12.テニス部

「うーん、違うなぁ。もうちょっと威力を弱めてみてもいいかな」


 暗闇の物陰で、人間の形をしていたものを並べながら少年はつぶやいた。そして、その独り言を試すように、倒れている男の首筋に一枚の絆創膏を貼った。


「ボン」


 少年が指を離すと、絆創膏が起爆。ほとんど音も響かないような、小さな爆発だった。だが、その爆発は指向性を持って男の頸動脈を確実に切り裂き、ただでさえ死に体だった男に止めを刺した。


「よし」


 ガッツポーズ。実験は成功だ。少年に4Ptが追加される。

 犠牲となったその男には、両手がなかった。手首から先が吹き飛ばされていた。男には両足がなかった。膝下から捥ぎ取られたように欠損していた。男には光がなかった。両目が深く抉り取られていた。

 そのような犠牲者が四名ほど。同様に四肢と光を失い、首に致命傷を負って絶命していた。


 ***


「てなわけで、図書館は遠くはないけど近くもない。ルートはこんな感じかな」


 大講堂エントランス。片桐雫は地図を指しながら、主に佐武郎向けに説明をした。


「徒歩で十分くらいの距離じゃないですか」

「え、サブローくん油断? 油断してるの? 昨日あんなんあったのにもう油断してるの? あたしでさえ気を引き締めてるのにサブローくんはもう油断してるの?」

「……襲撃を警戒してる、ってことでいいんですよね」


 佐武郎は声を低めて答えた。


「うん。実際問題として、森よりは危険だよ。学内はね。だいたいどこでも外に誰か通らないかずっと見張ってるのがふつうだし。三人で行動してるのを襲いかかるかはわかんないけど、大講堂に直接乗り込むよりは分があるからね」

「道中に罠が仕掛けられている可能性もある、と」

「あー、あるある。さっすがサブローくん」

「ところで、なにがあるかわからない道中より、図書館のことが聞きたいですね」

「知らないんだ?」

「俺は転入生ですよ」

「サブローくんが名前出したのに?」

「大まかに知っているだけです。三大勢力の一つ、などと聞きましたが」

「三大勢力? えーっと、メテオと生徒会あたしらと合わせて? たしかに、あえて三つ挙げろと言われれば入るかもね。総合ポイントはめちゃくちゃ低いけど、それなりに老舗でそれなりに数もいて、防衛力だけは高いからそれなりに存在感はあるよ」

「生き残りに特化した組織ということですか」

「そだね。よくわかんない組織だよ。新しい人員も入学した直後の一年生に声をかけて集めて、それっきり。以降は募集も勧誘もなし」

「入学してくる時点で有用な異能を持つ一年に目星をつけていると?」

「多分ね。で、仲間にしたらあとはずっと図書館に篭りっきりだから、こっちにはなんの情報も流れてこない。ポイントは低いし、不気味すぎて手は出しにくいし、出す意味もあまりない。そんな感じ」

「可能なんですか? 入学前に一年生の異能に探りを入れるなんてことが」

「中学時代にその異能を使ったことがあったりして、それが目立ってたりしたらなくはないかも? そういう子もいなくはないよ。でも、ふつう異能って隠すからね」

「なるほど。だとすれば可能性があるのは、でしょうね。なんらかの異能によって異能の探りを入れているのでしょう」目の前に、まさにそれを可能とする異能者がいる。「情報系の異能によって情報系の異能を仲間に引き入れ、さらに情報能力を強化していくフィードバックループ」

