29.二ノ宮綾子③/星空煉獄⑥/桜佐武郎④

「どうだ?」


 宙で生徒を磔にして、煉獄は問う。

 二ノ宮はそんな哀れな犠牲者を前に、自らの腕時計を掲げて覗き見ていた。


「ん、どうした」

「やっぱり、少し精度が悪いみたいね」


 思い出したように、犠牲者の首が落ちる。煉獄は目を疑った。


(居合……?! 斬っていたのか? いつ!?)


 斬られたことに今さら気づいたように、血圧の名残りで首から血が噴き出てきた。

 二ノ宮綾子の腰には刀が下がっている。それ以外の得物はない。たとえ見えなかったとしても、二ノ宮の目の前で人の首が落ちたなら、抜刀して斬り落としたに違いない。そのような状況証拠でしか判断できぬほどの、瞬きすら許されぬ神業。二ノ宮綾子が他に異能を持たぬ以上、そういうことだ。

 あるいは、他の異能を隠し持っているのではないか。その技は、もはや一つの異能なのではないか。そう考えねば、理解に苦しい。既存の物理学では理解に難い異能を振るうものたちが、理解に苦しむさらなる極北。それが彼女――二ノ宮綾子だ。


(あれから、また速くなったのか……?)


 煉獄の頬に、一筋の冷や汗が流れた。


「でも、システムが復旧しているのは確かみたいよ。ほら」


 二ノ宮が見せる腕時計に映る数字は“6Pt”。すでに二人を殺害している。先ほど斬ったのが1Ptだった。


「急いだ方がいいわね。ここの子たちはすっかり卒業式が終わったつもりで油断していたから、こうして簡単に制圧できたけど」


 校舎の一角を拠点として潜伏していた小規模な組織チーム。二ノ宮と煉獄の二人は油断していた彼らを奇襲し、四人を瞬く間に制圧した。すでに二人が二ノ宮によって首を落とされ、残る二人も煉獄によって手足を破壊されて転がり、無力化されている。


「煉獄。あなたも殺してみて。残りはあげるわ」

「いいのか?」

「ええ。どうせ大したポイントではないし。実験よ」


 言われ、適当な犠牲者の心臓を煉獄は握り潰した。事前に確認したポイントは2Ptである。その通りのポイントが煉獄に加算された。


「……たしかに、数秒は時間差ラグがあるな」

「そうよね。計上はされてはいる。殺す前に相手のポイントを確認して、殺した直後に自分のポイントを確認した。ちゃんとその通りのポイントが増えてる。でも、少し遅い」

「ああ。以前なら殺害からポイント計上までの時間差はほぼなかった」


 違和感。これまでに数多の死を積み重ねてきたからこそわかる違和感だ。


「でも、動いてはいるみたいね。私も、あなたも」

「だったら、とりあえず殺すだけは殺しておくか」


 残るは、あと一人。


「ま、待て。ぐ、殺すな。あんたたちには足りない“駒”がある。そうだろ?」


 死に損ないの一人が身を捩って上体を起こし、早口で捲し立ててきた。


「索敵系の異能者だ。俺がそうだ。いくらあんたらが強くても、獲物に逃げ回られたら殺せない。隠れてるやつを見つけ出せない。さ、桜佐武郎だってそうだ。あいつを見つけて一発逆転するにしても、どこに潜んでいるのか……」


