起した胸筋が服越しにもわかる。腕も脚も、丸太のように太く鍛え上げられている。
彫りの深い顔立ち。氷のように冷たい眼。野生を感じさせる短髪。ただそこにあるだけで身の竦むような威厳があった。
そのさまは的場塞を連想させた。筋肉。体格。なるほど、あるいは彼ならば、「四天王」の穴埋めにふさわしい。そう思えた。
「Вы Акира Хайнузука?」
ロシア語だ。うまく聞き取れなかったが、「アキラ・ハイヌヅカ」と聞こえた気がした。
つまり、ヴァディムは羽犬塚を知っている。「日本語ペラペラだったらいいな」という希望こそ打ち砕かれたが、同じ人間であるには違いない。身振り手振りできっと通じ合えるはずだ。そう信じて、羽犬塚は応える。
「そう、俺は羽犬塚明だ。メテオの一員。わかる? で、五人いたはずの一人が欠けた。補充したい。あなたが適任。OK?」
話しながら、羽犬塚はヴァディムの背後、教室の中をちらりと覗いた。そこに見えたのは死体――それも、丁寧に解体された死体である。それこそ、まるで食肉のように。
さらには、彼の着ているエプロンには真新しい血がついている。目線を下すことで羽犬塚は今さら気づいた。
「Получить тебя」
通じていない。それだけはわかった。
そして、その言葉から発せられる敵意も。
***
「ほらこれ! 見てみなさいよ! これで私は弱点を克服! 無敵になったのよ!」
と、有沢ミルは頼んでもいないのに手に入れた支給品を佐武郎に見せつける。
拳銃だ。ただ、なぜそこまで
「拳銃なら倉庫にまだ予備がありませんでした? というか、俺も持ってますし」
「知ってるわよ。でも、弾薬にだってかぎりがあるでしょ。倉庫のは戦利品だから、そのせいで弾薬は少ないのよ。こうやって新しく注文すれば120発分の弾薬付き!
「そうですね。弾薬は多いに越したことはありません」
同意はする。ただ、なぜそこまで
「
「……だって、使い方よくわからなかったから」
「誰かに聞けばよかったのでは?」
「……今まで必要性を感じてなかったのよ!」
言うことがコロコロ変わる。要はプライドが邪魔して聞けなかったのだろう。
「そして、支給品の受け取り過程も不安だったと。まるではじめてのお使いですね。それでわざわざ投下地点と日時を被せて……」
「たまたまよ! まとめて受け取った方が効率いいでしょ!」
「その拳銃も、もしかして俺が使ってるのを見て思いついたりしました?」
「はあ?! あなたが拳銃使ってるのとか見たことないんだけど! 聞きはしたけどね! 自意識過剰! 前々から拳銃があればいいなって思ってたの!」
耳鳴りがするほどの矢継ぎ早だ。
彼女の異能であればナイフで十分ではないか、と佐武郎は思う。彼女の異能は間合いを瞬時に詰める。彼女自身が「飛び道具」になれる。拳銃に頼る必要はない。
だが、あえては口に出さなかった。彼女は彼女なりに考えがあるのかもしれないし、場合によっては敵になることも考えられる。拳銃を手にしたことが彼女にとって隙となるか強みとなるか、それはまだわからない。
「ところで、有沢先輩の異能って射程はどれくらいなんですか?」
「え、私の? そうね、だいたい――って、いうわけないでしょ! なに当たり前に聞いてきてんの!」
行けそうな気がしたが、彼女にも「自らの異能について妄りに話さない」という基礎教養はあるようだった。そのわりにはホイホイ異能を使っていたが、さすがに射程はバラさなかった。学園の教育はよく行き届いているらしい。
「で、あなたはなにを注文したの。さっさと自分のだけとってどっか行くから見えなかったんだけど」
「そうですね。別に隠すようなものでもありませんし。俺は――」
言葉半ばに、気配を感じる。
敵の気配だ。というより、これは――。
「戦っている……?」
直後、旧校舎の壁が崩壊し、二人の男が飛び出す。
「羽犬塚――?!」
「ヴァディム・ガーリン!?」
卒業式の最中に外へ出て、なにも起こらぬはずはないのだ。
戦火の渦に巻き込まれることは、もはや
――羽犬塚明(三年) メテオ 47Pt――
――ヴァディム・ガーリン(三年) 留学生・無所属 4Pt――
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