11.生徒会執行部

 支給品のリストはカタログとして冊子になっていた。

 まず、利用するためには前提として10Ptの獲得が必要だ。ポイントがあれば、カタログに記載されている10Pt向けリストから一つを選んで申請することができる。その内容は主に武器などの装備である。

 剣、刀、ナイフ、槍、斧、盾、警棒、拳銃――戦利品も含めて倉庫に保管してあったものとだいたい同じラインナップだ(拳銃については百二十発分の弾薬もセットになるらしい)。

 また、防刃・防弾性能を持つケブラー製のベスト、炭素繊維強化プラスチック製のヘルメットや手甲、先芯が鋼板製の安全靴などの防具も含まれている。

 それぞれある程度は形状やサイズ、素材を指定でき、ポイントが高ければ追加注文オプションも増えるという仕様だ。他に面白い物品として双眼鏡、スコップ、バールなども目についた。武器になりそうなもの、卒業式を有利に運べそうな物品は「支給品」に入るようだ。


(BC兵器はなし、か)


 期待していたのは毒ガスの類いだが、隅から隅まで眺めてもそのようなものはない。

 さらには、拳銃以上の火器もない。自動小銃や狙撃銃、ましてや重機関銃や擲弾発射筒などありはしない。また、爆発物の類いもない。手榴弾や成型爆薬、または煙幕手榴弾スモークグレネード閃光手榴弾スタングレネードの類いもなかった。

 そして無線機。この学園に通信設備はない。すなわち、通信機もまた小銃やBC兵器に並ぶ脅威とみなされていることを意味する。


(このへんが妥協点だった、ということか)


 ちなみに、二ノ宮狂美の持っていた炭化タングステン製の斧を二振り手に入れようとする場合、素材指定の追加注文オプションで一つあたり20Pt。つまり40Ptが必要になることがわかった。

 欲しいものがあれば申請を送り、投下地点を指定すれば二~三日以内に空輸される。それが「支給」のシステムだ。


(俺にはまだ関係ないようだがな)


 桜佐武郎の保有ポイントは現在3Pt。まだまだ遠い。にもかかわらず、すでに拳銃を手にできているのは生徒会の組織力の賜物だった。


「なにか気になるのでもあった?」


 背後から話しかけてきたのは片桐雫だ。


「それ以上近づかないでください」

「かーっ! きびしい!」


 というのも、片桐の異能のためだ。偽装可能とはいえ、〈聴心〉の範囲内に入ることはできるだけ避けたかった。


「支給品のカタログ? サブローくんはもう拳銃持ってるじゃん」

「先輩はなにを?」

「あたしー? これこれ」


 と、指をさすのは靴である。


「安全靴。この爪先で頭とか喉に蹴り入れれば、まあ殺せるからね」

「なるほど」


 これ見よがしで威嚇も兼ねる武器ではなく、むしろ素手を装い油断させ、殺すことに特化した武器。身体能力に自信があればこその選択だろう。


「で、サブローくんは?」

「…………」


 欲しいものがある、というよりは気になるのはその配送システムだ。


「ポイントが10Pt以上になったら端末から注文できるよ」


 一見して端末にはランキング表示以外の機能はないように見えたが、操作者のポイントによって機能が開放される仕組みらしい。


(つまり、端末はシステムと双方向の通信をしている。独自OSでめんどくさそうだが、原理的にはシステムの侵入は可能なわけか)


 そのためにはハードウェアを分解しての解析もしたいところだ。ただ、生徒会の保有する端末では環視状態にある。また、システムへの侵入をこれまでに試みた生徒がこれまでにいないとは考えにくく、なんらかの対策がなされているとは見るべきだ。


