13.弾弓はじめ

 想像以上に大きな爆発だった。

 あのまま突っ立っていたら三人とも致命傷だった。少なくとも、両脚を失っていた可能性は高い。それほどの威力だった。


(まずいな)


 状況は芳しくない。

 飛び込むように逃げ隠れたのは階段の下。八段ほどの低い階段で、中央には段差がある。屈めば頭を隠せ、立ち上がれば頭が出る。より厳密には胸から上が出る。その意味で遮蔽物としては程よいものではあった。

 しかし、逃げ場がない。

 右に出ても左に出ても、あるいは前に出ても身を晒すことになる。身を晒さずに逃れることはできない。敵はおそらくこの位置関係を計算して仕掛けてきたに違いない。

 一気に駆け抜けてしまうか?

 敵からもたらされる弾雨にはそれを許さない圧があった。


 パコン。

 放たれたサーブは、ちょうど階段の上に着弾し、爆発する。


 パコン。パコン。

 爆発は耳を劈き、地を揺らす。熱さえも感じられた。人間に直撃すれば、千切れやすい四肢などは容易く散り散りになっていただろう。

 繰り返し放たれるサーブはテニスプレイヤーとしてのボールコントロール力の高さも物語っていた。

 球速はせいぜい秒速80m。サーブとしては速いが、遠距離攻撃としては遅い。ましてや異能者にとってはそうだ。

 ただ、この陰から飛び出した場合。予測しやすい動きに合わせてボールを跳ねさせるくらいは敵もやってくるだろうし、それをされると躱すのは難しい。ボール自体はともかく、爆発速度は音速を遥かに超えるからだ。


「ねえねえ、これはノーカンでいいよねサブローくん」


 狭い物陰に三人。当然、そうなると三人とも片桐の射程内だ。不可抗力だし、今この場で離れろとも言えないので佐武郎は黙った。


「どうしたのかな。ボールが怖いのかい?! 大丈夫! すぐ慣れるよ。怖がらないで、ボールをよく見るんだ!」


 テニス部の男はまだこちらに声をかけている。度重なる爆音で耳がやられているが、それでもよく通ってくる声だった。挑発しているというより、興奮状態ハイになっている。そんな印象だ。わずかな隙をついて様子を見ると、こちらへゆっくりと歩を進めているのがわかった。

 テニスボールも無限ではない。だが、テニスボールが尽きることを期待することはできない。後輩らしき隣の男が抱える籠のなかにはまだまだ大量のテニスボールがあった。


 パコン。

 例によって頭上でバウンド。だが。

 爆発せず、再び放物線を描き目の前に落ちる。


「なっ――!」


 大慌てでボールを叩き飛ばした。ボールは致死圏外で爆発する。わずかでも損傷を減らすため姿勢を低く背を向ける。熱風で焼けるようだった。


(時限起爆もあるのか……!)


 これまでは着弾と同時に爆発していた。つまり衝撃によって起爆する仕組みだと思っていた。だが、今のは違う。だからこそ二度目の放物線を描くことができた。


(そして叩き飛ばすことも)


 着弾起爆と時限起爆。二つを織り交ぜられ繰り返されれば、ふとしたミスで即死する。ボールが尽きるより、それは先に訪れるだろう。


「いやぁ〜、強敵ですな。打つ手がありませんな」


 片桐は呑気にそんなことをぼやく。〈聴心〉でこちらの内語を聴いたうえでの台詞だろう。さすがの佐武郎もこんな状況ではいちいち内語を偽るのに労力を割く余裕はない。


「なら、片桐先輩にはなにか手があるんですか」

「“なら”ってなに? あたしは打つ手がない〜っていったんだけど」


 めんどくさい女だ。


「ただ、一つツッコミを入れると……衝撃で起爆するなら、球を打ってる時点で爆発してるよね」

「…………」


 そういえばそうだ、とハッとする。悔しかったので口には出さなかったが、この状況では意味がない。より腹立たしかった。


「はじめから球種は時限式の一種類。ちょうど着弾にタイミングを合わせて、衝撃で起爆するものと誤認させてたんだね」


 つまり、階段下の陰に隠れて入れば安全だと思わせるため。その前提は崩れた。

 慌てて飛び出すか。三方向に散れば一人は死ぬだろうが二人は生き残る。ただ、どちらにせよ「その先」がない。また別の物陰に隠れることになるだけだ。


「あたしとしても、あれはちょっと反省してるからね〜」


 というのも前日、的場に対して三方向に逃げたことだろう。結果として火熾が重傷を負ってしまったことを指しているのか、佐武郎に背後を取られて銃を突きつけられたことを指しているのかは不明だ。


「あの」


 何度目かのやりとり。西山彰久だった。


「僕の異能なら、この状況を打破できると思うけど」


 パコン。爆発。細い声はかろうじて爆音に掻き消されずに済んだ。


「ただ、それだけじゃ足りない。桜くんは拳銃を持っていたよね?」

「はい」

「この距離から、当てられるかい?」


 ちらり、と頭を出して敵の影を見る。距離はすでに30mほどか。


「敵の攻撃がなければ」

「どれくらい?」

「一秒」

「ならいけるね。どうやるのかは、見ればわかる」


 直後、西山彰久の影が物陰から飛び出した。


「おや?」


 テニスプレイヤーは首を傾げる。


「ようやく姿を見せてくれたね。一人かな?」


 動きを止める。囮であることを警戒してか。だが、弾雨の途切れた時間はわずか。すぐに構え、ボールが上げられ、パコン。

 西山はその動きを見たうえで駆け出した。ボールをよく見ていれば避けられる、そう思ったからだ。だが、敵は熟練のテニスプレイヤー。それくらいの動きは予測している。


「なっ」


 スピンサーブ。避けたと思っていた球はバウンドし、吸いつくように西山を追った。起爆。その距離は1mもない。即死だ。

 その隙に、佐武郎は素早く身を起こし、敵に対して狙いを定めた。一秒もあれば、敵の位置・距離を見定め、サイトを覗き込み、両腕で銃を固定して標的を確実に撃ち抜くことができる。