 有無を言わさず、煉獄は男の頭部を破壊した。さらに2Ptが加算される。


「あら、いいの?」

「なにがだ」

「索敵系の異能者だったみたいよ」

「そんなはずがあるか。俺たちから逃れられなかった時点で嘘に決まっている」

「それもそうね。となると、逆に言えば索敵系異能者を見つけ出して仲間に加える、なんてことはそうそうできないわけね。つまり、彼に頼るしかない」

「まあ、そうだな……」


 煉獄は乗り気でない。羽犬塚の傷は処置こそ完了しているものの、予断を許さない絶対安静の状態だ。


「なにも、無理やり連れ出そうってわけじゃないのよ。ただ、大講堂で寝たままで、周辺にめぼしい獲物はいるか……それだけでもね」

「数日は絶対安静だ。お前じゃあるまいし、普通は死ぬ傷だったんだぞ」

「そう。困ったわね。早くしないと、佐武郎も誰かに狩られてしまうかもしれないわよ。誰とも知れない人物に1000Ptが渡ったら、追いかけるのが難しくなるとは思わない?」

「鬼丸ありすもか?」

「そうね。ありすも……」

「佐武郎の1000Ptはくれてやる。卒業するだけなら過剰だ。だが、俺も100Ptほどは欲しい。だとすれば狙いは鬼丸ありすだが、こいつは俺がもらってもいいのか?」

「彼女は、確かに私を裏切った。でも」

「わかった。じゃあヴァディムだな。図書館の長谷川はいつの間にか死んでるようだからな」

「ヴァディムは〈不死〉よ。ポイントは奪えないわ」

「……そうだった。めんどくさいな。となると、残っているのは……遠山殺貴の名もランキングから消えてたな。生徒会の有沢と西山を除いて……20Pt以下の小粒しかいねえ……」

「20Ptは小粒ではないわ。それなりに歴戦よ。アナウンスを聞いた直後に身を潜めているでしょうね」


 一位 桜佐武郎 1252Pt

 二位 鬼丸ありす 175Pt

 三位 ヴァディム・ガーリン 84Pt

 四位 羽犬塚明 48Pt

 五位 有沢ミル 39Pt

 六位 西山彰久 22Pt


 臨時更新された最新ランキングの上位層が以上である。

 こうなると、星空煉獄には入る枠がない。このまま上手くいけば、有沢ミルも卒業圏内に入るからである。


「ねえ、煉獄。あなた、今年の卒業は諦めたら? 留年も、別に悪くはないわよ?」

「いや……まだ可能性はある」

「あらそう? ありすやミルに手を出そうってわけじゃないわよね?」

「羽犬が三位、有沢が四位、俺が五位だ。これで文句はないだろう」

「? えっと、ヴァディムは?」

「やつを殺せぬならポイントで上回る。羽犬と有沢にあと40Ptほどを与え、俺も80Ptを得る。つまりこうだ」


 一位 二ノ宮綾子 1258Pt

 二位 鬼丸ありす 175Pt

 三位 羽犬塚明 85Pt

 四位 有沢ミル 85Pt

 五位 星空煉獄 85Pt

 六位 ヴァディム・ガーリン 84Pt


「……むちゃくちゃね」

生徒会おまえたちとの義理を果たしつつ俺も今年中に卒業するには、これしかない」

「煉獄。どうしてあなたは、そんなにも今年中に卒業したいの?」

「羽犬との約束のためだ」


 だが、そのためには羽犬塚の酷使が前提にあるように思えてならない。〈探知〉の異能が肉体にどれだけ負担をかけるかはわからないが、数日は絶対安静の傷であり、完治にも最短で一週間。〈探知〉をより効果的に扱うには連れ回す必要がある。なにをするにしても羽犬塚にとっては負担となる。

 そこに、矛盾を感じていた。


(俺一人ではどうにもならない。かといって、闇雲に校舎を破壊し更地にでもするか?)