「なーんか、わるいこと考えてる?」


 佐武郎はひとまずその場を去った。


 ***


副会長ありすのやつさー、会長が倒れてる間に出し抜こうってんじゃないの?」


 金髪ツインテールをシンプルな赤のリボンで結ぶ。高い腰にすらりとした黒タイツの長い脚。背は高いが、顔は幼い。

 ――有沢ミル (三年) 生徒会・庶務 20pt――


「さ、さあ? そんなことはないと思うけど……」


 背丈も低く、腰も低く、目尻も低い。生徒会においては希少種の男子生徒だ。

 ――西山彰久 (三年) 生徒会・会計 17Pt――


 そんな二人の会話を、佐武郎はふと耳にする。いずれも集会では前に並ぶ姿を目にする執行部のメンバーだ。佐武郎は部屋の前の廊下で立ち止まり、壁越しに立ち聞きすることにした。


「つーか、会長を撃ったやつ殺すのが先でしょ? 質問されて思い出したように返してさ」

「でも、それは犯人が分からないから……」

「だから探すんでしょが。雫とありすのコンビならやれんでしょ」

「式が始まってからアレやるのは、ちょっとリスクが高いかも……」

「会長が撃たれてんのよ。というか、そうじゃん。あいつよ。なんだっけ、転入生で新入りの。あいつ、たしか銃持ってたでしょ。会長が〈不死〉って知らないから殺せると思って。あいつが撃ったのよ」


 思わぬ嫌疑をかけられ、吹き出しそうになる。ただ、遠目に潜んで助けようともせずただ見ていた、というのは知られれば責められることではあるだろう。


「えええ……でも、拳銃じゃなかった? 亜音速の拳銃弾くらい会長は避けられると思うけど」


 さらりと、とんでもないことをいう。

 人間に拳銃弾を躱すことは可能か? 亜音速の拳銃弾を目視することはできるのか?

 拳銃弾の速度をざっくり秒速300mとする。射手との距離を20mとする。その場合、銃弾が到達するまでの時間は0.06秒である。狙いが正確だったとして、発射されてから到達するまでのその間に、身を躱すことなどできるのか? あるいは、刀などによってそれを防ぐことはできるのか? そもそも、反応速度が間に合うのか?

 とても可能とは思えない。だが、彼女は異能者である。そして〈不死〉だ。

 死のリスクを伴う訓練などふつうなら容易にはできない。たとえば、自分に向かって拳銃を撃てと指示し、それを躱す。そんな馬鹿げた訓練はふつうあり得ない。

 だが、死を恐れぬなら可能だ。二ノ宮綾子は、そのような訓練を積み、亜音速の領域に足を踏み入れたのか。あの異常な剣術も、文字通り幾度となく死線を潜り抜け、あるいは経験の成せる業なのだろう。


(加えて部下からの信頼も厚い。手強いな)

「で、なに盗み聞きしてんの?」

「!」


 背後からの声。それは、部屋の中にいたはずの有沢ミルの声だ。佐武郎も思わず身をたじろぐ。


「すみません、興味深い話が聞こえたもので、つい」

「ふーん。実はね、あなたが会長を撃ったんじゃないかって疑ってたんだけど……この程度なら買い被りみたいね」

(この女、瞬間移動系の異能か)


 有沢ミルは佐武郎の肩をポンと叩き、不敵に笑った。その表情は佐武郎もいらつかせてあまりあるものだった。


「ここにいたか。探したぞ」


 声をかけたのは、副会長。ただでさえ少ない表情変化が、眼鏡によってさらに奥深くに隠されている。その背後には片桐雫の姿もあった。

 ――鬼丸ありす(三年) 生徒会・副会長 6Pt――


「森の九人の身元が判明した。全員、皆陽中学の出身だ」

「皆陽中学?」


 佐武郎にとっては聞き慣れぬ言葉だ。


「この学園の附属中学の一つ、のようなものだ。皆陽中学の卒業生は多い。私もそうだ」

「まさか中学でもこんな卒業式を?」

「いや、中学は無条件卒業だ。しかし、今年に学園に入学した一年はそうでもないらしい。皆陽中学は去年、なんらかの事件によって壊滅したのだ」

「壊滅……」

「原因、詳細は不明だ。大勢が死んだ。建物としても倒壊し、中学としての機能は失っている。復旧は現在でも完了していない。事実上の廃校だ」

「それで、的場の標的はその皆陽中学の卒業生――その事件を生き延びたものたちであると」

「共通点としてはそれくらいだ。的場のポイントは8Pt増えていた。つまり、六人のほかに二人も殺している。脱落者が多いため誰が的場の餌食になったのかは正確にはわからないが、少なくとも皆陽中学出身の一年が初日で十二人減っている」