 ただし、それまでに生きていれば、の話である。


「ばかな――!」


 ラケットの一振りで放てるサーブは一本だけ。それが誤解だった。

 これはテニスではない。そんなルールの縛りはないのだ。

 だが、しかし。

 一振りのテニスラケットで、同時に二つの球を二方向に打ち分け、さらには一方はスピンサーブで、もう一方はフラットサーブと球種まで打ち分ける。そんなことが果たして可能なのか。いかに異能者が運動能力に優れ、鋭敏な感覚能力を持っていたからといって、そんなことが可能なのか。

 疑問の答えは、現実の光景である。

 生じていたはずの隙はなく、佐武郎のもとに真っ直ぐもう一つのサーブが飛んでくる。

 敵は読んでいた。突如飛び出した一人が囮であると、読んでいた。

 そのうえで、それに対応できる技術もあった。


「えい」


 片桐が飛び出し、ボールを蹴飛ばす。素早く伏せ、致命傷を避ける。

 呆気とられるのは後回しでいい。佐武郎は淀みなく狙いを定める作業を続行。的の小さい頭部は避け、狙うは胸部。拳銃で精確な射撃は難しいが、ならば数発打ち込めばいい。

 銃声が三発。一発は肩に、二発は敵の肺を穿っていた。


「がはっ」


 ラケットを手放した敵に、さらにダメ押しの二発。今度は心臓を撃ち抜いた。籠を抱えていた少年は劣勢を悟るや否や大急ぎで逃げていった。

 桜佐武郎に5Ptが加算される。佐武郎は合計8Ptとなった。


「ふぅ、危機一髪! 一件落着だね!」


 片桐は起き上がり、埃を払いながら陽気にそういった。


「僕もできれば死にたくなかったんだけどね。やっぱりダメだったかぁ」


 と、西山もそれに続いた。見れば、テニスボールに爆破されたはずの西山の死体は跡形もない。


(〈分身〉とは……そんな異能もあるのか)


 佐武郎も知らぬ異能だった。

 西山彰久は、任意に自身と瓜二つの〈分身〉を発生させ、それを操作することができる。分身はたとえ死んでも消えるだけで本体にダメージはない。これは無制限に何度でも可能であるため、たとえば地雷原を突破するのに使える。地雷の起爆条件が重量にせよ体温にせよ人体を感知するものであるなら、同じ条件の物体を使って地雷原を走らせればよい。これ以上はない確実な突破手段だ。


(本人の性能があまり高くないことがつけいる隙、か……?)


 あるいは希望的観測か。あのわずかな活躍では西山彰久の性能は正確には測り知れない。あれで本人が二ノ宮綾子並みの性能スペックなら、もはや悪夢としか言いようがない。


(……いや、待て)


 敵は退けた。だが、なにか重要なことを見落としている。佐武郎はふと腕時計を確認した。


(増えているポイントはわずか5Pt。5Ptだと? あれが?)


 2Pt獲得した三年か、あるいは3Ptを獲得した二年か。一年ということはないだろう。いずれにせよ割りに合わない。

 強敵だったからではない。あれほど好戦的な人物がこれまでにポイントを稼いでこなかったとは考えづらいからだ。


(爆発、ないし爆弾化の発動条件はなんだ? テニスラケットで打つこと? いや、そんなはずはない)


 異能は当人の肉体に付随する。なんらかの道具を介した異能はあり得ない。道具に異能を付与することはあってもだ。


(ならば、テニスボールを直接触っていたのは……)


 ***


「きびしいなあ。ちょっかい出してみたけど、三人相手じゃなあ」


 息を切らし、校舎の影まで逃げてきた少年は肩を落としてそう零した。


「先輩のサーブはめちゃくちゃ上手かったんだけどな……」


 タイミングもスピードもコントロールも完璧だった。彼が送り出した時限式爆弾のテニスボールを着弾と同時に起爆するかの偽装、あるいはバウンドさせて陰に隠れる相手へ送り込む技術。

 さすがは、彼が唯一テニスでは勝てなかった先輩だ。先輩の持つ異能はあまりにテニスに向きすぎていた。

 もっとも、テニスに打ち込みすぎていたせいで獲得ポイントはほとんどないまま三年になっていた。このままでは卒業単位にまるで足りない先輩を唆しての今回の作戦だった。相手が三人でも地雷原に突っ込んでいれば一人は潰せたので、その隙を突けばさらに一人は殺せた。手前で地雷原に勘づかれたかの動きはさすがに想定外だった。


「前日で誤爆してたのがまずったかなあ……卒業式って思ったよりむずかしいや」


 ちなみに、はみな彼のポイントになっている。

 爆発威力を調整するための実験台も兼ねて。

 目下の悩みは、彼が最後のテニス部員となってしまったことだ。

 ――弾弓はじめ(一年) テニス部 19Pt――

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