「そんな感じかも」

「いずれにせよ、高い情報収集能力を持つ組織ではあると」

「うん。ポイントにはあまり興味ないみたいだし、こうやって頼りにするのも何度かはあったかなあ」

「こういうことはよくあるんですか?」

「たまに、だよ。あたしも自分では訪ねたことはないし」


 片桐の異能ならばそれこそ入学したてで勧誘されていてもおかしくはなさそうなものだが、と佐武郎は思った。


「ところで、サブローくん。道中はなにかと危険だろうし、例のアレ、一時的にでも解除して欲しいんだけど」

「例のアレ?」

「察し悪いな〜。アレだよアレ。距離制限」

「ダメです」


 今も、佐武郎と片桐の間には変な距離がある状態だ。


「ええ〜、いいでしょ〜。変に距離開けるのも不自然だし、緊急事態だと密集した方がいいこともあるし。ね?」


 と、言いながら近づいてくるので佐武郎はそれを避けた。


「あの」


 弱々しく声をかけてきたのは、さっきからずっとそこにいたのに会話に入れていなかった西山彰久である。


「二人って、すでに結構仲がいいのかな?」

「いいえ」

「そだよ」


 それぞれに異なる返事に対し、西山はそれ以上追及することはしなかった。その様子に、佐武郎は「気弱」とか「押しに弱そう」といった印象を受けた。


「西山先輩でしたっけ。お聞きしたいんですが、異能はどのようなものなのですか?」

「え?」


 と、驚いて、しばらく硬直する。


「……いやぁ、びっくりしたなぁ。そんないきなり教えられるわけないじゃないか」

「ですが、これから作戦を同じくする仲間です。互いに異能は把握しておいた方が連携がとりやすいのではないかと」

「それはまあ、そうだけど……」


 あと一押しでいけそうだ、と感触を得たが。


「ええー、あたしサブローくんの異能知らないんだけど。教えてくれるの? ねえ?」

「…………」


 ただ、この場には邪魔者がいた。


「うん。心配しなくても……僕の異能は、使うべきときには使うよ。君たちを守るためにはね」


 西山彰久は小さくそう呟いた。


 ***


 しまった、と佐武郎は思った。

 出発前にぐだぐだやってるときに、なぜ思いつかなかったのかと。佐武郎は階段を登り終えて足を止めた。


「先輩、この道はやめましょう」

「なんで?」


 二棟の校舎に挟まれた一本の並木道。ここを通るのが図書館へは一番近い。

 だが。


「卒業式の前日、爆発がありましたよね」

「なんかあったね」

「それがここです」

「へぇ〜」


 と、片桐は返したが釈然とはしていなかった。


「だから? 一度なにか起きた場所だから危険だってこと?」

「先輩たちはあの爆発を“当たり前”のこととして受け入れているように見えました。支給品のなかに爆発物は存在していないのに」

「うん。アレは多分、異能によるものだね」


 爆発を引き起こす異能。おそらくは〈発火〉の亜種だ。

 ただ、佐武郎は当初あの爆発をなんらかの爆薬によるものだと思っていた。その状況がいわゆる「爆破テロ」に類似していたからだ。すなわち、時限装置の組み込まれた爆弾をゴミ箱に捨てて、そのまま放置。なにも知らない人々が通りかかり、爆発に巻き込まれる。そんな状況に。

 二ノ宮綾子はあの爆発を「開始前に死なない程度にダメージを与えて卒業式を有利に運ぶための策」だと解釈し、佐武郎にそう解説した。ただ、彼らが知る由もないことだが、実態は異なる。式が開始してから起爆することを期待していた爆弾が、前日に作動してしまったというのが実情である。

 佐武郎の思考はそこまでは及んでいない。ただ、このまま進むのは危険だという直感が脳内で警鐘を鳴らしている。


「ちなみに、具体的に特定の異能者に心当たりはありますか?」

「さあ、どうだろ。よくある異能だからね」

「よくある……ということは、具体的な性質は多岐に渡る……」

「どうする? 危険なら一気に駆け抜けちゃう?」

「いえ……」


 むしろ危ない――と、言いかけて気づく。

 自らの直感がなにを想定し、危険を感じていたのか。

 注意深く路を見渡し、石畳の一部が捲れたように破損している箇所を目にする。

 地雷だ。

 ふつうなら、石畳の道に地雷を仕掛けることなどない。仕掛けたとして、あくまでそれは石畳の上に設置されるもの。隠蔽もせいぜい迷彩効果によるものだ。このような真っ平らな、見通しのよい道での地雷の危険性は極めて低い。目で見てわかるからだ。

 だが、異能は違う。

 異能であれば、を地雷とすることもできるはずだ。


「地雷って」

「ありえますよ。それが異能です」

「じゃあ、どしよっか。地面を撃ちながら進む?」


 採用されないことを前提とした意見具申ブレインストームだが、代替案は必要になる。

 異能による地雷は銃弾で反応するのか。また、銃声が響きすぎる。地雷がどこに仕掛けられているかもわからないため闇雲に撃っても銃弾が足りないおそれがある。時間がかかりすぎる。代替案はこれらの問題をクリアする必要がある。

 元来、地雷は敵に踏ませての実効果だけでなく、こうして警戒させ足を止める作用も大きな意味を持つ。足止めされている時点で敵の術中には嵌ってしまっている恐れもあった。


「あの」


 西山が口を開く。またしても存在を忘れかけていた。


「僕の異能なら、その、なんとかなると思う」


 使うべきときというのが、もうやってきたらしい。

 だが、それは突如として響いた別の声によって掻き消される。


「やあ! きみたち! こんなところでどうしたんだい?」


 爽やかな、よく通る声であった。

 その声は、正面の50mほど先――「地雷原」の向こう側に立つ男から発せられた。校舎の柱の影から姿を現し、手を振りながら声をかけていた。

 声の印象に違わず、男は爽やかな風貌をしていた。背は高く、清潔感のある短髪で、白い歯を見せて笑っていた。服装はテニスウェア、右手にはテニスラケット。隣には後輩らしき人物が、大量のテニスボールの入った籠を抱えていた。


「変なところで立ち止まってるなあと思ってね。こっちに来なよ。なにかあったなら相談に乗ろう!」


 あまりにもあからさまで露骨な誘い水は、むしろ警戒させるためのものだろう。事実、三人は動けない。佐武郎はその男が囮である可能性も考え、周囲にも目を配る。


「恥ずかしがり屋さんかな? そうだ、テニスでもしようか。心配しなくてもいい。道具はこっちで揃えてるし、未経験でも教えてあげるよ」


 男は後輩に目配せする。それは球出しの合図だ。


「こんなふうに、ね!」


 パコン。

 鮮やかなフォームから放たれたサーブは小気味よい音を鳴らして、風を切って迫ってくる。その唐突な一幕に対し、状況理解の速度はかろうじて間に合った。


「逃げろ!」


 もとより、黙って突っ立っていてもサーブが直撃することはなかった。当たったとしても、50mもの距離があれば異能者の身体能力で放たれるサーブでも「痛い」で済む。

 問題は、それが「テニスボール大の物体」であること。

 テニスボールは地面に着弾バウンドすると同時に、爆発した。

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