 その前に桜佐武郎だ。彼を見つけ出し二ノ宮に献上する。その義理を果たす。


(途方もないな……)


 考えるほどに、疑問も湧き上がってくる。

 システムは崩壊し、“管理者”も死亡していたはずだ。にもかかわらず、今になって急にシステムは復旧した。その仕組みが理解できなかった。


(なにが起こっている? 桜は復旧の可能性を示唆し、そのためには“イリーナを殺せ”だのと話していた。二ノ宮との話と合わせるならあいつがロシアの工作員だったのは事実のようだし、辻褄は合う。だが、この状況は……)


 違和感。なにかがおかしい。

 本当の敵は、誰か。


 ***


 卒業式のポイントシステムは、時計塔地下の中枢管制室で管理されていた。

 仮死状態においた〈監死〉の異能者の脊髄反射から死殺判定を読み取り、中枢コンピューターに接続したうえで処理し、その結果は学園中の二十三基の端末に有線送信され、さらに端末から各生徒の保有する腕時計に無線送信される。

 中枢管制が破壊されている以上、システムの復旧にはまずその修復が必要になる。爆破によって埋もれた部屋を掘り起こし、配線を繋ぎ直し、機材を運び直し、新たな〈監死〉の異能者を配置し直さなければならない。

 その施工には最短で数か月を要する。一週間足らずでポイントシステムの復旧はありえないのである。

 すなわち、現在のシステム復旧は欺瞞である。仮初めのものに過ぎない。中枢管制ではなく、いくつかの端末を直接ハッキングし、ランキング表示を操作し各生徒の腕時計に偽装されたポイントを送信している。


 そしてその操作は、一人の男によって手動で行われていた。

 耳を澄ませ、目を閉じ、図書館より奪った二つの感知系異能によって星空煉獄と二ノ宮綾子の両名を監視する。彼らが誰かを殺せば、被害者の情報をもとにあらかじめ組んであるプログラムにその数値を入力し、ポイントを計上する。

 ノートPCは本来であれば学内には存在しないはずのもの――市瀬兄妹の置き土産だ。イリーナはPCを入手後、偽装復旧システムを管理するプログラムを数日で組んだ。生徒会の保有する端末の地下配線を繋ぎ直し、集約させ、一つのPCで操作する体制を構築する。そして、「システムが復旧した」という偽りのアナウンスを放送する。

 いくつかの齟齬ミスは生じたものの、力づくで強引に押し上げた、イリーナ・イリューヒナによる策である。


 その策により、二ノ宮綾子が、星空煉獄が、そして桜佐武郎が翻弄されていた。


(羽犬塚は死にかけだった。仮に生徒会が治療に応じて一命を取り留めたとしても、すぐに動けるわけではないはずだ)


 生徒会は索敵系異能を持たない。星空煉獄も羽犬塚を無力化されている。であれば、両者はさほど脅威ではない。ただ逃げ続ければいい。


(問題はイリーナだ。あのアナウンスは、どちらかと言えば俺を孤立させるためのもの)


 システムが本当に復旧しているかはわからない。あるいは、放送は完全な虚偽でただ佐武郎を孤立させるだけのものであったかも知れない。であれば、二ノ宮綾子も星空煉獄もすぐに気づく。その場合は話をすることで説得はできるかもしれない。だが、リスクが大きい。彼ら以外にもあわよくばと佐武郎のポイントを狙うものは現れる。

 学園には戻れない。逃げるしかない。だが、すぐに追いつかれるだろう。だからこそイリーナは実行に移した。


(どうすればいい。どうすれば立ち向かえる)


 手元の装備は自動拳銃一丁。予備の弾薬が数十発。学ランの下には防弾ベストを着込んでいる。仲間はいない。あまりに心許ない。


(せめて小銃AKでも改めて拾っておけば……)


 四日前に奪われて以来、森から学園内に戻っていない。武器を再調達する機会はなかった。


(どうする。いったん武器を探すか。いや……)


 狙っているのはイリーナだけではない。星空煉獄も二ノ宮綾子も、あるいは他にも、一発逆転の卒業を夢見る三年、ただ酔狂に高ポイントを求める狂人もいるだろう。学園には敵しかいない。


(どうすれば)


 そして、死神の足音が迫る。


『さぶろー!』


 リッシュの合図に、佐武郎は振り返る。

 イリーナ・イリューヒナが、桜佐武郎を捉えた。

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