 森の九人が的場と生徒会によって全滅。ほか、的場が二人殺している疑いがある。あわせて十一人。あとの一人が余分にはなるが、計算は合う。


「皆陽中学で起こったその事件が関連しているのでしょうか」

「おそらくな。私も興味はあって調べてはいた。ただ、ほとんどなにもわからなかった。聞き込みを続けてわかったのは殺し合いの形跡があったこと、それがひどく混沌として見えたこと。それくらいだ。詳しくは彼女に譲ろう」

「どうも~……」


 背後からひょっこり姿を現したのは、佐藤愛子――〈治癒〉の異能を持つ一年である。


「えーっと、その、私もその皆陽中学出身で、事件の現場にはいたはずなんですが……」ばつが悪そうに言葉を続ける。「正直、よくわかんないんですよね。なにが起こったのかも、なぜ助かったのかも」


 と、当事者らしからぬ証言をした。


「――とのことだ。当事者からしてなにもわからなかった、というのはある意味で重大な手がかりではあるが、予断はできない。ただ、的場が皆陽中学を、つまりは佐藤も標的の一人としている可能性は高い」

「で、囮にするって?」


 口を挟んだのは有沢ミルだ。というより、本来なら鬼丸ありすは彼女を探してきたのであり、佐武郎の方が部外者側である。


「そこまでは言ってない。だが、場合によっては有効かもしれない」

「ふーん」


 有沢は露骨に目を細める。鬼丸に対する嫌悪感を隠していない。


「ポイントが低すぎて焦ってる? あんたなんかが的場のポイントを掠め取れると本気で思ってるの?」

「…………」


 有沢は嫌味たっぷりに煽るが、鬼丸は眉一つ動かさずこれに応えることはなかった。二人の――というより有沢に話を続けさせても進展しなさそうだったため、ピリピリした空気のなか佐武郎が話を切り出した。


「いずれにせよ、今ひとつ決定力に欠けるのではないかと思います。皆陽中学なら全員が標的なのか? たまたま皆陽中学なだけだったのか? このあたりを推測するための情報が不足しています」

「そうだな。現段階では蓋然性の域を出ない」

「提案なのですが、図書館に頼るのはどうでしょう」

「ほう」


 図書館。学内三大勢力として、メテオ、生徒会に次いで挙げられた名だ。

 佐武郎も暇を見つけては情報収集に励んでいた。図書館がどういう組織なのかも今はおおよそは把握している。

 図書館はポイントに興味がない専守防衛の組織。そのために多様な情報系異能者を抱えている。


「悪くない。彼らが協力するかは別として、なんらかの情報を持っている可能性は高いだろう」


 鬼丸は顎に手を添え、しばらく考えてから続けた。


「佐武郎。片桐。そして有沢。三人で図書館へ向かってくれ」

「私ぃ〜〜?」


 間を置かず不平を漏らすのは有沢である。


「やーよ。なんであなたの命令を聞かなきゃならないわけ? 彰久でいいでしょ。私はパス」

「ぼ、僕ぅ?」


 隅で黙って話を聞いていただけの西山彰久にまさかのキラーパスが飛んだ。


「……わかった。なら西山でいいだろう。有沢とは個人的に話がある。いいか」


 そうして、片桐に指揮を任し簡単な指示を残して、鬼丸は有沢を連れて去っていった。


「えーっと、桜佐武郎くん……だっけ? 生徒会では数少ない男同士、その、よろしくね?」

「どうも。よろしく」

「じゃ行こっか、サブローくん、アキヒサくん!」

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